部下との出会い
本日、4話同時投稿。
この話は1話目です。
12日目
昼前のギムルをゆったりと進む馬車。その中には商業ギルド組のグリシエーラ、ピオロ、セルジュ。テイマーギルドのテイラー支部長。そしてセルジュの部下が2人、竜馬の補佐として紹介される双子の男女が乗っている。
「さーて、確かもうすぐやんな?」
「そうだ。後2つ先の曲がり角だ」
似た顔立ちの下に緊張と不安を隠していた2人は、セルジュのその言葉で窓に目を向けた。
事の始まりは数日前。彼らの働いていたルイアムという街の支店に、本店から2人宛に仕事の引継ぎを済ませてギムルに来るようにとの辞令が届けられた。会頭であるセルジュ直筆の文面にサインを添えて。
その日以来周囲からは本店への栄転だと祝福され、辞令の通りに仕事の引継ぎを済ませた2人はギムルへとやってきた。それが今朝のこと。
天候の関係で到着が一日遅れてしまい、着いたその足で向かった本店で伝えられたのは、自分達が本店勤務ではなく出向のために呼ばれたという事実。そして出向先の経営者兼上司が公爵家と縁のある11歳の子供だという2つの事実。その後2人は開店パーティへ向かうために慌しく旅装を着替え、馬車に乗せられてこの場にいる。
経営の失敗はもちろんの事、貴族の子女と思われる少年との関係にも気を使う。これからの仕事に自分達の進退が決まることも覚悟して。
「見えた、アレだ」
「ほっほーう。あの子、やるじゃないか」
「立派な店やん! これを1週間ちょいで建てたんか?」
「姉さん、これ」
「ええ……」
店は真っ白な壁に所々窓が付いているだけの単純な外見だが、店の周りには手入れの行き届いた芝生と花壇があり、清潔感にあふれている。
6人が馬車から降りて店に入ると、天井付近に作られた棚とその上に置かれた4体の神像に目を引かれた。続いて店内を見渡せば、木造の柔らかな雰囲気の中で柔らかい光沢を持つ右L字形のカウンター等々。セルジュ達は建物の完成度に驚き、カルムとカルラは明るい店に将来へ僅かな希望を抱いた。
「いらっしゃいませ! 洗濯代行業者、バンブーフォレストへようこそ!」
2人にとってはこれから自分の上司となる人間であり、同時に一番の不安の種でもある竜馬が現れた。自然とその目も相手を見定めようとするものへと変わる。
「リョウマ、今日はお招きありがとな。ワイまで誘ってもらえてホンマうれしいわ~」
「いい感じの店じゃないか、これは先が期待できるねぇ」
「この度は店の完成、おめでとうございます」
「ありがとうございます、皆さん」
笑顔で挨拶をする竜馬は素直そうな普通の子供で、商人には向かないタイプの少年。良くも悪くも外見相応だと2人には見えた。これが近所の子供なら何も思わないところだが、自分の上司となればこの先の苦労を考えてしまう。商売は甘い物ではないと、若くとも商会で働いていた経験があるだけ尚更に。
「テイラー支部長も来て下さってありがとうございます」
「おめでとう。登録以来、音沙汰がないと思っていたが……ラインバッハがわざわざ紹介するわけだ」
2つのギルドと2つの商会を束ねる4人を相手に、朗らかに言葉を交わす少年を見た2人は互いに目を合わせるだけで意思疎通を行い、目の前に居る少年はやはりどこかの貴族の子供であるとの考えを強める。
「セルジュさん、そちらの方々が?」
「おお、紹介が遅れました。彼らがリョウマ様の補佐をさせて頂きます」
「カルラ・ノーラッドと申します。先日までは弟と共に、モーガン商会のルイアム支店で働いておりました」
「カルム・ノーラッドと申します。姉共々、よろしくお願い致します」
「ご丁寧にありがとうございます。リョウマ・タケバヤシです。こちらこそよろしくお願い致します」
「この2人は若いですが、先日までいたルイアム支店では副店長とその補佐を任せていました。モーガン商会で働いて長く、仕事ぶりも信用できます。彼らなら必ずやリョウマ様のお役に立てるでしょう」
