会議後の動き
本日4話同時更新。
この話は2話目です。
1ヵ月後
人々が眠りについた真夜中。ギムルの街の片隅では、男達の悲鳴と怒声が響いていた。
「逃げろ! 俺達じゃ敵わねぇ!」
「ガキがっ、ぎゃあああ!!!」
「ぐがっ!?」
「く……」
「馬鹿野郎! 逃げろっつただろ! 向かっていく奴があるか!」
声の元である男達は竜馬を襲いに来た襲撃犯であり、今まさに竜馬の反撃によって瞬く間に制圧されている最中。
勝てないと悟った襲撃者のリーダーがまだ倒されていない3人の男に指示を出したものの、頭に血が上っていた男達には無視された。その結果、指示を無視した3人はそれぞれ腕と足の骨を折られ、顎を砕かれ、意識を奪われてしまう。
「ま、待ってくれ、降参だ! 俺らはもうお前らに手は出さねぇ!」
「申し訳ないんですが、そんな言い分は聞かない事にしています。これまでの方々も同様の処置を致しましたので、どうぞご了承ください」
「そん……かはっ……」
見逃して欲しいと頼み込んだ男の目には止まらぬ速さで接近した竜馬は男を殴り、気絶させた。
「一件落着、と」
竜馬は周囲を見渡し、既に気絶するか手足を折られて呻き続ける13人の男達を眺める。
「久々にきたなぁ……」
そう呟いた数秒後に、遠くから4人の男達が駆け寄ってくる。警備隊だ。
「何事だ! と思えば君か、リョウマ。こいつらは今日の下手人だな?」
「はい。いつも通り、よろしくお願いします」
「ああ。大きな怪我の無い者から縛り上げろ! 怪我人は……今日もやるのだろう?」
「はい」
「さっさとやってくれ」
「了解です」
ヒールスライムを1匹出すと、共に男達の手足にハイヒールをかけていく竜馬。自分でへし折った男達の治療を行い、終わった者から警備兵に引き渡して捕縛させる。
「今日は7人、合わせて骨12本か……また高く付きそうだな」
「ハイヒール1回1000スート、骨1本治すのに6回の6000スート、それが12本で72000スートですね。少しおまけしてキリ良く70000スートです」
それを聞いた警備隊の男の顔が引き攣る。
「必要に駆られての事だとは分かっているが、恐ろしいな」
「……襲ってくる人がいなくなれば、僕もこんな事をしなくても済むんですがね……」
「とりあえず詰所に来て貰おう。支払いを済ませる必要があるからな」
「了解です」
竜馬が店主として初めて襲撃を受けて以来、何者かにそそのかされたと言う者から、ただ金のありそうな奴を狙ったというだけの強盗まで。こうした直接的な手段に出る者が増えていた。もっとも襲われた本人やこの状況を見れば分かるように、襲撃はすべて失敗に終わっている。そしてその度に竜馬は怪我を負った襲撃者を丁寧に治療しては、高額の治療費を巻き上げていた。
この国の法では正当防衛であれば相手に怪我をさせても罪には問われない。そして襲った方は怪我をさせられても文句は言えない。正当防衛で怪我をさせた場合、その怪我を放置しても構わないのだ。しかし怪我を治してやったのならば、正当な額の治療費を請求する権利は与えられる。
他人をボコボコにして勝手に治療し治療費を請求する。言葉で聞くと悪質な強請だが、正当防衛の結果ならば、この世界の法的にはギリギリ合法の行為だった。
竜馬自身もこの治療費をまき上げるという手段に最初は難色を示していたが、襲撃者のリスクを増やして、竜馬の自衛力や店の防犯対策の万全さを広める。見せしめとも言えるが、事態を早めに収めるために有効だとグリシエーラに説得され、必要な事と割り切ってこの方法を取っている。
