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次期宰相、色んな意味で戦慄する。

次期宰相(攻略対象その2)視点。

 



 私の父親は、公爵家の当主であり、宰相でもある。そして、現在、嫡男になっている私は、次期公爵であり、次期宰相でもある。



 我が公爵家は、元々、この国の中では、そんなに特殊な家ではなかったはずなのだが、現在、ちょっと、ややこしいことに……というか、慌ただしいことになっている。

 4年前、私の兄であり、生まれた時から嫡男として、宰相になるべく育てられていたはずの兄が亡くなってしまったのが原因である。領内視察をしていた時に、街で暴走した馬車に運悪く轢かれてしまったのだ。



 兄が亡くなってしまったことにより、次男であった私にお鉢が回ってくるのは必然であった。


 しかし、兄は、当時、17歳。成人と見なされる18歳になると――諸々の理屈により――子供に親が仕事を継がせ、親が影から支えてやるという形を推奨――というか、もはや、これは、特殊な場合を除いては、ほぼ強制であり、暗黙の了解と言っていい――な我が国において、宰相を継ぐまで、あと1年というところまできていたのだ。

 もちろん、兄上は、“特殊な場合”になんて間違っても当てはまらないような立派な人だった。もちろん、宰相に必要な勉強は終えており、父上について現場の感覚を覚えるという段階を通り越し、父上の補佐のようなことをしていた。宰相の仕事を今すぐ継がせても問題ないくらいに、宰相の仕事について理解していたのだ。



 そんな兄上を失った父上は、悲しみに沈んでいる場合ではなかった。もちろん、実の息子を不慮の事故で失って悲しくないわけはなかったと思うが、後継者問題がある。悲しんでばかりはいられない。時間がない。



 公爵家には、息子は私しか残っていなかったので、私にお鉢が回ってくるとわかっていたために、そんな私も遠い気持ちになったものだ。

 なぜなら、私は、公爵家の人間として、国のためとなる婿入りができるように教育をされてきたからだ。その勉強をサボっていたわけではなかったけど、兄上の大変さを見ていると、自分は、なんて自由に伸び伸びと、悠々自適な生活ができているのだろうか、と兄上を尊敬すらしていたのだ。……まあ、完全に他人事である。



 間もなくして、私に対する公爵家次期当主――よりも先に、次期宰相としての勉強が迅速に進められた。完全に父上は焦っていた。


 なぜなら、父上は、次の国王陛下となられるアリス殿下が即位なさるまでに、自分の息子に宰相の職を譲り、自分の息子を仕事に慣れさせ、地位を盤石にし、アリス殿下が即位なされる頃には、国王陛下をお傍でお支えできるくらいの力をつけさせることを目標としていたからだ。それが、完全に狂ったので、焦ったのだろう。イチから仕込み直しという現状は、とても心臓に悪いものであっただろうと、私ですら思う。



 しかし、父上のその計画を私で実行するには、無理がありすぎた。


 生まれながらに公爵家の次期当主として、次期宰相としての役目を背負い、物心ついた頃から、自分の役目がなんたるかを言い聞かせられて育った兄上と、いきなり、それらの役目を押し付けられた私――しかも、ある程度自由に育った上に、兄上が亡くなった当時、12歳で自我も確立しており、色々と矯正が難しかったのである――では、そもそも、役目に対する執着心や必死さ、従順さが桁違いだった。言うまでもなく、私の方に、それらが圧倒的に足りなかったのだ。故に、ただでさえ、遅れをとっているというのに、覚えも悪かったし、心労もすごかった。……とにかく、自由が欲しかった。以前の生活が恋しかった。


 でも、それ以上に、問題だったのは、年齢だ。

 兄上は、アリス殿下より4歳年上だから、アリス殿下が18歳で即位なさった時には22歳となる。父上の後を継いで4年もあれば、ある程度のことはできる。父上の目標も難なく達成できたであろう。しかし、私は、アリス殿下より2歳年下。必然的に殿下が即位なされた後に、父上の後を継ぐことになる。父上の計画は、完全にご破算である。こればっかりは、もう、どうしようもない。18歳にならないと継げないのだから。



 まあ、それでも、18歳に間に合うかどうか、怪しいとまで言われていたものだから、まわりも私以上に焦って、てんやわんやだった。

 ……最近になって、ようやく、それも落ち着いてきて、やっと、息も抜けるようになってきたのだ。


 兄上は、何も悪くない。むしろ、不慮の事故での無念の死。同情に値すると思う。でも、個人的な感情として、なんで、わざわざ、街で馬車が暴走した日に視察になんて行ってたんだと、恨み言のひとつも言いたくなるというものである。




