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生の意味

作者: 瀬川 輝秋

                 「人生やりなおしたい」

                 「過去やりなおしたい」

                 「こんなはずじゃなかった」


そんな人いくらでも見て来た。かくいう私もその中の一人なのだろう。

「あの時ああしていれば」「こんな時こうしていればよかった」等

そう思う瞬間なんて思い返せばいくらでもある。別段変わった悩みではない、悩みですらない。

だがもし、生まれてくる前に今まで起きた事、この先身に起きることが


             「自分自身で決められていたとするならば」


そういう風に考えた事はないだろうか。


馬鹿馬鹿しい、現実的じゃない、夢物語だと聞こえて来そうなところではある。

そんな事ができていたならば誰も人生に悩まず、不安もなく、笑顔で過ごせている。

             

               「苦労など誰がするものか!」


そう聞こえて来そうな、最もな意見だ。私自身ですらそう思う。


突然だがあなたは何か信仰しているだろうか?


いろんな宗教、宗派、信仰があるが、世間一般的に「神様」と言われるものだ。

先に断っておくが、否定したいわけではない。

ただ、

             「神様はあなたに何かしてくれましたか?」

そう問いたい。


信じるものは救われる?

祈れば救われる?

願えば変えられる?


私だって神というものに会ったことはない。どちらかといえば神なんていないと考えているほうだ。

信じて救われれば誰も悩みなんてない。祈って救われるなら戦争なんて起きない。

願えば、現状が変えられるのであれば、みんなもっと熱心に祈っているだろう。

信じて救われるのは、

               「信じたから私は救われる」

と信じられるからだ。


             「良くも悪くも天の神様のいう通りです!」

             「私は何不自由なく暮らしています!!」


なんて口が裂けても言えない。


では、生まれてくる前に、あなたならあなたのために、どのような人生を用意したのか…


                 気になりませんか?



『生まなきゃよかった』

と単身赴任で仕事に出ている父に母が電話越しに嘆いている姿を今も憶えている。

偶然に聞いた母の声は沈んでいて後悔の念がドア越しでもハッキリと伝わってくる。


自分でいうのも何だが、昔から「家族と話す」という事が苦手だったと思う。

ゲーム機が友達とでも言おうか。


友達がいなかったわけじゃない。悩みや進学先等勉強の事も相談できる仲間はいた。

ただ、一人で何かに没頭する時間が好きで、格闘ゲームに戦略ゲームとなると時間を忘れ勤しんだものだ。

勉強は…興味がなかったと言い訳したい。得意ではなかった。


進学先はないと言われた中学を卒業し、何とか市内の私立の高校に入学し部活動にも励んだ。

自分の時間を取るのもしっかりと忘れていない。友人も多く作れた。成績は普通以下ぐらい。

不自由等なかった。感じた事もなかった。


だが、いつからか酷く現状が煩わしく感じた。


思春期?または反抗期だったのだろうか?

親が言っていた事や担任の教師が言っていた事はなに一つとして聞こえていなかった。

友人にクラスメート、部活動の先輩の戯言のような会話も気持ち悪く感じるようになった。

それが当時学校に行かなくなった理由。


親兄弟が仕事に学校に行った後の家の静けさは心地良いものだった。


学校からは当然連絡が来て「サボり」がバレても一向に直す気はなく、友人から連絡が入るも適当に応答し、家内で会話した記憶がないと振り返ってみて思う。


そしてあの日、電話越しに母の後悔なる本音を聞き、人生に疑問を持つようになる。


まぁ母からすると「高い授業料払ってるんだからと」息子が学校にも行かずゲーム機相手にしか過ごしていないのを見ると怒り狂ってごもっとも、と思わない事もない。


しかし、「生まなきゃよかった」という言葉が深く心に突き刺さったのを憶えている。


そういう出来事があり、より一層心が暗い感じ。海に深く沈んで行くような感覚に囚われる日々が訪れるようになる。



               どうして生まれて来たのだろうか?




        『人間なんて食って、寝て、異性に腰振っていればいいだけだろう?

