表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界エレメンティア  作者: ELEMENTメンバー
3/6

第三話(担当:仲遥悠)

 長めの一晩を徒歩に費やしたしずかとしのんは、明け方に城下町に辿り着くことが出来た。

 アシの国最大の街、アシの街。

 国名と同じ名が街の名前として機能しているその街の門を潜ると、明け方にも拘らず街の中は賑やかだ。

「朝早い時間なのに、皆忙しそう……」

「えぇ、これも人間が研究熱心ってされる理由ね。朝昼晩と、研究や生活の時間を各々が無駄にしないように努めている。勿論朝や夜は、昼に比べると静かになるのだけど。それ故この街は、不夜街の別称で知られているわね」

 しずかが街を見られるだけ、ぐるりと見回してみると、確かに研究らしきものが行われているのが分かる。

 特に分かり易いのは、裏通りにある、如何にもな建物であろうか。中世建築の窓からは怪し気な煙がモクモクと立ち上っており、何とも身体に悪そうだ。

「へ〜、眠らない街って何か素敵かも。こう…文字に華々しさがあるし」

「言葉の響きに華々しさもどうも、無いと思うわ。言葉は所詮言葉。文字も所詮文字でしょう? 言ってしまえばそれだけじゃなくて?」

「分かってないなぁ。想像するのが楽しいんだよ? 例えば文章を読んでそこから、綺麗な景色を想像してみたり、どんなことを考えて、何をしているのか想像するのが良いと思うんだけど。…それだけって言ってしまえばそれまでかもしれないんだけど、それってちょっと寂しくない?」

 「想像ね…」と、語尾に余韻を残す言い方で呟いたしのんは、「少し休憩しましょ?」と通りのベンチの上に乗った。

 休みながら歩いていたとはいっても、それでも中々の距離を踏破しているので座った瞬間しずかの身体を疲れが襲う。木で作られたベンチの座り心地は、決して良い訳ではないのだが今この時は、まるで高級ソファに座っているかのような感覚を、彼女の身体に覚えさせた。

「あなた…魔素を扱う素質が、人よりあるかもしれないわね」

「え? 魔素を扱う素質が?」

「地上人の中に時々居るのよ。想像力が豊かで、純粋な魔法のイメージを浮かべられる人達。一般的な人と比べて魔法効率が優秀で、単独で魔法を使用してもあまり疲れないらしいわ。もっとも、らしいってだけだけど」

 魔法効率を向上させるために呪文や触媒を用いることは、発動させる魔法のイメージをより、純粋にする意味がある。魔法効率が悪いとは即ち、発動させる魔法に対して本来必要としない余分なイメージを発動者が発信してしまうことで、必要以上の疲労を覚えてしまうことだ。

 魔法とはイメージの産物であるため、最終的なイメージが純粋であれば純粋である程効果が上昇する性質を持っている。さらに、元々のイメージが純粋であれば純粋である程、媒介物を用いずとも消耗が少ないという性質もあるのだ。

「そっか〜。じゃあ使ってみよっかな…心の中に思い描けば良いんだよね?」

 しのんが頷くのを確認すると、しずかは瞑目して心の中で、起こって欲しいことを思い描く。

「燃えろ〜ゴマ!」

 思い描いたのは、自分の掌の上で小さく燃える炎。握った手を言葉と共に開くと、その掌の上に小さな炎がボッと現れて、消えた。

 自分でやったのにも拘らず、驚いたように眼を瞬かせたしずかは暫く、手を握ったり開いたりしていたのだが、そこから数秒置いて、

「凄いっ! 魔法出来たよ! わぁ…っ!!」

 と、感動に胸を躍らせた。

 様々な小説を手に取って読んでいる人物なら、「その本の中に入ってみたい」という願望を誰もが抱いたことがあるであろう。

 彼女もそんな一人だ。冒険小説を読めば、そんな世界に行ってみたいと思うし、恋愛小説を読めば、胸を焦がすような恋愛をしてみたいと思う、そんな一人なのだ。だから、ファンタジーの産物である魔法が使えたことが嬉しかったのだ。

