レナフへ
本日4話同時更新。
この話は4話目です。
レナフの街までは馬車で3日、小さな村を4つ経由すればたどり着ける。ギムル程ではないが、そこそこ大きな街だと聞いた。通常は早くて3日かかる道程だが、俺は空間魔法と気功によって時間を大幅に短縮できる見込みだ。
旅の間は基本的に練習がてら『ワープ』で移動するが、ある程度は魔力に余裕を持たせておくべきなので、残りは気功で強化した体で走る。その間に魔力を回復させるという普通の人には真似の出来ないペースで移動が可能。
ゆっくりと行って魔獣と戦うのも良いかと思ったが、この辺は気功と魔法を使わない状態で戦っても問題ない魔獣しか出てこない。この2ヶ月家と街の行き帰りや日帰りで行ける限り遠出してみた結果、それがすでに判明している。
しかしつい最近、レナフの街の周辺では少し強い魔獣が出たそうで、急いでいけばその魔獣と戦えるかもしれない事。それからついでにとグリシエーラさんからピオロさんへ、届け物も預かっている。どの道挨拶に行くから引き受けたが、これも早い方が良いだろう。
と言うわけで魔力と体力に物を言わせての移動。森を抜け、草原を突っ切り、4つある村の3つめを超えて丁度4つめとの村との間あたりで日が暮れ始める。
今日の所はここまでにするか……
道の脇に寄ってディメンションホームを発動。中に入って夕飯の用意を始める。
本日のメニューは出発前に買った数種類の携行食。ギムルの店から興味本位で購入したものだ。さて、この世界の一般的な携行食の味はどんなものだろう?
まず1つ、ビスケットのような四角く薄い板状の物を食べてみる。
「…………歯応えはサクサクしてて良いが、粉っぽいな……」
特別美味しくもまずくもない。コップに水魔法で水を入れて飲み、次はサイコロ状の茶色い塊を食べる。
「どれ……硬っ……噛めるけど……乾パンだな、分厚くするからこんなに硬いんじゃないか?」
次は干し肉。
「塩辛い……ただただ塩辛い……噛めば噛むほど塩味が出てくる……旨味も何も感じないし塩の味しかしない。これはもう止めとこう、体に悪そうだ」
最後は緑色のパン。
「これも硬そうだな……持った時点でもうカチカチじゃないか」
この石のようなパン。店のおばちゃんが言うには液体でふやかしちゃダメだそうだ。
とても食えない味になって、絶対に無駄になると口すっぱく言われた。
……気合を入れて噛み付くしかないか!
「痛っ!? 硬ってぇ……何このパン、硬すぎ」
文字通り歯が立たなかったので、仕方なく気功で顎を強化した。そして再度噛み付くと、今度は噛めた。だが味が無い……と思って噛んでいたら……
「かっ……げほっ! ……まっず!!!」
慌てて水を飲む、それでも足りずに追加で水を作って飲む。
「ぉおお…………何だこれ!!」
なんだあの味、草? 薬草か? 何か色々混ざってて良く分からない。でも噛めば噛むほど唾液と混ざって、草の汁みたいな青臭い匂いと苦味と渋みとエグみが口の中に広がってとにかくまずい!!
