1話 鳥取県のニート
竹中隼人は極悪人ではありませんが、まぁまぁ適度なクズではあります。
「いい加減に起きなさい!いつまで寝とるだ!そんなんじゃ仕事決まった時に困ったことになるんだけんね!」
…………鳥取県に帰って来て三ヶ月、絶賛ニート中である。
最初は優しく慰めてくれた母さんも、三ヶ月も経てば仕事の決まらない俺に強くあたるようになった。
最初の一月は罪悪感と懐かしさと嬉しさで頑張っていた俺も、三ヶ月も経てば鳥取県が何もないことを思い出した。
よくよく考えてみれば、大都会ですら不景気で職がないのに、こんな過疎地で職なんて見つかるはずねーじゃん。
通勤は自家用車ないと出来ねーし、そもそも俺車持ってねーし、ハロワですら母さんに送ってもらってんのに、無理だろ。
俺ん家が農家や百姓や商店なら「家業やらせてよ」なんて言えるけどさ、どれでもないとか最早ニートになるべくしてなったんだよ。
なのに俺への風当たりは強い。
母さんは専業主婦だから一日中顔合わせる事になるし、親切なのかなんなのか知らないけど、新聞についてくる広告求人を俺に毎回見せてくるし、求人雑誌持ってくるし、ご近所さんや知り合いに仕事がないか聞いて回るし、毎日のように「今日はハロワに送ってかんくていいだ?」とか聞いてくる。
もういっそのこと母さんが就職したらいいんじゃないかな?
勝手に出てくる飯も、清潔な部屋も周りの音を気にしなくていい家も、やらなくていい家事も、そりゃ幸せだよ。
母さんってありがたかったんだなって離れてから気付いたけどさ……………にしても、職の事は言わないでよ。
こんな何もない田舎が嫌で出ていったのに、やりたいことなんか見つからねーよ。
確かに数年帰ってきてなかっただけで鳥取県内は結構変わった。
近代化が進んでいるのをひしひしと感じたりもする。
『市』の方の駅前には西横インなんてものがいつの間にか建ってるし、駅構内にエスカレーターなんて付いちゃってた。
此方には何か制約でもあるの?それとも人住んでないとでも思われてんの?って位鳥取県だけに頑なに来なかったチェーン店が上陸したり、ここ数年で街並みは結構変わっている。
かく言う俺ん家の前も、車高を低くしようものなら速攻でガリガリになるだろう砂利道だったのがいつの間にか舗装されてた。
「水道水が温くなった」と両親には不評だが、それでも真新しいコンクリートの道は脱田舎の一歩を歩んでいるようで嬉しいものだ。
………と、言っても俺の家は集落のどん詰まりで、真横の雑木林と田舎道は未来永劫舗装なんかされる気がしないがな。
予算を他に使うこともなくて、鳥取県の道路は他県に比べても綺麗なものだと思う。
車が多く通る場所なんか限られてるってのに、予算を使いきる為なんだろうな………と綺麗な道路を通る度に思うのだ。
………そんな事はどうでもいい話だ。
まぁ、そんな感じで色々と変わっていく鳥取県なのだが、電車は未だに通ってないし、最寄り駅は最寄りじゃないし、バス停も最寄りじゃないし、仕事だってない。
東部程ではないにしろ、田舎というものは閉鎖的でその土地と反比例するかの如く狭い世界で成り立っていたりする。
ここだってそういう面を持っている。
噂話やしがらみが無いわけではない。
ずっと就職しない俺の噂はご近所や知り合いにはとっくに広まっているだろうし、母さんが必至になるのも分からなくもない。
俺がいつまでも就職せずにいて、一番困るのは専業主婦である母さんなのだろう。
ただでさえ都会の会社から追い出されて田舎に出戻ってきたんだ…………何か言ってくるお節介で噂好きな奴の一人や二人、いたと思う。
そう考えるとどうしようもなく『罪悪感』なんてものを感じたりもするのだが、今の俺は何よりも休息と安寧を欲している。
ただ流されるがままに生きてきたって、努力をしてない訳じゃない。
頑張らなかった訳じゃない。
今はもう、流れる気力もないだけだ。
「………ちょっと散歩行ってくるわ。」
「どこまで行くだ?送って行こうか?」
「いや、林ぶらつくだけだけんすぐ帰ってくる。」
「行ってらっしゃい。」
ずっと母さんと居るのも息が詰まる。
Wi-Fiもひけないこんな家じゃ、日がな一日する事もない。
パソコンはある癖にインターネットは繋がれてない…………もうワープロでよくね?
