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闇禍の序曲 [前編]

 そろそろ夕暮れに差し掛かるときだった。

 空はすっかり茜色(あかねいろ)に染まっていて、のどかに流れる東の風が頬をすっと撫でては通り過ぎていく。


 わたしは今日も山に囲まれたこの静かな村のはずれで、いつものように幼馴染のアルスと一緒に、川に遊びに行っていた。


「おい、ルーシェこっち来いよ!」

「ん、なに?」


 アルスはさらさらと心地(ここち)よい音を立てる川のほとりに腰を下ろし、まじまじと水面(みなも)を見つめている。 私も寄って、その流れに顔を近づけてみる。


「魚だ……」

「見ろよ、たくさん泳いでるぜ。 ほら、ここにも」

「あ、ほんと。 たくさんいるみたい」

「上のほうに行けばもっといるかなぁ?」


 嬉しそうに笑い、川面(かわも)を指さしながら川上へと歩き出すアルス。 子供っぽいなと思ったが、一緒に行きたいなと思っているあたり、やっぱりわたしもまだ子供みたいだ。 なんてちょっと大人ぶった考え事をしていたら、目の前にいたアルスがいなくなっている。


「あ、ちょっとまってよ!」


 あたりを見回すと、岩の上によじ登っているのが視界のすみに映った。 瞬きをしたらその姿は消えていった。


「もう、子供なんだから……」


 やっぱり男の子だ。 はしゃいでいる時の彼は、もうだれにも止められないだろう。

 足元にはこぶし大の石ころがごろごろとしていて足場が悪い。 ゆっくり慎重に、でも急いで追いかけなきゃ。

わたしは俗にいう人間ではなく、吸血鬼(ヴァンパイア)と呼ばれる魔力が強い種族であり、 大した事じゃないけど、魔力で多少の距離なら空を飛んで移動できる。 それに頼っているせいか、走っているとだんだんと苦しくなり息切れしてきた。 空を飛んでしまえばすぐに追いつくだろうと思ったが、黄昏(たそがれ)時といえども西日は強い。 肌を出していると焼けてお風呂が辛くなるだろう。 仕方ないが、歩く事にした。

 肩が焼けるの防ぐためにかけている吸血鬼独特の衣裳が木の枝に引っ掛かるのをその都度外しながら、川の上流、森の奥のほうへと足を進めると、アルスが魚を捕まえて木の皮を編んで作られた籠に入れているのが見えた。


「遅かったな。 俺の勝ちだな!」

「はぁ、いつから勝負なんかしてたのよ」

「勝負ってのは唐突に始まるもんだぜ?」


アルスは立ち上がって、Vサインのポーズでにっと笑った。


「なあ、ルーシェも魚とってみろよ」

「ごめん、わたし……」

「あ、そうだったな、水が苦手なんだったな。 悪りぃ悪りぃ」


そう、わたしは水に入るのが苦手だ。 あの肌を撫でる液体に浸かる感覚がなんかダメなのだ。 シャワーは大丈夫だけど。

そんな訳でわたしはざぶざぶと川に入っていくアルスを見守る他なかった。

手慣れた手つきで川に潜っては魚を掴んで籠に放り込んでいく。


幾分か経ち、籠が魚でいっぱいになってきた。 それ程大きな籠ではないが、今日中に食べ切るような量ではない。

日もだいぶ傾いてきて、西の空の黄昏が闇に変わり始める。

わたしは闇夜は慣れているし、むしろ昼間より過ごしやすくはあるが、純粋な人間であろうアルスには、闇夜の森の中では何も見えないらしく、お前だけが頼りだなどと言って、離れないようギュッとくっついて帰った事もあり、その時ちょっと恥ずかしかったのを思い出した。

そんな事もあったのに薄暗くなってもアルスはまだ魚獲りをしている。 わたしがいるから大丈夫だと思っているのか。 何度も石につまづいてすっ転んだクセに懲りないんだから。 いい加減にして、もうそろそろ帰ろうよ、そう言いかけた時だった。

いや、口に出したかもしれないがどっちか分からなかった。 周囲の音が、突然轟いたどかん、という音に掻き消されたからだ。


「な、なんだ!?」


アルスは目をパチクリとさせて、固まっている。

鳥がばさばさと森から一斉に羽ばたいていくのが見える。 続いてパチパチと何かが燃え上がるような音も同じ方向から聞こえてきた。


「な、なんだ……!?」

「もしかして、村のほうから!!」


 わたしとアルスは互いに相手の目を見る。 胸の中に嫌な予感がずるずると湧き出して来た。 肌を撫でる風がやけに寒い。


「急ぎましょ!」


 わたしは立ち竦んでいるアルスの手をぐっと引いて走り出す。 何かが、何かが起きている。 何か嫌な予感が胸の中に渦巻いている!


幸い日は完全には落ちておらず、アルスのも目は問題なく見えるようだ。


慣れない走りを繰り返したので息が整わなくなってきた。 アルスは涼しい顔をして走っているが、額には汗を流している。


「ルーシェ、もうちょっとで村だぞ!」

「……ええ!」


やがて広い道に出た。 ここを進めばもう村だ、という所で順調に走ってきたアルスはふと足を止めた。


「な、なんなんだ、あれ!?」


 森の中の一部分だけがひときわ輝いている。 温かいというより鋭い光で、森の中にあるはずがない眩しさが不気味だった。

 ゆっくり近づいてみると、男が立っているのが見えた。

男は背中に白い翼を生やし、これまた真っ白で裾の長い服を着ている。 衣裳の縁には金の刺繍がそれとなくあしらわれており、水色の弓を持って立っているのが見えた。 不思議なことに辺りは薄暗い森の中のはずだが、それにしては明るい。 どうも男自身が光を放っているようだ。

 果たして、村に彼のような住人が居ただろうか。 しかし、今自分は平静を欠いている。 ただ単に思い出せないだけだろう。 ただ、見た感じ敵意は無さそうだ。

一体何があったのか、そう切り出そうと近づいたときだ。 その男はゆっくりと振り向き、穏やかな口調で言った。


「おや、悪魔のほうから来てくれるとは都合がいいですね。」

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