ディノーム魔法道具工房
本日、10話同時更新。
この話は2話目です。
2日後
「はい、問題ありません」
「ありがとうございます」
道中は襲撃などもなく、無事にケレバンの門をくぐる事ができた。
「あ、すみません。あと一つ伺いたいのですが、“ディノーム魔法道具工房”への道をご存知ありませんか? 住所はここらしいんですが……」
「この住所でしたら東の方ですね。この道をまっすぐ24番通りまで向かって…………すみません、あの辺は道が入り組んでいて口では……」
「いえ、そこまで教えていただけて助かりました。ありがとうございます」
「そうですか、それではお気をつけて。あっ、あそこの乗合馬車を使うと早いですよ!」
丁寧な対応をしてくれた門番に礼を言い、教わった馬車乗り場へ。
そこには幌も座席もない、荷車を大きくしたような馬車が停まっていた。
御者1人しか乗っていないが……これで間違いないよな?
「すみません、24番通りまでおいくらでしょうか?」
「24番? なら小銅貨2枚だ」
「ではこれで」
「後ろに乗りな、そろそろ出発の時間だ」
「失礼します」
俺が乗り込んだのを確認して、御者の男性は馬車を走らせた。
「ちょっとこの鍋もう少し安くならない?」
「勘弁してくれよお姉さん!」
「おーい! はぐれるなよ!?」
ゆったりと流れる町並みを眺めていると、街の活気を感じる。
前回来た時も人は多かったが、今はそれ以上に混雑しているようだ。
「坊主ー、どっから来た?」
「ギムルからです」
「わりと近いな、一人で観光か?」
「冒険者なんですが、依頼が片付いたら観光してみようかと思っています。魔法道具の市が開かれるそうですね?」
「ああ、明日な。今回は魔法道具の市だとよ」
「他の市もあるんですか?」
「なんだ、坊主は遠くからこっちの方に来てるのか? ギムルでも、つーかこの辺では有名だよ。市は年に6回。メインの品は変わるが、毎回会場は中央広場だ。その他、周りに屋台やらなんやら出るのは毎回お決まりだな。まぁ何年か住めば珍しくもなくなっちまうよ」
年に6回って2ヶ月に1回のペースじゃないか。それは住人にとっては珍しくもなくなるだろう。
「その分俺たちは稼ぎ時が多くて助かるんだ。そら、ちょっと詰めてやってくれよ」
馬車が停まり、新たな乗客が一気に乗ってきた。これはなかなかの人口密度だ……
「ん? ……どっかにしっかり掴まってくれ! この先少し揺れるかもしれんぞ!」
御者の男性が叫び、各々荷台のヘリに掴まる乗客。彼らに倣って俺もヘリを掴むが、いったい何事だろう? 道でも荒れてるのか……? と思ったら、前方の右側にゆっくりと進む小さめの荷車があった。
「チンタラしてんじゃねぇ!!」
「遅いぞクソジジイ!」
大きな樽を積んでいて、引いているのは結構なお爺さん。口の悪い若者が御者をする馬車に次々と追い抜かれている。
「ったく危ねぇな……」
乗合馬車の御者さんは眉をしかめている。確かに若者は素人目にも若干強引な抜き方に見えた。しかしお爺さんの方も確かに遅いので、人によっては邪魔かもしれない。いったいどちらのことを考えているのだろうか……
「おいおい……」
「あの人、乗るのかね……」
今度は周囲の乗客がざわめいた。
視線を追うと、次の停留所に相撲取りのような体格のおばさんが立っている……
「24番通りまでお願いね。よい、しょっ!?」
「ぐふっ!?」
勢い余って倒れこんできたおばさん。
「ごめんなさい!」
「大丈夫です……」
少し圧迫されたが特に怪我はないことを伝えると、おばさんはそのまま俺の隣へ……狭苦しくなっていた馬車が、さらに狭く感じた……
「ここだよ」
「ありがとうございました!」
「いいって、仕事頑張りなよ」
隣に座ったおばさんに案内してもらい、届け先の“ディノーム魔法道具工房”に到着。
ここまでの道は正直、あのおばさんがいなかったら迷ったかもしれない。聞いて良かった。
「『アイテムボックス』」
荷物と依頼書を用意して、と……よし!
