開業の相談(前編)
魔獣討伐 3日目
一昨日は俺が不良冒険者を参加不能にし、昨日はゴブリンキング騒動で負傷者多数。そのおかげで魔物討伐の進捗状況が予定より遅れているらしい。
昨日の事もあるので、俺の班は解散。ジェフさん達はそれぞれが低ランクの冒険者を率いて安全確保と指導に当たっている。
そして俺はというと指導を受ける必要はないが、ランクも低く冒険者になって日が浅いため指導をさせるにはやや不安がある。という事で、スライム達と俺だけで狩りを行った。
ケイブバットやスモールラットはスティッキースライムの棒に粘着液を吐き出させたり、棒に塗って振り回させたりしたらトリモチのようにくっついて簡単に捕まえられた。ケイブマンティスは槍を持たせたポイズンスライムに鎌の間合いの外からあっけなく仕留められ、獲物として食われていく。
何というかこのスライム達、今までの訓練で数の暴力に加えて個々の力もつけてきたな……それに何かこいつらがケイブマンティスと戦ってるのを見るとあれを思い出す……なんだっけ、地球にあったゲーム。一時期凄い人気だったやつ。テーマソングがのんびりした曲なのに、何故か歌詞が殺伐としてた記憶がある。
そんなことを考えられるくらい、適度な余裕を持って仕事に励む。
そして特に何事もなく午前の作業は終わった。まぁ昨日みたいな事が毎日起こると困るが。
一度だけゴブリンを5匹見かけたがそれ以外に仲間は居らず、一応報告したら昨日の潰した村の生き残りだろうという話になっておしまいだった。
午後の作業の途中からはスティッキースライムの戦い方を考えて実験。
例えば天井にへばりついて貰い、体を下に伸ばしてぶら下がるような状態のまま坑道を進んで貰う。ケイブバットがあまりにもうっとうしく飛び回るので、ハエを思い出してハエ取り紙の真似をしてもらったのだ。そしたら取れる取れる、ベタベタ引っ付いて捕食されていた。
更に一番器用な気がするスティッキーに、ジャンプした直後に体を網のようにするよう指示を出すと、できた。
続いて俺がそのスライムを掴み、空を飛ぶケイブバット目掛けて投げてみる。するとスライムは空中で網になり、ケイブバットを巻き込んで地面に落ちていく。
別のスティッキーで同じ事をもう一度。……もう一度。……もう一度。……平均すると一度に4,5匹捕まっている。
これは色々と使えそうだ! スティッキースライム超便利! 何というか、スティッキースライムって出来る事が幅広いと思う。戦闘にも日常生活にも使えるスライムだ。
テンションが上がった俺は就業時間が終わるまで、スティッキーで小型の魔獣を乱獲し続けた。
そして夕方。
仕事終わりに乗合馬車で街に戻ると、街に入った所で馬車の車輪が壊れる事故が発生。といっても特に誰かが怪我をしたわけではなく、突然馬車が壊れて揺れが激しくなったのだ。このまま走ると危険らしく、俺を含めた乗客はそこからそれぞれ徒歩で帰る事になった。
街は日が暮れて、夕食の香りがどこからか漂ってくる。きっと近隣の飲食店だろう。早い人はもう飲み始めているようで、陽気な声も時折聞こえてきた。そんな雰囲気を味わいながら穏やかな気分で歩いていると、セルジュさんのモーガン商会の前を通りかかる。
……そう言えば昨日は貰った魔力回復ポーションのおかげで助かったんだよな……洗濯屋で基準にする袋とかも見られるかもしれないし、ちょっと寄っていくか。
何気なく店に入ると、セルジュさんはすぐに見つかった。
店のカウンターで店員の女性と話していた彼は、俺を見るとすぐに笑顔で声をかけ応接室に通してくれる。
仕事中なら店先で商品を見ながら待っててもよかったんだが……
「ようこそいらっしゃいましたリョウマ様。本日はいかなご用向きで?」