「ふふ、エレメンティアでは誰もが使えるのだけどね」

 喜ぶ彼女の姿が面白いのか、しのんは、優しい瞳でしずかを見つめる。

「ねぇねぇ、純白のドラゴンになってとても熱い炎を口から出しこととか出来るかな?」

「純白のドラゴン?」

「そう、白くて大きなドラゴンに一度なってみたいなぁって思ってさ。あ、黒いドラゴンでも威厳ありそうで良いかも。そう言うのって出来たりするものかな?」

 「そうね…」と思案を巡らせるしのん。

「聞いたことはないけど…明確なイメージがあれば出来ないことはないと思う。でもあくまで出来る可能性が、あるかもしれないって話にはなるわ。可能性を肯定出来る材料が無いけど、逆に完全に否定出来る材料も私は持ち合わせていないから」

 物質を別の物質にする魔法体系は確かに確立がされており、道に転がっているような石を鉄鉱石に変えることは出来るそうだ。が、石を銀や金等の高価な貴金属に変化させることは出来難いのだとか。

 ーーーかつて、莫大な富を得ようとした研究者が存在したそうだ。その者は、ありとあらゆる物質を自らの手で生み出し、その道では右に出る者等存在しなかった程の才人であったと、しのんは語る。

「魔法生物って…どんなものか想像出来る?」

「う〜ん…魔法生物かぁ。パッと浮かんだのは、スライムとかかな。後動く石像? ガーゴイルとかもそうだと思うけど…分かる?」

「えぇ。どちらも魔法生物として代表的よ」

「そうなんだ。…でも、どうして魔法生物がどうこう出てくるの?」

 吹く風が冷たかったのか、丸まったしのんは尻尾を揺らす。

「そうね…ちょっと端折り過ぎたわ。少しだけ長くなるけど…良い?」

「うーん…訊くよー。訊いておかないと…あ、でも途中で寝ちゃったらごめん」

「なら頑張りなさい。一度しか話さないから」

「はーい」

 物事の理は常に、表裏一体だ。そうであるか、そうでないか。するか、しないか。これらは全て、片方の理が存在するからこそ存在する理であり、片方だけでは理として理足り得ない。つまり、魔法研究の成功があったということは、当然逆の理ーーー失敗があったということだ。

 物質を変化させるということはつまり、物質の存在の理を捻じ曲げることに等しい。そのため、物質を変化させる時は必ずその物質と、存在の理が近い物質を用意しなければならない。例えば、林檎の芯を林檎に変化させるのは可能なのである。こちらはこの世界の学業機関で理論として体系化されており、未来を担う子ども達に学習させている。

 しかし、存在の理が全く異なる物を変化させるとどうなるか。

 かつて研究者は一度、金を創り出すことに成功した。砂金から純金の金塊にだ。それを売り払ったその者の手に乗せられたのは、莫大な富だった。が、その富はすぐに消えてしまうことになる。

「のめり込むあまり周りが見えていなかったのね、きっと。普通なら途中で気付くはず…だけど、その研究者が気付いたのは、全てが終わった後だったの」

「その気持ち、分かるかも。私も本に集中するあまり徹夜しちゃったり、少しでも読んじゃうと続きが気になっちゃって…授業ちゃんと聞いていれば良かったって気付いたの、テスト返ってきてからなんだ」

 しみじみと呟き頷くしずかであったが、その内容はどこかズレていた。

「…ここまでは分かっているみたいね」

 借金があったのだ。

 魔法ーーーここでは錬金とした方が良いか。錬金を確実に成功させた裏には、莫大な媒介物の存在があった。

 例えば、足下に描いた巨大な魔法陣は、その全てが退魔性が強く、金に繋がるイメージを持つ、純粋な水銀。触媒に用いたのは、魔法の明確な結果をイメージし易くするために、純金を用いた。それを入手するためにその者は、金を借りたのだ。

 それは正に、世紀の大魔法という名の、三文芝居。

 果たして魔法は、成功した。だがそれは結局、何の成果を生まず徒労に終わるという結果に行き着いたのだった。

「世紀の大魔法という名の三文芝居…何か、皮肉っぽい言い方だけど面白い言い方…しのん凄いね。文才あるよ」

「私の言葉じゃないわ。女王様の言葉よ」

「へ〜、やっぱり女王様なんだからきっと、色んなこと勉強したんだろうな〜」

「…そうね。続けるわよ」

 しかしそれでも一度の成功は、その者に驕りをもたらすのには十分過ぎたのだ。

 ーーー研究者は続いて、如何にして手元に残る金を増やせば良いのか研究を進めた。金塊(せいこう)への方程式は既に一つ、示されているからだ。

 慎重に、慎重に材料を選別し、膨大な過去の記録から錬金に最も適した媒介物を探したのだ。あらゆる種族の書物を読み漁り、方法を提案しては、それとなく先人の後を続こうとする同職者へと情報を流した。そして、彼等の研究所から上がる悲鳴に一人、安堵したのだという。

