魔法道具市 2
本日、10話同時更新。
この話は5話目です。
「さぁさぁそこの冒険者さん! どうだい? この一見普通の矢筒にしか見えない矢筒。だけどただの矢筒じゃない。付与されたアイテムボックスの効果で矢の収納量はなんと最大300本! これさえあれば日ごろの狩りで矢が切れる心配なんて無いも同然! え? 300撃ったら終わりじゃないかって? そんなに狩りは続けないだろう? 300あって1匹も獲物を仕留められないなら、弓なんてやめちまえ!」
小芝居で人をひきつけている商人がいる。
「その矢筒いくらだい?」
「お安くして……なんと20万スートだよっ!」
冒険者らしい風貌の男に値段を伝えた瞬間、客が離れていく。
「20万スートはちょっと高いかな……どうですか?」
「暴利というほどでもありませんね。魔法道具を作るには、職人が付与魔法と込めたい魔法の両方を使える必要があります。逆に言えば職人が使えない魔法は道具に込めることができません。そして空間魔法は属性魔法の中でも難易度が高いため、空間魔法を付与できる職人は魔法道具職人の中でも少なく、魔法道具も高価になります。
しかしあの矢筒やリョウマ様が買っていた農具などは数ヶ月から数年の長期間使い続ける事が前提の品ですからね。最初は高く感じますが、大切に使い続ければ元が取れるでしょう」
なるほど。
「そこのぼっちゃん、魔法に興味はないかい? 良いものあるよ」
「何ですか? これは」
声をかけてきた男の店には、紐でくくられた本と金属棒のセットが山積みになっている。
「教材用の魔法道具ですな。購入者は付属の書物と魔法道具から放たれる魔法でイメージを固め、その魔法を習得するために使うのです。しかし……これは魔法ギルドの出版物ではありませんね」
「こいつは誓って違法な品じゃありませんよ」
「個人での作成と販売が違法でないのは存じています。しかしギルドが確認した証が無いとなると、信頼性がいまひとつなのですよご主人。同じ魔法でも魔法道具の性能と正しい解説がついているか否かが分かりません。道具の性能や本の中身を拝見できればまた別ですが」
「そいつは駄目だ! ……先に金を払うなら中身を読んでもいい」
「話になりません。リョウマ様、行きましょう」
「チッ!」
「良くも悪くもいろいろな店がありますね……」
「まったくです。だからこそ良い品と人を見つけた時には心が躍るのですが……おや? リョウマ様、あちらを」
視線を促された方向には、昨日会ったディノームさんの姿があった。彼は大きめの天幕の下で、娘さんや弟子らしき青年に指示を出している。
「彼に挨拶と昨日の話をして行こうかと思うのですが」
「忙しいのでは?」
「そうでもないようです。ほら」
「……ああ」
よく見たら足元に小さな子がしがみついている。そして一通り指示を出し終えると、すぐに木箱に座ってその子を撫で回し始めた。その表情はデレッデレ。
「あの子がお孫さんのフェデーレ君ですよね。接客はご家族任せで……あれはあれで邪魔すると怒られませんか?」
「そこまで狭量ではありませんし、仕事の話ですから大丈夫でしょう。作業中でなければ基本的に話は聞いてくれる方です。それよりもリョウマ様は音を防ぐ結界魔法を使えるそうですね? ご協力をお願いしたいのですが」
「勿論です」
俺もかかわる話だ。断る理由は無い。
ひとつ頷いて天幕へ向かうと、向こうのお弟子さんが気づいて頭を下げた。
「おやっさん! セルジュの旦那ですよ!」
「ん? 旦那にリョウマも一緒か! よく来たなぁ。ほれ、こいつが昨日話してたフェデーレだ。どうだ? ん?」
「こんにちは、僕はリョウマです」
「リョマー?」
「かわいらしい子ですね」
「だろう!? だが目元なんかはキリッとしてよぉ……」
「ディノーム殿、お孫さんがかわいいのはこの目で見て感じておりますので。実はひとつご相談したいことがありまして」
「あ? なんだ、それならそうと早く言ってくれよ。ならこっちだ」
天幕の一角に置かれた椅子へ案内される。休憩用のスペースだろう。あまり広くは無いが話すには十分そうだが……
「えっと……何かな?」
なぜ俺はフェデーレ君に服を掴まれているのだろう?
