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異世界エレメンティア  作者: ELEMENTメンバー
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第五話(作:葵生りん)


「ふーん? じゃ、行こっか」


 戻ってきたしのんの話を朝食を食べながら聞いたしずかは、元気よく手を合わせて「ごちそうさま」と告げたのと同じ調子で至極あっさりと言った。


(わかっているのかしら?)


 しのんは目を丸くしながら思わずゆらりと尻尾をゆらした。

 シュウザーブは地の回廊が封鎖されているからその開放を求めて立てこもっている。それをなんとかするために地の回廊を使う――その矛盾に満ちた選択を。女王の心痛を。

 女王の暗い表情を思い出すと、しのんは尻尾を力なくたらしてしまう。けれどしずかはにこりと無邪気な笑みを向け続けた。


「だってさ、どっちにしたって地龍の回廊は使わないといけないんでしょ?」

「それは、そうだけど……」

「どんな世界に行けるのか、すっごく楽しみだし!」


 ガッツポーズを決めるしずかにしのんはやれやれと溜息をこぼしたが、しずかは気づきそうにもない。

 そう、しずかの言うとおりだ。どのみち地龍の回廊は使わなければならないのだろう。ならばと黒い毛皮に覆われた腹をくくることにしたしのんは、すいっと頭の向きを変えていったん部屋へと戻った。



 … … ☆ … …



 地龍の回廊は天龍の回廊と同じく空と大地を繋ぐ塔だ。

 その根本までたどり着いたしずかが見上げると、首が痛くなって目眩がしそうなほど。


「いくわよ」

「あっ、待って待って!」


 ぼけ~っとしていたしずかが鋭い声がかけられて我に返ると、さっきまで建物の扉の前で槍を交差させていたふたりの兵士――銀色の鎧を着て立っているけど、ドーベルマンみたいな感じの犬――が、槍を空に向けていた。

 しのんに続いて扉をくぐると、背後でシャキンっと音を立てて再び槍が交差され、続いて重い音を響かせて扉が閉じた。

 お腹に響く重量感のある音がぴたりと止んだ。扉が閉まったのだ。


「……しのん?」

「なに?」


 窓のない塔の中はひとつの明かりもなくて暗い。黒猫のしのんがどこにいるのかわからなくて小さく呼びかけると、返事があって安心した。


「あぁ、明かり? ここは必要なら自分で点けるのよ」

「自分で……」

「そう。想像するの。自分に必要な明かりを。火が出せたアナタならきっとできるはずよ」

「うん、やってみるね!」


 励まされて元気が出たしずかは言われたとおりに、想像する。


(火の灯ったランタンがいいな。

 ちょっとおしゃれな喫茶店とかにありそうなやつ!)


 ふわりと蛍のように弱々しい明かりが宙に浮かぶ。


(もっと明るいほうがいいかな?)


 念じた瞬間ランタンの中の火は煌々と輝き始め、しのんが満足そうに目を細めるのが見えた。

 けれど煉瓦を積んだだけに見える長い廊下はどこまで続いているのか奥が見えない。しのんは慣れた足取りで先を歩く。


「でもさぁ。女王様、私には簡単に通行証出してくれたんだね」


 明かりがあっても黙って歩くのが少しだけ怖くてしずかはしゃべり続けた。しのんはちらとだけ視線を投げると、てくてくと先を歩き続ける。


「しずかが帰れなくなることに胸を痛めてはいらしたけど……でもさっき門兵に見せた通行証ならわたしが勝手に書いたものよ」

「へ?」


 ふふんと鼻で笑った黒猫は答える代わりに急に足を止め、しずかも慌てて立ち止まった。


「ついたわ。覚悟はいい?」


 そこにあったのは、闇。

 明かりがあるはずなのに、黒い壁のような闇があった。

 ごくり、と唾を飲む。するとひらりとしのんが肩に飛び乗り、頬にすり寄って囁く。


「ここに飛び込むの。どんな世界につながっているかは――運次第ね」


 しずかはゆっくりと頷き、そして闇をちょんとつついてみようとした。


「きゃああぁぁっ!!!」


 突っつくだけのつもりだったのに猛烈な力で闇に引きずり込まれ、しずかは絶叫した。

 そして、しのんが「地龍の回廊に落ち・・たら大変」と表現した意味を知る。

 足がついていた瞬間までは、上に引っ張り上げられる感覚だった。しかし足が離れた途端、まるで天地がひっくり返ったような感覚がして、まさに落ちる・・・というべきものに変わった。