いかんせん竜馬の外見はまだ子供。外見から警戒を促すのは難しく、行動で思い留めるよう働きかけるのが一番だった。地球における“監視カメラ稼動中”“警察官立ち寄り店”などの張り紙と似たようなものだろう。それと比べれば少々荒々しいが、竜馬を襲うと散々体を痛めつけられた上で懐まで痛むということで、襲撃者は減ってきていた。
「これが今日の分だ。70000スート、確認してくれ」
「……確かに、頂きました。ありがとうございます」
竜馬は警備隊の詰所で治療費を受け取り、礼を言う。
「気にするな、別に我々の懐が痛む訳でもない。一時的に肩代わりをしているだけで、あの連中から後でしっかりと払って貰うさ。それに、時々支払いのための強制労働で改心しようとする者も出てくるのだからそう悪い事ばかりじゃない」
「ありがとうございます。そう言って頂けると気が楽です」
竜馬はもう一度礼を言うと詰所を出た。
「おつかれさん」
「お疲れ様です」
帰宅時に襲われ詰所に寄るのが日課となってしまった週があった結果、竜馬には警備隊員の顔見知りが増えた。声をかけてきたり、にこやかに手を振ってくる警備隊員に返答したり手を振り返して家に帰っていく。
翌日
朝、竜馬が開店前の店に顔を出すと、受付にいたカルラと顔をあわせた。
「おはようございます、カルラさん。昨夜はどうでした?」
「おはようございます、店長。昨夜も襲撃はありませんでした、店長の方はどうでしたか?」
「13人来ましたよ。これ、昨日の分です。とりあえず金庫に入れておくので、売り上げと一緒にギルドの口座に入れておいて下さい」
「かしこまりました」
そのまま準備を続けるカルラの横を通り抜け、竜馬は奥へ。道すがら開店準備に奔走する従業員に挨拶をして回った後は、邪魔にならぬよう休憩室へ入る。するとそこでは店の防衛に関する報告が行われていた。
「おはようございます!」
「「おはようございます」」
「おう、おはよう」
「おはよう、リョウマ君」
「ウッス!」
「会議中でした?」
「丁度終わるところさ、夜も問題なしってことでな」
現在、店の警備担当者は5名。フェイとリーリン親子に加え、冒険者のゴードンとシェール。そしてジェフから推薦されたスラム街の自警団員という経歴を持つ、ドルチェと言う青年を雇い入れている。
フェイとリーリンは襲撃が始まる以前からたびたび店で騒ぐゴロツキを捕らえていたが、店への夜襲が始まってから、さらに元暗殺者としての実力を発揮。
ゴードンやシェールもウォーガンが推薦しただけあって実力は折り紙つき。しかしそれ以上に、昼間店先で目を光らせていると、彼らは度々好意的な声をかけられる事も多い。
たとえばゴードンは冒険者や一般人に限らず無骨な男達に顔が広く、客同士肩がぶつかったなど、些細なことから始まる喧嘩はすぐにおさめてしまう。シェールは人当たりがよく丁寧な対応で、中年から老年の女性に特に人気が高い。
ジェフからの紹介で雇われたドルチェは粗野な風貌に口数も少ないやや無愛想な男だが、同僚との付き合い方や仕事に対する態度は極めて真面目なものである。
そんな彼らが警備体制を敷いていたおかげで、店への夜襲はことごとく防がれた。被害があるとすればゴロツキが店に押し入ろうとした際、店の扉や窓に少々罅が入って修復のための材料と魔力を使う事になった程度である。
尤もその修繕費用も警備隊を通じてゴロツキから賠償金が支払われている上に、元々魔法を使って殆どタダで作っている店であったため、竜馬にとっては被害とも思えない軽微な物だ。むしろ竜馬はこの襲撃があったことで予期していない利益を得た、と考えている。
その利益とは……“交流の機会”だった。
「はい! 私はゴロツキ冒険者です! 騒ぎ始めました!」
敷地内。空き地のまま手付かずだった一角には壁が作られ、ツナギに身を包んだ竜馬が説明的なかけ声を上げる。それに対して、これまた魔法で作られたカウンターの中で透明な盾を構える出稼ぎ三人娘。