「リョマー、あそぼう?」
「おっ、フェデーレに気に入られたみたいだな」
「あそぼう?」
「あー……セルジュさん」
「そうですね……話なら私だけでもできますから、遊んであげてください」
「ディノームさん、よろしいですか?」
「話につき合わせても退屈するだろうしな」
交渉ごとならセルジュさんに任せていいだろう。
打ち合わせ通り、すばやく遮音の結界だけ張っておく。
「結界魔法なんて使えたのか?」
「はい、これで外に声は漏れません。僕はフェデーレ君と遊んでいますので、後はよろしくお願いします」
ちょっと驚いた様子のディノームさんを残して、俺はフェデーレ君と結界の外に出る。
天幕の中には変わりないが……
「さて、それじゃ何をする?」
「しりとり! 魔法道具の“ぐ”からね!」
ルールは地球のものと変わらないようだ。
こうして接待しりとりを始めたのだが……
「負けたー……じゃあもう一回“ぐ”からね!」
「よーし!」
いつまでしりとりを続ければいいんだろう? 3回に1回の割合で勝つようにしているが、今ので15勝目。数えてないけどやった回数は40戦を超えていると思う。時間にすると2時間くらいは経ったのではないだろうか? 出てくる言葉はもうほとんどどこかで出た言葉ばかりだ。本人は楽しそうなのでいいけれど。
「お疲れ様。ごめんね、うちの子の相手させちゃって。はいこれ」
「ありがとうございます」
娘さんが飲み物を差し入れてくれた。冷たい果実のジュースが渇いた喉に染みわたる。
「リョマー、“ぐ”だよ」
「こーらっ。少しは休憩しなさい」
「僕は大丈夫ですよ」
飲み物もいただいたし、まだまだ続けられる。
「本当? さすがにウンザリしない? うちの父さんなら嬉々としてやるんだけど……」
結界のせいで声は聞こえないが、2人は時々こちらに眼を向けながら、膝をつき合わせてまだ話している。難しい交渉になっているのだろうか……こちらから変な横槍は入れるべきではない。
「リョマー、“ぐ”!」
「そうだった。“グレイウルフ”」
「“フェデーレ”!」
自分の名前は使っていいらしい。
そして続けて三連戦。
「次、また“ぐ”から!」
「本当にしりとりが好きだね」
と言ってまた始めようとした時だった
「そうでもないよ?」
フェデーレ君から返ってきた、否定の言葉。
「えっ? ……しりとり嫌い?」
「嫌いじゃなーい。でも好きでもなーい」
「あれ? じゃあ何かしたいことは?」
「お外行きたい! でも一人は駄目ってお母さんたちが言ってた。玩具も無いからしりとりする!」
……なんとフェデーレ君……他にすることが無いからしりとりを続けていただけだった……
めちゃくちゃ楽しそうにしりとりやるから、好きなんだと思ってたのに。
もっと早くに聞けばよかった。でもそういうことなら……
「それじゃ別の遊びをしようか?」
「やる!」
説明を聞く前からいい返事。
「すみません、そのゴミ箱を借りてもよろしいでしょうか?」
「これか? いいよ」
「ありがとうございます」
借りた円筒形のゴミ箱の上に、アイテムボックスから取り出した布をかぶせてピンと張り、紐をくくりつけて固定。
「これで何するの?」
「これは台でね……フェデーレ君はこれ知ってるかな? “ベーゴマ”って言うんだ」
日本人なら名前くらいは知っているだろうけれど、こちらの子供が知っているかは分からない。というか日本人でも今時の子供だと知らない子もいたけど……俺の少年時代はまだポピュラーな遊び道具だった。