ヒューズさんから貰った干し肉はそれなりに食べれたのに……ああ、好奇心で携行食なんか買うんじゃなかった。もう二度と、他はともかく緑のアレだけは絶対に買わない。
そう心に決めて、口直しの果物に齧り付く。アイテムボックスに入れておいてよかった。
衝撃的な味で食欲を失ったので、夕食は果物1つで済ませ、そのままディメンションホーム内で就寝。出る時は周囲に気を付ける必要はあるが、テント不要で便利な魔法だな……
翌日
安全に夜を明かし、昨日と同じように移動を始める。そして昼過ぎになった頃、遠目にレナフの街の城壁が見えてきた。 とりあえず街に入ったらピオロさんの店に向かうことになるし……一度ディメンションホームの中で汗や旅の汚れを落としておこう。
「ふぅ」
クリーナースライム浴を終え、ディメンションホームから出るとそのまま街の門に向かう。ここの門もギムルと同じく冒険者ギルドのギルドカードを提示することで簡単に通過。ついでに門番の男性にサイオンジ商会の場所を聞くと、今俺がいる東門からまっすぐ突き当りまで歩き、右に行くと見えてくると教えて貰えた。
警備の男性に礼を言い、教えられた通りに道幅の広い通りを歩く。すると今度は高く頑丈な壁で囲まれた建物が見えてきた。その建物からは大勢の人達が荷物を運び込んだり、運び出したりしている。何の建物かは分からないが、突き当たりはここ。
右へしばらく歩くと、サイオンジ商会と書かれた看板を見つけた。
「大きいな……」
横一列に並んだ肉屋、八百屋、魚屋、乾物・保存食屋、香辛料屋などが集まる一角があり、それらに全てサイオンジ商会の看板が掲げられている。隅の方には小さいが惣菜屋まであった。
「どこから入れば良いんだろうか……」
とりあえず香辛料屋に入って聞いてみよう。何故香辛料屋かといえば、俺はアポイントを取っていないのでなるべくお客の少ない店に行った方が邪魔にならないだろうと考えただけの事。香辛料は高いからか、人が少ない。というか1人もお客が居ないので都合が良い。
「す……」
「おいでやす」
香辛料屋に入ると、そう声がかけられた。声の主が見えないが……声のしたほうを見ていると、カウンターの裏から1人の少女が出てきた。おそらく歳は俺やエリアと同じくらい。金髪のロングヘアーに色白の肌、そしてたぶん狐耳? を持った女の子だ。
何か作業でもしてたのだろうか? 若干乱れた髪を彼女は軽く整えつつ、カウンターの裏から出てくる。
「本日は何がご入用で?」
「申し訳ありませんが、お客ではありません。ギムルの街の商業ギルドから、ピオロ・サイオンジ様への届け物を預かっております」
「なんや、おとんに届け物やったんか。おおきに」
おとんって……この子、ピオロさんの娘!?
「失礼ですが、ピオロさんの娘さんでしたか?」
「うちのおと、父を、ご存知で?」
「はい。先日ご縁がありまして」
「そうやったんどすか。申し遅れました、ピオロ・サイオンジの娘のミヤビ・サイオンジどす。よろしゅうに」
「リョウマ・タケバヤシです。こちらこそよろしくお願いします」
「リョウマ……どっかで聞いた気もするんやけど……とにかく奥へどうぞ」
ミヤビさんに案内され、香辛料屋の奥の廊下を通り、俺は応接室に通される。そして1分位でミヤビさんとピオロさんがやってきた。
早っ! 彼女が出て行く時、少々お待ちをとか言ってたけど全然待ってない。
「リョウマ、2ヶ月ちょいぶりやな! なんや、レナフに来とったんかい」
「お久しぶりです、ピオロさん。先程到着したばかりですよ。支店を増やすために来ました」
「この街に支店出すんやな? せやったらワイがこの街の商業ギルドに案内したるわ」
「その前に、荷物を」
アイテムボックスから預かっていた小包を取り出し、ピオロさんに渡す。
「せやったな、これ何なん?」
「中身は教えられていません」
「さよか」
そう言って小包を開けていくピオロさん。中には手紙が入っており、それを読んだピオロさんは1度頷いてから手紙をしまい、俺にこう言って来た。
「リョウマ、ここんとこ大変やったみたいやね?」
「僕の事が書かれていたんですか」
「最後の方にちょろっとだけやけどな。グリ婆が力貸したり言うてるわ。言われんでも貸すけどな」
「ありがとうございます」
「ええってええって。せや、紹介しとくわ。これ、ワイの娘や。歳はリョウマのひとつ上やけど、ようしたってや」
自分の話になったので、先程までは口を挟まないようにしていたミヤビさんが口を開いた。
「おとん、これって何や、これって。ウチにはミヤビっちゅう名前があるんや。紹介する時くらいちゃんと名前で呼んでや。大体、名前くらいならとっくに教えとるで」
「せやったんか? ならこれはどないや? ミヤビっちゅうのはサイオンジ商会の創始者の娘の名前でもあってな、ご先祖様にあやかろう思うて名前をつけてん」
「急に何の話やねん! 誰も聞いとらんわ!」
え、何? 漫才が始まったのか? とにかく、無反応は良くない。
「そのご先祖様は何か偉業を成し遂げた方なんですか?」
「特にそういった話は聞かんで。普通に看板娘やって、普通に結婚して家族に看取られて幸せに逝ったそうや」
「なるほど、ご先祖様の様に幸せな人生を送れるように……」
「ちゃうちゃう、ご先祖様のミヤビの父親は創始者やろ? ほんでこのミヤビの父親はワイ。つまりワイが創始者にあやかれるっちゅう訳や!」
「アンタがあやかるんかい!」
はっ! つい突っ込んでしまった!