「「「ドルチェさん!」」」
「!」
「おっとー、こりゃいけねぇー、よっ! ほっ!」
彼女達は速やかに距離をとると、呼ばれたドルチェが“さすまた”を持って迫る。それを見た竜馬はわざとらしく声を上げて逃走。その背中に次々と球体が飛んでくるが、器用に避けて一定距離をとる。
「……よし。だいぶ良い感じじゃないでしょうかー?」
竜馬の大根役者ぶりで寸劇のようにも見えるが、店の防犯訓練である。
危険な客に対して非戦闘要員が素早く盾を構えて人を呼び、逃げる訓練。救援要請に即応する訓練。逃げ出す犯人は深追いをせず、カラーボールを投げつける訓練等々。有事の際に従業員はどう動いて欲しいか、警備5人の意見も参考に行っている。
そしてこのために竜馬は前世の防犯グッズを参考に、度々試作品を作っていた。
「ドルチェさん、どうです?」
「……邪魔はなかった。です」
「大丈夫だそうです! この感じを忘れずにー」
「店長、お昼の用意ができたそうです」
「カルムさん。ありがとうございます。それじゃ皆さん片付けてお昼にしましょう」
「「「はい!」」」
襲撃が行われるようになったことで、店の守りをそれまで以上固めた竜馬は、日中店にとどまる時間が増えた。慣れない重役出勤も止め、朝から深夜まで。そして仕事はあるが、それだけの時間をすべて費やすほどではない。
そこでもてあました時間のすべてを、竜馬は従業員や客との交流に使ったのだ。
荒事に慣れているフェイやリーリンを除き、一般人の従業員には不安もあっただろう。そこで護身用品を作っては導入し、少しでも安心を得られるように努めた。その甲斐あってか目立った混乱もなく、退職を申し出る者は出なかった。
さらに竜馬と従業員は個人的な会話も増え、これまで以上に同僚としての距離を縮めている。
彼らが向かった休憩室では、その成果が形として現れていた。
「おう、訓練お疲れさん」
「お先にいただいてます」
休憩中のゴードンとシェールの隣に座り、竜馬はまず用意されたパンに手を伸ばす。
「あれ? このパン、いつもよりふんわりしてるような」
「うふふ。店長の教えてくれた天然酵母を、フィーナちゃんたちとグレンベリーで作ってみたんです。そうしたらよく膨らんで美味しいパンができたんですよ」
「あの小さくて赤いやつですか。あ、よく見たら中がほんのりピンク色になってる」
「酵母って材料で違いが出て面白いですね。それに処理もいらないし」
「そうそう。できるまでに時間はかかるけど、使う時は楽ですよね」
「種の皮とかめんどくさいよね~。割って出すときにすぐ入っちゃうし~」
「綺麗に取らないと美味しくなくなるんだよね」
「その分作る段階で管理はちゃんとしないと危険ですよ」
「そうか……なら俺らが家で作ろうとしても無理か」
「作業自体はそう難しくもないですが、瓶を一度消毒したり気をつける点がいくつか。と言うかそれ以前に、ゴードンさんは料理されないじゃないですか」
「まぁそうなんだが、ここのところだいぶ騒ぎは収まってきただろ? だから俺らの契約期間もじきに終わる。そう考えると、ここで飯が食えなくなるってことでもあるんだよなぁ」
「シェルマさんの用意してくれるお昼は美味しいからね。何を食べるか悩まなくてもいいし」
「幸せだ」
「あらあら。ちょっと待っててくださいね。今日のお肉は炭、でしたっけ? 店長から貰った燃料で焼いたんです。本当に美味しく焼けましたから」
料理を運んでいたシェルマは褒め言葉を聴いて機嫌よく休憩室を出て行く。次に姿を現すときには、多めに盛った肉料理を運んでくるだろう。
こうして竜馬と店の面々はこの状況を作り出した犯人の動向に関わらず、危険からは遠ざかっていた。