本物は鉛でできているが、これは昨日の魔法道具作りの最中に作ったので鉄製。ベーゴマを2つ、紐を2本。アイテムボックスから取り出して台の上に置いたそれを、フェデーレ君はしげしげと眺めている。それが何かは知らないようだけど、興味はもってくれたらしい。
「これをこうして……ほいっ!」
「あっ!」
久々だが回し方は体が覚えていた。投げたベーゴマは、円を描いて台の中央へ。
「回った!」
「フェデーレ君もやってみようか。教えてあげるよ」
「うん! 教えて!」
「じゃあまずは糸の巻き方からだね。こうやって……」
できるだけ基本的で簡単な糸の巻き方を教えるが、4歳児には難しいか。
何度も失敗しているので、飽きてしまう前に糸を巻いたものを渡す。
「投げ方はこうやって、こう!」
「こう! あ……」
「もう少し引くときに力を入れるんだ」
もし投げ損なっても被害を出さないように、俺は店との間へ入る。
そして投げる練習。糸を巻く練習。実演を繰り返していると……
「お待たせしました」
「フェデーレ~。お爺ちゃんお仕事終わったぞ~」
話し込んでいた二人が結界から出てきた。
「じーちゃん!」
「セルジュさん、どうなりましたか?」
「大丈夫です。昨夜の条件でディノーム殿に引き受けていただけました」
「そうですか、ありがとうございますセルジュさん。ディノームさん」
「よせよ。俺たちは儲けさせてもらう。変わりにそっちの面倒ごとをかぶる。対等な取引だろう。ただ優遇の度合いは例の物の利益によるぞ。魔法道具の相談なら作業中じゃなきゃ受け付けてる。必要なときに店に来い」
「これからよろしくお願いします」
「ああ、よろしくな」
「じーちゃんこれ回して!」
「お~? なんだ~? ……本当に何だ? 旦那は知ってるか?」
「トルネロだと思いますが……」
「ベーゴマといいます。そのトルネロというのは?」
「これと似た木製の玩具で、これをもっと大きくして中心に棒を刺したような形をしています。遊び方は棒を両手ではさみ、こう回すのですが」
竹とんぼを飛ばすようなジェスチャーだな。
「これはこう紐を巻いて、こう! です」
「ほー」
「やはりトルネロの一種のようですな。土地ごとの差は時折ありますから。これはリョウマ様の地元の物ですか?」
「そうです」
「大樹海ではこのような形なのですね……」
「回してー」
「おお。リョウマ、巻き方はこれでいいな?」
「あれ?」
ディノームさん、ベーゴマを知らなかったのに巻けてる。
「大丈夫です。そのまま」
「こうだな!」
「あ、はい……」
「回った!」
投げられたベーゴマは、見事に台の上で回転している。
「ご存知だったんですか?」
「いや? さっきお前が巻いて投げるところを見ただけだ。俺がどれだけこの手先で生きてきたと思ってんだ。この程度なら一目見れば簡単よ!」
「じーちゃんすごい!」
「そうか~? ありがとな~?」
俺もすごいと思ったが、彼は孫の言葉であっという間にデレデレになってしまった。
……ベーゴマは2人に譲ろうかな。
「貰って良いのか?」
「はい、フェデーレ君に教えてあげてください。2人でできるようになると、同時に投げてぶつけ合わせる遊びもできますから。フェデーレ君もお爺ちゃんと遊びたいよね?」
「うん!!」
「そうかそうか! なら悪いが貰っとくよ。代わりと言っちゃ何だが、今夜は予定あるか?」
「特にありません」
「だったら今日は市の後にパーッとやるから、2人も来るといい」
打ち上げへのお誘いか。今後の付き合いもあるだろうし、お邪魔させていただくことにしよう。
こうして俺は、新たに魔法道具職人の伝を手に入れた。




