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連載候補短編

婚約破棄7回目の悪役令嬢が主役になるまで ~運命に従っても幸せになれないと気付いたので好き勝手に生きようと思います。素っ気なくしたら元婚約者たちが言い寄ってきたけど気にしません~

作者: 日之影ソラ

もう一本新作投稿しました!

タイトルは――


『虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される ~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~』


ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!

リンクから飛べない場合は、以下のアドレスをコピーしてください。


https://ncode.syosetu.com/n7215hv/

 この世界が、誰かが書いた物語だとすれば。


「リリス、君との婚約を破棄させてもらうよ」

「……」


 私は……主役にはなれないだろう。


「君と婚約してからというもの、私の『運命書』はおかしくなってしまった。君と関わることで、私の運命に歪みが生じてしまったんだ。この意味がわかるかい?」

「……」


 ただ、脇役でもない。

 そうね。

 しいて上げるなら、悪役……かしら?


「無言……か。君のお父様とも話はついている。すまないがこれは決定事項だ」

「ええ、そうでしょうね」


 言われなくても知っている。

 理解している。

 私はここで婚約者を失い、惨めな思いをすることになる。

 その原因が妹であることもわかっている。

 嫌というほど思い知っている。

 だから――


 終わらせてしまおう。


「アブソル様、今日までありがとうございました。心配なさらなくても、あなたの運命は元通りになります」

「何を言って……おい、何をするつもりなんだ」


 私は右手をゆっくりと動かし、自分の胸に手を当てる。

 傷心の心を癒すように?

 違う。

 もう何度も経験して、私の心は傷つくことに慣れてしまった。

 今さらこの程度のことで傷心したりしない。

 これからするのは、単なる作業。

 やり直しのボタンを押すだけ。


「リリス……君は一体――」

「さようなら、私の婚約者様。次はもう、関わらないでくださいね?」


 私の身体を闇が包み込む。

 世界を暗黒に染め上げ、私の人生を終らせる。

 闇の引力によって私の身体は消滅し、魂は巻き戻る。

 

 さて、今回はどこまで巻き戻るのかしら?

 毎回バラバラだけど、もういっそ生まれる前に戻りたいわね。

 そうすれば……もしかしたら……神様からちゃんとした運命を与えられるかもしれないから。


  ◇◇◇


 身体がずっしりと重い。

 体重の三倍はある重量が、全身にのしかかっている感覚。

 徐々に体が軽くなって、次第に意識もはっきりしてくる。

 巻き戻りから目覚めるときの感覚だ。


「慣れないわね。この感覚だけは」


 私はゆっくりと瞼を開ける。

 見慣れた天井にふかふかのベッド。

 なんてことはない私の部屋だ。

 むっくりと起き上がり時計の針を確認する。

 まだ午前六時。

 起きて支度をするには少々早い。


「今は……いつかしら」


 時間はわかった。

 あとは今が、どのタイミングなのか。

 それを知るために屋敷を回ろう。

 私は早々に着替えを済ませて部屋を出た。

 廊下を歩けば使用人たちとすれ違う。

 私を見てビクッと反応した彼らは、慌てて頭を下げる。

 

「きょ、今日は早いのね……ずっと寝ててくれたほうが」

「ちょっと、リリス様に聞こえるわよ」


 心配しなくても聞こえてるし、そんなに怯えなくても怒ったりしないわ。

 そのセリフも何度も聞いている。

 使用人たちの服装、体感気温……。

 外の景色を見る限り、今は春……その手前かしら?

 考えるのがめんどうね。


「ねぇ、そこのあなた」

「は、はい!」


 私に話しかけられたメイドが怯えて返事をする。

 声をかけられるなんて心にも思わなかったのでしょうね。

 私も話すつもりはなかった。

 ただ、聞いてしまったほうが早いと思っただけ。


「学園への入学はいつだったかしら?」

「え、あ……えっと、五日後でございます……」

「そう、ありがとう」


 私はメイドの前から歩き去る。

 あのキョトンとした顔、なんで今さらわかりきった質問をしたの?