「それは……」
「「何か、問題がございましたか?」」
その2人の言葉に竜馬は慌てて弁解する。
「想像していたよりも有能そうな方で驚いただけで、業務上の問題は何もありません。能力のある方が来てくだされば助かります。しかし任せるつもりだった店の仕事は難しくないので、お2人の能力を活かす機会があるかどうか……いえ、決してお二人が必要ないと言いたいわけではありませんが」
単純な受付業務と洗濯物運びにそこまで優れた人材を使うのは勿体無いのではないか? という話だが、元から不安を持っていた2人は竜馬の言葉をやや重く受け止めてしまう。
そんな2人の様子に違和感を覚えたセルジュが
「2人とも、少し気負いすぎではないか? そん」
「リョウマ! 来てやったぜ!」
2人へ穏やかに声をかけた所へ、もう一つの入り口から割り込むような大声と共に11人の男女が店に入ってきた。冒険者ギルド組だ。
「いらっしゃいませ! 洗濯代行業者、バンブーフォレストへようこそ! どうぞこちらの空いているカウンターへ」
「おう、やってん……げぇっ!? なんでここに糞ババアが居るんだよ!?」
「誰が糞ババァだって? あたしゃ確かにババァだけど、糞ババァではないよ! ったく、冒険者ギルドの頭になって長いのに、あんたは相変わらず口が悪いねウォーガン。そんなんだからあんたは昔……」
「顔を合わせる度に昔の失敗を蒸し返そうとすんな! ったく、アンタもいつまでギルドの頭をやってるつもりだよ、本当にしぶといババァだぜ……で、なんでここに居るんだよ」
「そんなの招待されたからに決まってるじゃないか」
「……まぁいい。リョウマ、どうやって仕事を頼みゃいいんだ」
「はい、ただいま……あ、カルムさんとカルラさん。せっかくなので仕事の手順を説明しましょう。中に入ってきて下さい。セルジュさん達もこちらにどうぞ」
竜馬がカウンターの一部を開けて6人を中へ促す。
「さて、まずはお客様に専用の袋をお買い上げ頂きます。お一人様用は1袋20スート。その袋はこの店に来るたび何回でもご使用いただけますので、次回からは購入する必要がございません」
「おう、じゃ1袋貰うぜ。この中に洗濯物を詰めりゃいいんだな?」
「はい、それから今日は練習に付き合っていただくお礼として、無料にさせていただきます。袋もサービスしますので、持っていって次回にまたお持ち下さい」
「助かるぜ」
「で、今度はカルムさんとカルラさん。お客様が来て、お金を支払って頂いたら、このカウンターの右脇にある棒に、それぞれの値段に応じた専用の板を入れて下さい」
竜馬はカウンターの下から、上下に穴があいた色違いの薄い石板を取り出して見せる。それと同時にカウンターの端にある、竜馬が持っている板が丁度填る棒と囲いがある置き場を指し示した。
「それは何ですか?」
「ちょっと思いつきで作ってみた収入計算用の道具です。うちの店は購入して貰った袋の大きさによって中銅貨1枚、中銅貨1枚と小銅貨8枚、中銅貨4枚の3種類しかありません。ですから個人用の袋1袋の洗濯を頼まれれば、中銅貨1枚を受け取り黒い石板を1枚、黒い板置き場に置いて下さい。置き場には目盛がついていて、この板100枚が入るようになっています。
100枚になったらこの置き場の下に置いてある紙に、ペンで1と書いて、置き場の中に入っている板を元あったカウンターの下の棚に戻して下さい。これを繰り返して、就業後に確認して売上を計算します。
例えばカウンターの紙に中銅貨1枚の売上を示す黒い板の置き場が3回一杯になったという記録があり、中に42枚残っていたら、個人用の売上は中銅貨342枚の3420スートとなります。
これを洗濯料3種類と各大きさの袋を購入して頂いた場合の3種類、冒険者向けの鎧・武器込みでの全身洗浄サービスの計7種類用意しているので、それぞれを就業後にチェックし、足せばその日の利益を計算が楽になるんじゃないかと思っています。あと売り上げの内、どれがどれだけ売れているか、どれがよく求められているサイズかなどが分かればいいなと。……これはしばらく試してみないとわかりませんね」
