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道行  作者: 墨太郎
3/3

道行

 秋の色が濃くなってきたころ、真理は友人たちと共に私の故郷に向かった。妻だった人の喜ぶものがわからず、とりあえず値の張る菓子折りを持たせた。子供が会いたがっていると梢子に書いた葉書の返信はすぐにきて、住所が変わったから間違えないようにと簡単な地図が書かれていた。親子四人で暮らすには地主の屋敷は大きすぎたらしい。家は売り払い、同じ村に空き家を買い取って暮らしていると丁寧な字で書かれていた。文章や字の感じが変わったなと思ったがどこがどうとはっきりは言えず、子供や夫との暮らしが彼女の中にも何かしらの変化を生んだのだろうと解釈した。私もまた同じだった。そしてきっと彼女は私と夫婦のままでは陰鬱を引きずったまま変わらなかったろう。真理に真実を告げたことで長い後悔に一つ区切りがついたような気がしている。最初はなし崩しで伝えてしまったことを悔いたが今ではあれでよかった、変に言葉を練らなくてもよかったのだと考えられるようになっていた。私と真理の関係は変わらず、彼女の家はここだと何の迷いもなく言うことができる。

 瀬尾の文筆業は好調だ。連載を始めた少女を主題にした話が好評らしい。少女は明らかに真理の姿を模しており文章の中でも生き生きと動き回る。筆が進むと肩が凝ると言って私を呼ぶ回数が増えた。私に向ける好意が最近明け透けになっているように感じる。何事にも覆いを付けない若者達に感化されたのだろうか。妻の話を瀬尾の前でしたことで反応があるかと思っていたが何を言われることも無かった。妻と子供を言い訳に関係を拒否したのに妻とは契約だったと知っても男があからさまに態度を変えることは無い。瀬尾は私の卑怯な心の内を全てわかっているのではないだろうか。わかっていて私に未だ好意があるのなら…あったとしたら?私はどうするというのだ。

 今更瀬尾と離れがたくなっているのはある種の情が湧いているからだと悟っている。罪悪感や狡猾さから始まった関係だったがこうも長い間一緒に居れば信頼や友情のような感情もまた生まれる。だからこそ瀬尾の目に私への単純な好意を感じるほど自分の中に迷いが現れるのだった。隻腕の責やあの日の告白を全て白紙に戻して私も瀬尾が好きだったら、それか嫌いだったらこの関係はすぐにでも終わるだろう。けれど私達の間にどうしても過去が横たわって単純さの邪魔をする。真理がいない今、明白に瀬尾と私はお互い距離を測り合い腹を探り合っている。

 夜は主人に乞われて肩をもみほぐした。今日はもう書かないと宣言して彼は自分で目と目の間を揉んだ。瀬尾家から手切れ金として暮らしていけるだけの金額を貰っていて、無理に働く必要はないはずなのに彼がものを書き続ける意味はなんだろう。昔瀬尾は読んだ本や演劇の話をよくしてくれた。軍人としての彼よりも親しみがあるのは何かに夢中になって顔を輝かせている青年の姿だった。一つの夢をかなえた結果が今の姿なのだろうかと私は凝り固まった肩と格闘しながら考える。

 主人はかくりと首を落としてため息をついた。

 「お休みになりますか。」

 瀬尾は答えない。眠いのかと思い、布団を整えようと中腰になった私の腕を瀬尾が掴んだ。見返すと更に掴む腕の力が強くなった。

 「もう終わりにしよう。」

 私は腰を下ろしてそっと瀬尾の腕を剥がした。

 「こんな風にしかお前を傍に置いておけなかった俺が悪いんだ。」

 瀬尾は努めて平坦に喋る。

 「好いた人が近くに居るのに何も言わないのはおかしいと言われたよ。あいつらは若いから平気でそんなことを言いやがる。」

 屋敷に出入りしている学生に話したのだろうか。顔をしかめているがその実彼が若者達を好ましく思っていることを私は知っている。

 「言われて気が付いたわけじゃない。ただ怖かったんだ、わかるだろ。」

 瀬尾の言葉の意味を痛いほどよくわかっていた。たがもう限界だった。

 「お前が決めてくれ。俺には勇気が無い。」

 彼は顔を上げて私の目を正面から覗き込んだ。同衾しても背を向けて寝るからこんな距離で瀬尾の顔を久しぶりに見たな、と思う。お互い年相応に老いたが瀬尾の気持ちは変わらなかったのだ。