 って顔をしていたわね。


「五日後……ってことは、婚約者が決まる前ね」


 思った以上に巻き戻っていた。

 時間の巻き戻しは私の力だけど、うまく制御できていない。

 前回はすでに婚約者が決まっていて、状況の把握と慣れるまでに時間がかかってしまった。

 入学前なら好都合。

 人間関係も容易に形成しやすい。

 もっとも、私自身の意志はあまり関係ないのだけど。


 時間と日にちを確認した私は部屋に戻った。

 今がいつかわかったなら、次にやることも決まっている。

 私は右手を前にかざし、目を瞑って唱える。


「開きなさい。私の『運命書』」


 手の平の上に、一冊の本が召喚される。

 この世界に生きる者は皆、生まれた時に神様から一冊の本を授かる。

 そこには自身の才能や世界にとってどういう存在なのか。

 何のために生まれて、何をするべきなのか。

 進むべき道しるべ、すなわち運命が記されている。

 故に私たちはこれを『運命書』と呼んでいる。


「……相変わらず真っ白ね」


 私の運命書は特殊だった。

 普通は生まれた時点で何かは記されている。

 次に訪れる運命の分岐点、その選択肢が描かれている。

 だけど私には何もない。

 ページをいくらめくっても真っ白なだけ。

 何一つ記されていない。

 清々しいほどに真っ白だった。

 加えて普通の運命書は白色の表紙なのに、私だけは漆黒だった。

 そのことも、私を不気味だと恐れる要因になっている。

 

「じゃあ今回も……誰かの運命に委ねるしかない……のかしら」


 私はぱたんと本を閉じる。

 この真っ白な運命を見る度に思う。

 私には何もない。

 担うべき役割も、果たすべき使命も背負っていない。

 だったら、私はなんのために生まれてきたの?

 私の生になんの価値もないというなら、神様はどうして私に、こんな力を授けたの?

 闇を支配し時間すら逆行させるこの力は、いったい何のためにあるのかしら。

 

 私はもう、七度も繰り返している。

 初めて時間の巻き戻しができることに気付いたのは、婚約破棄されて落ち込んでいる時だった。

 まだ初心で慣れていなかった私は、突然突き放されて困惑した。

 信じたくなかった。

 私にも運命の相手がいるのだと思いたかった。

 だけど現実は残酷で、私はすべてを失った。

 何が悪かったのだろう。

 どこで失敗してしまったのだろう。

 願わくばやり直したい。

 この人生を。

 そう願った時、感情の起伏に呼応して闇の魔法が暴走した。

 自身の力に、闇に飲み込まれた私は死を覚悟した。

 そうして目覚めた私は、時間を巻き戻したことに気が付いた。


 以来、私は繰り返している。

 失敗するたびに、婚約破棄されるたびに自死をきっかけに巻き戻らせる。

 次こそは失敗しない。

 そう誓って。


「また失敗しちゃったけど」


 私は大きくため息をこぼす。

 何が間違っていたのだろうか。

 ちゃんと相手に好かれるように媚をうって、従順に従った。

 時には騎士となり、商人となり、様々な役割も経験した。

 その悉く失敗してしまってしまったけれど。

 運命が定められていない私は、誰かの運命に寄り添って生きていくしかない。

 そう、思っていた。


「……もう疲れたわね」


 七度も経験すれば誰だって思うだろう。

 見えもしない他人の運命に神経をとがらせ、正解ではなく失敗しないために気を遣う。

 刺激しないように。

 他人の運命を狂わせないように。

 他人の幸せのおこぼれにあずかって、私も幸せになれるように……。


「くだらないわ」


 改めて思うと滑稽な話だ。

 他人の運命は他人のもの。

 いくら尊重したところで、私の未来は保証されない。

 その程度で幸せになれるなら、最初から私の運命は白紙じゃなかったはずだ。

 神様は……意地悪だ。

 そんな相手に、今さらこびへつらってどうするの?


