別れの前日(後編)
本日、3話同時更新。
この話は3話目です。
「と、とにかく! そういう理由で私は避けられがちなのですわ」
お嬢様は強引に俺の話を打ち切ろうとしている。
ここは流れに乗ろう。
「風評被害ですね……」
「誇張された噂話を頭から信じている方もいますから……」
親が家でそういう態度を取っていれば、鵜呑みにする子もいるだろう。
子供は大人が気づかないうちに、大人を見ているものだ。
「ところで……」
「はい、なんですか?」
お嬢様がおずおずと聞いてくる。
「リョウマさんは、大丈夫でしょうか?」
「というと?」
「私のことを話したので、ちょっと気になりまして」
「ああ……」
何か対応が変わるか、ということか。
「別に平気ですね」
「少なくとも私が魔法の制御を誤り、人を傷つけたのは事実ですが」
とは言え故意にやったわけではないだろう。俺だって、あの時他人の手首を砕いたのは事実。ここ数年は森に入ってきた盗賊を十人単位で始末している。こっちは自分の意志だ。
対するお嬢様はその件について反省や後悔もあるようだし、特に倫理観に問題があるようにも思えない。それに何度か魔法は見たが、あれくらいなら避けられる。アイスアローなら叩き落とすこともできるし、気をまとっていればあたってもたいした効果は無さそうだった。
結論……問題なし。
理由を含めてそう伝えると、お嬢様はクスリと笑ってこう言った。
「そうですか。それではリョウマさん。3年後にはまた会う約束を忘れないで下さいまし」
「忘れません」
「では3年後に確かめさせて頂きますわ。お仕事に夢中になっていたら、3年間で鍛えた魔法を撃ち込んで思い出させますの」
怖っ! 突然何を言い出すの? この子。
「ははは、それは勘弁して欲しいですね……というか、どこでそんな言葉を?」
普段のお嬢様のイメージと若干違う気がするんだが?
「昔、お母様が約束を忘れたお父様にそうやって思い出させた事があるそうですわ」
「そ、そうですか……」
ラインハルトさん、無事で良かったな……
「それに、私の魔法は効かないのでしょう?」
言った、たしかにそう言ったけど。……それとこれとは別じゃない?
そんな事を考えていると、いたずらに成功したように笑っていた彼女が突然何かを思いついたようだ。
「いい事を思いつきました、セバス!」
「はいお嬢様、何でございましょうか」
突然お嬢様がセバスさんを呼び、何かを耳打ちし始めた。そしてセバスさんが頷き、アイテムボックスから小箱を1つ取り出した。お嬢様はそれを受け取って俺に差し出してくる。
「リョウマさん、これを受け取って頂きたいのです」
「これは?」
「私の10歳の誕生日にお母様から頂いたネックレスですの」
お嬢様が箱を開けると、金の鎖と金の台座に小指のつめ程のルビーが填め込まれた、綺麗なネックレスがあった。シンプルだが、きっと高級品だろう。それにこのルビー……
「魔力?」
なぜかルビーから魔力を感じる。
「あら、お気づきになりました? 流石ですわ。このネックレスのルビーは魔宝石なのです」
「魔法石って、灯りとかのと同じ?」
「違いますわ、それは魔法石、単なる魔法道具です。えっと、リョウマさんは魔石をご存知ですか?」
「魔石……確か世界には魔力の濃い場所がいくつもあり、そこでよく採れる魔力を含有する石、でしたか?」
「その通りです。中に蓄えられた魔力を、通常ですと魔法を使う際に引き出して使ったり、魔法の制御を助ける補助にしたりできますの。そして魔石の内、ただの石ではなく宝石として価値のある物を魔宝石と呼びますのよ。また、鉱石の場合は魔鉱石と呼ばれる様になります」
魔石は魔法の補助。魔鉱石は魔法道具や魔法武器等々、色々な用途に使われている。
「そして肝心の魔宝石ですが、これは何にでも使えますわ。魔法の補助にも、魔法道具の性能を上げるためにも、そして勿論宝石としても。非常に便利な上、使用すると普通の魔石より効果の高いものが多いそうですが、非常に貴重で産出量が少ないのも特徴ですわ」
一気に喋ったお嬢様が一息つく。しかし
「……という事はこれはかなりの貴重品では?」
「その通りです」
「その通りって、受け取れませんよそんな高級品」
「リョウマさんに受け取って頂きたいんです!」
「いや、だからそんな高級品は……」
こんな物受け取れるか!