 「お前が好きだ。」

 あの時とは違う。かつては意識を失いそうな顔と声で必死に瀬尾は好きだと告げたが今は生気があり、力強さもある。

 「もしお前が俺を受け入れられないなら、俺は本家に頭を下げて戻る。ここの管理はお前に任せる。給料も、真理の学費も変わらず支援はする。ただ俺がここからいなくなるだけだ。」

 彼は腹を決めているのだ。あんなに受け入れがたいと言っていた本家に戻る覚悟までして。

 私は初めて命じられないで瀬尾の無くなった肩口に触れた。彼がびくりと身をすくませるのがわかった。

 「あなたが過去を清算する気なら私もそうしなければならない。」

 殆ど独り言のように私は言ったが夜の静けさで意外に大きく声が響いた。

 「軍に居た頃は物好きな人だと思っていました。なんの取柄も無い年上の田舎男を呼びつけて傍に置くのだから。命令ならばと従いましたが。」

 寝所では軍人の仮面を外した瀬尾を知り、妻子がいると言えば手を出してこない誠実さを知った。

 「あなたを置いて行ったとき私の心にあったのは同情心でした。あなたもわかっていたでしょう。だからこそ再会してどうしたらいいのかわからなかった。」

 真理への支援を続けると言う言葉は本当だろう。瀬尾梅太郎は言葉を覆さない、忠実な男だ。

 「子供もいて、仕事も無かった私はあなたの話に飛びついた。あなたを良いように使って、誠実さを利用した。」

 瀬尾はじっと身じろぎもせず私の話を聞いている。まるで宣託でも受けているかのように一言も聞き逃さない。

 「私は残酷で、冷たい人間です。それでもあなたは私を許してくれるのですか。」

 「お前の立場を利用したのは俺の方だよ。」

 私は何も言わずに瀬尾を見つめた。男は私の言いたいことをくみ取ったのか、一言許すと答えた。

 「一緒に暮らしてあなたという人間を以前よりは知ったつもりです。卵焼きは固めで甘くないのが好き、洋装は好まない、あと意外に寂しがり屋だ。寂しい時に私を呼んだでしょう。」

 そんなことか、と瀬尾は笑った。そんなことですよと私は答えた。

 「私もあなたが好きですよ。」

 瀬尾ははっとして目を大きく見開いた。私は微笑む。

 「本当か、またお前はどうせぐちゃぐちゃ頭の中で考えて…。」

 「好きですよ。」

 瀬尾を黙らせて私は少し得意な気持ちになった。正確に言えば長い長い時間をかけて絆されたというべきか。どんな形であれ私は瀬尾が好きだ。そのことに気が付いた。

 「俺はまた断られると覚悟を決めていたんだ…。本家から見合いの話が来てな。」

 瀬尾の本が少し売れて、名が知れて来たので三男坊が独り身でふらふらしていると外聞が良くないと思われたらしい。

 「近くにおいて手に入らないならいっそ諦めようと。」

 真理の不在も瀬尾を後押しした。真理がいるとどうしても瀬尾家に戻る気持ちが鈍る。

 「お前が俺を置いていったことを気にしているのも知っていた。自分のことを残酷だと言うが本当に残酷な人間はそんなこと考えもしない。俺の気持ちを弄んだと思っているだろうがお前なんぞに弄ばれるような生半可な気持ちじゃないんだぞ。そういう人間臭いところも含めて好きなんだ。頼むから罪悪感でいっぱいの顔をするな。」

 彼はここ何十年に降り積もった鬱憤を一気に吐き出すように喋った。私はあっけに取られてしまう。

 「あなたは、私のどこがそんなに…。」

 知るか、と瀬尾は吐き捨てた。

 「あの皆が狂っていく戦争でお前だけが日常だった。訓練中なのに雲や風に気を取られてよく殴られていたろう、それで気になって見ている内に頭から離れなくなった。それだけだ、それだけで何十年もお前のことを。」

 クソッと彼は言う。

 「お互いに好きならもっと早く言っておくんだった。なんだってこんなに時間がかかっちまったんだ。」

 瀬尾はそういうが何十年も腹に互いの気持ちをためていたからこそ今ここでこういう答えが出せたのだと私は思っている。おそらくもっと前に告白されていたら断って真理を連れて屋敷を出ただろう。そう言ったら怒られそうなので言わないでおく。