「そうよね……どうせ神様は私のことが嫌いでしょう? いなくても困らないから、私の運命は白紙なんでしょう? だったら……いいわ」


 決めた。

 今回はもう、誰かの運命なんて気にしない。

 他人の運命に私の名前が記されていて、誰かの運命の組み込まれているとしても、その悉くを否定してみせよう。

 どうせ私の人生に意味なんてないんだ。

 だったら好き勝手に生きてやる。

 私は私のために、他人の運命をめちゃくちゃにしてでも幸福になってやる。

 神様には頼らない。

 私は、私自身の力で未来を掴む。


 そうと決めたら――


「行動開始ね」


 私自身の手で幸せを掴むためには、これまでの失敗をすべて回避する必要がある。

 少なくとも、他人の運命書から外れる道を行かないと。

 そのために最も重要なのは、私自身が変わることだ。

 今日までの私を一言で表すなら、神様に嫌われて可哀そうな公爵令嬢……。

 貴族としての地位はあるけど、運命書のせいで冷遇されている。

 私は弱い立場だ。

 その印象を払拭するために、私は強くならないといけない。


「五日……あれば十分ね」


 幸いなことに、私には七度の失敗で培った経験がある。

 今度こそ失敗はしない。

 私は、前へ進むんだ。


  ◇◇◇


 五日間なんてあっという間に過ぎる。

 春の訪れを待って、私は王都でもっとも大きく偉大な学園に入学する。

 王都の貴族であれば誰もがここに入る。

 例外はない。

 優秀な人材を育成するための教育機関だ。

 貴族でなくても、優秀であると認められたら入学することができる。

 たとえ運命書に記されていなくとも、貴族であれば当然通る道だった。

 運命に抗うと決めた私も、この道だけは通らざるを得ない。

 ここを外せば、私は貴族ですらなくなってしまう。

 それはさすがに面倒だ。


「さぁ、ここから大変よ」


 自分で自分に言い聞かせる。

 経験上、入学式の前後がもっとも重要になる。

 なぜなら――


「こんにちは、君がリリスさんで合っているかな?」

「……あなたは」

「突然失礼するよ。僕はアンデル、君の運命の相手……かもしれない男さ」


 アンデル・クロイルェル。

 名乗らなくてもよく知っているわ。

 金色の派手な髪に青い瞳。

 さわやかな笑顔も、貴族らしい立ち振る舞いも。

 全て忘れるはずもない。

 だってあなたは、私が最初に婚約した相手で、二度に渡って裏切った人だから。


「一、二番目ね」

「ん? なんだって?」

「なんでもないわ。挨拶が済んだならもう行くわよ」

「え、ちょっ、話を聞いていたのかい? 君は僕の――」


 伸ばそうとした彼の手を叩く。


「気安く触らないで。私はもう、運命なんて信じない。誰の運命にも従わない。先に言っておくけど、あなたと婚約するつもりなんてないわ」

「なっ……」


 アンデルは酷く驚いて、ぽかーんと口を開けている。

 言ってやったわ。

 なんだかスッキリするわね。

 一度でも婚約破棄された相手だし、このくらいしても罰は当たらないでしょう。


「さぁ、次よ」

 