断固として拒否するが、お嬢様も断固として渡そうとしてくる。そこでセバスさんが割って入ってきた。
「お二人共、落ち着いてくださいませ。リョウマ様、お嬢様はこのネックレスをリョウマ様に受け取って頂きたいと申されましたが、差し上げる訳ではございません。次に会う時まで、預かって頂きたいのです」
「預かる? 何故?」
「リョウマ様はご存知無かった様ですな。長く離れ離れになる友人と、自身の大切な物を相手に預け再会を願うと、高い確率で再会出来るという話があるのです。何時の時代に誰が広めたかは分かりませんが、古くから伝わり、今でも行われる縁起担ぎなのです」
ああ、なるほど、そういう事か……
「それでそのネックレスを受け取って欲しいと」
「その通りですわ」
「……お嬢様の大切な物なんでしょう? 良いんですか?」
「ダメならば初めから言いませんわ。信じていますから、3年後に返して下さいまし」
む……そう言われると……それに、再会を願っての風習か……
それを本気で願ってくれているのなら。
「分かりました。預からせて貰います」
「本当ですか!」
「その代わり、絶対返しますからね?」
「勿論ですわ」
俺はその箱を受け取り、その場でアイテムボックスの中にしまい込む。
この中に入れっぱなしにしておけば失くしはしない。
「後は……」
風習に従うなら、俺もお嬢様に何かを渡すべきだろう。
……俺の大切な物は何だ? お金? 毛皮? そんな物預けられても嵩張るだろうし、別にそれほど……石材、インゴット、防水布……ろくな物が無いな。
自給自足と狩猟で生活してきたせいか、どれも必要ならまた材料調達から始めればいいと考えてしまう。これでは大切なものとは言えない。何か無いか……
そうして考えた結果
「『ディメンションホーム』」
俺はディメンションホームからヒールスライムとスカベンジャースライムを1匹ずつ出して抱え、お嬢様に差し出した。
「リョウマさん、この2匹は?」
「僕の大切な物をお嬢様に渡そうと考えた結果、ろくな物が無くて……とりあえず大切なものでスライムが思い浮かびました。この2匹は役に立つと思うので連れて行って下さい」
お嬢様は一瞬呆気にとられて、それから口を押さえて笑いを堪え出した。
やっぱり変だったか? と言うか、俺は何故スライムを選択した? 他に相応しい物が無かったからだが……いや、スライムが贈り物に相応しいかと聞かれると疑問だが……もうちょっと何か無かったか?
