忙しくて楽しい宴会
本日、4話同時投稿。
この話は2話目です。
やがて公爵家一行も到着すると、竜馬は総勢29名の招待客を奥へ案内した。
「ここからが従業員専用で、お客様は基本立ち入り禁止になります。従業員の更衣室、応接室や執務室、従業員用の休憩室、トイレなどですね。あとは給湯室です」
「ちょっと中を見て回っていいかい?」
「はい、どうぞ」
竜馬に続いて各部屋を見て回る29人。竜馬は心の中で前世のバスツアーの観光客のようだと考えていた。そうして最後に全員を従業員用の休憩室に案内した後は、料理の仕上げに向かい、他はしばし休憩室で待たされるとなる。
余談だが、去り際の様子を見て竜馬はようやく自分が公爵家など地位の高い人間を身分関係なく私的な集まりに呼ぶという非常識な事をやらかした事に気がつく。
単に世話になった人への礼として、また、前世で良い縁のなかった人付き合いへの憧れでこの集まりを企画したのだが、この状況を見て短絡的であったとこの後、厨房で人知れず反省することになる。
尤も、人柄や冒険者も大半が高ランクだった事もあり、竜馬が思うほど気にはされておらず、待たされた者達の一部は緊張しつつも穏やかに雑談をして過ごしていた。
10分程すると突然ウェルアンナがソワソワと落ち着かない様子を見せ始める。
「ウェルアンナ? お前さんどうかしたか?」
「何かどっかから……多分リョウマの作ってる料理なんだろうけどさ、物凄く美味そうな匂いが漂ってきてるんだよ」
その言葉に部屋の全員が匂いを気にし始めるが、匂いに気づいたのはウェルアンナ以外の獣人3人とドラゴニュートのアサギのみだった。
「にゃ!? 言われてみれば、凄くいい匂いがするにゃ!」
「本当ですね……」
「ワイには分かれへんけど……」
「多分、人間の鼻に届くには少し匂いが薄い? まだ獣人にしか分からないんじゃないかな……」
「いや、拙者にも分かるでござる。これは肉か? いや、香ばしいパンか? ……何にしても、美味そうな匂いでござる」
「そう言えば前もリョウマ君の料理は美味しかったね」
「そうなのですか? ラインハルト様」
「ああ、少ない材料でもよく考えられていた。ジジャの根を使ったウサギ肉のソテー、あれは美味しかったな」
「リョウマ様はあの歳で家事スキルLv10をお持ちですからな、期待ができますよ」
「あの歳で10とはやるもんだね。いくらレベルが上がりやすいスキルでも、40歳前になれる奴は少ないからねぇ」
それから更に5分が経ち、リョウマが戻る。
「お待たせしました、料理ができましたよ」
「待ってましたにゃー!」
「遅いよ! 匂いだけあんなにさせて、アタイらがどれだけ辛かったか……」
「え、匂いしてました? 防臭の結界を張ってたんですけど……途中から効果切れてたかな?」
「そんな事はいいから、料理をお願い」
「了解です」
「「「お手伝い致します」」」
竜馬は礼を言い、セバスとアローネとリリアンと共に料理を運ぶ。また、飲み物はスライムに指示を出して運ばせていた。ここで竜馬のスライムの動きが普通のスライムとは違う事を知らずにいた商業ギルド組の5人とテイラー支部長が驚き、周りからの説明を受ける。
その間も料理と飲み物が運ばれ続け、皆に行き届いた後、竜馬が乾杯の音頭をとる。
「え~、今日は僕の店の完成祝いにお集まり頂き、誠にありがとうございます。大した物はございませんが、料理はたっぷり用意してあります。食事を楽しんで下さい。乾杯!」
『乾杯!』
そうして皆が一斉にコップの中の酒を飲む。するとゴードンから大きな歓声が上がる。
「なんだこの酒、上等な奴じゃねぇか!」
「祝いの席ですからね、ちょっと奮発しましたよ」
「何て酒だ?」
「酒屋の店主さんはジェミスの泉と言ってました」
その言葉にゴードンは器を見て笑う。
「ジェミスの泉か! いい酒だって聞くが、飲んだ事は無かったぜ」
「そうなんですか?」
「知らんで買ったん? ジェミスの泉は知る人ぞ知る銘酒やで?」
「全く知りませんでした、酒屋の店主のおすすめを買っただけです」