         …いつからそんな味気ない考えをするようになったんだろうか…』


高校はサボりが響いたが補習を経て、なんとか卒業する事ができた。

働こうかと思っていたら、世話になった先生より技術を身に付けたほうがいいとの事で整体と福祉が両立されている専門学校に行く事にした。

授業には出たが、相変わらず勉強した憶えが全くない。遊ぶ金欲しさにアルバイトに行っていた。


その頃考えていたのが実家を出て行く事だ。

どこでもいい。できるなら遠くがいい。親兄弟の顔なんざ見たくもなかった。


そういう思いとは裏腹に学生生活最後の一年は楽しいものだった。

今でもハッキリ思い出す。

男ばかり五人で寮を借りて生活していた。

アルバイトはもちろん忙しく、仕事して寝て仕事して寝て…の繰り返し。

たまの休みに原付二台、二人乗りで町に繰り出す。という感じ。


言い方は悪いが、女目当てで町を歩いていたと思う。

付き合えるというよりやれる子。ずっとというより一夜だけ。みたいな。


みんないい奴だったが、誰か女を捕まえた事があっただろうか?というぐらい真面目?だった。


仲間といると余計な事を考えずに済んだ。毎日煙草吹かしながら馬鹿やっていた。

今はバラバラになったが、みんな元気でいるだろうか。

風の噂では30歳過ぎて身を固めていないのは自分ともう一人ぐらいと。

もう一人はわからないが、自分がこんな状況になってるなんて思いもしなかった。


よくある話だって?


…今この状況をあいつらに聞かれようものなら腹抱えて笑うに違いない。


そんなこんなで最後の学生生活はあっという間に過ぎて行った。


         

         『命に価値などない。生に意味などない。運命なんてない。

          運命があるとすればそれは、自分自身で切り開くものだ。』



以外にも就職は早く決まった。

面接で答えた事は「県外」という事と「お金を稼ぎたい」と答えた。

志望動機すら聞かれなかったのには流石に驚いたが、会社の人事部担当です!みたいな人からは契約内容だけ早々に話されたのを憶えている。


人が足りてなかったのだろう、あまり深くは考えていなかった。


かくして、現場で働くために東京まで研修に行く事が決まった。

アルバイト先からはこのまま就職してもらいたかったと残念がられたが、自分で決めた道ならば頑張れとエールを送ってもらった。仲間にも事を伝えると寂しそうではあったが応援してくれた。

本当に感謝している。ありがとう。


年末年始を越え、急ぎ支度を整え、飛行機に乗り、東京へ向かった。


研修の事で頭がいっぱいで、その時は出会いがあるなんて全く考えもしてなかった。



人生、何が起こるか本当にわからないものだ。



「神様がいるとしたら、願う人すべての願いを平等に聞き分け、叶えてくれると思う?

答えはたぶんNOだ。

神様がいるとしたら、その人にとって大事なものを捨てた時にそれ相応に見合った願いを叶えてくれるのではないか?

私はそう思う。

まさか自分なんかと一緒に歩いてくれる人が現れるなんて…思ってもいなかった。」


やっとの思いで研修所に着き、まず寮に向かった。

そこは一言で言うなら「カオス」だった。

20人程度で研修すると聞いていたが所狭しと備品だかノートだかタオルがあちらこちらに散らばっている。

一番驚いたのが皆女性だった。男は自分ともう一人専門学校のやつだけ。

ハーレムなんかとは程遠いすっぴん女性の集まりだ。

耐えられなかったのだろう、もう一人の男は一晩した後ぐったりした顔して「ごめんな」とだけ言い残し研修所を後にした。

そして男は自分ただ一人。心細いったらなかった。


そんな自分の愚痴は知る由もなし、研修はハードスケジュールで組まれていた。

あんなに座学に実技に勉強したのは後にも先にもこの時しかない。挙句の果てには夢の中でも復習していた。周りのお姉さま?方も同じなようで、すっぴん顔が誰だか分からなくなる程。

女性の素とは「エグイ」ものだと漏らそうものなら、お姉さま方による「リンチ」たるものに遭っていたに違いない。断言できる!

だが以外にも自分のキャラクターがお姉さま達に受けたのか、実技の実験台との名目の上に男が一人という事もあり、揉みくちゃにされたのは想像に難しくない。死ぬかと思った。