 さて、愚痴もこれまでにしておこう。


 で、ようやく、ある程度、宰相としての勉強もこなせてきたということで、とうとう、父上について現場を見学させていただけることになった。

 ということで、先当たって、まずは、将来の直属の上司となるはずのアリス王太子殿下と婚約者であるディアンテ様にご挨拶を、ということになったのだ。




 ……正直、柄にもなく緊張している。


 …………自分が、文官というより、見た目、完全に武闘系だろうと言われるくらいの強面であることは知っている。知っているが……今、私は、怒っているわけではない。緊張しているのだ。明らかに、避けていかないでくれ。




 もちろん、我が公爵家は、王家とも交流があるので、アリス王太子殿下が、乳兄弟であるイオアネスと一緒に、我が家を訪問してくることも間々あった。

 しかし、私は、アリス殿下に気を遣って、気を遣って、緊張しながらお相手しなければならないのが苦手で、兄上もイオアネスもいることだし、私がいなくても大丈夫だろう、なんて兄上に全部お任せして逃げていたのだ。

 元々は、いずれは、どこかへ婿入りしてしまう予定の息子だったからか、礼儀を欠かず、不敬なことさえしなければ、父上が私にとやかく言うことはなかった。


 しかし、おかげで、殿下とは顔見知り程度の関係でしかないのである。このままではマズい。まさか、このような事態に陥るとは、当時の私も父上も思いもしなかったとはいえ、お互いに後悔しきりなのである。

 というわけで、少しでもいい関係を今から築けという父上からの命でもあるわけだ。……胃が重い。




 アリス殿下は、噂に聞く限りだと、国王陛下の金の髪と緑の瞳に、王妃殿下のまばゆいばかりの美貌を受け継いだ、線の細い、女性が好みそうなキラキラしいお姿であり、次期国王陛下としての能力は、そこそこ。無能ではないが、凡庸であるとのことだ。



 ……だが、それよりも気がかりなのは、そのアリス殿下の婚約者であり、次期王妃殿下であるディアンテ様だ。


 彼女の幼少の頃には、黒い噂がすごかった。この国1番の優秀さと性格の悪さを兼ね備えた、手に負えない幼女というのが、当時の彼女の評価だ。

 間違いなく、完全に性格は無視して、その優秀な能力を国のために使ってほしいという意図で、次期王妃殿下として、アリス王太子殿下の婚約者に選ばれたのであろうことは、誰の目にも明らかであった。


 しかし、黒い噂に加え、殿下との不仲説は、もう私が物心ついた頃には、すでに流れており、それは、かなり事実に近い噂であったと言われている。その証拠として、私は、父上に、婿入りの勉強の一環として、彼女の実家である侯爵家に関する勉強と、彼女の手綱をしっかりと握るための対策も随分と考えさせられた。……アリス殿下との婚約破棄が成立した暁には、私が侯爵家に婿入りする予定であったのは明らかである。というか、当時、私の婿入り先の最有力候補は、例の侯爵家であっただろうと容易に想像がつく。その時の勉強は、かなりの割合、その侯爵家に婿入りするためのものが占めていたのだから。私は生贄かと、勉強の時間と彼女の黒い噂を聞くたびに、色々と悟った気持ちになってしまっていたのも仕方のないことだろう。

 しかし、兄上が亡くなることで、私が思っていたことは杞憂となり、結局、アリス殿下も婚約破棄はしていないので、父上の考えまでも杞憂となった。

 ……こうなってみると、完全に、ディアンテ様がアリス殿下に婚約破棄されることを前提で、色々と進めていた父上は、かなり失礼というか……不敬には、ならない……よな? いや、バレなければいいのか。


 一定を過ぎたら、今度は、不自然なまでに、ディアンテ様の黒い噂は消え、代わりに、胡散臭いまでな手放しの称賛の声を聞くことが増えた。が、なんだか、やっぱり、胡散臭く思えて仕方ない。私にとっては、ディアンテ様は、黒い噂の印象が強すぎる。

 もし、何か粗相をしてしまったら、どうなるのだろうかと……今の私の緊張の7割がソレだ。




 …………ごちゃごちゃと考えているうちに、とうとう、アリス殿下とディアンテ様がお待ちくださっているであろう応接室にたどり着いてしまった。


 まあ、きちんとやるべきことをやり終えないと解放されないのだ。ここは、男らしく……!