そう言って竜馬はウォーガンの接客に戻ってしまったが、説明を聞いていた商業ギルド組はその道具に目が釘付けになっている。
竜馬は前世に皿の色の違いで値段を分けて最後に清算する回転寿司屋のシステムを思い出し、試しに導入しただけ。だがレジなど無いこの世界では、大いに彼らの興味を引くものであった。
そもそもこの世界は竜馬のいた現代日本と比べて識字率がはるかに低く、四則演算すら苦手とする者も少なくない。特に田舎の村などはその傾向が顕著であるが、この道具を使うにあたり必要なのは正しく料金を受け取り、決められた手順に従って確実に処理を行うことだ。
時と場面を選べば計算のできない者も人手になるかもしれない。あるいは尺度を変えて自分の商売にも応用できるかもしれない。その可能性に気づいた5人の鋭い目線に気づかずに、竜馬は淡々と接客を続ける。
「お金を払って頂いたら洗濯物の入った袋を預かり、袋を閉じた紐に、カウンターの下の棚に用意してあるこの札を取り付けます。もう片方はお客様に渡し、洗濯物の引取りの際にお客様の札と洗濯物に取り付けた札を合わせて確認して返却してください」
紐つきの割符を使い、洗濯物の取り違えを防ぐと説明して竜馬は次に、奥の壁へ取り付けられたダストシュートの様な穴に荷物を放り込んだ。
「この先の部屋にはクリーナースライムが……あ、クリーナースライムについては」
「汚れを食べるスライムだと、セルジュ様から聞いています」
「ありがとうございます、カルラさん。それなら……お2人何か質問はありますか?」
「新種のスライムという話ですが、本当に綺麗になるのでしょうか?」
ここで素早く聞いたのはカルム。姉は一瞬遅れて同じ事を言おうとして口を噤む。
「実際に見ないと信じがたいかもしれませんね……どなたかここで荷物を開けさせていただけませんか?」
「俺の使っていいぜ」
快く荷物を放り投げたジェフに礼を言い、竜馬は2人に中身の血の汚れを確認させた後、割符をつけて穴に入れる。
「ここに放り込んだ物をすぐに綺麗にして隣の部屋に運ぶよう指示を出していますので、ここに放り込めば自動的に洗濯され、奥に入った所にある洗濯済みの洗濯物置場に運ばれます。後はそれを回収し、さっき言った通りお客様の洗濯物である事を確認し、返却する。これが一連の作業です」
紛失のリスクを減らし従業員が接客に集中できるように、仕事は汚れを落とすだけに留め、袋を開けて中身を畳んだりはしない。
ほんの数秒の説明の後、竜馬が一度奥へと入り洗濯済みの荷物を回収。改めて袋を開けると、汚れは跡形もなく消えている。
「本当に汚れが……どんな汚れも落ちるのですか?」
「いままで落とせなかった汚れはありませんが、できれば一度返却する際に確認していただくのが無難だと思います。汚れていたらもう一度で」
「染物などは色が落ちませんか?」
「草木の汁で染めた布を、同じく草木から取った染料で汚して何度か試しましたが、色落ちはありませんでした。時間経過か鮮度か、あるいは別の何かで判断しているのか……これは預かる時に注意を促しておく方が無難ですね。他に手順とか、分からない事は?」
「「……今のところ、思いつきません」」
「そうですか、では何かあったらその都度ということで。……手分けして接客をしてみましょうか?」
そう言ってカルムとカルラにもカウンターに来るよう促す竜馬。そして残りの9人分の洗濯物を3人で引き受ける。その際カルラとカルムの様子を横目で見た竜馬は仕事をそつなくこなせていることに安心した。仕事ができれば十分。緊張は時間をかけてほぐしていけばいいのだと。
今日この日、竜馬と2人は着実に仕事仲間としての一歩を踏み出した。
若干の誤解はそのままに。