 それを繰り返していく内に、研究者は徐々にではあるが臆病心に駆られるようになった。失敗を恐れていたのだ。

 一度の失敗はつまり、自身の身の破滅を意味していたのだから。

 長年に渡って研究を重ねるとその者は、ある仮定を提案するようになった。

「別の世界に?」

「そう。この世界にはもう、自分が求めている材料が無いと考えるようになったの。そこで、あそこ」

 しのんが顎で示したのは北の方角にある建造物だ。

「あそこって…地龍の回廊?」

 建造物の名前を言ったしずかは、続いて「あっ」と、何かに気付いたかのような声を上げた。

「酔狂なものよね。帰れないかもしれないのに、自分からあそこに落ちて行くだなんて」

「へ〜、女王様も良く許可を出したね。理由を訊いたら首を縦には振らなそうだけど」

「要らなかったのよその頃は」

 しのんの瞳が憂鬱気に細められる。

「え? だって昨日昔色々事件があったって…え、あれ…まさか」

「…続けるわよ」

 別世界に行くための博打をする決意は固まり、研究者は行動を開始した。

 しかし、別世界は言葉通りの別な世界。ここエレメンティアでは信じられないような何かが起こっても仕方が無い。獰猛な動物や、野蛮な種族ーーー常に生命の危機と隣合わせになる毎日を過ごす可能性を持たなければならない。それが、異世界への移動なのだ。

 そのため研究者は、同士を募ったという。それは、同じ人間であったり、武勇に優れた獣人あったりーーーそれは、多種多様な種族の垣根を越えた一大団体だったという。「もしその後の事件が無ければ、永久に謳われる冒険譚として語られても、おかしくないような冒険であったに違いない」と、かつて共に旅をした人物は語った。それを証明するかのように、成果としては、研究者が求める素材こそ入手出来なかったものの、それ以上の大切な経験をしたのだとか。さらに、その時に築けた様々な繋がりは、今なお他種族との有効な関係構築の礎となっているのだとか。

「他種族交流の架け橋…かぁ。じゃあその研究者と一緒に異世界に行った人達って、偉い人達だったんだね」

「順番が逆よ、しずか。偉い人達が旅に同行したのじゃなくて、同行した人達が偉い人になったの。国に帰ってからね」

 その時の経験を活かした同行者達は、各々が国に戻ってから旅の経験を活かし、様々なことを始めたという。

 ある者は、絶対に枯れない食物の栽培方法を広め餓死問題を解決したり、ある者は壊すしか出来なかった同族に、物を作ることを教えた。

 ある者は荒れた荒野を柔らかい緑で埋め尽くし、ある者達は異種族共存を説き、和平の道を照らした。

 中には旅に出たまま行方不明になっていたのだが、遠い地で国を建国していた者も居たし、中には周りから褒め称えられていた彼等に対して快く思わない者達の暴動を抑えようとして、各国で暗躍した者も居たのだとか。

 そんな中研究者は、当時のアシの国女王の依頼を受けて、旅の記録や錬金術について等の、自分の人生を長編の書物に認めたという。そこには、「錬金術を世のために役立ててほしい」というその者の願いが込められていたのだとか。

「……」

 しずかは生唾を飲む。

 時間が経過して人々が街を往来し始めており、新しい一日の始まりの象徴らしき鐘の音が街に響いている。

 「あら、丁度良いタイミングだこと」と呟いたのはしのんだ。首を傾げたしずかを他所に、黒猫は話を続けた。

 ーーーある日、女王に進展を報告するために王城に居た研究者の家兼研究所に盗賊が入った。その者達は研究所の警備兵を強引に突破し、中で保管されていた書物を一冊盗み出したのだ。そのあまりの手際の良さは誰にも尻尾を掴ませず、盗まれた書物の重大性が発覚してから各国が派兵した捜索兵を(ことごと)く煙に巻き、雲隠れさせるという大きな失態を演じさせたのだった。