そんな中だったあいつと出逢ったのは。



『人は大事なものを捨てた時初めて、一番大事なものを手に入れられるんじゃないだろうか。

この時の私にとってはゲーム機ではなく、一人で引き籠る時間でもなく、かけがえのない「仲間」だったのだろう。


あの子と過ごした日々が今の私を生かしていると言っても過言ではない。


「仲間」と離れ、私は「愛」を得た。

別れ、連絡を取らなくなり大分経つ。喧嘩別れのようなものだったが…

女々しいが、元気に幸せでいるだろうか。オレの事は知らないほうがいい。

「知りたくもない!」と言って来そうだな、怒った顔が容易に想像できる。』



研修はどれだけ勉強しても時間が足りなかった。

世の学生の受験戦争とはこういうものかと想像しながら慌ただしく日々はアッという間に過ぎて行った。

研修中にも休みの日が設けられていて、周りのお姉さま方はどうやら外出するらしい。

寮内は香水だか化粧品の匂いが充満し、トラベルバックからは私服を急ぎ取り出し、謎のドライヤー待機時間にイラつく光景があった。

カオスだったのは言うまでもない。


研修成績が良くないので補習に足を運んだが、嵐が過ぎ去るまで部屋の隅で正座していた。


嵐は過ぎ去り、成績悪い四人組と成績優秀先輩一人による補習が始まった。

補習の進み具合は順調。

意見が飛び交い、納得するまで何度も何度も反復した。

そんな補習も終盤になった頃、どことなくやかましい声がする。

どうやらシャワー室で髪を染めていたらしく、真っ黒に染め上がった自分の髪が不満らしい。


「私の地毛は天然の茶色って何で信じてくれんとやろうか?」


補習横目に大き過ぎる独り言をぶつぶつ。我、怒り心頭してます!という感じだ。


こちらにも気づいたようで、濡れた髪をタオルで拭いながら「あ!王子が来てる!」とそそくさと髪を乾かしにかかる。


「王子」とは自分のあだ名らしい。補習組お姉さま達から突っ込まれる事もなかったため場の雰囲気から察した。

断っておくが、自分は到底王子様という柄ではない。

何を勘違いしているのか、変なあだ名になったなというのがファーストコンタクトだ。


あろう事か、補習終盤に参加。

周りのお姉さまの驚いた顔も全く気にしていない。


予期せぬ乱入があったが、補習は満足のいくもので終了した。



『運命などない。

しかし、運命のような…「必然」を感じた事はないだろうか。

必ずそうなると決まっている事。

自分自身で用意したもの?

では、綺麗な顔をぐちゃぐちゃにし、泣き喚いて別れたあの日は自分で用意したものなのだろうか。

決まっていた事だというのか。』



補習の成果が出た?のか最後のテストを乗り越え、研修は終わった。

やっと終わったと成績悪い四人組で喜びを分かち合うのも束の間、就職先の現場とその周辺の地図を渡され、いつまでに出勤する事!と通達を受けた。

地図を渡されると出勤日が書かれており、あまり時間がない。

急ぎ寮に戻り、荷物をまとめているとあいつからメッセージが来た。


「折角休みの日なのにみんな補習してて外出できない(泣)」との事。


自分とは違うスケジュールで研修をこなしていたため、どうやら今日が休みの日らしい。


帰りの飛行機まで時間がある。


「東京タワー行きたくない?」と送信したら、エラーメッセージ並みの速さで「行きたい!」と返事がきた。


当時はスカイツリー建設予定前。時間を合わせデート?観光に出掛けた。


東京タワーまでの道中、自分とは真逆で研修成績はいいらしい。

「休みの日に補習とかあり得ん!」と言っていた。


補習に割り込んで来たのは何で?と突っ込みそうになったが…


聞けば、就職先も同じ県内。

同い年。

電車で一時間ぐらいはかかるが会えなくはない距離。

話が弾む。

文句を言っているのかと思えば正論を言っている事が多い。

声の感じは柔らかいが抑揚する時は激しく、容姿は可愛いより綺麗系という感じ。


数時間だったが楽しい観光ができた。


「また連絡する」と告げ、駅で別れた後、東京を後にした。

 


『「愛」とは何ですか?

あなたが聞かれたらどう答えますか?