「いらっしゃい! おや? かわいらしいお客さんだね」
扉をくぐると正面にカウンターがあり、その中に恰幅の良い女性が座っていた。
店内はお世辞にも広いとは言えない。たとえるなら駅のホームにある売店くらいだろう。
「見ない顔だけど、お使いかな? 明かりならこっち、火種はこっちだよ」
女性はカウンターの下。商品らしき小さな魔法道具が並ぶ棚を指差して教えてくれる。
しかし申し訳ないが、俺は客ではない。届け物に来た冒険者である事を伝えよう。
「届け物?」
「はい、こちらにサインをいただけますか?」
「ちょっと待って、父さーん!」
「おー!? ちょっと待ってろ!」
「ちょっと待ってね、すぐ来るから」
そんな声が聞こえてから数分で、今度は髭面の男性が出てきた。
「何の用だ」
「届け物だってさ、父さん宛だから自分で受け取ったほうが良いでしょ。ほら」
「届け物? ……ああ部品か。間に合わねぇと思ってたんだが……ほれ」
サインの入った依頼書を返してもらった。これで依頼は達成。後は報告を残すのみだ。
「ありがとうございます。それでは失礼……」
「待て。こいつを持ってギムルから来たんだろ? 急いでないなら茶の一杯でも飲んで行け。安物だけどな。おい、後任すぞ」
「はいはい」
言った本人はそそくさと奥に戻ってしまったが、娘さんがお茶を入れ始めた。
……せっかくだから、いただこう。
「はい、どうぞ」
「いただきます」
カウンターの隅でお茶をいただく。……? このお茶、コーヒーに近い味がする。
「どう? 口に合うかな?」
「美味しいです。気に入りました」
「それなら良かった。ちょっと珍しいお茶だから心配だったんだけど」
「前に似たものを飲んだ事があります。これは炒った豆から? それとも花の根から?」
「ダンテの花の根っこらしいよ。細かい事は知らないけど、体にいいんだってさ」
なるほど、タンポポコーヒーか。懐かしい……会社勤めの頃はこれにひと手間加えたものを常飲していた。
「どこで買えますか?」
「そんなに気に入ったの? ……私にいつも分けてくれるのは近所の薬屋の爺さんなんだけど、趣味で作ってて商品じゃないらしいんだよねぇ……」
「そうですか、ありがとうございます」
材料となる花の名前が判明したんだ、ならそれを手に入れて作れば良い。俺の記憶が確かなら、地球のタンポポコーヒーは根を水洗いして乾燥させた上で、炒って煮出すはず……そう難しい手順ではない。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さま、もう行くのかい?」
「はい、今日の宿を取らないといけないので。お茶、ありがとうございました」
礼を言っていざ店を出よう。
と扉のノブに手をかけたその時。外側から力がかかる。
「おっと」
「おや、これは失礼……」
扉を開いた相手と俺。どちらも接触を避けるため同時に動きを止めた。
その際、相手を見て、さらに動きは固まる。
「リョウマ様?」
「セルジュさん?」
目前に立っていたのは、明らかにセルジュさん。
名前を呼ばれた事で他人の空似の可能性は消えた。
「こんにちは。奇遇ですね。魔法道具市に行くとは聞いていましたが……」
「まったくですな。リョウマ様はどうしてこちらに?」
「冒険者として届け物の依頼で。緊急性があるものだったので、少し急に決まって」
「それはそれは……私は挨拶回りです。ここは私が懇意にしている工房の一つでして」
「そうだったんですか」
「セルジュの旦那! やっときたか」
「おお! 失礼、ディノーム殿お久しぶりです」
「たかだか2,3ヶ月で大げさな。まぁ旦那も元気そうでなによりだ。ところでその坊主と知り合いなのか?」
奥から出てきたさっきの男性が挨拶をすると、こちらに不思議そうな目を向けられた。
「リョウマ・タケバヤシといいます。セルジュさんにはいつもお世話になっています」
「いえいえこちらこそ。……彼は見た通り若いですが、よい関係を続けたいと思わせる人ですよ。魔法道具にも興味があるようですし」
「ほう……旦那にそんな事を言わせるとはね。俺はディノームだ。興味があるなら中を見ていくか?」
「よろしいんですか?」
「いいから言ってんだよ。どのみち旦那に見せるものもあるからな」
そう言い放ち、返事を聞かずに奥へ入っていくディノームさんと、慣れたようについていくセルジュさん。娘さんに頭を下げて、2人を追うことにした。
「ここだ」
「へぇ……」
奥につながる扉をくぐると、先ほどの店からは想像できない広さの部屋だった。まず箱に車輪がついただけに見える物が4台。おそらくあれが噂の魔道車だろう。部品や作業台も部屋の隅に見られる。反対側には資材の搬入出を行うと思われる大きな扉や広めの窓もついていて、明るく開放的な空間だ。
「下手に触らなければ適当に見てていいぞ。旦那はこっちだ」
と言われてもどうしていいかわからないので、セルジュさんについていく。
どうやら魔道車の説明を受けるようだ。
「これが最新型ですか。……あまり変わりませんな」
「外見はそうだが、動力の強化に車体の軽量化もしてある。ほら、これだ。だが……課題の解決とまではいかねえな」
「荷を載せるのは無理ですか……」
「軽いものなら運べなくもない。微妙な所だ。これ以上軽量化するとなると今度は強度のほうに不安が出てくる。安全性は犠牲にできん」
「ええ、それは問題です。レースにも事故、衝突はつきものですからね……」
魔道車レースの話が時々出てくるあたり、もしかすると参加するのかもしれない。ディノームさんがメカニック、セルジュさんはスポンサーと言った感じか?