「エレメンティア中のあらゆる国家が、種族が、過ちを起こさせないために動いたの。それで、まずは異世界への逃走手段を無くしたのね。龍の回廊への立ち入りが制限されるようになったのは、それが始まりよ」

「書物一つで全ての国家が…え、でもそれってどんな書物が盗まれたらそんな事態になるの? やっぱり何か、錬金術に関することが書かれていたんだよね。そこまでの錬金術って…」

 通りを歩く通行人の中に、小さな子どもが含まれ始める。一様に同じような服を着用しているところから学生であろうか。小脇に抱えている参考書の文字は、しずかが読めない未知の文字であったが、しのん曰く「他種族語ね。エレメンティアの教育機関では母種族語の他に一人一種族語…他種族語の学習が義務付けられているの。上の世界、日本で言ったところの国語と外国語の関係ね」だそうだ。

「へ〜。じゃああの子が持ってるのって、どんな種族の言葉なの?」

「…。そうね…あれは確か、龍人族の文字だったように思えるわ」

 しのんが少し不満そうに眼を細めたのは、話の腰が折られているためだ。しずかにとっては眼に映るもの全てが未知のもので、興味を抱いてしまうのは仕方が無いのだが、こう何度も腰を折られては堪ったものではない。なので、「因みに何て書いてあったの?」と訊かれた時には思わず嘆息してしまった。

「…私の話、つまらない?」

「えっ!? そんなことない。凄く興味あるよ? でも…他にも気になるものが次々と見つかるからつい……」

「…集中力が切れた。そう受け取れば良いのかしら」

 驚いたように首を左右に振ったしずかを見つめる二つの月は、半月だ。だがそれでも、否定の意思を示した彼女を見つめる内にそれは、満ちていった。

「…一番上、見える?」

「うん」

 子ども達は何かを覗き込んでいるのか、少し遠くで立ち止まっているようなので、開かれているページにサッと眼を通して読み上げる。

「『誕生日だ。明日はヴェルゲーディの』って、書いてあるわ」

 「龍人語は倒置法が基本なの」と、しのん。

「文字が示す言葉の意味さえ分かれば文法は簡単よ。だけど龍人語は発音が特殊だからその点、学習難易度の釣り合いは取れてるのよね。良く考えたものだわ」

「ふ〜ん…良く分からないけど難しいんだね」

「…。続けるわよ」

「はーい」

 それから時が経った。

 捜索隊は幾度と無く派兵されていたものの、結局何の情報も入手することが出来ずに、ただ時が流れた。

「…盗まれた書物に書かれた錬金術は、人造生物ホムンクルス。文字通り人造生物を創り出す禁忌の錬金術よ」

人造生物ホムンクルスって、あの人造生物ホムンクルス!? …はー、凄い物が盗まれたんだね。だから色んな国が……」

「…そう言うことよ」

 盗難事件以降。研究所がより厳重な警備で護られるようになったためか、それ以降賊の侵入を許すことはなかった。

 錬金術の方法は全て頭に入っているので、研究者は盗まれた書物に代わる新しい書物を書き上げ、ようやく自身の人生の全てを記し終えることを終了したのである。

 ーーー事件が起きたのはそんな頃だった。

 王位継承が終わり、新たなアシの女王が即位して間も無く。各地で異変が見られるようになった。

 魔法生物と呼ばれる生態系から外れた謎の生物達の出現であった。

 魔法生物達は生態系を破壊し、各国の防衛網をズタズタに引き裂き、様々な街を意のままに蹂躙していった。それはさながら嵐のようであり、滅ぼされた国や種族もあったのだとか。

「…魂の安息地であるこのエレメンティアに殺戮の渦が巻き起こるなんて、当時は誰も思わなかったのでしょうね。…一杯、一杯の人達が死んだらしいわ」

 どんな鉱物よりも強固であり、どんな生物よりも獰猛で殺戮的ーーーいつしか魔法生物達は、「天災」と忌み名を与えられるようになっていたその時、立ち上がった人物達が居た。

 研究者と、その旅の同行者達だ。

 中でも一眼見て、魔法生物が人造生物(ホムンクルス)の製造過程で産み出された存在であることを理解した研究者は、すぐに対処法となる魔法を生み出したのだという。

「魔法の名前は無かったのだけど、最も魔法効率が研究者に適する形で産み出された魔法は、あらゆる魔法生物を解体していった。…錬金術の真髄を知る彼からしたら、創造した物を逆に壊すなんて朝飯前のようなものだったのでしょうね。魔法を生み出すのに一日も掛からなかったらしいわ」