 声が枯れるまで悲鳴を上げ続けたしずかは、ようやくこの途方もなく無限に落ちる感覚に覚えがあることに気づいた。

 地上からエレメンティアに落ちた時と、同じだ。

 そう思うと少しだけ余裕が生まれる。

 闇は光苔のトンネルへと代わり、そして星空の中のトンネルのように。

 それから、浮遊感。飛んでいるかのような。

 そして――通路の先の光。

 針の穴のような小さな光がぐんぐんと膨張し、最後にしずかとしのんを飲み込んだ。



 … … ☆ … …



「きゃああああっ」

「わぁ!?」


 どこかの異世界に投げ出されたしずかとしのんはなにかに激突し、トランポリンのようにぽよーんと空に弾かれ、再び絶叫した。しかも、今回はしのんではない別の――少し低い、おそらくは少年の――声も重なって。

 それが誰かということも気になるが、しかしそれ以上に今は切迫した状況――地龍の回廊を落ちて・・・きたわけだけれども再び宙を、しかも今度こそ回廊の浮遊感とは全く違う本当の自由落下中――なのでいったんその疑問を脇に押しやる。


「ダメ……今度こそ死んじゃう~っ!!」


 強い風の抵抗を受けて覚悟を決めてぎゅっと目を瞑ったしずかの耳に、ばさりと羽音が届き、意外にも早く、しかも蛇の鱗のような感触の地面にぶつかった。


「………??」


 多少の痛みはあるけれど、大きな怪我はない。しずかは怖々と薄く目を開ける。

 そこにあるのはまるでオパールのような、虹を閉じこめた純白の鱗に覆われた巨大な体躯。今風を受けているのは、落下しているからではなく飛んでいるからだ。現に左右にコウモリのような骨張った翼が広げられている。

 回転する感覚と、雲に着地したかのようなふんわりとした衝撃の後、風が止まった。


「えと、大丈夫? 急に僕の翼に落ちてきたからびっくりしたよ」


 声がしたのは、上の方。見上げると、これまた大きな、けれどとても穏やかな空色の瞳の竜がのぞき込んでいた。

 なんて美しい、宝石のような純白の竜だろうかとしずかはしばし声を失った。


「ありがとう、助かったわ」

「どういたしまして」



 代わりにしのんが礼を言うと、竜は嬉しそうに目を細めた。


「ここは……どこかしら?」


 しのんがくるりと見回し、つられてしずかも見回す。

 見渡す限り鬱蒼とした森で、ここがどんな世界なのか判断する材料は見つかりそうもない。


「うーん? まだ生まれたての名前もない国、かなぁ?」


 竜の答えはさらに疑問が増すばかりで、しのんは溜息をついた。


「じゃあ、あなたの名前を聞いてもいいかしら?」

「僕? 僕は神竜族の双樹」

「双樹!?」


 にぱっと人懐っこい笑みを浮かべて名乗った竜に、しずかは思わず身を乗り出した。

 純白の竜。

 神竜族の、双樹。

 それは、しずかがエレメンティアに落ちる前に半分ほど読んでいた『竜人王国と純白の竜』という小説に出てくる竜だ。

 仁に厚く、慈愛に満ちた聖なる生き物だが――幼い。幼いが故に残酷なほど純粋で。純粋であるが故に大罪を犯した竜……。


「前に会ったことあるかな? 記憶力には自信があるんだけど……ごめんね」

「あ、ううん……はじめまして、だよ」


 しずかはしどろもどろしながらしのんに助けを求める。


「これってどういうこと? 異世界って小説の世界ってこと??」

「さぁ? 異世界というのは地上の誰かが想像し、創造した世界だから。あなたが読んだお話に出てくる登場人物ならば、あり得ない話ではないわね。あるいは……その物語を土台にしてあなたの空想が生んだ世界という可能性もないわけではないけれど」


 そういえば、続きが読めないからどうなるのかって空想もした。エレメンティアについてから、純白の竜に乗りたいと思った。これはその願いの結果、なのだろうか?

 つまりそれは思い描けば現実となる、エレメンティアの魔法の上級編ということなのだろうか?