テレビだってブラウン管にチューナー取り付けて無理矢理観てるし、鳥取県の中でも文明に追い付けていない方の家だと思う。
あ、因みに携帯は最近きちんと電波届くようになりました。
前までkinoco以外の携帯は圏外で、kinocoだって家の中を歩き回って繋がる場所に立っていないと通話もメールも出来なかった事を思えば、俺ん家だって進歩してる。
そんな家で一日何して過ごすの?
学生時代どうやって過ごしてたのか、今となっては不思議に思う。
「あー………怠ぃ~。」
大山を眺めながら入っていく林道は昔と変わらない。
家の一軒も建ってなくて、すぐ近くに鉄塔が建ってて、春になるとワラビなんかの山菜が生えてて、たまに狐を見かける。
誰も居なくて、少し奥の方にはどこの家のかもわからないけど墓があったりもして………ただ、昔から妙に落ち着く。
俺の部屋の中だって、ましてや都会の家でなんか感じることの出来なかった本当の一人っきりだ。
ごく稀に車や人が通る事を知っているが、十数年通りまくってた中で、それらとすれ違ったのはたったの数回だ。
途中畑があるから、たまーにそこで人を見かけるが、それも大抵は土日の昼間だけだ。
そんな畑が同級生の実家のモノだと知ったのは高校生の時だったか………それまでの十数年間気付かないレベルで人と遇わない場所である。
「怠ぃなぁ……いっそのこと地球滅びねーかな~。」
長閑で平和な風景を見ながらも出てくる言葉はそんなものばかりだ。
どうしようもなく怠惰に育ってしまった我が身を呪いつつも、口から溢れるのは愚痴ばかりで、この散歩だってただの現実逃避で、時間稼ぎの逃げでしかないのは分かってる。
分かってはいるが、あの家で一日中母さんと居るのも辛いのだ。
「…………そういやむこうの道は高速になってるんだよな。」
林を抜けると舗装された道へと出る。
子供の頃に造られた道は、今では高速道路へと繋がる道に変化しているらしい。
林を抜ける前に折り返すか………。
でもそれじゃあすぐに家に帰ってしまう。
今はもう少し一人になりたい気分だ。
「…………あれ?ここってこんなに拓けてたっけ?」
左手には竹林が広がっている。
竹林の終わりには草が止めどなく生えていて、その隣は誰かの畑になっていたはずだ。
その竹林と畑の間の草が刈られ、人が歩けそうな獣道になっていた。
「…………この奥って何かあるのか?」
草の奥は木々が生えてはいるものの、そこも人が通れそうな獣道になっている。
………………………………。
気になる!
小さな頃からここで生まれ育ったが、林の奥なんて考えた事もなかった。
この田舎道を小さな頃はよく探険したものだ。
リュックに水筒とお菓子、それからスケッチブックと色鉛筆を入れて、長靴を履いて傘を持てば、いつだって俺は大冒険をする探検家だった。
途中の草花をデッサンしたり、道の途中に落ちているゴミを拾って地球上を綺麗にしたかの如く得意気になったり、蛇を見付けて傘で戦ったり………この林は子供の俺にとっては大冒険が出来るアドベンチャーワールドだった訳で…………
今の俺はアラサーな訳だが、そんな俺の冒険家魂が疼いて止まらない!
鳥取県マジ何もねぇ……って思ってたけど、子供の頃はここにいくらでも刺激はあった。
懐古厨と呼びたきゃ呼べばいいさ!
知らない道があったら入りたくなるだろ⁉
俺はなる!
そうと決まれば早速入ろう。
装備は心許ないが、家に戻るのも嫌だしな。
冒険の始まりだ!