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第一話 オークの王様。女騎士へのこだわり

 いつかの時代、どこかの場所、名もなき者がこう言った。

「正義は必ず勝つ」と。

 しかしそんなものは力が伴わなければ塵同然。

 文明が発達しようとも、道徳が広まろうとも、世界の理(ルール)は神代の時代から一切変わらず、至って単純で、原始的な弱肉強食によって支配されていた。

 それは魔の者を撃ち滅ぼし、神の名の下に正義を唱える聖騎士(パラディン)とて例外ではなかった。


「私としたことが……オーク如きに捕まるなんて……!」


 女性の身でありながら聖騎士団の騎士団長まで上り詰め、騎士として最高峰である聖騎士の称号を与えられ、その強く、麗しい姿から「薔薇騎士(ローズナイト)」と謳われた女騎士アリシアは、屈辱に顔を歪めながら、目の前にいるオークを睨みつける。

 猛々しい筋肉。緑色の皮膚に禍々しい装飾品を身に着け、ゆうに二メートルを超える巨体を玉座に預け、アリシアを見下ろすオーク。その両脇には何人もの人間が犠牲になったであろう武器を携えた他のオークたちが整列していた。


「私をどうするつもりだ? 言っておくがこの聖騎士アリシア。貴様らのような下賤なオークの慰みものになるくらいなら、死を選ぶぞ!」


 アリシアは玉座に座るオークに向かって吠える。

 オークは獰猛で、野蛮。男であるなら食料にされ、女であるなら慰みものにされる。この世界の者であるなら子供でも知っている常識。で、あるならば戦いに敗れ、拘束された麗しい女騎士であるアリシアの運命はもはや二つに一つしかない。

 しかし玉座に座るオークは、足を組み、頬杖をついたまま、何も言わずアリシアを見下ろしたまま動く気配はない。他のオークたちも同様に、真っ直ぐ前を見たまま整列して、ピクリとも動く気配はない。


「くっ……殺せ!」


 沈黙に耐え兼ね、アリシアが再び叫んだ。


「……はぁ」


 アリシアが叫んだ途端、玉座に座るオークは片手で顔を覆い、大きくため息を吐く。


「あのさ、なにそれ?」

「……は?」


 玉座に座るオークは呆れたような声で、アリシアに問いかけると、アリシアは訳がわからず呆けた声を出す。


「いやだからさ、“くっ殺せ!”の部分。それもう聞き飽きた。いやマジで。えっ、なに? 女騎士ってみんな捕まったらそう言わなきゃいけない決まりでもあんの? なんていうかもうさぁ……テンプレートみたいなのってマジで冷めるんだよねぇ……」

「い、いやその……決まりというか……やっぱり慰みものになるくらいだったら死んだほうがマシだし……えっと……えっ?」


 玉座に座るオークの言葉に、アリシアは困惑しながら答える。

 さっきまでピクリとも動かず整列していた他のオークたちは「あーぁまーた始まったよ……」「なんか嫌な予感はしてたんだよなぁ……」と口々に言い合い始めた。


「あーそりゃね? それはいいのよ。むしろその気持ち重要。超大事。うん、俺も好きだしね。でもさ、もっとちょっとあるじゃん? 他の言葉とかさ? あと、俺まだなんも言ってないのに、いきなり殺せはないんじゃない? あとさ、君、なにその恰好?」


 さっきまで禍々しく鎮座していたとは思えぬ軽い口調で、オークは立ち上がり、アリシアを指さす。


「……恰好って?」

「えっ? まって? なに? 君もしかしてその恰好普通と思ってるの? それさ、防具として成立してないじゃん。っていうか露出多すぎ。君って聖騎士でしょ? なんで聖騎士がそんな恰好してんの?」


 オークに指摘され、アリシアは自分の身体を見る。

 煌びやかな装飾が施された籠手と足具。騎士団の紋章が描かれた白く大きなマント。そして身体はというと、同じく煌びやかな装飾が施されてはいるが、少し動けば中が見えてしまうほど短く薄いスカートに、水着のように面積の少ない胸当て。オークの指摘する通り、防具として機能しているのか甚だ疑問に思うような装備だった。


「えっと、これは……その、こっちの方が動きやすいというか……当たらなければどうどいう事はないっていうか……」

「あーーーーーはいはい。素早さ重視ってやつ? うんうんわかるわかる。まぁね? 俺らもぶっちゃけ薄着だし? 確かに鎧とか着てたら動きにくいっていうのあるよね。でもさ、それは俺らはオークだし? 筋肉が鎧みたいなところあるからいいじゃん。でも君は人間で、女で、聖騎士。それがそんななんか如何にもお色気狙ってます~みたいな恰好されたら流石に引くんだよねぇ」

「お、お色気重視って……! わ、私だって好きでこんな恰好してるわけじゃ!」


 オークの言葉にアリシアが激昂し、オークに食って掛かる。周りに整列したオークたちは同情するかのような表情を浮かべ「まぁ、言いたい事はわかるけどねぇ」「でもそれ言い出したらキリないよなぁ」とひそひそ話を始める。