「………………」


 しずかが考えこんでいると、キュイ、と双樹が心配そうに鳴いて首を傾げた。


「なにか困ってることがあるの? 僕、なにかできることがあるなら手伝おうか?」

「ええ、お願いがあるのだけど」


 手伝いを申し出た双樹に、しのんはすかさずこれまでの経緯をかいつまんで説明はじめた。





「……うん。それは大変だね。僕でよければ協力するよ。どうせ僕、今ちょっとここから離れたほうがいいかもって思ってるところだったし」


 少し寂しそうに目を細めて遠くを見た双樹は二つ返事で協力を約束してくれた。


「いいの?」

「うん。新婚夫婦の邪魔者より建設的だしね」


 こんなに簡単に力を手に入れていいものかしらと考えて懐疑的なまなざしを送ったしのんに、にやりと笑った白い竜。しかしふいに目を細くし、声を潜めた。


「でもね。僕はそのシュウザーブって人と、ちゃんと話をしてから戦うかどうかを決めるよ。それでもいい?」

「うん、ぜんぜんオッケーだよ!」


 しのんは答えに窮し、わずかに沈黙した。そのわずかな間隙に、しずかが元気いっぱいに頷いた。

 しずかは、知っているから。

 この双樹という竜はかつて自らの短慮によって犯した罪を悔いていることを。


「君達と一緒にいくなら、こっちの姿のほうが邪魔にならないよね?」


 そう言いながら、竜は溶けるように純白の髪の少年に姿を変えた。小説の中では外見年齢が10歳から12歳くらいだったはずの双樹だが、今変化した外見はちょうどしずかと同じくらい。空色の瞳は爬虫類のようで、耳が少しだけ尖っているのは、小説と同じだ。


「うんうん!」


 しずかは興奮気味に頷き、照れくさそうに笑った。しのんは、その後ろでこっそりと溜息をつく。


(……あまりにも、簡単すぎるわ……)


 しのんは物事がうまく運びすぎるとなにか裏があるのではと逆に心配になる質なのだ。

 興奮気味に双樹と話しているしずかをじいっと見つめ――


(……この子……やはりそういう力・・・・・があるのかしら……)


 地上の人間が極稀に持つ、世界を創造する力。

 問題はまだ自覚もなく未熟で、制御もできなさそうに思える点だ。

 制御できなければ、それは脅威にもなる。例えば恐怖に駆られて打倒不可能な怪物や救いのない暗黒世界を生み出してしまうことだってありえるのだから。


「……………」


 しのんはその考えを封じるように満月のような瞳をそっと伏せた。


「じゃあ、そろそろエレメンティアに戻る道を開くわよ?」

「うん!」


 厳かに声をかけたのだが、しずかと双樹は元気よく応じたので、しのんはそっと溜息をこぼしながら道を開いた。



 … … ☆ … …



「しのん?」


 その夜――お風呂からあがって気持ちよくベッドに潜り込もうとしたしずかは、窓際にそっと佇んで月を見上げるしのんに声をかけた。


「……しずか。あの竜はとても強い。けれど、彼だけでシェウザーブの作り上げた魔法生物の軍団と戦うのは無謀だわ」

「うん、なんとなくそうかもって思ってたよ」


 視線を泳がせ迷うようなしのんに、しずかはあっけらかんと笑ってみせた。


「でも、次の異世界がどんなところだろうって考えたら、楽しみで楽しみで眠れなくなっちゃいそうなくらいなんだ」

「しずか。あなたは運がよかったのよ。今日みたいに安穏とした世界ばかりじゃない。危険な異世界もあるし、危険な人物もたくさんいる。それを決して忘れないでいて」


 苦言に、しずかもわずかに笑みを納めて月を見上げた。


「あのさ……しのん。双樹はシュウザーブさんに会ってから戦うかどうかを決めるって言ったじゃない? 本当は私もね、シュウザーブさんと戦う!っていうのはなんかぴんとこないんだ。いろんな異世界に行ってみたいって気持ちは、わかるから。それでさ、今日はじめて異世界に行ってみて、やっぱり……わかるなって、思っちゃったんだよね……」

「……そう……」


 しのんはただ静かに、月を見上げた。




 《第六話に続く》



 一話目でタイトルが出ていたので、拙作「竜人王国と純白の竜」のエンディング後?パラレルワールド?みたいな世界に飛んでいただきました。未読の方にもわかるように、かつ読まなくても続きがかけるように、仕組んでみたつもりです。個人的には美汐さんのところのルーフェンとか、いろんなキャラと絡んでくれたら嬉しいなっと♪

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