「失礼しました」
「ええってええって。中々のツッコミやったで? まだまだ甘いけどな。最近娘が突っ込んで来んようになってきたからちょうどええわ」
良かった……というか、この世界にツッコミとかあるんだ。転移者のせいだろうな、きっと。
しかし、ツッコミ……上司の1人がボケをスルーされると切れるタイプの関西人だったが、条件反射にでもなってたんだろうか? 仕事に追われて忙しい時にくだらないボケをされるのは鬱陶しかった……スルーすると無駄に時間を取られるから仕方なくツッコミを入れたこともあったが、基本無意識にスルーしてた事の方が多くて滅茶苦茶怒られたな。
そんな事を少し思い出したりもしたが頭を切り替え、ピオロさんと共に商業ギルドに向かう。案内されたのは何と、俺がサイオンジ商会に行く前に突き当たった高い壁の建物だった。
見るのは2度目だが、やっぱデカイ。この壁、城壁と言っても良いくらいじゃないか?
そう思いながらピオロさんについていくと、ギルドの中も城の様だ。
「どうや? この商業ギルド。凄いやろ?」
この街でも通された応接室で、ピオロさんが感想を聞いてくる。
「そうですね。外の壁が城壁みたいだと思ってましたけど……」
「そらそうや。この建物、元々は要塞なんやからな」
「要塞なんですか」
「せやで。ずっと昔、戦争があった頃ここは前線基地やったみたいや。その頃の要塞の跡地にこの街は作られた。せやから街の中心にあるこのギルドも要塞の作りを参考にされて作られとるんや」
「なるほど」
「それに、ここがこんな作りなんはもう1つ理由があるで。ちとそこの窓から外見てみ」
ピオロさんが指し示した窓から外を見る。窓は商業ギルドの応接室だからか、綺麗なガラスが使われており、外はよく見えたが……
「すごいですね……これほど多くの大型の魔獣を見たのは初めてです」
窓の外には多くの魔獣の姿。それも中型から大型の鳥型魔獣や、ワイバーンだと思われる竜種まで。首の付け根と背の間には馬の鞍の様な物が付けられていて、そこに乗っている人も何人か見られる。これぞファンタジーの世界と感じる光景が目の前に広がっていた。
「この魔獣達は全部、人や荷物を運ぶためだけに集められとるんや」
「これ全部が!?」
「飛べる魔獣を使えば足の早い物や大量の輸送ができるんやけど、そのためには魔獣の待機場所、荷の積み下ろし場所、発着所やら色々と必要な施設があんねん。それだけの施設を作るために、要塞が参考にされとるんよ」
「なるほど……」
確かに、魔獣の待機場所とかは必要だろう。大型なら尚更だ。
「ほんでもってこの魔獣を使った物資輸送の仕組みを考え、この街作りを指揮して、実現して“空港”って名づけたんがサイオンジ商会の創始者やねん。どや? ええセンスやと思わん?」
いや、それその人が考えた名前じゃないから! ……でも言えねぇ! もしかしたら俺の店も何時か他の転移者が来た時にはそれそいつが発明した物じゃない! って思われるのかもしれないな……ピオロさん達の喋り方やミヤビさんとの漫才みたいなやり取りとか、転移者の口調や何気ない行動の名残までありそうだし。
「空港、ですか……港町は色んな物が集まりますからね」
「せやろ? 分かってるやん!」