「ガルディアス様」


 突然、玉座の後ろから、凛とした声と共に、一人の女性が現れる。

 黒いローブとベールに身を包み、首から十字架を下げ、ベールの隙間から美しい銀色の髪を零し、白く、美しい顔と琥珀のように光り輝く瞳の、恐らくはシスターと思われる女性。その首には重々しい鎖につながれた枷がつけられていた。


「っ! 貴様! 人質を使う気か!」

「あ、ごめん。ちょっとまってね」

「あ、はい」


 オークに制止され、アリシアは素直に返事を返す。


「何? どうしたん?」


 オークは後ろから出てきたシスターと思われる女性に話しかける。


「ガルディアス様。彼の国の聖騎士団を取りまとめる司教はその……大変、好色な方でして、恐らくこの聖騎士様も、司教の趣味に付き合わされてあのような恰好をされているのかと」

「えーなにそれーそんなのが司教なの?」

「はい。本来であれば破門されていても不思議ではないのですが、コネクション的なものを色々持っている方でして」

「あーそういうパターンね。あーその、なんかごめんね? 事情知らずに責めるような事言っちゃって。君も色々大変な感じなんだ」

「いや……うん。わかってもらえたなら……って、いやいやちょっと待て! 色々おかしい! なにこれ!? 何だこれ!?」


 同情されたアリシアは、自分が置かれた状況をやっと理解できたかのように立ち上がり、オークとシスターと思われる女性にツッコみをいれる。


「まず、えーっと、貴様は……ガルディアス? えっ? 目的は何なの? 何で私は説教された上に同情されてるの? っていうかそこのシスターなに? 捕虜とかじゃないの? なんかめっちゃ参謀って感じのポジションっぽいけど?」


 矢継ぎ早にアリシアは質問する。


「あ、申し遅れました。私、オークの王たるガルディアス様の参謀をしておりますエイラと申します。ちなみにシスターではありませんし、捕虜でもありません」

「あーそうなんだ……うん。何でオークの参謀なんかしてるの? っていうかオークの王? 私あれ、小規模なオークの集団って聞いてたんだけど? いや何かそれにしては強いし、統率もしっかり取れてたし、私の部隊が全然歯が立たないで敗走しちゃったからちょっと疑問に思ってたけど」

「はい。私は色々ありまして、ガルディアス様に一生この身を捧げると誓いましたので。それとガルディアス様はお一人でも彼の国を滅ぼせるくらいお強いので、あまり多くの手勢を引きつれる事はありません」

「面倒だしねー」


 エイラはニッコリと微笑みながら答え、ガルディアスはそれに合いの手をいれる。


「あ、そんなに強いんだ……そりゃ歯が立たないわけだ……ところでシスターじゃないなら何で修道服なんか着てるの?」

「ガルディアス様はエッチな事はエッチなのですが、こだわりが強くて、中々、私をお抱きになって下さらないので、こうやって試行錯誤してるのです」


 エイラは頬に両手を添え、顔を紅潮され、恥じらう。

 周りのオークたちは、今度はエイラに同情の目を向け「あんだけ可愛くて一途なのになー」「もったいないよなー」「おれ、この女騎士の方が好みだわ」と勝手な事を言い始める。


「……そのオークにぞっこんなのねーそっかーいや、誰を好きになるとか、そんなの人の自由だとおもうけどねーって……えっと、まさかとは思うけど、私って、そのこだわりとやらで説教されてたの?」

「はい。そしてガルディアス様が説教をされたという事は、貴女は残念ながら不合格です」

「不合格」

「はい。お帰り頂いて結構です」

「え? 帰っていいの?」

「はい。あ、ちなみにオークが人間を食べるというのは迷信ですのでご安心ください」

「そうなの? あれ? 村襲ったって聞いてたんだけど?」

「村を襲ったのは敗走した人間の軍ですよ。それで隠蔽の為に村人皆殺しにして、隠蔽の為にオークに襲われたって吹聴しただけですよ」

「えーーそういう人間の方が醜かった的なパターン?」

「ちなみに私も元々、人間の軍に村を焼かれて奴隷にされて、そこで……」

「あーーーーーごめん! 重い! わかった! そういう重いのもういい! うん。私、帰る」


 アリシアがそういうと、整列していたオークの一人がアリシアに近づき、拘束を解くと、アリシアはため息を吐きながら、天を仰ぎ、踵を返すと、そのまま何も言わずに立ち去っていった。


「はぁ……あーこう、理想な感じの女騎士って出てこないもんかねぇ……やっぱある程度は妥協も必要なんかなぁ……」


 アリシアが立ち去ると、ガルディアスは深くため息を吐きながら、悩むように頭を抱え、それを見ていた部下のオークたちは「そもそもガルディアス様の理想の女騎士なんているのか?」「この前はいい線いってたのに、既婚者っていったら駄目だったもんなぁ」と呆れるように言葉を発する。


