7話
読んでくださってありがとうございます!
多分今後も2日、3日に一回のペースで更新していくと思います。
来た。
美咲が近づいてくる。
……よし。嘘泣き開始。
肩を震わせるように泣いたふりをする。
「……圭介……」
美咲の声が聞こえた瞬間、驚いた。
何故なら、何時もはハキハキとした美咲の声が震えていたからだ。僕はゆっくりと振り返った。
「……不味いな」
幼児退行。それが今の美咲の状態だ。
この美咲の状態は僕が小学生の時に何度か遭遇したものなのだが、美咲は自分の思考がある範囲を超えてキャパシティオーバーすると、頭の回転が極度に遅くなって、ちょうど幼児の第一次反抗期くらいの精神年齢になってしまうのだ。
因みに、そのモードの時も記憶はしっかり蓄積されている。
その時だけ記憶がない!
みたいな都合の良いものではないのだ。
「み、美咲?」
「……けいすけ……」
はい。確定。精神攻撃耐性を限界まで上げよう。
「美咲?少し落ち着こう?」
「やだ」
「じゃあ、そこに座って?」
「やだ!」
以前、美咲がこの状態になった時も正気に戻そうと色々やった事があったのだが、治療方法はみつからず、結局モードが解けるまで待ったものだ。
前はまだ小学生だったから良かったものの、今はもう高校生だ。美咲もしっかりと凹凸が付いた体をしているので、今抱き着かれたりしたら------------
「けいすけの上がいい!」
「ダメだ!美咲!こっちにくる----あっ!あー………」
やめて!どうしてこんなに柔らかいの!?
「へへへー……けいすけー……」
かなり成長した体が上からのしかかり、体という体が触れ合っている。制服越しに感じる体温が熱い。
美咲の黒曜石のような光沢のある黒髪から甘い匂いがしている。
嗚呼、至福。
と、その時美咲が大きく動いた。
現在、僕達はブランコに乗っているわけであり。バランスを崩したら必然的に落ちるわけで。
「ああっ!」
ドシーン!と擬音がしそうなほど見事な尻餅をついた。
「痛たた……」
お尻の痛みが和らいでくると、今の状況を改めて認識する。尻餅をついている僕の上に、美咲が馬乗りになっているのだ。……この体制は色々と不味い。
「けいすけ、だいじょうぶ?」
まだ幼児モードは健在のようだ。
「ああ。だいじょうぶだ。」
すると美咲は又もや抱き着いてきた。
「よかった!けいすけー」
もう良いや。可愛いから愛でよう。
「はいはい、よしよし。」
「ムフ〜」
頭を撫でると、気持ちよさそうな声を出した。
美咲の髪はサラサラで、撫でるたびにハラリと髪の毛が揺れる。
そのまま撫で続けていると、美咲が突如僕の目を見た。じーっと見つめられていると、だんだんと美咲の表情が変化していくのが分かった。
蕩けたような表情から、微笑みが混じった顔に。
さらにどんどん表情が硬くなって行き………
「あうぅ………」
突然真っ赤になって俯いてしまった。
どうしたのか?と頭を撫で続けていると、
「ギューされた………なでなでされてる………」
と、よく聞こえないがブツブツと呟いている。
途中で「ギュー」という単語が何度か聞こえてきたので、もう一度抱きしめてみた。
「ひゃっ!?」
「ん?ギューして欲しいんじゃないのか?」
「ぅぅぅ………してほしいけど……」
小声で言っているので聞き取れない。
だけど、恥じらっているのは分かるので、ちょっとした悪戯をしてみることにした。耳に顔を近づけて、小声で囁く。美咲は昔から耳が弱いのだ。
「………なんだ?聞こえないぞ?」
「はぅぅぅ……」
ゾクゾクっと体を震わせている。面白いので、さらに続ける。
「………美咲?」
「………もう、名前…ダメ……本当に………」
…うん?……様子がおかしい。
ちゃんとした言葉になっている。
「お前………もしかして……」
「……も、もうっ!耳元で言わないで!」
やっぱり戻っていた。
「いつから戻ってたんだ?」
「だから、耳元で………」
「美咲?」
優しい口調で囁きかけると、素直に吐いた。
「……頭、撫でられた所から………」
ほう?……ということは、既にあの時には元に戻っていたのか。
「……美咲?」
「…なに?」
「……なんで今も素直に抱きしめられてんだ?」
俯き加減だった顔をバッ!とあげると、赤かった顔が更に赤くなり、耳まで真っ赤に染めてしまった。弱々しく僕を押しのけると、その場にしゃがみ込み顔を膝に埋めてしまった。
言わない方が良かったかな?