人として、生きる上で最大のテーマじゃないだろうか。

それこそ、人の数だけ答えがあると思う。

だが私が聞かれたならば…

「信じ合うこと」

と答えるだろう。柄ではないのだが。』



当初の希望通り就職は県外となり、一人暮らしを始めた。

仲間と寮で生活していたこともあったが、一人で借りる家という事もあり、新生活にワクワクしていたのを憶えている。

季節は冬、一応まだ学生。春前に卒業式を残すのみだ。

現場に挨拶に行き、就業の説明を受け、接客と技術チェックを受けた。

特に何も言われる事もなかったので大丈夫らしい。

「明日から勤務ね」と事前に注文していた制服を受け取る。

その日は出勤されている先輩方に挨拶のみ済ませた。


まさかあんなに忙しい職場とは思っていなかった。


初日、出勤するとまずは先輩方の仕事ぶりの「見学」から始まった。

昨日お会いしていない方に挨拶はもちろん、手にメモを持ち、お客様との会話に耳を澄まし、現場の技術に唖然とした。

そんなの習ってないんですけど…


お客様は次々と分単位で入れ替わる。

要望を聞き対応する先輩方一人ひとりが格好良く見えたものだ。

自分にできるのかと、場違いな気がしてあんなに苦しんだ研修所にさえ戻りたいと思った。


接客を終えた先輩に質問を繰り返す。


「さっきのはどうしてこうされたんですか?」、「これはどういう事ですか?」、「こういう時はどうしたらいいですか?」


先輩達はみんな分かり易く教えてくれた。真面目過ぎると笑いながら。


今、先輩方にお会いしたら何と言われるだろうか。


またお会いしたいと思う反面、教えて頂いた技術を捨ててしまった自分を知られたくないとも思い、お会いしたくありません。


と答えます。



『いつも思う事がある。

自分で「私、不器用だから~」という人。

私は嘘だと思う。

本当に不器用な人っていうのは自分の事を「不器用」とは言わない。

何故なら、本当に不器用な人は器用だ不器用だと感じて意識などしてなく、生きているからだ。

そして不器用だと言い、生きてる人。賭けても私は「器用」に生きているとしか思えない。

私も然り。


もう少し「不器用」に生きる人になりませんか?』



初めて現場に出て接客した時の事を憶えている。

後で先輩達に聞いた話だが、見てられなかったらしい。


お客様に確認事項をすっ飛ばし、ご案内も一人でトコトコ足早になっていたし、話掛ければ緊張で声が裏返り「日本人じゃないと!?」と言われる始末。

施術は何とかなったが、他の事は赤点レベル。

どうやら所々で助け舟を出してくれていたらしいが、気づかず仕舞いで勝手に暴走してしまった。


走って逃げだしたかった。


今思い出しても恥ずかしい。


サービス業の現場は平日はゆっくり、土、日、祝日は忙しいといった具合で、特に休日館内は人でごった返す程のお客様で溢れた。

その時は予約が何時間後まで詰まり、休憩時間なんてとても取れるような状況じゃなかった。

先輩方は「盛況、盛況!」とご機嫌だったが、新人だった自分には恐怖しかなかった記憶しかない。


数週間後、先輩様達の決死のフォローにより段々暴走することも少なく、日々を過ごせるようになって来ていた。


たぶん。



『「苦労は買ってでもしろ」

と誰かが言っていたな。

過去の偉人が言ってた事だったか、先輩が言ってたことだったか。

苦労しなくていいなら私はしたくない。絶対に。

何が悲しくて苦労すんの?と考える。

後から甘い蜜をお前にも吸わせてやるとでも言うのか?と私は答える。


過去に戻れるとしたらあなたは戻りたいですか?


在り来たりな質問だ。


私は戻りたくない。

戻るくらいなら死んだほうがマシだ!と本気で思う。

過去に戻れば必ず、避けようのない悲しみにまた襲われるだけだから。


私はそう思う。』



春の訪れ近い三月中旬、卒業式のために地元に戻った。

在学中に就職していた自分は知らなかったが、卒業式の出席者が大分少ない。

自分のように就職して現場に出たやつもいれば、合わずに辞めたやつも多かったらしい。

あんなに入学したての頃は賑やかだったのに、卒業式の打ち上げパーティーは挨拶周りを済ませた程度のところで早々に切り上げられた。

その後はアルバイト仲間で久しぶりに集まり、話していた。


不思議な感覚だったが、三か月程度しか経ってないのに妙に懐かしく感じる。

事務所に顔を出すと「顔つきが変わったな」と言われた。

社会人の顔だと。

「垢抜けたな~」ともう一人のもと上司。

「辞めたくなったらうちに戻って来いよ」と言って頂いたが返事はせず、挨拶だけ済ませ、バイト先を後にした。


もう地元に戻ってくる気は更々なかった。


仕事なんて生きている間の暇つぶしだろ?金さえ稼げれば何でもいいさ。


春風が頬を撫でたがまだ冷たい。


もうすぐ暖かくなり、桜が咲く季節になる。



『約束


あなたは忘れられない約束を交わした事がありますか?


