初めての魔法
次の日。
今朝は誰の悲鳴も響くことなく穏やかな朝を迎えた。
ただし、リシュを除いて。
昨日ふと蘇った記憶が気になりなかなか眠れなかったのだ。
(あれは一体いつの記憶なんだろう……)
ぬいぐるみ越しに自分の手を引いてくれた男の子。
大切な記憶だった気もするが、朧げで殆ど思い出せない。
リシュははぁ、と大きな溜息をつきベッドから降りた。
部屋の中はベッドに入った時と何ら変化はない。
昨日の様に部屋が森になることはならずに済んだのは、やはりネックレスのお陰だろう。
昨晩は鮮やかな緑色だった石が、今朝は魔力を吸収してか深い緑へと変色している。
魔法とは無縁だった自分の中に魔力が存在しているのが目に見える為、その事実にリシュはただただ驚いていた。
それもこれも、グリースとガブが木の精霊ドライアドに引き合わせてくれたからであって、『自分は何も持っていない』と卑下し諦めてきた人生に、小さな灯りが点されたのだ。
(でも、貰ってばかりでいいんでしょうか……)
その時ふとグリースの顔が思い浮かぶ。
【お前が望む事なら何でも叶えてやるから】
艷やかな深紅の瞳と、小さくも耳の奥へと響く声がぶわっと鮮明に蘇った。
「あわわ……」とリシュは思わずぶんぶんと首を振り火照る顔の熱を冷ます。
(……きっと深い意味はない筈! そんな、初対面の私なんかに、あんな甘い台詞……)
『リシュ、もう起きてるか?』
コンコンと扉を叩く音と共にガブの声が聞こえリシュは飛び上がった。
「はっはい! 起きてます! すぐに行きますから」
リシュは今度は冷静になる為に大きく深呼吸をした。
『ちゃんと寝れたか?』
「も、勿論ですよ! 昨日はあっという間に寝ちゃいました」
話しかけてくるガブにリシュはえへへと誤魔化す様に笑って返事を返す。
そして目の前に置かれた紅茶のカップに手をのばし一口飲むと、グリースとガブをちらりと見た。
『今朝は魔力が暴発することはなかったみたいだな』
「はい、昨日頂いたネックレスのお陰だと思います。 ホラ」
リシュはネックレスの石を見せる。
『それにしてもすごく深い緑だな……体調は?』
「何ともないですけど」
『じゃあコレを食べたら走る時の格好して外に出てきてくれ。 早速魔力調整の練習をするから』
グリースは目玉焼き付トーストがのった皿をリシュに手渡した。
◇
朝食後。
リシュは言われたとおりに着替えて外へ出ると、瓶を片手にグリースが簡易テーブルと椅子とを用意して待っていた。
「魔法に関しては俺じゃないと出来ない話だから、この間はガブはお休みだから」
「はっ、はい」
「何だ、心細いか?」
何故か意地悪そうに笑みを浮かべる表情は何かを企む魔法使いそのものだ。
「いえ! よろしくお願いします!」
「よし、じゃあ早速やっていくか」
するとテーブルの上に土の入った植木鉢が置かれた。
「何を始めるんですか?」
「植物を育てる」
「魔力を使って、ですか?」
「あぁ。 最初は色々な精霊達から魔力を分けてもらおうも思ってたんだが、今の状態じゃ新たな力を増やすのは危険だ。 だから暫くは溜まった魔力を使う練習をしよう」
そして瓶の蓋を開け種を一つ取り出し、土に植め込むとその上に手を被せた。
『――木の精霊よ、この種を満たせ《開花》』
鉢の中でふわっと優しい光が見えた後、グリースがゆっくり手を離すと小さな二葉が顔を出していた。
「芽が出てる!!」
「詠唱……『祈りの言葉』や『呪文』と言ったほうがイメージしやすいか。 魔法の基本は精霊等から力を借りる所からだ」
「分かりました!」
「じゃあやってみよう」
先程のグリースを真似てリシュは目を閉じ鉢に手を被せた。
『――木の精霊よ、この種を満たせ《開花》!』
同様に唱えてみたが、土の中からカッ!と矢の様に強い光が放たれ大輪の花が咲いた。
「――出来ました!」
「ダメだ。 やり直し」
リシュはパァッと顔を輝かせたが、グリースはそれを辛辣な表情で切り捨てる。
「え? でも花が咲きましたよ?」
「俺は花まで咲かせたか?」
「……あぁ……」
「初めてでここまで出来たことは評価する。 だが慣れない体で一気に魔力を放出すれば――」
すると魔力で咲かせた花はしゅんと萎み、同時にリシュもクラリと目眩を起こすとそれをグリースが受け止めた。
「リバウンドだ。 だからコントロールする必要があるんだよ。 後でもう一回やるぞ」
そう言ってグリースはリシュを横向きにして抱き上げる。
「グリースさん!?」
「連れてってやるから一旦休め」
「なら一人で歩きますから降ろしてください!」
「そんな青い顔して歩ける訳ないだろう。 いいから大人しくしてろ」
グッと力を込められよりグリースに密着する形になり、リシュの顔色は青から赤色へと徐々に変わっていった。