 当初は勢いがあった魔法生物達であったが、研究者がその魔法を生み出したことで徐々に劣勢に追い遣られ、その数を減らしていった。

 何度も戦い、何度も勝利しーーーそしてようやく彼等は、かつて研究者の下から書物を盗み出した元凶の賊の下へと、辿り着いた。

 元凶は、かつて研究者の成功に続こうとして失敗した者の一人であった。その者は、自身と同じような境遇の存在を集め、研究者とその同行者達に復讐を行おうと画策していたのだ。

 ーーー戦いは熾烈を極めた。

 魔法効率の悪さから現れる疲労を、無理矢理薬物で抑えた復讐者達は周りに構うこと無く、全てを焼き尽くす業火を放ったり、吸うと最悪、死に至らしめる毒霧を生じさせたりして抵抗し続けたからだ。

「彼等は、研究者とその同行者達に全てを奪われたために復讐に及んだの。勿論全てを奪われたということは、一人一人吐気を催す程の理由があったのだけど…本人達からすれば、とても堪ったものじゃなかったのでしょうね」

 果たして、戦いは研究者達の勝利で終わったという。復讐者達の行方は定かではないらしいが、彼等の身を哀れんだ当時のアシ国女王によって、身一つで別な異世界への流刑に処され、二度と彼等が戻って来ることがないように異世界への道は全て、封鎖状態が続けられることになったというのが、最も有力な説らしい。

「有力よりは、確定ね。だから、異世界の人は猫の案内無しではここを訪れることが出来ないし、一人でエレメンティアを出入りする際は必ず、回廊を管理している国の主の許可証が必要なのよ。…さぁ、もうそろそろ終わりだから歩こうかしら」

 後日。元凶の元凶足る所以である研究者は、全ての責任を負って牢に繋がれたという。それは本人の強い希望によるものがあり、彼等の冒険がその後の天災と併せて一つの事件として扱われたのもそのためだ。

 晩年。余生を牢で過ごしていた研究者にある話が舞い込んだ。

 研究者はその話を二つ返事で了承し、一時的に牢を出てある場所に足を運んだそうだ。そして、到着してすぐに驚いたそうだ。

 そこはアシの国の、ありとあらゆる知識人が集まっていたのだ。なので何事かと思い研究者が、連れて来てくれた人物に話を訊くと、彼らはるものを創ろうとしていたそうだ。

「それが…あそこよ」

 しのんに先導されて街を歩いていたしずかだったが、黒猫が足を止めたのに合わせて足を止めた。

 そこは、先程の子ども達が向かっていた方向にある建造物の前だ。

「アシ国立学校。研究者シュウザーブを始めとしたこの国の優秀な知識人が設立に関わったとされるこの国一番の学校…エレメンティアで唯一、錬金術についての授業がある学校ね」

 かつてしずかは、ここまで大きな学校というものを見たことも聞いたこともなかった。殆ど王城に匹敵する大きさであろうか。創立の際に一体、どれだけの人の願いが込められていたのだろうかと、彼女はふと疑問を感じた。

「…ほぇ〜…大きい学校。やっぱり皆頭が良いのかなぁ」

「さぁ? 私はここで学んでいる訳じゃないもの。良く分からないわ」

「そうなんだ。研究者…シュウザーブっていう名前なんだね。何か、らしい名前だなぁ」

「らしい名前って…よく分からないけど、シュウザーブ…確かそんな名前だったことは間違い無いわね」

 「お話はここでおしまい。さ、寄り道はここまでにしてそろそろ王城に向かうわよ」と踵を返したしのんの後ろを、しずかは歩いて行く。

 街並みが中世ヨーロッパ風の印象が強いのだから、住んでいる人も洋風な顔立ちをしているのかもしれない。そう予想をしていた彼女の予想は半分的中した。街に住んでいるのは、上の世界ではあまり見ることが出来ないような人々ばかりであり、ここが異世界であるということを実感させられたからだ。