 コンコン、と控えめにドアをノックした。



「…………入れ」



 ……なぜか、妙な間が空いてから、殿下のお声が聞こえた。

 私は、ひとつ深呼吸をしてからドアを開けるなり、声を絞り出した。


「失礼いたします! 私、コンドラード公爵家嫡男のアレシャンドレと申します! 次期宰相も務めさせていただく予定でございます。どうぞ、お見知りおきくださいませ!」


 自分ができる限り、最高の、丁寧な臣下の礼を取ると、アリス殿下がお声をかけてくださった。


「ああ。私は王太子であるアリスだ。改めて、よろしく」


 そして、次に来るであろう声に身構えているけど、なかなか、来ない。不敬だと罵られるかもしれないというのに、気になってしまって顔を上げると、私の真ん前には、アリス殿下が立っていらっしゃって、その距離が思っていた以上に近かかったので驚いた。

 ……しかし、アリス殿下のお姿に遮られて、ディアンテ様のお姿が確認できない。……不敬なのを重々承知で申し上げるなら……アリス殿下、邪魔です。



「……殿下、アリス殿下」



 部屋の奥から女性の声が聞こえ、これが、ディアンテ様のお声かと緊張している私には、心なしか、そのお声が震えているように聞こえた。


「殿下、邪魔です。アレシャンドレ様のお顔が見えません……」


 ……よくぞ、言った、と思ってしまった私は、いけないのだろうか。やっぱり、不敬だろうか。…………いや、バレなければいいのか。


「だが、ディアンテ! こいつが来なければ、今ごろ、ディアンテと2人でのんびりできたというのに……!」


 え、殿下がディアンテ様を溺愛していらっしゃるという噂、本物!?

 どういう反応をしたらいいかもわからず、ただ、戸惑って状況を見守るしかない私の目の前で、殿下がディアンテ様の方に顔だけを向けた。


「ディアンテ、せっかく、仕事も終わったのだ。そう、突っ立っておらず、座ったらどうだ。疲れただろう」

「殿下……そう仰るなら、アレシャンドレ様にご挨拶をさせてください」


 ディアンテ様が情けない……相当、困っておられるのがわかる声で殿下に答える。ごもっともだ。


「……こいつとは、仕事の時に顔を合わせれば、それでよいではないか」

「そうは行きません! 挨拶は大事です! 結束を強めるのも大事です! アレシャンドレ様とは、あまりご交流が進んでいらっしゃらないとお聞きしております! これも、お仕事の一環であるとお考え下さい!」

「くっ……! ディアンテ、そんな潤んだ瞳で見つめるな……!」

「殿下……」


 なんだか、悲痛に訴えるディアンテ様の最後のお声が、1番心に刺さったのですが……。

 王太子殿下ともあろうお方が、泣かせるまで婚約者を困らせるなよ! 1人で盛り上がるな!


 ……ディアンテ様は、思っていたよりも苦労人なのかもしれない。そして、思っていた以上に、アリス殿下が問題児だ……。ああ、私は、これから、どうなってしまうのだろう。



「……わかりました」



 眺めるしかない私を放って、この部屋の中で会話が展開されていく。ディアンテ様が、なんだか、静かな声を発した。


「私、今日は、王宮に泊まります。殿下とのお時間は後でたっぷり、あ・と・で、たっぷり取らせていただくので、今は、とりあえず、このソファーに座ってください。私も、後でお隣にお邪魔しますから。そして、楽しくお茶をしましょう。アレシャンドレ様とご一緒に」


「ううむ……」



「殿下。アリス殿下……、早く。きて?」



 なかなか、動かない殿下にしびれを切らせたらしいディアンテ様が一気に砕けた口調で促すと、殿下の体が一瞬、硬直した。

 どうしたのかと殿下のご様子をうかがわせていただくと、頬を染め、これでもかと色気を振りまき、喉を鳴らした。



 ――待て。ちょっと、待て。

 殿下、さっきの短い単語の組み合わせで、一体何を想像しやがった。少し落ち着け。

 このまま、ディアンテ様を王宮に泊まらせてしまって大丈夫なのだろうか。貞操は。さすがに、婚前交遊は体裁が悪い。その辺、わかっているのだろうか、この王太子殿下は。婚前交遊は、体裁が悪い。殿下、本当にわかってます……?