 「何を笑っているんだ。」

 瀬尾は不満そうである。私も気が付かないうちにこの男のことがずいぶん好きになっていた。

 ひとしきり恨み言を言われて、それではと部屋を辞そうとすると引き留められる。

 「お互いの気持ちがわかったのに何故別々に寝る必要がある?」

 自分の気持ちがわかってみると瀬尾と共に寝るだけがどうしても恥ずかしい。今までの人生で人のことを真摯に思ったことが無かったのでこれが愛や恋だと名前を付けると心臓が波打った。

 瀬尾は一生分鼓動を使って疲れたと言って寝床に潜り込んですぐ眠ってしまった。逆に私は目がさえてしまって眠れない。瀬尾の横顔を眺めながら今までの自分の在り方を振り返り、過去があふれ出して大河を作った様子を冷静に眺め、この瞬間が一番幸せだと結論付けた。罪悪や後悔、卑劣な自分を恥ずかしく思う気持ちはあるがそれを丸ごと好きだと言ってくれたこの男を信じようと思った。


 初めての電車旅は心を浮き立たせ、四人とも遠足をしているような気分になった。家からトランプを持ってきたと鷹尾さんが言うので四人でずっとゲームをしているうちに景色が変わって来る。乗り換えを何度かするうちにいつの間にか田んぼが増え、山が近付いてきた。

 「緊張するわね。」

 寝入ってしまった男子二人を見ながら道子さんがそっと言った。もう仲間には私の出生の話はしてある。

 「駅に妹達を寄越してくれるって。」

 双子は良い目印になるだろう。

 「今更だけど、私達までお邪魔しちゃって悪いわ。」

 「私が来てってお願いしたんだもの。一人じゃあ心細くて。だからと言って父を無理に連れて行くわけにも。」

 父にとって故郷がそう良い思い出でないのは知っていた。来てくれと懇願すれば一緒に行ってくれただろうが本意でないことをさせるのは気が引けた。そんなことはあり得ないとわかっているが、美しい母を見て父の気持ちが村に戻ってしまうのではないかと、そんな妄想もした。

 「ついてきてくれてありがとうね。」

 道子さんは私が髪を切った理由を話した日、私よりも怒り狂った。彼女のように考えてくれる友人を持つことができて私は幸せ者だ。もちろん鷹尾さん達にも感謝している。

 父の故郷は遠く、朝早く出たのにもう昼過ぎになってしまった。作ってくれた弁当は明らかに一人用では無かったので皆で分け合って食べた。父の料理は男の子達曰く普段家で食べさせてもらえない食材の組み合わせらしい。私と梅と三人分の食事を作るときは梅の好みに合わせて和食だが、学生が訪ねてくる日は洋食や中華も作った。彼等に気を使っているのかと思ったが肉屋の息子である畠山さんの家から肉を貰ってきてこれでもかと言うくらい料理をしているときは嬉しそうだ。

 皆のお陰で梅も父も楽しそうなのだった。そういう意味でも感謝している。

 またトランプをしたりお喋りをしたりしているうちに目的の駅に着いた。着いてしまった。小さな駅で、降りる人は私達しかいない。というより電車の中に私達しかもう乗っていなかった。

 降りるとすぐに色違いのスカートとブラウスを着た女の子二人が手を振って近付いてきた。妹達だ。

 「ようこそ!!」

 二人とも頬と唇が紅くて目が切れ長の美人顔だった。写真で見た若いころの母に似ている気がする。

 「ずいぶん遠くからいらしたのね。」「村までは少し歩きますから。」

 道すがら自己紹介をする。女の子達は清子と涼子と名乗った。髪の毛のみつあみから笑う時のえくぼまでそっくりでスカートの色でしか違いが判らない。都会に興味津々で矢継ぎ早に質問が来た。彼女たちの無邪気な質問に答えている間に村が見え、良い具合に緊張がほぐれた。二人は私のことを姉と言うより都会から来たお客さんのような態度で接した。どう接したらいいのかわからないのは私もお互い様だった。

 小さな一軒家で家族は暮らしているらしかった。村で過ごしていた時期もあったのに私は何も覚えていない。双子が元気よく引き戸を開けて「見えたよ。」と大きな声で母親を呼んだ。