 中でも彼女を驚かせたのは、喋ったり二足歩行をする動物達だ。前を歩くしのんが通常の猫と同じ四足歩行をしているためもあるのだが、眼に慣れないものがあったのだ。

「…あまり好きじゃないのよ私」

 前を歩くしのんが呟く。

「上の世界での生活が中心だから慣れないのよね…そういうの。他の子からは物好きだねって言われるけど…やっぱりこうして歩いている方が落ち着くの」

「四足歩行で歩くのが物好きになっちゃうなんて、文化の違いを感じるよ。普通は逆だって思うし」

「そうなのよ…だからこっちで暮らしている獣人とかが上の世界に来ると、皆が皆二足歩行をするものだからその度に向こうで騒ぎになったりするの…困ったことにね」

「うはぁ…何か色んな人の夢が今、一瞬にして砕かれたような気がする…」

 あまり知りたくはなかった、驚愕の事実を教えられたしずかは肩を落とす。謎とは謎であってこそ価値があるものであり、あっさりと人(この場合は猫)から教えられると往々にして虚しさを覚えるものなのだ。

 そうして歩いていると、ようやく大きな木製の門が二人の前に立ち塞がった。

「…? っ、あ、あなたは…!!」

 王城の入口である門の前に立っている門兵が何故か、言葉を詰まらせるが、構わずしのんは「女王に会いたいわ。謁見の取次をしてもらえないかしら」と、大して気にしていないように言う。

「申し訳ありませんがそれは了承し兼ねます」

 答えたのはもう一人の門兵。

 何故か両名共に確かな緊張を思わせる面持ちをしているのだが、城に見入っているしずかはそれに気付かないようだった。

「…そう」

「は、はい。今は何人たりとも城に入れてはならないとの詔を我々は賜っている訳でありまして…」

「……」

「「……」」

 門兵としのんは、暫く静かに視線を交錯させていた。が、

「…分かったわ。また後日、伺わせてもらうわ」

 溜息と共にしのんが来た道を引き返し始めた。

「えっ!? あ、置いてかないで〜!」

 しずかもそれに続くのだった。


   ☆


「これからどうするの〜?」

 あの場を離れた二人は、二日連続外で夜を過ごす訳にもいかないので、街で宿を取ることにした。

 しずかはエレメンティアでの貨幣を持ち合わせていないので、宿泊出来るかどうか心配であった。だが幸いしのんが、幾らか持っていたので代わりに払ってもらい、今に至る。

「さぁ? どうしようかしら」

 白を基調とした、上品さがある部屋の椅子の上で黒猫は、腰を落ち着けた。しずかとしては歩き通しで疲れてしまったので、お風呂に入ってすぐにベッドに沈みたい気分だ。

「どうして女王様は誰とも会いたがらないんだろう…これだと回廊を通る許可をいつまで経っても貰えないよ……」

「そうね」と答えた黒猫は欠伸を一つする。眠たいのか、そのまま丸まってしまったので、一言言ってからしずかはシャワーを浴びることにした。

「ふぅ…気持ち良かったなぁ♪ …あれ?」

 部屋に戻った彼女であったが、その部屋には誰も居なかった。

 見間違いではないかと部屋を見回していくと、書き置きが机の上に置かれてあることに気付く。

「…やっぱり猫って夜行性なんだ。それに…文字書くの上手っ」

 「ちょっと出て来るわ。明日の朝までには戻るから気にしないでね」と、書き置きには丁寧な字と肉球の跡がある。中々達筆であり、しずかが書く丸い字よりも文字として、美しかった。

 文字を読み上げたしずかは紙を机の上に戻す。すると、欠伸が。

「…寝〜よっと」

 涙が滲む(まなじり)を擦ると、疲れがピークを迎える前に彼女は就寝する。

「…zz」

 一日と少しでこの世界に慣れた様子の彼女から、ものの数分で寝息が聞こえるようになると、部屋の窓際に降りて来る影がある。見上げる空に天体そのものはないのだが、明らかに月のものと知れる静かな輝きに照らされ、黒猫は「にゃー」と鳴く。

「一人で何か抱え込む癖は相変わらずね…っと」

 そしてそこから地面に飛び降りて着地すると、夜の街へ足を踏み入れる。

「…緘口令を城の者に命じるのは結構だけど、人から聞けないのなら直接本人から訊くまで…」

 その足が向かうのは、この街を統べる者が居る場所。

「何があったかは知らないけど、洗いざらい話してもらうわよ…!」

 そしてその姿は夜の闇に紛れ、誰もその漆黒の姿を捉えることを不可能とするのであった。


       第三話(完) 第四話に続く……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