「運が良かったなぁ。ジェミスの泉は比較的手に入れやすい値段やけど、愛好家が多くてすぐ売れてまうんよ」
「そうなんですか、運が……あ!」
「どうかなさいましたか?」
「いえいえ、僕がそんないいお酒を手に入れられた理由が分かっただけです」
「理由ですか?」
「はい。僕、加護持ちなんですよ、酒の神テクン様の」
「何だと!? 本当か!?」
「坊ちゃんそれホンマなん!?」
竜馬の言葉にゴードンとピオロが大きな反応をする。
「え、ええ。本当ですが、それが何か?」
「羨ましいぜ……」
「羨ましいわ~、ごっつう羨ましいわ~」
「テクン様の加護はドワーフにとっちゃ羨望の的だぜ? 特に酒の神の加護はな」
「技工神の加護でなくて、酒の神の方が良いんですか?」
「そりゃお前、俺は冒険者だから鍛冶の腕が上がっても仕方ねぇよ。それに鍛冶の腕を加護頼みにするような奴は鍛冶屋失格だ。腕は自分で鍛えて身に付けるもんだからな。
その点ドワーフなら誰だって美味い酒が飲める方が皆良いに決まってるから酒の神の加護なら誰でも欲しがるし、良い酒との巡り合いは個人の努力じゃどうしようもねぇ事もある。そのどうしようもねぇ事をぶっ飛ばしてくれるのが酒の神テクン様の加護だ」
その言葉に納得する竜馬、そして次はピオロに聞く。
「なるほど……ゴードンさんは分かりましたけど、ピオロさんもお酒が好きなんですか?」
「嫌いやないけど、ワイは商人として羨ましいっちゅうんが本音やな。リョウマには言うとらんかったけど、ワイの商会は食料品を主に扱っとるんや。せやから良い酒が手に入りやすいっちゅうのは羨ましいねん」
「なるほど」
そんな話をしていると、ウェルアンナから声がかかる。
「リョウマ」
「何でしょうか」
「おかわり頼むよ」
「はやっ! もう食べたんですか!?」
「リョウマ、俺も頼むわ」
「俺もだ」
「俺も」
「ジェフさんにヒューズさんにギルドマス……ウォーガンさんまでですか?皆さん食べるの早いですね」
「リョウマの飯が美味いんだよ。アタイはこんな美味い飯、初めて食べたよ」
「そうですか? そう言って貰えると作りがいがありますけど……」
「アタシもその子の意見に賛成だね。この歳になると顎が弱ってね……街の料理屋で出てくる肉なんか噛み切れなくなってたんだ。でもこのパスタの肉は食べやすいし、このステーキの肉も柔らかい。久しぶりにしっかりと肉を食べた。今日は来て良かったよ」
「気に入って頂けたなら良かった。お腹いっぱい食べていって下さい」
そう言って竜馬が3人分のお代わりをよそいに行って戻ると、ミゼリア、ミーヤ、ラインハルト、アサギの4人が皿を空にしてお代わりを注文してきていた。
「ラインハルトさんまで、お口に合ったみたいでよかった」
「ははっ、リョウマ君の料理ならきっと口に合わない事はないさ」
「本当ですか? パーティーとかでもっと良い物を食べてそうに思いま……どうかしました?」
竜馬がそう口にした瞬間、ラインハルトの目にあった光が陰る。
「リョウマ君、一つだけ教えておくよ」
「は、はい」
「高い料理が、美味しい料理とは限らないんだ」
パーティーなど大勢の貴族が集まる場では、味よりもどれだけ華美で珍しい物を用意するかが重要なのだとラインハルトは語った。
「味の好みは人それぞれだからね……相手が一人や二人ならもちろん相手に合わせた料理を用意すれば良い。けど大人数になるとそれは無理だ。しかし相手を接待する側としては、できる限り、誰にも、些細な不満も抱かれたくないわけだ。
そこで高級素材やその土地ではなかなか用意できない珍しいものを使って、もてなしの心を表現することが多いのさ。昔からある無難な手だよ」
「その代わり、香辛料の使いすぎじゃないかと思う料理はよくあるわね」
「苦労して作るのは料理人でも、注文をつけるのは貴族じゃからな。食べられはするが、普段から食べたいとは思わんよ。味もそうじゃがこの歳になると重くてのぅ……その点、リョウマ君の料理はちょうど良い」
「リョウマさんのお料理は安心して食べられますわ」
「気に入ってもらえたなら良かったですが……デザートも用意してますから、その分はお腹空けといて下さいね~」
