即断即決
魔獣討伐 4日目
今日も廃坑での仕事を終えて、街に戻ってきたその足でセルジュさんの所へ。
「こんばんは、セルジュさん」
「お待ちしておりましたリョウマ様。それでは行きましょう」
用意されていた馬車に乗り、街の中心部から少し南へ向かう。
やがてたどり着いた商業ギルドは飾り気のない質実剛健といった雰囲気の建物で、入り口の扉からはうっすらと光が漏れている。中にはまばらにだが、聞いていた職員以外の人も居るようだ。
受付に向かって歩いていくと、ここでも受付嬢が俺達をすぐに奥の部屋に通してくれた。慣れた様子で用件を伝える彼に対して、受付嬢が丁寧に頭を下げて立ち去る。そのやり取りを見る限り、セルジュさんはかなり丁重に扱われている気がする。
大きな商会の会頭だそうだし、当然なのか?
そして数分もすると、今度はやせ型の男と腰の曲がった老婆が部屋に入ってきた。合わせて立ち上がろうとした俺達を老婆が笑顔と手で制し、男が口を開く。
「なんやセルジュ、ごっつう久しぶりやん。最近あんまり噂話聞かへんから何してんねんやろ思うてたわ」
喋り始めたのは……似非っぽい関西弁? どう翻訳されてるんだか不思議なくらい、懐かしい訛りがある。こんな上司、昔いたな……
「久しぶりだな、ピオロ」
「今日は何の用だい? 会合の時にしか来ないアンタがギルドに来るなんて珍しいじゃないか。それからそっちの坊やは初めましてだね、あたしゃグリシエーラってババアだ。この商業ギルドのギルドマスターをしているよ」
「リョウマ・タケバヤシと申します。本日商業ギルドに登録させて頂きます。若輩者ですが、ご指導ご鞭撻の程をよろしくお願い致します」
「おやおや、丁寧な挨拶ありがとよ。セルジュ、この子はあんたの所の新しい使用人かい?」
「ホンマやねぇ。ワイはピオロ・サイオンジや、よろしゅうな。気楽に話しかけたってや」
「よろしくお願いします。リョウマ・タケバヤシです」
サイオンジ? 日本風の苗字にしか聞こえない。それに黒髪黒目で雰囲気もなんとなく……過去の転移者の子孫かな?
「リョウマ君やね、しっかり覚えたわ。で、グリ婆様も言うたけど、何しに来たん? セルジュは」
「今日はリョウマ様のギルド登録に来たんだ。私はただの付き添いだよ」
セルジュさんの発言で、2人の目が俺に向かう。するとギルドマスターが俺の顔を覗き込んできた。
「ふむふむ……ちょいと待っといておくれ」
そう言って手に杖を持つと、一喝してセルジュさんの頭を小突いた。
「このバカタレ! 子供に気を使わせてどうするんだい!」
「痛いです、杖はやめて頂きたい、ギルドマスター……」
「どういう事情か知らないけどね、この子は真面目そうな子だよ。あんたみたいな明らかに年上のオヤジに敬われても恐縮して居心地を悪くするだろ」
何故俺が密かに思ってた事を!? 心を読むスキルでもあるのか!?
「リョウマだったね。心なんか読めないよ」
読んでるじゃないですか!
「年老いても、商人として培った眼力だけは衰えてないんだよ。アンタは素直な方みたいだから、ある程度の洞察が出来ただけさね」
「そうでしたか……」
「この婆さん怖いやろ~? いっつもこう言うんやけど、ホントはホンマに心読めてるんちゃう? って思うねん」
「怖いと言うより、凄いと感じますね。僕は人の心を洞察するのは苦手な方なので」
「そんな物は慣れだよ。環境さえあれば、歳をとるごとに少しずつ覚えていくさ。アンタはまだこれから。……昔何かあったみたいだけど、アンタには未来がある」
「ありがとうございます、しかし……本当に心は読めていないのですか?」
「出来るわけないよ、あたしゃアンタが人の心って言った所で遠い目をしたから分かったんだよ」
マジで!?
「そんな目をしていましたか?」
「中年のオヤジが昔を思い出すみたいな目だったよ」
当たっとる!
「さて、驚いてるようだけどギルドの登録に来たんだろう? 夜も遅くなるし、さっさと手続きを済ませようじゃないか」
そう言われて俺はギルド登録の用紙に記入する。
「ん……ここの職種というのは何ですか? 職種は商人ではないのですか?」
「そこは自分がやろうと思っとる商売を書くねん。武器売りたいなら武器商人、とかな。複数書いてええんやで。必要なら後から追加もできるんやから、別に焦って今色々書く必要も無いで。裏に基本的な職種の表が載っとるから、それ見て書いてや」
「分かりました」
そういえば冒険者が行商をする事もあると聞いたな……とりあえずそれと……本命の店のための街商人? という職種を記入した。
……何この吟遊詩人って職種。言葉の意味は分かるが、これを商人と言うのか?