私はある。

多くの約束事はすぐ忘れてしまうのに、あの約束だけは今も憶えている。


何故、忘れられないのだろうか…』



職場に戻ると忙しい日々が待っていた。

条件二つ目は「稼ぐ」事だったが申し分なく、毎日疲れ果ててふらふらしながら家まで帰っていた。


シャワーを浴び、洗濯機を回し、遅すぎる夕食を済ませると倒れるように布団に横になり、目が覚めると小鳥がさえずっていて今日も天気だいい天気だね!みたいな。


こんな思いをずっとしなければならんのか。

と、正直気が滅入っていたのを憶えている。


昨日もメールの返信途中で寝てしまっていたらしい。


慌てて昨日もごめん!と絵文字付きのメッセージで誠意が伝わるようにと願いを込め送信。

一時すると返信があり、怒った様子はないが「淋しい~(泣)」と構って込みのアピール。


数回のデートを重ね、交際にまで発展していた。


例の彼女である。


まず、会う度にコロコロ格好が変化しているのには驚いた。

折角綺麗な容姿をしているのに若気の至りか知らないが、可愛さに拘っているようだった。

「今日は可愛かろぉ~」と希望通りの言葉が返って来なければへそを曲げる。

しかも、何かきっかけがなければ半永久的にお帰りまで。

横断歩道は赤でも渡ろうとし、「車のほうが勝手に止まるけんよかと!」と謎の唯我独尊。

街中で「募金お願いしま~す」と聞こえれば走って駆け寄り、折り曲げたお札を募金箱に無理にねじ込もうとし、止められる有様…。


他にもいろいろあったが…真っすぐで素敵な子だったよ本当に。



だが、その頃より少しずつ違和感のようなものを感じるようになる。



『人間に生まれてくるのも自分で決めた事なのだろうか?

それとも神様が人に生まれ変わりなさいと指示されたのか…

ただ「生」を謳歌するだけなら他の動物でもよかったのではないか。


一体何を考えている?


自分自身』



現場に出てからはろくに休んだ記憶がない。

休みの日はもちろんあったが、仕事にプライベートに私生活にと初めてな事ばかりで疲れ切っていた。


どれが一番忙しかった?と聞かれたら「プライベート」と即答する。


異性というのは宇宙人なのか、男は下半身で会話し、女は常識という偏った思い込みで会話する生物という感じ。

何を考えているのか全く分からなかった。


趣味やら食の好みやら仕事の考え方やら面白い程合っていない。


逆を言えば、だから惹かれ合ったとも言える。

が、次何を言って来るかどう言い返すか、相手の事を真剣に考えた事もこの時が初めてだった。


「どうでもいい会話」というのが実は馬鹿にできない。

ふとした事から趣味嗜好、服の好みや生活リズムまで分かって来る。

たまに喧嘩するのもいいだろう、何を今考えているのかは感情的になり合ったほうが分かり易い。

ただ、感情的になった女性は面倒くさい事この上ない。後でまた喧嘩しようものなら過去の「ネタ」を蒸し返して来て話が進まないと言う事も少なくない。

敢えてそういう時は一緒に出掛けよう。

さっきまで降っていた雨がどこへやら、まるで炎天下に咲く向日葵のような笑顔を見せて来るからびっくりする。


何度も思ったさ。


同じ人間か?って。


いろんなところに出掛けた。二人で一緒にとことこと。


時間が経てばお互い勝手に喋り出す。


その時に交わした約束を憶えているか?


「喧嘩したらその日が終わるまでには、必ず仲直りしよう」


と。


憶えてる?忘れた?



