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雪と喀血

作者: 梅田 絡迷



 窓辺に灰雪が降っていた。五間ほど遠くに佇む梅の木にも、雪が降りかかっている。道を行く、ひとの肩は、白く彩られている。

 私の記憶には、「雪」というものが欠如していたため、この小景を小説に使おう、と思っていたのであるが、気が付いた頃には雪が強さを増しており、何か、筆を執らなければならぬ、という宿命じみたものを感じ、「雪と喀血」と文字を原稿に書き入れたのである。

 私は、元来この題をと或る小説に使うつもりであったのだが、きっと詰まらぬものができるのみであったろうから、執筆を止めた。このような形になって、良かったのやもしれぬ。

 晩春愁。夏蝉。薄紅葉。

 と、書き続けてきた訳だが、こうして、ようやく四季が揃った。これら三作は、一応、掌編、短編小説となるのだが、統一をせねど、まあ良いだろう。

 私は、今「冒涜」の小説を書いている。また、「呪縛」の小説も書いてみたく思っている。

 あと、数日で善哉忌がやって来る。安吾忌、檸檬忌、康成忌、もじきにやって来る。

 街は、白妙の振袖を召された。

 或る書評を読んだ際に私は、と或る御仁の御託があらすじとして書かれているのを見つけた。

「神は、時に残酷である。神は、エラ(主人公の、愛す人と思われる)を連れていった。私から、奪ったのだ。神は、誰からも愛され、必要とされる人間のみを連れ去り、自分の側に置きたがる。強欲だ! 我が侭だ!」

 私は、顰蹙をし、唖然とした。

 あらすじには、筆者からの言葉も添えられていた。これは、実体験をもとにした小説です、とある。反吐が出そうになった。

 どうやら彼は、神というものを、女衒や性悪な醜男かなにかと勘違いしているようである。

 幾つか奇怪な点があるが、第一に彼はエラという女性を過信しておられる。一個人を神格化させるなど、僭上も甚だしい。彼は、神は誰からも愛され必要とされる人間のみを連れ去る、とお書かきになられているが、そのエラは果たして、そのような卓越した人間なのだろうか。彼にとっては、石長比売やヴィーナスすらを超越する存在なのかも知れぬが、おそらく、そんなことはない。所詮はただの人間に過ぎない。彼の考えや感情を、百歩譲って、幾人もの人に彼女は愛されているとしよう。然すれば、それと同等か、それ以上の人間に、きっと恨まれていることだろう。夏の虫氷を笑う、という言葉は、言い得て妙である。

 清水のように澄み切った人間など居ない。誰でも大抵、三人ほどからは憎まれているものだ。

「神」についても「宗教」についても、知識が欠如していたり、欠けた部分が流言や偏見で埋められているというのに、自らに都合が悪いことが起きれば、「神」を憎み、否定し、声を荒げる。願いごとを抱いているときや、窮地に陥ったときには、「神」を崇め、讃え、猫撫で声で、「神様。ああ、神様仏様」などと擦り寄る。知識、作法を、かなぐり捨てて。

 今世と仕合わせは、冒涜により保たれている。天地神明と山紫水明は、六日の菖蒲、十日の菊なようである。


 彼のような人にとっては、文學などは必要ないのだろう。先だって、彼が著した本を一読したが、佳くなかった。文が支離滅裂であった。題が、冗長であった。その本は、二千部売れたらしい。その本が並べられた本棚には、婦女子や女生徒、男生徒らが群がっていた。次々と本棚からその本たちは離れてゆき、二冊のみ残った。私は、地獄の業火に包まれた心持ちで、本を手に取った。


 私も、戦う。因循姑息なうえ、自ら、過ぎ去ったものばかりを見つめ、虚構のなか、一人戦う。

 あァ、虚構の雪景さ。瞋恚の炎は燃やさないでくれ。溶ける雪なんて、一抹もないのだから。

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