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曰く。少年の所属しているギルドで、サブリーダーと彼の友人が喧嘩になったらしい。
話が平行線をたどって、まあまあと宥めようとすると、今度は両方から同意を求められてしまい、ほとほと困り果てたという。
「そんなこと聞かれても……」
悩。
それを聞いたスライムは、それなら。と少年を酒場に誘った。
この世界では飲酒年齢は低いので彼も飲もうと思えば飲めるのだが、スライムの意図は別に、ぱーっと憂さ晴らしをするとかそういったことではなく、適切と思う聞き役がここに居ると判断してのことだった。
「あら……」
ぽ。と口で言いながら、両手で自身の頬を挟んで照れる仕草。なんだかうれしそうな様子でやる気を見せていた女性は、はっと何かに思い至った気配で何度か咳払いをすると、真剣な面持ちになって居住まいを正した。彼女から漂っていた空気が、ぐいぐい前進する類のものから変化して、そっとそこに置かれているような、押しも引きもされるが、またそっとそこに戻ってくるような、そういったものになった。
スライムと少年から聞いた内容を反芻しているのだろうか。彼女は両目を閉じてしばらくじっとしていたが、やがて右手で自分の口元を覆って、今度は上を見やった。後、ゆっくりと視線を下ろして、真っ直ぐに少年を見つめる。手を外した口を開いた。
「あたしだったら、中道かな。喧嘩してる人がいたら、そりゃあ止めたいよね。でも、どっちかの味方ができないんだったら、それはなんでかなって考えたいな。両方とも良いとこも悪いとこもあるからかな。それか、どっちも大切だからかな、とか。そうそう、話が平行しちゃう理由も考えなきゃね。見てる景色が違うのかな、とか、認め合える場所を今だけ見失ってるのかな、って」
気を利かせたスライムが、人数分の紅茶を運んでくる。礼一つでそれを受け取った女性は、一口だけ飲み込んで、カップをテーブルに置いた。にこと笑って続ける。
「ともあれ、うーん……正解かどうかは置いておいて、たぶん他にも出ているんだろう案のうちのひとつとして聞いてほしいんだけど。あたしだったらね、大きめのドリームを提示する」
スライムが首を傾げた。
女性は、ほんのり笑って立ち上がると、カウンターから軽食のセットをもらってきた。腹が減っては戦ができぬ。と言いながら二人にも勧める。薄くて小さな一口サイズのサンドイッチを口に放り込むと、ヨーグルト用に置いてある蜂蜜の容れ物をスライムへ寄せた。もぐもぐしてから話を続ける
「絶対に必要なのは、みんなで共有できること。楽しそうなことは参加できない人がいると流れが滞るからよくないわ」
少年の横にいるスライムが蜂蜜を食べたことでうっすらと金色に染まっている。左右に小さく揺れるのはうれしいからだろうが、徐々に球体に戻ろうとしているようにも見えた。
「それと、個々人がそれぞれの視点で見ても、その人なりのやり甲斐があること。同じ方向を向くために、どうせ向くなら『前』がいい。甲斐っていうのは利益だけに留まらないものだと思うの」
スコーンを手で割って、スプーンですくった白いクリームを乗せる。ためらわずに口に入れると、ほわっと頬が緩んだ。すっかり球体に戻ったスライムが、少年の手元に移動して、またもちもちと弾む。
「それから、その人たちのそれぞれの長所をフル稼働させて力を合わせないと実現できないけど、頑張れば充分手が届くレベルであること。長所っていうのは、褒めるといいよね。褒めるってのは、思ってもないことを上辺だけで言ったらだめ。具体的な過去の事例を出して、『こういう時にああ出来る貴方には一目置いてる』って説明できたらいい。それで、長所は『それぞれの』ものであるべき。AさんとBさんがいたとして、買ってる部分の能力が同じ内容だったら『それなら自分がカバーできるからアイツは要らない』っていう結論になっちゃう。そうじゃなくて、補い合えるのが良い」
要するに、中立の立場で、双方にプラスになる決着点を探して橋渡しをするのが良いのだと。女性はソーサーとカップを持ち上げながら言った。
でもね。と、ためらいながら、言いかけて止まって、紅茶を一口。
「そういう話をする時は、自分のことは一旦、考えないか、考えても二段か三段くらい後回しがいいんじゃないかなぁ。なんていうか、『自分が』『自分も』ってずいずい前のめりになったら、第三勢力みたいになって対立が深まって、せっかくの良い話に耳を傾けてもらえなくなる気がする。もちろん、『自分だけ我慢すればいい』とか、そういうのは無しよ。大きい夢は長丁場になるから、自己犠牲はしんどいよ。譲れるものとそうでないものは分けていいけど、まずは自分が譲らなくちゃ、他の人にも譲ってもらえないと思う」
これはね、一般論で。あなたが今、どうしているかの話じゃないわ。だってあたしはまだ詳しく知らないもの。
最後にそう付け加えて、軽食セットのちょうど半分を平らげた女性は、うれしいのが半分、困ってるのが半分な、中途半端な顔で笑った。意見を聞いてもらえたのと、それにしてもマイペースに喋りすぎたのと。
スライムが温熱療法よろしく、少年の肩を温めながらもちもちしている。
人が増えだした酒場に注文を出す声が満ちていく。
向こうの窓枠には、うっすらと積もった雪が部屋の明かりを映していた。