 今まで通りなら、入学式の会場前でもう一人待っている。

 四番目の相手が、無言で道を塞ぐ。


「……通れないわよ」

「わざとだ。お前と話がしたくて――っておい! どこへ行く!」

「私は話すことなんてないわ。キングリー」

「――! 俺の名前を知ってるってことは、やはりお前が俺の運命の相手か!」

「違うわ」


 ある意味一番印象に残っているだけよ。

 キングリー・アイセル。

 傍若無人の俺様な性格で、女を自分の所有物だと思っているどうしようもない男。

 一度でもこの男に気を許した過去の自分を殴りたいわね。


「おい無視するな」


 背を向けた私に手を伸ばそうとする。

 今度は叩く必要もない。

 だってこの後――


「やめないか」

「てめぇ……誰だ?」

「ガリル・ルッケンス」

「ルッケンス……騎士団長の息子か」


 五番目の相手。

 ガリル・ルッケンスは現騎士団長の息子であり、将来有望な騎士候補の一人。

 厳格で正義感が強く、私が関わってきた婚約者の中では一番誠実だった。

 でも、そんな彼でも運命の歪みに恐怖して、私から離れていった。

 だから今度は私から離れてあげる。

 にらみ合う二人を無視して私はそそくさと進んでいく。

 

 ようやく会場に入れた。

 もちろんここでも気を抜けない。

 私の隣には、気の弱そうなメガネをかけた男性が座っている。


「こんにちは、隣が空いてますよ」


 彼の名前はシレン。

 貴族ではなく、平民から学園に入学した青年。

 私の三番目の相手。

 

「遠慮しておくわ」

「そ、そうですか」


 彼との関係は他とは違う。

 平民と貴族、溝は大きかったけれど、彼は魔法使いとして優れた才能を持っていた。

 彼を取り込みたいお父様に誘導され、半ば強引に婚約者になった。

 当然そんな方法じゃ上手くいくはずもなく、結果的に彼は逃げ出してしまった。

 ある意味、彼も被害者の一人だ。

 望まぬ婚約をさせられたのだから……。

 彼に関してだけは少し同情する。


「さぁ、あと一人は……」


 入学式が始まり、新入生代表のあいさつの順番が回ってくる。

 壇上に立つのは首席で合格した彼だ。


「皆さんこんにちは、私はアブソル・ロロクロスです」


 六、七番目の婚約者。

 もっとも記憶に新しい人物の顔が見える。

 できれば見たくない。

 彼に婚約破棄されたのはつい数日前、といっても未来の話だけど。

 そもそも七回目で彼と婚約したのも、彼しか私に言い寄ってこなかったからだ。

 

 運命書には文字通り、自身の運命が記されている。

 ただしすべてじゃない。

 ある地点までの道程があり、選択肢が記されている。

 そこで誰を、何を選ぶかによって未来は変わる。

 運命は分岐するんだ。

 例えば運命の相手も一人とは限らない。

 複数人の名前があって、その中から一人を選ぶことで、次なる運命への道程が記される。

 そうやって、一冊の本は完成していく。

 私はずっと白紙のままだけど、普通はそうやって変化していく。

 だから当然、私を選ばない場合もある。

 今回は……。


「……目が合ったわね」


 壇上のアブソルと視線が重なった。

 これが運命の相手であることの合図になっている。

 ここで目が合った時、入学式が終わると必ず話しかけられるんだ。

 だから私は入学式が終わったタイミングで、すぐさま帰宅する。

 誰にも会わないように。

 こういう時、私の魔法属性は役に立つ。


「呑みなさい。ダークネス」


 魔法属性も、本来は運命書に記されている。

 私の場合は何も書いてなかったから、後天的に知った。

 属性は『闇』。

 文字通り、闇を支配する魔法が使える。

 この闇には様々な性質があり、影と同化することで影の中にもぐったり、遠方の影に移動できる。


「便利な力で助かったわ」


 この力を授けてくれたことは、神様にも感謝しないといけないわね。

 おかげで誰にも会うことなく屋敷に戻れた。

 私の家……クローリー家に。


 屋敷に戻った私は早々に部屋に入った。

 私の部屋が一番落ち着く。

 誰にも邪魔されず、静かに考えごとができる唯一の場所だ。


「はぁ……疲れたわ」

 