「……な、なあ美咲?」
「………なに?」
「僕も……その、忘れるから、美咲も今日の事は無かった事にしないか?」
美咲は膝に顔を埋めたまま、コクリと頷いた。
「よし……じゃあ……帰ろう……」
「…うん」
そう言って僕らは、公園での出来事は綺麗さっぱり忘れた状態で家に帰----れる筈もなく、お互いに意識したまま少し間隔を空けて並んで帰った。
「ただいまー」
パタパタと足音がして、冬香が出てきた。
「お帰りー」
そして僕の方には目もくれないで美咲に近づき、耳元で何か囁いている。
すると美咲は顔を真っ赤にして頷いた。
冬香は親指を立てて満面の笑みだ。
「何を話してるんだ?」
「教えるわけないでしょー」
「……圭介には絶対に知られたくない事……」
俺には絶対に知られたくない事………
「スリーサイズとか?」
冬香に殴られた。
「……痛い……」
「馬鹿なの?お兄ちゃん。鈍感さんなの?」
「酷い……」
妹にここまでコケにさせるなんて………
というか、かなり痛い。
「じゃ、じゃあ、私はここで……」
「あ、じゃあな。美咲」
「さようなら、美咲さん」
美咲は一度二階に上がって鞄を取ってくると、逃げるようにして帰っていった。
「お兄ちゃん」
「なんだ?」
「美咲さんにギューってされた?」
「え?は?な、なんで……」
なぜ冬香が知っている!?
「ふふふ……美咲さん、柔らかかったでしょ」
「いや………その……」
柔らかかった!柔らかかったけど!
「ふふふー」
「………」
「ま、虐めるのもこれくらいにしておきましょう」
「……妹に弄られるとは……」
「…あ、そういえばご飯できてたんだった。温め直すからからまってて」
「…りょーかい」
どうやら、冬香は僕たちが公園に行っていた時に晩ご飯を作ってくれていたようだ。台所からいい匂いがしている。
「「いただきます」」
僕達伊坂家の夕食は、家族で食べる事に決まっている。この決まりごとは冬香がうちに来た時から始まり、今も継続中だ。
「うまい。」
「ありがと」
冬香は料理だけでなく、家事全般が得意だ。
家族になる前は僕が家事をしていたのだが、冬香が来てからは冬香がする方が効率が良いという事で家事を全て引き受けてくれている。
ありがたい限りだ。
今日のメニューは肉じゃがと味噌汁、きゅうりの酢の物と白米だ。
肉じゃがはしっかりと味が染みていて、甘くて香りも良い。ジャガイモは口の中でほろほろと解け、肉も柔らかい。
味噌汁は冬香好みの赤味噌を使っていて、ダシからこだわって作られているので非常に美味だ。塩分過多になり過ぎないように薄味にしているのも分かる。
「本当に冬香は料理が上手いな。僕は簡単なものしか作れないのに。」
「お兄ちゃんも、その辺の男の子の割には家事は上手いよ。」
「ありがと」
こうして家族団欒の時間を取れるのも、夕食を共に取ることの理由の一つでもある。僕が冬香と始めて話したのも夕食の席だったしな。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「今日告白されたんだぁ」
思わず食べていた肉じゃがをむせてしまった。
「ゲホッ!ゲホッ!……だ、誰に?」
実際、冬香は家族としての贔屓目無しに見ても可愛いので、モテるのも頷ける。
だが、僕達の学校には美咲がいる。正直、美咲の人気が高すぎて他の女子達が霞んでしまっているのが現状だ。だから、冬香が告白されるのは久し振りだった。
「んー、同じクラスの人。断ったけどね。」
「え、どうして?」
「だって、別に彼氏とか欲しくないし、好きな人もいないし。それに、色恋沙汰にかまけて家事を疎かにしたらお兄ちゃんだって困るでしょ?」
「そ、そうか……いや、僕の事は気にしなくても良いけど。ある程度は家事ができるってさっき冬香も言ってたじゃん。」
「いいの。お兄ちゃんのお世話は冬香がするのです!」
「どこの面倒見の良い姉だ」
「あれれぇ?別に、お兄ちゃんが弟でも良いんだよ?ね? け・い・す・け」
「はいはい、冬香お姉ちゃん」
「……………良い。」
「は?」
「お兄ちゃんに”お姉ちゃん”って言われるの良い!」
面倒臭そうだったので、さっさと食器を流しに持っていく。
「ご馳走さま」
「あー待ってよう、弟よ」
無視して二階に登った。
こういう時はそっとしておくのが一番なのだ。
それから僕はさっさと風呂に入って歯を磨き、部屋に向かった。
…………俺の本が無い。
犯人は冬香以外あり得ない。多分捨てられてしまったのだろう。
僕は潔く諦めると、部屋の明かりを消してベッドに入った。
「……………」
………寝れない。
目を閉じると、否応無く今日の出来事が脳裏に浮かんでくるのだ。美咲の柔っこい体も、良い匂いがする髪も、全てが蘇ってくる。結局その日僕が眠りについたのは、空が少し明るくなり始めた頃だった。
甘々って自分で言ったけど、難しいですね。
これからも頑張るので、応援よろしくお願いします!