「ガルディアス様。大丈夫です。きっといつかガルディアス様が理想とする方が現れますよ。ですから、その、それまではどうかこのエイラを……きゃっ、私ったら……」


 一人盛り上がるエイラをちらりと見て、ガルディアスは再びため息を吐いた。


「うん。エイラ。お前に魅力がないわけじゃないじゃないからね? でもさ、なんかもう近すぎるっていうか、やっぱ俺って追われるより追うほうが好きなんだよねー」

「近すぎるだなんて……ガルディアス様ったら」


 エイラの嬌声と、オークたちのため息が居城に木霊する。

 オークの王ガルディアス。その強大な力とオーク特有の性欲の強さとは裏腹に、あまりにも強すぎるこだわりのせいで、今日も部下を呆れさせ、チャンスを逃す。


 ――三日後。


「えっ? なんでまた来てんの?」


 アリシアが再びガルディアスの居城に訪れていた。

 その姿は、煌びやかな装飾の施された面積の小さい恰好ではなく、薄汚れた旅人のような安っぽい恰好をして、キラキラと輝いていた金色のツインテールは、しばらく洗っていないのか、ぼさぼさになり、露出した肌も土埃などで汚れていた。


「いや……あの後、帰って村の件とか色々告発しようとしたら、何かオークの手先になったと疑われた挙句、暗殺されそうになるわ、裏で手を回されて指名手配になるわで、その……逃げてきた……」


 アリシアは疲れ切った表情で、乾いた笑いを漏らす。


「あぁ……なんか、その、ごめんね? でも何で逃げてくる先がここ? 一応、こっちは魔の軍勢っていうか、人間側と敵対してるわけだし? あ、エイラは例外だけどさ、他に人間の国あるじゃん?」

「いや……その……逃げるのに必死でお金とかないし……他の国とか宛がないし……ぶっちゃけ私ってそこそこ有名だから、すぐ見つかっちゃうし……」

「えーだからって普通、オークの居城に逃げてくる? あれ、慰みものになるくらいだったら~とか言ってたじゃん? あれよ? 一応、部下たちは普通にオークしてるからね? だよね? ね?」


 ガルディアスがそういって周りの部下を見渡すが、部下のオークたちは「いや、別に……」「俺も無理矢理とかそういうのはちょっと……」「サキュバスの娼館で間に合ってますし……」と困惑の表情を浮かべていた。


「あれ~~? ちょっとちょっと君たちオークでしょ? しかも俺がこだわり言ったらぶーぶー文句言ってたじゃん? えっ? なんで?」

「ガルディアス様。申し上げにくいのですが、部下の皆さまはガルディアス様のこだわりのせいで、その、そういう発散ができず、サキュバスの娼館に通うようになりまして……そうしたらすっかりそちらにハマってしまったみたいで……」

「え~~~~それ初耳なんですけど~~~~~あれ? っていうかサキュバスの娼館ってなに? 俺誘われてないんだけど? 俺って王よね? 君らより偉いよね? そういうのさ、普通は一声かけない?」


 ガルディアスがそういうと、部下のオークたちは口々に「だってガルディアス様って娼館とかそういうの無理って言ってたじゃないですか」「エイラさんにはちゃんと伝えてましたよ」「サキュバス一回抱いちゃったらもう素人とか無理よな~」と抗議の声を上げる。


「えっ? エイラ聞いてたん? 言ってよ~~~そういうの言って」

「申し訳ありません……私もその、ガルディアス様は娼館とかには行きたくないと聞いておりましたので、伝える必要はないかと……」

「いやそりゃさ、娼館とかは何か違うよな~って言ったよ? 実際誘われても行かなかったけどさ、違うじゃん。そういうんじゃなくて、何かこれじゃ俺だけハブにされちゃってるみたいじゃん。王なのに」


 オークの部下たちは心底面倒くさいという表情を浮かべ、エイラは申し訳なさそうに、何度もガルディアスに頭を下げる。


「あ、あのぉ……それで私は……?」


 そんな状況で、アリシアは遠慮気味に手を上げる。


「あ、ごめんごめん。それで、えっと~君はあれ? ここに住む感じ? いや別に良いけどさ、聖騎士だった人が一転してオークの居城に居候とか大丈夫? こうプライド的なの」

「もうなんか、人間に絶望したっていうか……」

「でも聖騎士ってあれでしょ? 神に仕えてる感じでしょ?」

「神様ごめんもう無理」

「うわ軽~~~めっちゃフランクに神様に懺悔しちゃってる~~~それで良いの? いやオークが言う事じゃないけど」


 エッチな事にこだわりが強すぎて面倒くさいオークの王、ガルディアス。

 そんなガルディアスにぞっこんで一途なエイラ。

 そして色々悟ってしまったアリシア。

 彼らの奇妙な生活はこうして始まった。

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