別れ
8月10日 本日は3話同時更新。この話は3話目です。
「う……っ! はぁ、はぁ……」
部屋に戻った竜馬達が雑談をしていると、ヒューズの容態が悪化した。
「ヒューズ!」
「しっかりしろ!」
「ポーションと回復魔法で出血は止まりましたが、今度は熱が出てきました。それも、かなり高い……」
「解熱剤、ある」
赤く熱を持つ顔に珠の汗をかいて呻くヒューズへ次々と声がかけられる中、カミルの言葉を聞いた竜馬が奥へと走る。その背中を見ていたゼフが一言。
「あの子に会えたのは本当に幸運でしたね、旦那」
「ああ、ここで彼に会えなければ、間違いなくヒューズは助からなかったろう」
「まだ安心できる体調ではないですけど、彼が居なければ回復魔法が使えたとしても危なかったですね。回復魔法で熱は下げられませんから」
「普段ならばともかく、体力と大量の血を失った状態ではな……」
仲間の体調について話せる事が無くなると、彼らの話題は竜馬へ移った。
「しかし、どうしやす? あの子1人をこんな森の中に置いとくのは危ねぇですぜ」
「ここで既に3年も生活しているんだ、危険は承知だろう」
「実際に生き残っていますからね……それにあの耐性スキルの数とレベル。村では相当過酷な環境にあったと思われます。街が安全だと言っても理解されるかどうか……人を見て怯えたり、突然暴れだすような子でないのが幸いですが」
「ああ……確か昔、事件を起こした者も居たな」
「ラインハルト様、1児の父なのですから何かありませんか?」
「この中で子持ちは旦那しか居ねぇんですぜ? 俺たちにゃどうして良いかわからねぇ」
「それは私もだ。放ってはおけないが、無理に連れ出したところで良い結果になるとは思えない……どのみち一度は帰らなければならない、この件は父上とエリーゼにも相談してみよう」
そこで彼らの間に沈黙が流れ、数分後に水の入った壺や薬を持たせたスライムを率いる竜馬が戻る。本人は獣の毛皮を小脇に抱えており、肝心の薬と水はスライムに運ばせていた。
「えっと、ありがとう」
「治療優先」
そう言った竜馬は抱えた毛皮をヒューズの体にかけ、カミルが持つ壷から石のすいのみへと水を移してカミルへ手渡す。
「傾けて、飲ませる」
竜馬がヒューズの口元を指すと、それに従ったカミルが水を飲ませる。
「……ちゃんと飲めたみたいですね」
その言葉を聞いて、竜馬は次に薬を差し出した。
「解熱剤」
「ありがとう、助かるよ」
ラインハルトがそう言って受け取った薬をヒューズに飲ませると、一時間ほどでヒューズの容態が安定しはじめ、ラインハルト達も安心して一息つけるようになる。
そこで竜馬は日も暮れるから、とラインハルト達にこのまま家に泊まるよう提案し、一連の行動から竜馬に敵意はないと判断していたラインハルト達は、ヒューズの体調を考えて竜馬の言葉に甘える事にした。
その日の夕食は竜馬が洞窟で育てた自家製もやしの炒め物に兎肉のスープという竜馬にとっては簡単な物だが、ラインハルト達4人には治療や宿と合わせて大いに感謝され、夜がふけていく。
翌日
薬と看病の甲斐あってか、一夜明けると予想以上に早い回復を見せたヒューズは自分の足で立ち上がれるようになり、昼前にはラインハルト達と共に竜馬の家から出立できるほどにまで回復していた。
「いやー今回は流石に死ぬかと思った。助かったぜ、坊主!」
「本当に……大丈夫?」
「なんでぇ、心配してくれんのか? 村や町に行きたがらねぇって聞いたから人嫌いだと思ったんだが」
「……怪我人、気遣うくらいは、する」
「がはは! そうかそうか! そいつは悪かった! っと……」
笑っていたヒューズが突然ふらつき、傍にいたラインハルトとカミルに支えられる。
「ヒューズ、大丈夫か?」
「お、おお、軽く目眩がしただけです。問題ありません」
「病み上がりなんですから、気をつけてくださいね?」
これを見た竜馬は、事前に用意していた一本の瓶を取り出した。
「飲む」
「ん? 何だこの瓶」
「増血剤、血が足りてない」
「増血剤か、ありがとよ。なら早速……って生臭せぇ! なんだこの匂い!」
ヒューズが思わず瓶を遠ざけた勢いで、瓶から薬草の青臭さとグリーンキャタピラーの生臭さが渾然一体と混ざり合った悪臭が周囲に漏れた。その匂いはヒューズだけでなく、隣に居たジルとゼフの顔も歪ませる。
「この匂い、原因で売れない、作られない、昔の増血剤。……効果だけ……保証する」
「だそうだ。せっかくの好意だ、飲め」
「ちょ、これは」
「道中で倒れられては困るからな」
「あっしらも心配したんですからねぇ」
ジルとゼフがヒューズの肩と腕を掴んで逃走と抵抗を阻止し……
「ごめんなさい!」
アイコンタクトを受けたカミルが増血剤を奪い、ヒューズの口に流し込んだ。
「%‘#’%$“!!!!」
ヒューズは増血剤を飲み込むと言葉にならない声を上げ、数度の痙攣の後は壁を支えにして立っている。その姿は一見毒薬を飲んだようにも見えるが、飲んだのは効果が高く体にも優しい安全な薬だ。ただ匂いと味が最悪ではあるが。
「おおう、おま、えら」
「良薬は口に苦いものだぞ、ヒューズ」
「安心しな、この子の薬の効果は確かだぜ」
「ヒューズさんの治療に使ったポーションもかなり品質良かったですからね」
「くそっ、ああ゛死ぬかと思った……うっぷ……」
胃の中から立ち上る薬の匂いに吐き気をもよおすヒューズに、竜馬が水を渡しつつ聞く。
「鎧……要る?」
「ふぅ、ん? そういや鎧はあのクマ公にやられてダメになったんだったか。武器もねぇし」
「装備ある……持っていく」
「それは助かるが、良いのか?」
「いい」
ヒューズの問いにそう答えた竜馬は奥へ行き、数分で十数匹のスライムと共に5本の槍と3着の鎧を抱えてきた。
「これ……使える物」
「盗賊の装備にしては良い物が揃っているな。本当にヒューズに渡して良いのか?」
「武器は使ってこそ……置いておいても、使い切れない……」
「この槍なんか、小金貨5枚はするぜ?」
「持っていく」
思いのほか良質の装備を目にしたジルやヒューズが何度も聞くが、竜馬は持って行けとの一点張り。結局先に折れたのはヒューズだった。
「……じゃあ、ありがたく貰っていくぜ。だが、貰いっぱなしは性に合わねぇ。今は何も返せねぇが、何かあったら俺を頼りな。公爵家のあるガウナゴの町の門番に、公爵家の護衛のヒューズに会わせろって言えば俺に連絡できる。遠慮なんかすんじゃねぇぞ」
「分かった」
こうして出立の用意を整えた5人は礼を言って去っていく。異世界生活3年目にしてようやく、竜馬はこの世界の人間とまともな付き合いをしたのだった。
竜馬は久々の人との会話に疲れと懐かしさを感じていたが、それはそれ、これはこれ、と今日も日課の狩りに出る。
この出会いが、自分の生活を大きく変えるきっかけになるとは知らずに……