公爵家4人の言葉に竜馬は、味を犠牲にしてまで高い材料を使う意味はあるのかは甚だ疑問だが、この国の、貴族のパーティーとはそういうものだと納得してそれ以上考えるのをやめた。
そして全員に声をかけたが勢いは衰えず、全員が1回以上、ウェルアンナとジェフに至っては4回もおかわりをして、何処に入ったのかと竜馬に首を傾げさせる。
その後に切り分けたアップルパイと紅茶を出せば、食べた者達が言葉を失う。味もさながら、高級品の蜂蜜も使われていたからだ。これには全員満足。特に女性陣からは絶大な人気を得た。
「ぷはー……食べたにゃー、お腹いっぱいにゃー。今日は来てよかったにゃ」
「喜んで頂けて良かったです。しかし皆さんよく食べましたね……特にジェフさん、何処に入ってるんですか?」
「あん? 俺は食おうと思えばまだまだ食えるぜ、食い溜めってスキルを持ってるからな」
「食い溜めスキル、ですか?」
「知らねぇか? 一度に大量に食う、そして数日間何も食わずにいる。それを繰り返したら身につくらしいぞ。俺は冒険者になって稼ぎ始めた頃、儲けの殆どを食事に使って大量の飯を食ってたら自然に身についてたけどな」
「ジェフはその食い溜めを始めとしてスラムでの生活で身につけた耐性系スキルが多いのにゃ。だから普通の冒険者じゃ過酷にゃ依頼を次々とこにゃす事で有名にゃ冒険者にゃんだ」
「凄いんですね、ジェフさんは」
「割の良い仕事を選んでたらそうなっただけだ。別に凄かねぇよ。というか、お前も俺と同じことをやろうとすればできるだろ。俺が持ってねぇ耐性系スキルも持ってたじゃねぇか。何なら何時か一緒に依頼を受けてみるか? お前なら多少キツイ仕事にもついて来れそうだ」
「その時はよろしくお願いします」
「リョウマがジェフと組んで仕事をしてくれるとなると、ギルドとしてもありがてぇな。ジェフは他の奴と足並みが揃わねぇ。だから結局いつも一人で依頼を受けてる。
だが、中には複数人でしか受けられない仕事もあるんでな。そういう依頼が手付かずなんだよ」
「例えばどんな依頼ですか?」
「そうだな……Cランクの依頼だが、火山に火炎鉱石って鉱石を掘り出してくるって依頼があったな。コイツは悪臭耐性が無いとキツいぜ。行き帰りと採掘の長期間、火山の卵が腐ったみてぇな臭いに晒されるからな。あとは火山全体に軽い毒がある、場所によっては人が死ぬこともある」
「火山の毒ですか………軽い毒は目が腫れたり涙が出る程度で、重い毒は呼吸が出来なくなる毒で合ってますか?」
「おう、その通りだ。お前さんそんな事まで知ってんのかよ」
「多少聞きかじった程度ですよ」
「まぁその手の知識に詳しいってのは冒険者をやるには有利だがな。対処法は分かるか? その毒に対する薬とか無いのか?」
そう言われて竜馬は少し考え込むが、薬はこの世界の知識には無く、地球の薬はこちらで作れる確証がない。
「残念ながら知りませんね。ただ、毒は火山から出る煙や地中から噴き出す空気に含まれているそうです。風魔法か何かで自身の周囲を覆うなどして身を守ればあるいは……」
「ほー……お前に毒や薬の知識を教え込んだ婆さんは相当な知識人だったみてぇだな? 長年ギルドマスターをやってるが、毒・病気の事は驚かされる事ばかりだ」
その言葉に少々どきりとした竜馬は軽く笑いながら凄い人だったの一言でやり過ごし、カルムとカルラに話しかける。
「カルムさん、カルラさん。料理はいかがでしたか?」
「「とても美味しくいただきました」」
「それはよかった。……ところで、お二人にはここで働いていただけるとありがたいですが、本当に良いんですか? 先程店舗の方で言った通り、ここはお2人の能力を活かしきれる職場ではないと思うのですが」
「それについて、弟といま一度相談をさせていただきました」
「是非、ここで働かせて下さい」
「あれっ……何かありましたか? なにかふっ切れたような……」
2人の言葉には迷いが無かった。店に訪れた時と様子が違うと竜馬が気づけるほどに。