そんな事を思いながらも、登録用紙を書き終えてギルドマスターに提出すると、ギルドマスターは用紙を見てこう言った。
「おや、アンタ冒険者だったのかい? 体に気をつけなよ、死んじまったら元も子も無いからね。それと、店を持ちたいのかい?」
「実は少し変わった商売を考えています。初めは冒険者業の合間に生活費稼ぎの副業として行おうとしていたんですが、セルジュさんからギルドに登録し大々的にやるべきだと言われまして」
「セルジュが?」
「なんや、おもろそうやな。どんな仕事なんや?」
「洗濯屋です」
「洗濯屋て、金もろて洗濯するんか? ……セルジュ、それになんで態々登録さすねん。登録しといて損は無いけど、そんなん登録してもせんでもおんなじやんか」
「初めは私もそう思った。だがな、リョウマ様に話を聞いてこれは! と思ったのさ。逆にギルドに登録しておかなければ儲けすぎて問題になるかもしれない」
「……そないに儲かりそうなん?」
「ギルドが問題視する程の利益が生み出せるなんて話なら、アタシも聞かせて貰いたいね」
笑顔で目配せをするセルジュさん。この二人は大丈夫なんだろう。一応下手な事を言わないようにセルジュさんに任せる。そして説明が続くうち二人は驚いては唸り始め、次第に笑い始めた。
「ヒッヒッヒ! 長生きすると、時折こう言った事が起こるから面白いんだ! リョウマ、アンタ面白い事考えるね。まさかスライム、それも新種とはいいじゃないか。こいつは縁起もいい」
「確かに、いま聞いた話が実現すれば大儲けやな。そうなった段階で未登録じゃギルドも騒ぐわな。その歳で面白そうな商売のネタ持っとるやないか。ちょい拝んどこ」
なにやらピオロさんが俺に向かって祈り始めた。何してんのこの人?
「ピオロの事はあまり深く考えなくて構いませんよ。良い儲け話を掴んだ、あるいは掴みかけている人と話すといつもやる事ですから」
「運ってのは神様にしか操れない物や。儲け話を引き寄せそうな奴を見たら、あやかりたいと思うのは人の性やろ?」
まぁ、分からなくはない。
「しっかし、今日はめっさ驚いたわ。8年分位驚いたんちゃうかな。でも分かったわ、その商売ワイらには無理や。商売の考え方はともかく、洗濯屋はそのスライムが居らへんのやったら割に合わんわ。でも、それを持っとるリョウマならイケル。自信持って、ええ商売しぃや」
「あたしゃアンタが気に入ったよ、この年になると些細なことじゃ驚かなくなってねぇ……アンタは将来性があるし、ちょくちょく顔見せに来な。茶と茶菓子くらい出して、相談には乗ってやるさね」
「ありがとうございます。頑張ります」
「では次は店舗を決めましょう。ギルドマスター、お願いします」
「全く、ババア使いが荒いよセルジュ。ピオロ、アンタの左隣の棚の上段。右から2番目の書類の束を持ってきな」
「ババァ使いが荒いとか言っときながら自分は動かんのかい!」
「いいからさっさと取りな」
「はいはい、わかりまし……なんやこれ、これ欠陥のある物件ばっかり集めた書類やん。リョウマの店は将来有望やし、もう少しええとこに出してもええんちゃう? 何やったらワイも投資したるで?」
「バカタレ、セルジュにも言ったが、この子は妙に真面目なんだよ。あんたらが金出したら遠慮するに決まってるだろ」
この短時間でよく理解されたな、俺。確かに昔から生真面目とかバカ正直と言われてたよ。そして人の金で店を持つのは遠慮したい。借金なんて軽々しくする事じゃないし、そこまでして店を持つ気があるかといえば、無い。
商人の眼力は怖いな……こう、武力じゃない怖さがある。
「さて、ピオロが言った通りこの書類の束は何かしら問題がある建物を集めた書類だ。だけどその分安いし、極端な話アンタには受付と荷物置き場があれば良いだろ?」
「はい。作業は全部スライムに任せますから、水場もいりませんね」
「洗濯で商売しようっちゅう奴が水場いらんて、普通ならやる気あんのか! って言うとこやけど……で、用意できる銭はナンボや?」
「小金貨700枚あります」
「意外と持っとるな?」
「昔住んでた場所の近くに盗賊がいまして、毒で倒したんです。そうしたら、それが高額の賞金首だったんですよ」
「それだけあるならば……ギルドマスター、私の店の近くに1つ、空き地があったでしょう。あそこはどうですか?」
「そうだね……確かあったはずさ……」
そう言ってギルドマスターは書類を捲る。
「……ああ、あったよ。住宅街に面した場所だ。大きな酒場と宿、そしてその備品なんかを置く倉庫があったから立地は良い。