「ふふっ。ごめんなさい、リョウマさん。リョウマさんらしいと思って……ありがたく、預からせて頂きますわ」
「そうですか? ありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ。大切な従魔を預けて下さってありがとうございます」
俺は抱えていたヒールスライムとスカベンジャースライムを地面に下ろし、契約を解除する。そして今度は2匹とお嬢様の契約を見届けた。
「契約成功ですわ。大切にお預かりしますね」
「よろしくお願いします」
それからはスライムや魔法の話になり、お嬢様との練習になった。
「これが僕がよく使う氷魔法ですね」
「『アイスキューブ』こちらは私にも使えますが、『クーラー』は私にはまだ使えませんわね」
アイスキューブは飲み物に入れる四角い氷を作る魔法。クーラーは氷と風属性を合わせた冷たい風を送る魔法だ。どちらも夏場に重宝する。
「『ミストウォッシュ』」
「あっ、成功です」
セバスさんとも水魔法の話になった。ミストウォッシュを教えてみたが、さすがというか、ほんの数回で習得してしまって言うことがない。
「……ほう。これはなかなか魔力を使うようですが、頑固な汚れには使えるかもしれませんな」
これなら、もう少し難しい魔法も使えるだろう。
『ミストウォッシュ』を作った本来の目的である、『ウォーターカッター』を教える。
と言っても水を圧縮して放つ、という程度の簡単な説明に、近くの岩で実演するだけ。
それを興味深げに見ていたと思えば……
「こうですかな? 『ウォーターカッター』 少し足りませんか、『ウォーターカッター』」
練習すること5回。最初から練習を始めた頃の俺よりは断然上手かったが、4回目で俺の威力を越え、5回目からは俺が実演に使った岩を両断していた。
水魔法の熟練者が使うとこうなるのか。
そんなこんなで夕方になり、空間魔法で街へ戻る。
門から宿への道すがら、店の様子を見てみると、例の沼に行った冒険者や悪臭を放つ袋を抱えた薬師らしき人々が集まっていた。賑わっているようで何よりだ。
「お帰り、リョウマ君」
「今日はエリアの面倒を見てくれてありがとうね」
「いえ、僕も楽しかったですから」
「私、リョウマさんから沢山の魔法を教えて頂きました。まだ上手く使えませんが、頑張って練習しますわ!」
「それは良かったのぅ、エリア」
「はい! それにヒールスライムとスカベンジャースライムをお預かりしましたわ」
「あら、そうなの? 大切にするのよ」
「勿論ですわ」
宿に戻ると皆さんはもう回復していて、今日あった事や俺達が出会ってからの事等、色々と夜遅くまで話をした。
そして、別れの朝。
宿の裏の馬車乗り場。公爵家一行や護衛の皆さんはもう馬車に乗り込んで、窓から次々と声をかけてくれる。
「体には気をつけるんだよ」
「無茶はしないようにね」
「適度に休むのじゃぞ」
「何かあれば、すぐに我々に連絡を」
「暇ができりゃー俺達の所にも来いや」
「頑張ってくだせぇ、坊ちゃん」
「元気でね」
「しっかりな」
「今後のご活躍とご健勝をお祈りします」
ジルさん達やアローネさんも言葉をかけてくれた。
「お嬢様も、皆さんもお元気で。今日までありがとうございました」
そう言って頭を下げる。あまり長々と色々言うのは苦手だ。こういう時はこの口下手が恨めしい。もう少し上手く気持ちを伝えたいと思うが……
「リョウマさん」
「はい、なんですか? お嬢様」
「それですわ」
「それ、といいますと?」
なんだろう?
「昨日スライムを預かってから気になっていたのですが……私達はお友達、ということでよろしいのですよね?」
それがどうかしたのだろうか? 肯定する。
「でしたら、エリアと呼んでくださいな。お父様達や親しい方はそう呼びますし、リョウマさんは我が家に仕えているわけでもないでしょう? ……なのに、お友達でお嬢様はどうなのかと……」
「あ~……なるほど。納得しました」
確かに変と言えば変かもしれないな。
「分かりました。お嬢様さえよろしければ、エリアと呼ばせていただきます。いいですか? ……エリア」
「――はい! リョウマさん、次会う時までには、魔法の腕を上げておきますからね!」
「それは僕もですよ」
馬車の上からそう宣言したエリアに、俺も言葉を返す。
「「そちらも頑張って」」
言葉がかぶり、俺とエリアは笑った。
すると出発の時間となり、護衛の馬車の先頭が動き出す。
エリア達は俺に向かって、馬車の窓から手を振り続けた。
こちらも手を振り返しながら見送る。
馬車はだんだん小さくなり、やがて見えなくなった。
「さて……俺も行くか」
店へ顔を出したら廃坑へ。今日からは宿ではなく廃坑での暮らしが始まる。
お嬢様……エリアもエリアで頑張ると言ったんだ。だったら俺も頑張ることにしよう。
新しい家から確保しなきゃならないんだし……
「ぐずぐずしている暇は無いっ」
声に出して自分に喝を入れ、歩き始めた。
昨日までとはちょっと違う、新しい生活を始めるために。