 今回は全員が運命の相手に私を選んだみたいね。

 けど、そのすべてを否定するように素っ気ない態度をとった。

 これなら無理に私に言い寄ることもない。

 彼らには運命の相手が他にもいる。

 そう、例えば私の……。


「お姉さま!」


 ノックと同時に部屋の扉が開いた。

 確認もせずに入ってくるのは彼女くらいだろう。

 私は大きくため息をこぼす。


「勝手に入ってこないでと言っているでしょう? アルシエラ」

「お姉さまが悪いんですよ! 今朝も一人で行ってしまうし、帰りもいつの間にかいなくなっているし! 双子なんですからもっと一緒にいましょうよ!」

「双子ねぇ……」


 私たちが双子の姉妹。

 彼女は妹のアルシエラ・クローリー。

 全てにおいて、私とは正反対。

 もしもこの世界が物語の中なら、間違いなく彼女が主人公、もしくはヒロインの座につく。

 なぜなら彼女は、常に選ばれているからだ。


「大変だったんですよ! 帰ろうと思ったらいろんな人に声をかけられて! みんな私が運命の相手だとおっしゃるんです!」

「間違いではないのでしょう?」

「それでも大変なんです! あんなに大勢いらっしゃると一人を選べません」

「簡単じゃない。自分の運命の相手が同じなら、その人にすればいいでしょう?」


 私にはできないけど、アルシエラにはできる。

 彼女の運命書には記されているはずだ。

 その相手が。


「それも難しいんです。だって、運命の相手もたくさんいるんですもの」

「……そう」


 私に対する嫌味かしら?

 実際見たことがないけど、彼女の運命の相手は百人以上いるとか。

 どれだけ欲張りなのかしら。

 私の運命も、彼女に吸い取られてしまったのかと思える。


「それで、お姉さまはどうだったんですか? 入学式は」

「別になんでもないわ」

「誰にもお声をかけられなかったのですか?」

「ええ」


 そんなことはないけど、全部無視したわ。

 

「……そうなんですね。意外です」

「意外? 何がかしら?」

「お姉さまなら、言い寄る相手もたくさんいらっしゃると思っていたのに」

「……」


 本気で言っているのか。

 いや、馬鹿にしているだけか。

 アルシエラは明るく元気で、好意的に接しているように見える。

 でも、心の中では私を見下している。

 双子だからわかる。

 それに、毎回私の婚約者になる人たちを奪う。

 狙ったように、皆がアルシエラに乗り換えてしまう。


「そろそろ出て行ってもらえるかしら?」

「えぇ、もう少し話しましょうよ!」

「あなたと話すことなんて――」

「ここにいたのか。アルシエラ」


 またもう一人、嫌な相手が部屋に入ってきた。

 ノックくらいしてほしいものね。


「お父様!」

「ダメじゃないか。ここはリリスの部屋だぞ」

「ごめんなさい。お姉さまとお話をしていたんです」

「そうか。ではもう部屋に戻りなさい」

「はーい」


 アルシエラが部屋を出て行く。

 お父様が残り、私をギロっとにらむ。


「アルシエラに余計なことをしなかっただろうな?」

「……私は何もしていません。あの子が入ってきただけです」

「……そうか、ならいい。あの子は特別な運命を持っている。お前のように何者でもないものが、あの子の未来を汚すな」

「わかっていますわ」


 お父様は私のことが嫌いだ。

 名門貴族クローリー家に生まれながら、何も記されない漆黒の運命書を宿す娘。

 まさにお父様にとって私は……。


「お前はクローリー家の恥だ。これ以上恥を晒すな。学園でもだ」


 そう言い残し、去っていく。

 同じ実の娘で双子なのに、こうも対応が違うものか。

 つくづく私は恵まれていない。

 でも、だからこそ……。


「覚悟していてね、お父様?」


 いずれ私が、この家を乗っ取ってあげるから。

 