最初はまだ分かったが、時々手元の魔法道具を起動しながらマニアックな話を始める2人。
動力の回転数の話になったあたりで、俺はそっとその場を離れた。
工房内を見て回るが……見ただけでは正直よく分からない。いったい何を作っているのか……ん?
「これは……普通だ」
箱と車輪だけの魔道車が並ぶ中に、一台だけ普通の馬車らしき物があった。
と言っても差は馬をつなぐ部分の有無くらいしかないが……御者台もついてるし、魔道車じゃなくて別の魔法道具なんだろうか?
気になったので、二人の話が途切れたタイミングで聞いてみる。
「ディノームさん、あちらのは何の魔法道具ですか?」
「あれか? あれは別に何の魔法道具も積んでない普通の馬車だよ。近所の奴から修理を頼まれたんだ」
そうなのか。と俺は納得したのだが、横で聞いていたセルジュさんが首をかしげている。
「珍しいですな、貴方が普通の馬車の修理を引き受けるなんて」
「ああ、まぁな……」
言いよどむ彼を見ながら、どういうことかと聞いてみると、セルジュさんは少し声を落として教えてくれた。
「数年前にお孫さんが生まれてからだいぶ丸くなられましたが、魔法道具以外の品には手をつけない方でした。馬車が壊れたなら馬具屋か馬車屋へ行けと断ると思ったのですが……」
「……実は少しばかり金が欲しくてな、その……孫のために」
恥ずかしいのか、ひげ面を赤らめてぶっきらぼうな言葉が出てきた。
「贈り物ですか? でしたら私もご協力させていただきますよ」
なんだか生ぬるい空気の中、セルジュさんが申し出る。
しかし彼はそれを断った。
「悪いな、旦那。贈り物じゃなくて学費なんだ」
「学費というと、もしや王都の?」
「だな。なんでかっつうとな……」
もったいぶった口調だが、明らかに話したくて仕方がないような雰囲気を発している。
これはもしや……
「実はな、うちの孫は天才かもしれないんだよ! まだ4つになったばかりなんだけどな? よく俺たちの仕事の話を聞きにくるんだよ。それで一番下の弟子は兄貴風ふかしてペラペラ説明しやがるんだ。半人前が何を偉そうに言ってんだか……と思ってたんだがよぉ、ちょっとこれ見てくれよ!」
もう……デレッデレのにやけ顔を隠そうともせずに、作業台の引き出しから持ってきたのは数枚の歯車。ディノームさんはおもむろに一枚取り出し、手のひらの上で魔力を流した。
「おや?」
魔力を流された歯車が回り始めた。先日セルジュさんからいただいた歯車と同じ魔法道具のようだ。しかし……あれと比べるとめちゃくちゃ回転が遅い上に、時々さびついたように動いては止まり、動いては止まりを繰り返している。
「話の流れからして、これはお孫さんが?」
「わかるか坊主! そうなんだよ、すごいだろ? 商品にはならんが孫はまだ4歳だぞ?」
「やっぱり早いですよね?」
「そうなんだ! 赤ん坊の頃は背負いながら仕事してたこともあるから覚えていたのかもしれないが……それにしても驚いてな」
「僕は付与魔法は使えないので、ちょっとうらやましいですね」
こういう人には下手に口をはさまず。かといって聞いていないと思われないように、相手の話に肯定的な姿勢で乗っておくのが無難である。
前世からの経験則に則って動いた結果、この後俺はしばらく彼の孫自慢に付き合う事になった……