「先ほどは恥ずかしいところをお見せしてしまいました。リョウマ様とお店を直に拝見し、考えを改めた次第です」
「最初は不安が強くありましたが、リョウマ様の作られた道具や商売の仕組みなど、我々が学べる事は多いと今は感じています」
「切り替え早いな……」
「リョウマ様。若いという事は、それだけ柔軟に物事を吸収できる余地がある、という事です。能力や経験だけであればさらに上の者も紹介できますが、私がこの2人を選んだのはこの柔軟性があるからなのです」
「「紹介をいただいたセルジュ様のモーガン商会、そしてリョウマ様のタケバヤシ家の恥とならぬよう、微力を尽くす所存です!」」
そう言いきった2人を見た竜馬はセルジュに似ていると思いつつ、こう言う。
「分かりました、商業の知識が豊富な方に居て頂けるのは心強いですし、こちらに不満はありません。これから、よろしくお願いします」
「「はい!」」
満面の笑顔で返事をする2人、そしてそれを満足そうに見守るセルジュ。
「でもあまり無理はしないでくださいね。普通でいいですから。モーガン商会はともかく、僕の家の恥だなんて」
「いいえ、当然の心構えです。些細な悪評でも、貴族の方々にはすぐに広まってしまうのですから」
「えっ? 新しく開店した店をいちいち噂にするんですか? カルムさん」
「他家の動向に気を配っている方がほとんどでしょうから……姉の言う通りになるかと」
「他家の……? ……もしかして、お2人とも僕の事を貴族だと思ってません?」
「「……違うのですか? 公爵家とのご縁があると」」
「見ての通り縁はありましたけど、偶然知り合えただけで僕が貴族というわけでは……セルジュさん?」
「……申し訳ありません。私もリョウマ様が貴族でないと、明確に否定した覚えはありません……」
ここでようやく齟齬に気づいた竜馬と2人は、セルジュを交えて誤解を解くべく話を始める。
そんな竜馬を、少し離れた位置から眺めつつ話す一団もある。
「おい、糞ババア」
「何だい、粗忽者」
「リョウマの店はそんなに儲かるのかよ? かなり珍しい店だが……」
「儲かるだろうよ、あたしにもどれだけ稼げるかは分からないけどね」
それを聞いたウォーガンが眉をひそめる。
「何か入れ知恵しねぇのか?」
「とりあえずは静観するつもりさ。あの子自身が考えた通りにやらせてみるよ」
「大丈夫なのかよ?」
「セルジュのとこから2人つけたんだ。妙な連中に目をつけられても、対処はできるだろう。危なくなれば助けを求めるくらいはできるだろうし、アタシも頼まれれば商人としてあの子には手を貸してやるつもりさ。
ただ、手段を選ばない強欲商人が武力行使に出ないとも限らない。そっちも目はつけといておくれよ」
「わかってるよ。だがあいつにゃ不要かもしれねぇぞ? あいつ、この前オブテモの牙って連中と揉めたんだわ」
「最近話題になったゴロツキ冒険者だね…………あの子が潰したのかい?」
「ああ、依頼中に子供に絡んでる奴らに遭遇したんだとよ。その後は聞いた通りだろ。付け加えるなら一方的にな。
あとはゴブリン討伐でも活躍した。リョウマとあいつのスライムの大群がな……俺も聞いただけだがスライムだからって侮るとヤバイぞ」
「武器を使うのかね?」
2人の話に加わる者がもう一人。
「テイラー爺さんも知ってたのか」
「先日、スライムは武器を使えるのか? と聞きにきた冒険者がいたと職員の間で噂になっていたんだ。実際に見たのは今日が初めてだが……彼には一度講習を受けるよう薦めよう」
「一般の従魔術師がどんなものかってのは、知っておいたほうが良いだろうねぇ……ま、とにかく気をつけてやんな」
「分かってるっつーの」
「有能な者は歓迎だとも。ラインバッハからも頼まれとるしな」
部屋の隅ではそんな会話がされていたが竜馬は気づかず、前世では縁のなかった友人や仲間と過ごす時間を楽しんだ。
やがて完成祝いがお開きになると、全員が竜馬には無理をするなと言葉をかけて帰っていく。その後竜馬は宴会の片付けを済ませ、外から一度店を見渡し、前世では感じた事の無かった何とも言えない充実感を味わいつつ、宿に戻った。