  ◇◇◇


 翌日から学園での生活が始まる。

 今までは運命の相手に流されるがままだった。

 今回は違う。

 誰にも合わせず、私は私がやりたいように生きる。

 もっとも、すでに運命の相手候補は牽制した。

 みんな私じゃなかったと思って、他を選んだはずだ。

 

 と、思っていたのに……。


「やぁリリス、僕の運命の人。昨日はちゃんと話せなかったし、今日はゆっくり話さないかい?」

「おいお前、昨日はよくも俺を無視してくれたな」

「やめろと言っただろう? 彼女に迷惑をかけるな」

「あ、あの……ボクの隣の席であんまり騒がないで……なんでもないです」

「人気者だね。昨日は君を探していたんだ。一緒のクラスになれて嬉しく思うよ」

「……どうして」


 どうしてこうなったのかしら?

 全員が同じクラス、同じ部屋で密集している。

 五人とも席が近い。

 素っ気ない態度を取ったはずなのに。


「……面倒ね」


 このまま付きまとわれるのは嫌だ。

 ならいっそ、ここで全てをさらけ出してしまいましょう。

 これまでは一度も見せてこなかった。

 お父様の言いつけもあって、誰にも知られることは許されなかった。

 けど、もう関係ない。

 私は私のままで生きると決めたから。


「ダークネス」


 私は全身から闇を開放する。

 闇の圧に押し流されて、元婚約者たちは咄嗟に距離を取る。


「な、なんだこれは?」

「闇の力だと?」

「なんと禍々しい力なんだ」

「こ、こんなの初めて見ましたよぉ」

「……これが君の力なのかい? リリス・クローリーさん」

「ええ、そうよ」

 

 部屋にいる全員が、廊下を歩いていた人たちの視界に闇が映る。

 恐ろしいでしょう?

 近づきたくないと思うでしょう?

 歴史上、闇の魔法を授かった者は、必ず周囲の人間を不幸にする。

 そう決められているらしい。

 私は信じないけど、運命書を信じている皆には、さぞ私は恐ろしい魔王にでも見えるのでしょうね。


 さぁ、畳みかけましょう。


「これが私の運命書よ」

「く、黒い?」

「それに……」

「なんだそりゃ? 真っ白じゃねーか!」

「ええ、何も記されていないの。私の運命は神様に縛られていない。だから、私は私がやりたいように生きる。誰の運命にも従わない。私に近寄らないで。私の邪魔をするなら」


 最後の威嚇をする。

 全身の闇を際立たせて、周囲に恐怖を与える。


「この闇があなたを吞み込むわよ」


 決定的な恐怖を示した。

 もうこれでいい。

 多くの人に嫌われるだろう。

 お父様にも、どうして勝手に秘密を話したのかと責められるはずだ。

 でも、関係ないんだ。

 どうせ私は、運命に従っても幸せにはならない。

 

