つらく厳しい現実から目を逸らさないで。
淡い色の葉が重なり、細くて華奢な枝をまばらに隠している。ガラス細工のような繊細さがお似合いだ。葉と枝の移ろいのすき間から零れる光には、透き通るようなやわらかさがあった。
癒される木々の香り。深い呼吸の中で、初夏の木漏れ日を浴びる。さわさわと揺れる葉の、耳ざわりのよい音がした。不思議と心が落ちついていく。
……大丈夫。
生きるためには仕事をしなければならない。
働き口がないなんて、あり得ないはず。
「スーツに腕時計はマナー」と聞き及んで着用中の、黒い色の腕時計で時間を確認した。企業への到着は10分前がベストだから、この公園にいられるのは残りわずか。
正確な動きで着実に仕事をこなしていく文字盤から、視線を逸らした。自分のペースを思い出すかのように、再び深呼吸をする。
……しかし、可愛らしいぬいぐるみと一緒だな。
こういう顔にしておけば、売れるんだろ? と。
自分を作りこんで、なんか媚びている。
言い表しがたい感情を持ったまま、地面を蹴った。小さな砂利石が転がって、木陰から飛びだす。明るい太陽の下で一瞬だけ光ったようにも見えたが、すぐに周りの景色の中へ溶けこんでしまった。
靴を履いているから、小石なんて普段は歯牙にもかけない。きっと人は痛みを踏みしめて、歩んでいくことを忘れてしまっているのだ。そんな気がする。
平凡に生きることは、困難なこと。
悩みや不安があるのも、自分だけではない。
頑張っているのも、自分だけではない。
爽やかな風が吹いている。清涼感のある空気の中で、昔から変わらずにあり続けるものの存在が、ちっぽけな自分を守っていた。
樹木の下から1歩を踏みだす。あたたかい陽だまりの中で1歩。また1歩。踏みしめるようにして、会場まで歩いていく。
澄み渡る空。晴れやかな日和。
さて、後15分ほどで本日の面接が始まりますよ。
ほんじつの、めんせつが。