『出会いがあり別れがある。

どこの誰が自分の人生において重要人物なのか…わかるものなら苦労はしない。


仕事なりプライベート然り、一緒にいる人というのは少なからず人生に影響していくものだと私は考える。


「人は人の中で生き、人の中でしか死んで逝けない。」


のだから。


その人のいいところだけ見て、互いを尊重し合えたならば、人生とはとても有意義なものになるのではないか。


まぁだからこそ悪い部分、許せないところが見えて来て、人は争うわけなのだが。』



一人になりたいと思う時間が増えた。

仕事もプライベートも充実している。生活するだけの金にも困っていない。とても恵まれた環境にいると実感している。

しかし、現状が煩わしく思えるのは昔の癖なのか、時々、体調不良を理由に一人になる時間を取る事が増えて来た。

心配されると無性に違和感を感じ、放っておいてくれと怒りにも似た感情を抱いたのを憶えている。


「浮気」を疑われ出したのもこの時だ。

そんな度胸も考えも本当になかった。女が二人も三人もいると考えると面倒で吐きそうになるほうだ。

だが、一人になりたいという事が到底理解できないあいつは在りもしない被害妄想に陥っては疑いをかけて来る。

そういう状況にもうんざりして来た。

距離を置いてお互いの事を考えようと連絡を取る日も少なくなった。


交際しだして四年半程経っていた。

部屋には思い出の写真や物が所狭しと並べられている。

お互い二十半ばに突入。思えば永い付き合いになったものだ。


「このままでいいのか?」


と自問自答する。先を考えるとそろそろ結婚…


アスファルトに桜の花びらが散らばっているのを眺めながら考える。


決断の日は近い。



『幾度となくあの日を思い出す。


後悔はないが、もっと違う別れ方があったんじゃないだろうか。


別れに良いも悪いもない。


ただ、お互いがお互いの事を信じられなくなってしまったのだろう…


苦い記憶だ。』



梅雨半ばの日。

今日は休みの日だというのに朝早くに目が覚めた。

妙な胸騒ぎがして動悸のようなものがする。この言いようのない感覚はなんなのだろう。


あいつからメールが入る。今日話たい事があると。


久しぶりに会ったあいつの顔に笑顔などなく、よそよそしささえ感じる。

淡々と部屋の中に入って来たかと思えば、俯いてなかなか顔を上げない。


予想はしていたが、別れを告げられた。


お互いのために距離を取るとの名目の上に会っていなかった。連絡もほとんどなし。

理由のようなものを言っていたが憶えていない。


やっぱりこうなったか。


予想はしていたからか冷静でいられた。

が、あいつの言葉が音量と共にヒートアップしてくる。

泣きじゃくり、化粧は落ち、流した涙を拭こうともしない。

挙句、何も言わない自分に対して腹を立てているようにも見えた。


普段の柔らかい声の感じはどこへ行ったのか…


「人生の一番楽しい時期を私はあなたに捧げたのよ!私の人生返してよ!」


そう言い放ち、大声で泣きながら家を出て行った。


引き止めはしなかった。


今でも、小さい女の子か泣いているのを見かけたりすると鮮明に思い出され、胸が熱くなり、痛くなるんだ…



『決断した、別れると。

好きじゃなくなった?興味がなくなった?愛することに疲れた?


違う。


勘のようなもの。

未来を想像した時、お互い笑って話している姿が想像できなかった。


自分で自分をろくでもない人間だと思う。


別れたあの日はあいつと対称的に…涙すらでなかったのだから。』



別れた後の話だか、もちろん悲しかった。

が、反面、胸の内は妙にスッキリしていた。

例えるならば解放感ってやつか?つくづく、自分が嫌な人間に思えた。


だが確信のようなものがある。


先を考えられないのならば別れたのは間違ったいない。

好きだったから、好きでいてくれていると実感できたから、愛し合い、一緒にいたからお互いのために別れを選んだ。


…如何にも相手の事を想っているような言い方し、理由付けているが、しょうもない男の自分のための慰めの方便に過ぎない。


その後の女性関係は永続きした憶えがない。


数人とご縁があったが、みんな同じ事を聞いて来るんだ。


「私の事愛してる?」って。


愛してると言い返しても胸の内は満たされなかった。自分自身の。


そしてあいつの顔をいつも思い出す。


そのやり取りに嫌気が刺して後の数人とは自分から関係を断ち、


一人になった。



『心の闇』


誰にでもあるだろう、自分自身の心の根っこの部分。心の側面というべきか。


照らしてくれる人や他の物、何か、があれば人は変われるのだろうか。


光だ闇だ中二病か?と自分に自分で毒づく。


「お前自身は変わりたいのか?」と問いただす日々が続く。』



別れた後は兎にも角にも働いた。

本業のサービス業は変わらず。兼業で朝早くに肉を捌く仕事をしたり、夜中から朝までパンを作る仕事をしてみたり、建築現場に行って埃だらけ泥だらけになったりと一人になる時間はどこへやら。