 顔が引きつっているのが自分でもわかる。ソファーに向かって歩いていき、遠ざかる殿下の背中を信じられない――否、信じたくない思いで見つめていると、視界が開けたおかげで、ソファーの傍で、殿下がやっと動いたからか、ほっとした表情を浮かべている女性を、ようやく、目にすることができた。銀髪碧眼の、アリス殿下と並んでもなんら遜色のない綺麗なお方で、今までの経緯のせいか、そのお姿を拝見できたことに感動すらおぼえる。長い道のりだった……。



 殿下がこれでは、ディアンテ様もお疲れだろうと思いきや、そんなこともなく……少しバツが悪そうに、照れたように、苦笑いを浮かべ、綺麗な礼を取ってくださった。……決して、こういうことが日常的に繰り返されているというわけではございませんよね……? でぃ、ディアンテ様は、タフなんですね。タフ、なんですよね……? 慣れ、ではないですよね……?


「ルドラト侯爵家長女のディアンテと申します。どうぞ、よろしくお願いします、アレシャンドレ様」

「あ……私の名前は長いので、アレンと」

「アレン様ですね。……お気遣い、ありがとうございます」


「ディアンテ……」

「アリス殿下もそう呼ばせていただいたらいかがです?」


 何か言いたげに自分の名前を呼んできた殿下に、ディアンテ様はにこやかに返した。……明らかに、殿下が何を言いたいかわかっていて無視した様子である。殿下にもそれがわかったらしく拗ねた。


「困るのはアリス殿下なんですよ? 仲良くしましょう?」


 まるで、母子のようなやり取りである。

 それに、殿下のは、溺愛というより、独占……ううむ……執着…………それだ。“執着”だ。


「アレン様、申し訳ありません。あまり殿下に遠慮しすぎると宰相さまのお仕事がはかどらないかと思いますので、程々に諫めて差し上げてくださいね」


 ……ディアンテ様、それは、私にも、先ほどの貴女さまのような対応を殿下に向けることを求めておられますか……? 私に……?

 あ、やべぇ。胃が……。



 もしや、生贄だどうだって、昔は、思ってたけど、宰相よりも、ディアンテ様の旦那やってた方が、色んな意味で圧倒的に楽だったんじゃ……?

 あ、コレ、考えたらダメなヤツだ。



「殿下、確か、アレン様のお兄様とはご交流があったんですよね?」

「……ん、ああ。……そういえば、アレンもよくここまで頑張ったよな」



 ……あれ? なんか、いきなり殿下のスイッチが入ったかのように普通に喋りだしたんですけど……何があった? それとも、さっきまで見ていたのが幻覚……?




 そして、今日の交流会の最後の最後で、“俺とディアンテのプライベートな時間だけは邪魔をするな”と眼光鋭く言われたことにより、幻覚などではなかったことを知らされることとなる。


 アリス王太子殿下が凡庸……?

 そんなことを仰ったのは、一体、どなたですか。





 そして、ここに、問題児・アリス王太子殿下と次期宰相・アレシャンドレの戦いが幕を開ける。







まわりから見たアリス王太子殿下と婚約者・ディアンテ嬢。



イオアネス

「確かに、異常ですが、慣れました。ディアンテ様には申し訳ありませんが、私には殿下をどうすることもできないので、ディアンテ様だけが頼りです。頑張ってください」


国王陛下

「ああ……まあ、丸く収まってよかった……んだよな? 些かディアンテ嬢に申し訳なさはあるが彼女なら大丈夫だと信じている(遠い目)」


王妃殿下

「あー……その、ええ……ええ。私が生きている間なら、ディアンテ嬢のサポートを精一杯させていただくつもりですわ。ええ……(遠い目)」


侯爵

「ディアンテがよいと言うならよいのだが……大丈夫か? あれは、愛というより、執着だろう。心配でならないが、確かに、ディアンテがいないと国が……ああ、ディアンテ。私は、ディアンテはできる子だと知っているよ(無理やり納得)」


侯爵夫人

「愛されることは、女の幸せですわ。お互いに相手への愛など存在しない夫婦など、貴族の中ではよくあるものです。そう考えると、どちらかというと、ディアンテは幸せでしょう。苦労なくして得られる幸せなどないのですから、ディアンテも頑張りなさい(母、強し)」


その他、まわりの人間

「王太子殿下は、婚約者殿をこれでもかと溺愛していらっしゃるし、婚約者殿も優秀で、相思相愛で仲睦まじい。これで、この国の将来も安泰だ!」


☆アリス殿下のヤンデレは極近い人間しか知らない。

☆ディアンテのメンヘラに関してはアリス殿下しか知らない。

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