第四話(担当:美汐)
黒猫のしのんは城の中庭に降り立ち、中庭に面したバルコニーに佇む一人の人物へと近づいていった。
しのんが近づいていくと、その人物はしのんがここに来ることがすでにわかっていたかのような様子でしのんを迎えた。
「久しぶりね。シエル」
まばゆいばかりに光り輝く長い金髪。宝石もかくやというほどの美しき青い瞳。そして非の打ち所のない整った美貌の持ち主。
この国の女王であるミランダは、しのんを昔の呼び名で呼んだ。驚くべきことに、しずかがつけたしのんという名の元となった「シエル・ノクターン(夜空)」は、彼女の元々の名を表していたのだった。
しのんはニャーとひと鳴きすると、軽い足取りでバルコニーの上に飛び乗り、女王に話しかけた。
「ミランダ。どういうこと? あなたに会おうと思ってきたのに、門兵に文字通りの門前払いを食らわされたわ。なにか事情があるんでしょうけど、ちょっとわたしも困ってるのよね」
「しずかという少女のことね」
女王は当然のように言った。女王は貴き瞳を持っている。その瞳には、この国のすべてのことが見えているのだという。
「すでにお見通しというわけね。だったら話は早いわ。彼女を助けるためとはいえ、この世界に連れてきてしまった。連れてきてしまったからには、責任とって元の世界に帰してあげなければいけない。だから天龍の回廊への道を開けて欲しいの」
しかし、女王は静かに首を振った。
「今は無理だわ」
彼女の言葉に、しのんは二つの月のような目を細めて問うた。
「なにか問題が発生したのね」
「ええ。天龍の回廊は今、あるものの手によって奪われているの。それを取り戻さなければ天龍の回廊は使えない」
「あるものの手に? いったいそれは何者なの?」
「アシ国立学校の研究者であるシュウザーブが、悪しき魔法生物を率いてそこに立てこもっているの。再び地龍の回廊を開放し、自由な研究をこのアシの国にもたらすべきだと主張して」
ミランダは悲しみに眉をひそめた。しのんは信じられないといった表情を浮かべている。
「そんな! じゃあどうすればいいの? しずかはこのままじゃ元の世界に戻れない。彼女はわたしを助けようとしてくれただけなのに……」
「彼女を元の世界に戻すには、二通りの方法があるわ」
しのんははっとして視線をミランダに向けた。
「ひとつは地龍の回廊を使って、いろんな世界に行き、そのなかでしずかの世界と通じる世界を見つけるのよ。天龍の回廊が使えれば、すぐに帰れるのだけれど、今はそれしか方法はないわ」
「そ、そんなの、地龍の回廊がどれだけ膨大な異世界と繋がっているか女王のあなたならわかるでしょう? 無理よ! 砂漠に落ちた砂粒を探すくらい無理な話だわ」
「では、もうひとつの方法。それは、天龍の回廊に立てこもっているシュウザーブを倒すというもの。こちらのほうが確実性はあるわね。かなり難しいことだとは思うけど」
「ちょっ……。どっちも超無理難題じゃないの! ミランダ。あなた女王なんでしょ。方法はその二つしかないにしても、なにか助けになるような情報はないの? 例えばしずかの世界へ続く回廊を探す方法とか、シュウザーブを倒す方法とか」
しのんが怒気を含んだ声で言うと、ミランダ女王は困ったように両肘に手を添えながら答えた。
「そうね。しずかの世界への回廊を探すなら、その世界に近づけばしずかがその気配をなんらかの方法で察知すると思うわ。シュウザーブを倒すには、彼の作り出した魔法生物を超える力が必要になるわね。もっとも、このエレメンティアにはそんな強力な生物は今のところいないけど……」
そのとき、しのんはぴんとあることに気がついた。しかし、そんなことが実現可能なのかどうか、彼女自身半信半疑だった。
「ねえ。ミランダ。もしも……もしもよ。地龍の回廊を使って他の世界から、強力な生物を連れてくることができれば……シュウザーブにも勝てるんじゃない?」
ミランダは、しのんの言葉を予想していたように、ゆっくりとうなずいた。
「……ええ。けれど、それはある意味シュウザーブの言う地龍の回廊の開放を許さないとしている今のやり方に矛盾する形となってしまう。……わからないのよ。わたしにも。異世界との交流には、利益も不利益もあるわ。エレメンティアという世界がそれによってどうなってしまうのか、女王であるわたしにも想像がつかないの」
「エレメンティアを揺るがす危機……」
あまりに途轍もないことに、しのんは大きな目をさらに大きくし、天に架かる月を見た。そして、すっと大きく息を吸い込んだ。
「……ミランダ。それでもわたしはしずかを元の世界に帰してあげたい。きっと彼女もそれを望んでいるだろうから……」
しのんはそう決意を固めると、ぴょんとベランダから飛び降りた。
「シエル! ……いえ、しのん! あなたとしずかに任せたわ。きっとあなたたちの選択がこのエレメンティアの運命を決めることになる。でも、どんなことになってもわたしはそれを受け入れるわ」
草むらにおりたしのんは、後方を振り返り言った。
「ええ! わかったわ。あなたの覚悟もこのエレメンティアの運命のことも、これからしずかに伝えてくる!」
しのんは力強く叫ぶと、風のように闇へと消えていった。
<第四話完。第五話に続く>