 奥から写真より年を取った母が出てきた。皴が増え、髪の解れはあるものの年齢不肖な妖しい美しさを持っている人だった。

 「遠いところからいらしてお疲れでしょう。皆さん上がって。」

 ぎこちなく微笑みながら母は言った。

 客間に通してもらってから父の持たせてくれた菓子折りと手紙を渡した。母はゆっくりとそれを見てちょっと困ったような顔をした。

 「気を遣わせてしまったみたいね。こちらは大したお構いもできないのよ。」

 客間は学生四人が入るともういっぱいになってしまった。茶菓子を出してもらってそれをいただきつつ父の様子や暮らしを話した。

 「僕ら村の様子を見てみたいんです。お嬢さんたちをお借りしても?」

 鷹尾さんが言い出し、三人は探索と称して私と母を二人きりにしてくれた。賑やかな彼らが去ってしまうと私も母も無言になってしまう。

 「あの人、幸せなのね。」

 ぽつりと母は漏らした。

 「あなたも聞いたでしょうけど、私との結婚なんて望んでいなかったことだから。」

 私と本当に血が繋がっているのだろうか、と彼女の顔をよく見たけれどわからなかった。

 「何故父が帰って来ないのに新しい人と一緒に暮らし始めたんですか?」

 私はどうしても父の味方なので昔話の中で宣教師よりもそこばかりが気になってしまった。気持ちが無くても待っているくらいしてくれても良かったのではないか、と。

 「言い訳に聞こえるかもしれないけれど、あの人のいた隊は最前線に送られてね。ほとんどの部隊が壊滅したと知らせが来たの。女一人、子供を連れてあの時代を生き残るのは苦しかったのよ。」

 戦中を私は知らない。村は閉鎖的だったと聞いたのでそういうものかと納得した。別に母を責めたいのではない。

 「最初に聞くのは亮司さんのことなのね。」

 母は笑った。笑ってはいるが目が潤んでいる。

 「小さいあなたにずっとお父さんは戦争に行っているって伝えていたの。どんどんデイビットに似てくるあなたに私はずっと嘘を教えて…。」

 「何故ですか。」

 デイビット、が本当の父親の名前らしい。

 「デイビットを忘れたかった。あなたに嘘を教えることで自分も本当に父親は戦争に行っていると信じ込もうとしたの。」

 村人の目が恐ろしかったのだと彼女は言った。敵国の男と通じた女として警察に連れて行かれそうになったこともあると言う。そういう時代だったのだ。

 「父と母が生きているころはまだ良かったわ。村の人達もそう表立って私を批判することも無かった。」

 父が戦争に行ってから環境は激化し、食べ物は減り、商いは滞った。地主の家は食べ物をため込んでいると批判の的になったこともあるそうだ。高齢だった祖父母は気を病み、そのうちに風邪をひいて衰弱しあっけなく命を落としたと言う。後ろ盾を無くした彼女は村で孤立する。愛した男の容貌を色濃く受け継いだ私を抱えて。

 はっきりと口にはしないが重荷だったのだろう。

 「あなたは大人しくて、家の中にずっと閉じ込めておいても文句ひとつ言わなかった。手のかからないいい子だったわ。外に出るときは毛が見えないように頭に手拭いをしてね、眼も人がいたら薄めに開けなさいって教えたらいじらしいくらい忠実にそれを守って。」

 母はついに泣き伏してしまった。彼女は苦しい時期に必死に私を育ててくれたのだ。そしてそれに疲れはててしまったのだ。

 「お母さんを責めるために来たんじゃないわ。ただ知りたかったの。」

 泣かないで、と背中をさするともっと泣いてしまった。時代がもっと私と母に対して優しければきっと私はこの村で暮らしていただろう。そして母は私の容貌に振り回されることもなかっただろう。

 「ねえ、デイビットのことを教えて頂戴。」

 母はなんとか泣き止んで赤い眼で宣教師について教えてくれた。女学校で英語を学ぶ機会があって母は英語が得意だったこと、地主の娘として決められた人と結婚して生きていくのだと悟った時人生に絶望しかけたこと、村に偶々来た宣教師を地主の家でもてなしたこと。片言の英語と日本語で話をして、狭い世界が大きく広がってもう彼に夢中になってしまったそうだ。

 「広い世界を知っている人だったわ。言葉は拙かったけれどお互いに気が付いた時にはどうしようもないくらい惹かれてしまっていた。」

 狭い村のことで、どんなに隠していてもすぐに噂が広まってデイビットは村を追われた。さよならも言えなかったと母は唇を噛み締めた。それからの母は抜け殻だったそうだ。言われるまま村の男と結婚して男はすぐに戦争に行った。