ただその宿が火事を出しちまって、半分以上が消し炭になっちまった建物がまだ残ってる。今は草も生え放題で、建物ももう使えない。ここを使うなら前の建物の取り壊し、建てる前に地面の整地からやり直す必要がある。だから時間と金がかかるってんで売れ残ってる土地さ。建物と土地の整備以外には欠陥はないけど、どうだい?」
「リョウマ様、リョウマ様は優れた土魔法の使い手だと聞き及んでいます。そこなら広さだけはありますし、ご自分の好きなようにして頂けますが、如何でしょう」
自分の好きにできる、という所はとても魅力に感じる。
「土魔法が使えるなら、時間をかければ何とか出来るかい?」
「そうですね……」
クリエイト・ブロックとか土魔法、それにスティッキースライムの硬化液で………………うん、いけるな。
「大丈夫です。……地図を見る限り、ここは住宅地に近い。本当に立地は良いですね」
ギムルは楕円型の頑丈な壁に囲まれた街だ。
街の真ん中には北門と南門を一直線に繋げる大通りがあり、東が住宅街、西が製鉄所等の工業区になっている。
南門周辺には宿が多く、今俺が泊まっている宿も南部。
北門からは鉱山(廃坑)に続く道のため、鉱山で働く人以外はあまり使われなかった。廃鉱になってからは鉱夫も使わなくなっていると聞いた。
東門からも鉱山に続く道、こちらは廃坑ではない。鉱夫などが職場である鉱山に行き易いよう、東部に住宅街が用意されている。
そして今紹介された土地は街の中心からほぼ真東、丁度住宅街と大通りの間にある。ここなら住宅地も冒険者ギルドも近く、西の工業区は比較的遠いが道は分かりやすい。立地は最高に近いだろう。
俺がその考えを口にすると、ギルドマスターが俺の言葉を肯定した。
「そうさ。それで昔もここは人気の酒場だったね。仕事終わりの町民や冒険者、大勢の人がよく集まっていたんだ。今でもここに店を開けば人目につくだろうよ。その分、ある程度まとまった金が必要だけどね」
「なるほど……ではここでお願いします」
正直、俺には土地の事はよくわからない。けどこの土地の立地が悪いとは思わない。住宅街や冒険者ギルドに近いのはいい点だし、俺の自由にできるのは魅力。セルジュさんの紹介だし、ギルドマスターやピオロさんもいい人そうだ。信用して良いだろう。
「良いのかい?」
「はい。立地は文句がありませんし、土地の整備も建物の取り壊し、再建も魔法と従魔のスライムで何とかなりそうです。何より自由に自分の店を作れるというのが気に入りました」
「ここはさっきも言ったけど割高で、小金貨580枚もするよ。それにここは土地が広いから地税に小金貨10、商業権と年会費を小金貨で60。計650取るけど、それでも良いかい?」
「問題ありません。生活費には余裕がありますから」
「確かに小金貨50も残れば、今年1年は貴族並みに遊んで暮らせる余裕があるだろうけどね……分かった、この土地をリョウマに売るよ。
それから言い忘れてたけど商業権は登録時である今回のみ、地税も土地を買う時だけ倍になってる。来年からは毎年小金貨5枚の地税と収入に応じた税を収めるだけで良いからね。間違えるんじゃないよ」
「分かりました、ありがとうございます」
その後幾つか教えられたが、この世界で店を持つ方法はそれほど難しくない。ただギルドを通して土地や物件を買い、そこで商いをするだけ。帳簿はいくらの収入があったか、いくらの支出があったかを記し、その中から利益に応じた税金と地税を加算した額を毎年ギルドに払うのみ。それさえできれば年齢も性別もさほど重要ではないという。
稼げるかどうか、金を払えるかどうか、それが問題だと言われているように感じるな……
なお、今回地税が倍だったのは地球で言う敷金礼金と同じ様な認識でよさそうだ。商業権は商いの規模に応じて変わり、露店などは中銅貨5枚で良いが、俺が買った土地の広さで店となると小金貨2枚になる。
最後に年会費だが、これはギルドへの寄付金のような一面がある。本来の年会費は小額でいいが上限が決まっておらず、多めに支払っておくとそれだけ払える財力を示す事になり、ギルドの評価に繋がるだけでなく優遇もされるそうだ。商人らしい。
こうして諸々の手続きを終えた俺は、3人に礼を言ってギルドを後にした。
セルジュさんは近いうちに商業ギルドで開かれる会合に参加しなければならないらしく、その件でギルドマスターとピオロさんから何やら話があるようなのでギルドで別れた。
ギルドの仕事の後は建築作業の日々が始まるか……洞窟じゃない建物は前世のバイト以来だ。昔の仕事はキツかったが、成果が目に見えて分かるのはやっていて楽しいとも思ったもんだ。
少し楽しみになってきた。