身を粉にして働いていた。

お金は稼げていたが、天下の周りものと言わんばかりに財布より逃亡するも、自分の懐に帰って来た憶えがまずないのが不思議で、給料日前はいつも金欠だった。


私生活は乱れに乱れ、煙草は増え、ストレスはいつも最高潮という具合。

常に酸素不足のような、泳いでいて水面から顔を出した瞬間の息苦しさを感じていた。


空を見上げるといつも曇り空だった記憶しかない。


まるで自分の心を映しているようだった。


そしてふと思った。


帰ろうか、地元に。



『昔から妙に直感が働く時がある。


直感というか、霊感の類なのか、虫の知らせというやつか、この先起きる事を断片的に夢で見る事がある。


良い事も悪い事も関係なく、変な夢を見たなと思って起きたら現実世界でそのシーンが出て来てハッとする。

会った事もない人に「久方ぶりです!」と言って「初対面よね?」と言われたりする。


自分でも気味が悪くてこの事は誰にも喋ったことはない。』



地位も名誉も捨てて地元に帰って来た。

言い方は格好良いが、生活習慣が乱れに乱れ、このままじゃいけないと思い立ち、行動しただけだ。


思い出の詰まったあの家が嫌になって逃げだしたと言った方が正確だろう。


歳は三十代前半。


できるなら帰って来たくなかった土地ではある。

仲間達に敢えて連絡は取らなかった。風の噂で大体の状況は聞いていたし、家庭もある。

仕事も忙しい歳頃だ。

邪魔しちゃいけないという思いと、自分自身を立て直さなければいけないという思いが先行し、連絡しなかった。


さてどうするか。


まず求人を探してみた。

過去、サービス業ばかりやって来ていたから自然とそういう求人に目が行く。

給料は悪くない。

二、三面接に行くと、その店特有の物差しがあり、全く問題がないと言われる事もあれば、「まだまだね」と言われたり、「明日から来れますか!?」と言われたり。

その店々で反応が違うのは新鮮で面白かった。

一応、その店に合わせた修正があるも、合格。


だが、昔の事を繰り返すような気がしてすべて辞退してしまった。


一呼吸し再び考える。


一時、悶々とした日々が続く。



『悩みがない人はいるのだろうか?


大きい小さいはあれど、皆少なかれあるだろう。


でもよく考えてみれば大した事ない悩みのほうが多い。


あなたは「悩む」という事に悩んでいませんか?』



悶々と日々を送っていた中、とある求人に目が付いた。


「未経験者大、大、大募集!!!」


と、これでもかっていうぐらいの大きさで書かれている。


職種は医療系のサービス業だ。給料はあまりいいとは言えないが、学生時代に取っていた資格が使えそうだ。

家から近い場所だったし、広告に載っていた職員さん達の笑顔が印象的で応募してみる事にした。


面接では「そんなにお金出せないけどいいの?」と自身なさげに言われたが、現場の職員さんとお客様のやりとりに何より惹かれ、就職を決めた。


月日は流れる…

毎日新鮮だった。嘘だろ?というようなハプニングに満ちた現場は飽きる事がなかった。

働くスタッフもパワフルな方達で油断していると自分のペースを持って行かれ、事件?に巻き込まれる。

以前より給料は大分落ちたが驚きと発見に満ちた毎日を送っていた。


そんな中、定期的に会社の健康診断を受けていた。


健康状態はお世辞にも良いとは思っていなかったが、尿内蛋白質と潜血の量が以前検査した時よりも増えて来ているのが気になった。

検査結果と一緒に「要、精密検査」と書かれた書面も入っている。

身体に異常は特に感じない。

が、体内の状態を知るために健康診断を受けるのであって、そのままにしておくという自己判断は危険だと思い、精密検査を受けに行った。


検査結果は健康診断時と変わらず。


担当医の先生は「う~ん…」とパソコン画面のエコー写真と検査結果を照らし合わせては唸り声を出されている。


沈黙が流れて先生より一言。

「何かしら病を患っている可能性が高いですね。」と。


自分の血の気が引いて行くのがわかった。


「生検検査をやりましょう」




『人生上り坂、下り坂、まさかが誰にでも起きる」という。


本当だ予期せぬ事は起きるものだとこの時思った。


思い知らないと分からないのだから救われない。』



生まれて初めて腎臓の組織を取る生検検査を受けた。


入院スケジュールは一週間程。

生検検査をするので休みもらいます。と現場に言ったら「痛いよ~」と脅された通り、局所麻酔後、針を入れられ組織を取られた。

あの針が脊柱に向けて貫いてくる感じは二度と味わいたくない。

生検後はうつ伏せの状態になり、数時間経てば仰向けになれる。が、ここからが長い。

仰向け姿勢を一日近く維持しなければならない。

一時すると動きたくなる。ものすごく。

動いたら針を入れた箇所から出血する恐れがあるため、「動かないで!」と何度も注意を受けるが、勘弁してくれよと泣き言は通らない。


あんなに「動かない」事が過酷だとは思わなかった。


生検二日後には補助器具が外され、点滴治療になる。

生検三日後には出血がなければ、チューブを抜かれ、自分でトイレに行ける。

生検四日後には院内で普通に生活が認められ、入浴と、うるさい看護師のおばちゃんの目を盗んで売店に駆け込めたり、院内を散策できる。

生検五日、六日後は四日目を繰り返し。看護師達と格闘。(何度怒られたか憶えてねぇよ)