 「お母さんはデイビットが本当に好きだったのね。」

 「そうよ。愛してはいけない人だったのかもしれないけれど、とても良い思い出。あなたの綺麗な髪の毛も瞳もデイビットと同じ。」

 彼女はそっと私の髪の毛を撫でた。

 「お父さんの子供の頃のことを知っている?」

 母は首を傾げた。

 「亮司さんとは交流が無くて。あまり知らないの、ごめんなさいね。」

 その後は世話になっている梅のことや友人たちの話をした。母は清子と涼子がとても楽しみにしていたと話してくれた。暗くなって、お腹が空いてきたころに友人たちと妹が帰ってきた。手に手に栗を持っている。栗拾いをしてきたようだ。母は喜んで栗ご飯を作ってくれると言う。

 扉が開いた音がしたと思ったら青白い顔の男がひょこりと顔を覗かせた。双子がお父さん、と飛びついたので正体が知れた。体が弱く戦争に行かなかったという男は今なんとか仕事を得て働いているらしい。原口正文、と名乗った男は「君と少しの間暮らしていたんだよ。」と言ったが私は何も覚えていなかった。

 大人数での食事となる。双子は姦しくお喋りをし、同じく口が達者な鷹尾さんと気が合うようだ。母も男もその様子を目を細めて見ている。道子さんは森下さんの隣でよそ行きの顔をして箸を進めている。私は母の料理にどこか懐かしさを覚えて戸惑った。覚えてもいない小さい頃にこの人の娘だったのだ、とおぼろげながら実感し始め、奇妙な感覚を味わっている。

 食事の後に双子と私で食器を洗った。いつも双子の任されている仕事なのだとか。

 「お姉ちゃん。」

 恥ずかしげに双子は私をそう呼んだ。姉妹が欲しいと思ったこともあり、すぐに慣れた。隣の部屋から皆の笑い声が聞こえる。

 「いつか私達もお姉ちゃんの家に行っても良い?都会に行ってみたいの。」

 積極的な方が涼子、いつも引っ張られているのが清子だ。

 「もちろんよ。」

 きっと梅も父も受け入れるだろう。そんな気がした。最初は父と二人で始まった旅が色々な人を巻き込んで大きく広がっていく。誰のせいとも何のせいともつかないただ「そうなってしまった」過去が私をここまで運んできたのだ。ぐるぐる回る歯車に似ている、とふと思った。最初は父が居て、私が居て、梅がくっ付いて。二人は屋敷で何をしているだろうか。話したいことがたくさんある。


 二日間梢子のところでお世話になって、やっと真理が帰って来る。駅まで瀬尾と連れ立って迎えに行くと風呂敷を抱えた真理が顔を輝かせて降りてきた。若者たちも一様に明るい顔をしているのは山村の空気が美味かったからだろうか。

 三人で帰路に付いた。真理はひっきりなしに喋っている。お母さんに会いに行って良かった、と繰り返す。妹達はかわいくて、原口も親切だったと。何も見るところなど無いと思っていた村の景色も真理には珍しかったらしい。栗拾いをして、紅葉も見に行った、夏には川で魚が捕まえられる。

 「夏もまた行きたいわ。」

 これからもっと成長するにつけて母親という存在は真理にとって大切になるだろう。大きな風呂敷包みには真理のために縫っておいてくれたという服が入っていた。また来てください、と書かれた紙も同封されていてそれがけして建前でないことが感じ取れた。たった二日だったのにずいぶん大きくなった顔をしている。

 「いつかデイビットを探しに海外にも行ってみたいわね。」

 真理は冗談のようにそう口にしたが彼女なら本当にできそうな気がする。

 「その時は俺も連れて行ってくれよ。」

 瀬尾もきっとその日がやってくることを信じている。彼女は若く、聡明で何といっても私達の娘だ。

 「お父さんも一緒に行くのよ。」

 先を行っていた彼女は振り返って私を見た。後光のように太陽が彼女の背から私を照らす。眩しいのは夕日なのか娘なのか。そうだね、と返事をしながら私はあんなに小さかった子供がこんなにも成長するものかと改めて年月の偉大さを知った。

 真理は沸き上がる思いを抑えられずに坂を駆けあがって屋敷に向かった。

 「あの子のお陰だよな。」

 瀬尾が言った。全てがそうなのだった。万事が真理のお陰で上手くいくのだ。私達の女神は門について大きく手を振った。それに答えながら私と瀬尾も道を急ぐ。今日は真理の好物を作ってやろう。そして話をたくさんしよう。過去のことも現在のことも未来のことも。

 もう何にも邪魔されずに正直に生きられる空間が確かにここにある。

ありがとうございました。

この後も三人は楽しく暮らしていくと思います。

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