 闇は私を呑み込み、教室から消える。


 移動先は、学園裏庭。

 木陰に力をつないで、影の中から顔を出す。


「ふぅ……」


 まさか初日から秘密をさらけ出すことになるなんて。

 でも、スッキリしたわ。

 これで付きまとわられる心配もない。


「今日は目立ち過ぎたわね。このまま帰ってしまたほうが――」

「なんだ? お前もサボりか?」

「――!?」


 背後から声がして、咄嗟に振り向く。

 まったく気が付かなかった。

 気配も何もない。

 声を下方向に振り向くと、木の上に赤い髪の青年が座っている。

 初めて顔を合わせる人だ。

 ただ、どこかで見たことがあるような気も……。


「……誰かしら?」

「他人に名を尋ねるときはまず自分から名乗るもんだろ?」

「……リリス・クローリー。名乗ったわよ」

「クローリー……ああ、白紙の運命書」


 私はびくりと身体を震わせる。

 その秘密を知っているのは、クローリー家の人間だけだった。

 話したのはついさっきだ。

 噂が広まったとは思えない。

 他に知っている人なんて……。


「どうしてそれを?」

「知ってるさ。この国にいる貴族の情報なら基本全部な。別に知りたくて知ったわけじゃないぞ」

「……答えになって、そのペンダント」


 彼の首からかけられたペンダントは、王族だけが身に着けることを許されたもの。

 つまり彼は――


「王族なの?」

「ああ。ベルガス・フォートネリアだ。よろしくな、リリス」


 ベルガス……第三王子。

 彼の噂を耳にしたことがある。

 確か彼は――


「運命書を燃やしたっていうのは本当なの?」

「ん? ああ」

「どうして? あなたも白紙だったのかしら?」

「知らないぞ? 中身は見てもいないからな」


 見てもいない……ですって。

 驚きで両目がぱっちりと開く。


「だってそうだろ? 俺は運命なんて信じちゃいない。見る必要もない」

「……どうして? 王族は運命書が正義だと、長年示してきたはずよ。だから今も」

「ああ、それが間違いだと思ってる。少なくとも俺はな」

「……だったら、あなたは何に従うの?」


 私の質問にニヤリと笑みを浮かべる。

 木から飛び降り、私の前に立つ。


「決まってる。俺がどうしたいか、だよ」

「――!」


 それはまさに、私が最後にたどり着いた結論だった。


「これは俺の人生だ。だったら未来は俺が決める。神様の決めた運命なんてまっぴらだ! 何が正しくて幸せかなんて、人それぞれだろ?」

「……そうね」


 まるで、私の選択を肯定してくれているような気がした。

 ちょっとだけ、心が軽くなる。

 こんなことをしても未来は変わらない。

 決断しても、少しの迷いはあったから。


「噂通りの変わり者ね」

「別にいいさ。他人に何を思われても関係ない。俺は俺だからな」

「ええ、その通りだわ。私も……もうどうでもいい」


 今ならもっと、強く思える。

 私の選択は間違いじゃないと。

 胸を張って言い切れる。


「私に定められた運命なんてなかった。だから、私の運命は私が決めるわ」

「いいなそれ。初対面だけど、なんだかお前とは気が合いそうだ」

「ええ、私も同じことを思ったわ」


 理解し合えるはずはないと。

 誰にもわかってもらえないと思っていた。

 けど、世界にはいるんだ。

 こういう、普通じゃないおかしな人が。

 私の選択を、笑って肯定してくれそうな人が。


「運命大嫌いな者同士、これから仲良くやろうぜ。リリス」

「こちらこそ、ベルガス殿下とお近づきになれて嬉しいわ」

「ベルでいい。俺は王族っていう立場も、そんなに好きじゃないんだ。学園の中じゃ地位も立場も関係ない。ただの一生徒だ」

「そうね……ベル」


 この時の私は知る由もない。

 彼との出会いこそが、私の未来を決定づけるものだったことを。

 私が何者で、何のために生まれたのか。

 彼が背負うべき運命が何だったのか。

 これから世界は変わっていく。


 これは神様に嫌われた私が、主役になるまでの物語。

 運命に抗い、自らの手で幸せな未来を掴む……物語だ。

もう一本新作投稿しました!

タイトルは――


『虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される ~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~』


ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!

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虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される ~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~
https://ncode.syosetu.com/n7215hv/

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
― 新着の感想 ―
[良い点] 運命書という設定が新鮮で、今後の展開にワクワクしました! [気になる点] 家を乗っ取る不穏な気配がありましたが、グロいのやダーク寄りなものが苦手なので、その辺りは個人的に軽めがいいなと思い…
[良い点] すごく続きを読みたくなりました!
[一言] これは短編じゃなくて、長編の書きかけですね。そして後書きの星クレクレで知らされる衝撃の事実! せめて前書きで教えてください。とてもガッカリしました。
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