生検七日後に異常がなければ退院。


という感じ。


後から聞いた話だが、「脱走兵」として他部署にも通達が行っていたらしい。


退院時は面と向かって「やっと平和が戻って来る」と言われるし。


「また来て、顔出して下さいね~」と言われたが、嘘八百としか思えません。


愚痴られて言うの忘れてましたが、お世話になりました。


やっと解放されて安堵していたが、これから永い期間、病院に来なければならない事態になっているとこの時は思いもしてなかった。



『「どうして?」、「何で?」と。


頭の中が真っ白になったのを憶えている。


これでも人生悔いなく、生きて来たつもりだ。


生き方を間違えたまま頑張っていたんだなとこの時だけは、後悔せずにいられなかった。』


現場に復帰後数週間し、検査結果が出た。

生検時担当の二人の先生の顔があり、如何にも熟練の先生です!みたいな先生から説明を受けた。


結果「IgA腎症」と断定。


「何ですかそれ?」と説明されるよりも先に問いただしていた。

何でも、抵抗力関係の難病指定の病気で、ホルモン剤とステロイドパルス治療が必要で、長い期間の通院と入院がいる。病気らしい。

病状が落ち着いたとしても通院が必要で保存治療していくしかない。

幸いな事は、命に直接別状はなく、中には一生気づかず、亡くなる人もいると。


信じられなかった。


説明は続く。

毎月病院に通院して検査し、データを取る。

二ヶ月毎のステロイドパルス治療で抵抗力を抑える治療をして経過を診る。

経過に合わせてホルモン剤を調整する。

ホルモン剤は二日に一度服用必須で、途中、自己判断で服用を止めると病状が早く進行したり、ショック状態になる人もいるので辞めない事。

ホルモン剤服用には副作用があり、個人差があるが出る場合もある。

との事。


一応話を聞いていたつもりだが、頭に入って来ない。


病院を後にし、近くの公園のベンチで病気の事を調べた。


難病とは現代医学で「治療する薬がない」、「不治の病」の事を言うらしい。

喫煙等、生活習慣も関係している。

塩分が多い食事はまず避け、症状が悪化すると腎不全になったり、透析が必要だと。


やりきれなくなり、スマートフォンの画面を思いっきり殴り付けて、深い溜息を漏らしてしまっていた。



『朝も昼も夜もなく働いて来た。


世の中、私なんかより多忙な人はいくらでもいるだろう。


問いたい。

何故あなたは頑張り続けているんですか?


夢や希望、家族、それとも野望のため?生活するため?迷いなく言われたならまだいい。


何時しか仕事するために仕事していませんか?


そう感じたら立ち止まってみたほうがいいかもしれないです。


私は頑張るために頑張り続け、止まるタイミングを失ったからです。』



今までの人生が無駄になった気がした。

自分でも大袈裟と思わない事もない。自分より病状が重い人は幾らでもいるだろうし、医学が進めば先の未来には難病ではなく、完治させる事ができる病気でもない「症状」になっているかもしれない。


自分で考えていて虚しかった。

今すぐ、こんな病気は治したかったからだ。


見た目は変わらない。問題なく仕事も生活もできる。遊びにだって行ける。

ただ少し、食べ物は塩分の少ないものを食べ、夜更かしは控えめにし、仕事は無理しない程度、誤魔化しながらやればいいだけ。面倒はあるが、苦労は少ない。


だが、周りが自分を見る目は変わってしまっていた。


あの人、「病気だから~」や「病気だからしょうがない」とか「病気だから気を付けて!」等。

何かあれば「病気だから」が付く。

気持ちは有難かったし、何かあれば言い訳になっただろう。


その「特別扱い」のような気遣いが何より申し訳なく感じた。


そして思い知る。

自分は病人なんだなと。


そういう扱いとホルモン剤の副作用を理由に仕事を止めた。

引き止められたが、以前の自分じゃない事を痛感する日々が苦しく、副作用により体調を崩す事が確かに多くなって来ていた。

少し弱気にもなっていたかもしれない。

お世話になっていたからこそ、何か事が起きてからでは遅い、医療の現場では取返しが付かないと判断し、退職した。



また月日は流れる。


現在は治療優先しながら就職活動中。


恥ずかしながら、小説を作成している。


机に向かい、パソコンをカタカタ打っている。

画面はテキスト画面が開かれていて机の横には、


「おくすりわすれんごと!早く良くなりますように☆彡」


と、元同僚に書いてもらった、熊かウサギかよくわからないイラストが描かれた薬箱が置かれている。


書いてくれた本人が聞いたら笑うだろうが、これは私の宝物だ。



さぁそろそろ書き出そう。


何の為に生まれて来たのか、自分の人生にこの先何を用意しているのか…


『私には、まだ分からない』


この物語は現在も継続中。


私は知りたい。


生の意味を、生まれた意味を、私は知りたいから、病を抱え苦しもうとも…最後の最後の瞬間まで…


私は生きる。




   

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