上機嫌なピオロさんにバンバンと背中を叩かれていると、応接室にギルド職員の女性がやってきて商談の始まり。最初に店を購入するのはピオロさんではなく俺だと言うと、女性は少々驚いていたが手続きはスムーズに終わる。どうやら事前にピオロさんが店の様子を調べていた事で、ギルド側は速やかに引き渡しができるよう前もって準備していたらしい。購入者こそ違っていたが、仕事の速い方々だった。
その後、商業ギルドから購入した店に移り、内部をチェック。
店は2階建て。1階部分が倉庫や店としての営業スペース、2階は応接室や執務室になっていた。更に裏には前の店主が住んでいた家も併設されており、そこも購入した敷地に含まれている。
リビングなどの共有スペースを除くと5部屋の空き部屋があるので、宿舎として使う。従業員全員に個室は与えられないが、使用人は2,3人で相部屋になる事も普通だそうだし、大丈夫だろう。
「問題あらへんな?」
「はい。家具や棚を作ればすぐにでも使えそうです。これからギムルに連絡をしますと最短3日、遅くとも5日あれば支店の従業員がくる手筈になっています」
言いながら連絡担当のリムールバードをディメンションホームから出す。
「準備はいいか? ドライ」
今回連れてきたのはリムールバードの“ドライ”。ドイツ語で3という意味を持つ、リムールバードの名前である。先日エリアが自分のリムールバードに名前を付けたという手紙を送ってきたので、こちらも久しぶりに名前を付けてみた。
スライムの場合は最初こそ名づけていたが、数が膨れ上がって以来、名前が管理しきれなくなってしまった。従魔契約の効果で各個体の判別は可能なので困ることもなく、名前を付けるという行為はかなり久しぶりだった。
ちなみに俺のナイトメアリムールバードは1でアインス、その他4匹がそれぞれツヴァイ、フィーア、フュンフ、ゼクスで、エリアの方は音楽用語から名づけたらしい。
「はぁ~、本当にリムールバードと契約したんやなぁ」
アイテムボックスから出した筆記用具で連絡内容をしたためている間、ピオロさんはドライをまじまじと観察していた。
以前リムールバードに感覚を共有して飛んで貰うと、景色の流れがかつて新幹線に乗った時のようだった。同じくらいだと考えて、おそらく時速200kmから300km程度。普通に飛んでも速いところを、風魔法で起こした追い風に乗ることでさらに飛行速度と距離を飛躍的に伸ばすようだ。
彼らに頼めば馬車で3日の距離なんて大した距離ではない。道中で何か迂回する必要があったとしても、今日中にギムルに連絡できるだろう。飛行速度は俺の主観で考えているが、とにかく速い事だけは確かだ。
「よし」
書き上げた手紙を専用の筒に込め、金具付きの赤い布と一緒にリムールバードに装着して準備完了。これで単体でも街中に入ることが許される。
「頼んだぞ!」
「ピロロッ!」
表まで連れ出すと、ドライは俺の言葉に答える様に一声鳴いて空高く飛び立った。やがて雲の近くでゆったり空を一周したかと思えば、どんどん加速して姿は見えなくなった。
「これでよし」
「後は向こうからの返事待ちやな?」
「はい」
「ほなリョウマ、宿はもう取っとるんか?」
あ、いかん。宿取るの忘れてた!
「いえ、忘れてました」
「せやったらちょうどええ。こっちでの用事が済むまでワイの家に泊まっていき」
「良いんですか?」
「勿論や! 遠慮せんと泊まっていき」
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
こうして俺は、ピオロさんの家に泊めて貰う事になった。