「昨日の依頼で先日セルジュさんに頂いた魔力回復ポーションが役に立ちまして、そのお礼が1つ。そして欲しい物があったのですが、他に良い店を知らないものでして」
「そうでしたか、私共の商品が役に立ったのならば何よりです。探し物で我が店に来て下さった事も光栄です、何がご入用ですか?」
「素材は安物で構わないのですが、丈夫な袋を数枚。大きさは……決めかねているんです」
「ほう、何に使われるかお聞きしても?」
「少し話が長くなるのですが、実は……」
ここで俺が自立を始めようとしていると説明するとセルジュさんは驚きつつも感心したように俺を見て、洗濯屋という仕事に興味を持つ。
「冒険者業の合間の副業、冒険者業を廃業した場合の事まで考えて……リョウマ様はその年で素晴らしい計画性をお持ちですな」
だって俺、ホントは42だからな……日本の同じ年のおっさんと比べたらどうかと思うが、少なくとも危ない仕事に就いてる自覚とそれに備える位の計画性はあるさ。この世界、保険とか年金とか聞かないし。有っても条件は厳しいだろう。
「いえいえ、それほどではありませんよ」
「ご謙遜を……しかし洗濯屋ですか……確かに1袋小銅貨1枚から中銅貨1枚の値ならば冒険者に限らず民間にも広く利用されるでしょう。ただし、それには洗濯を行う人手を用意し、客が満足できる結果を出さねばなりません。最初は良くても段々と顧客が増えれば一人では作業が追いつかないと思いますよ」
あ、クリーナースライムの話をし忘れていた。
「1つお伝えし忘れていた事があります。少々お待ちください」
俺はディメンションホームからクリーナースライムを1匹出す。
「これは僕の従魔で、クリーナースライムというスライムです」
「聞いた事が無いスライムですな?」
「はい、これは僕が発見した新種のスライムです。テイマーギルドには情報を提供しましたが、現在契約しているのはこの世界で僕だけでしょう」
神様直々に新種と言われたから、俺の従魔以外にはクリーナースライムは居ないだろう。
「そのスライムに何か関係が?」
「このスライムの持つスキルに清潔化という物がありまして、それを使う事でこのスライムは汚れのみを食べてしまうのです。そして汚れを食べられた物は当然、汚れが無くなり綺麗になります。普通に洗濯するよりもです」
その言葉にぽかんと口を開けたセルジュさん。やっぱ信じられないよな……
そこで俺はアイテムボックスから今日倒したゴブリンの腰布を出してこう言う。
「話だけでは信じがたいでしょう。そこでこちらをご覧ください、この布は今日の仕事中に仕留めたゴブリンの腰布です。よろしければ、セルジュさんの目の前でこれの汚れを食べさせ、綺麗な布にしてみせます」
俺がそう言うとセルジュさんはゴクリと喉を鳴らしてそっと一言いった。
「是非、お願いします」
「念のため、鑑定しますか?」
「一応、させて頂きます。こんな匂いをさせるのは、間違いなくゴブリンの腰布でしょうが……」
軽く笑いつつ鑑定をするセルジュさん。その鑑定結果がゴブリンの布と出たのを確認し、クリーナースライムに布を渡す。クリーナースライムは何時もの様に体内に布を取り込み、洗濯機のように動かす。みるみるうちに汚れは落ちて、最後にクリーナースライムが応接室のテーブルの上に布を吐き出した。ここまでの所要時間30秒足らず。
明らかに先程とは色が違う布をおそるおそる手にとって鑑定するセルジュさん。そして鑑定結果は清潔な布と出たそうで、『ゴブリンの色々な汚れが付いた腰布を、こんな短時間でここまで綺麗に出来るなんて!』と興奮して俺の手をとり賞賛し始めた。
俺の手、さっきゴブリンの腰布触ってたから汚れてるんだけど……と俺の視線でその事に気付いたのか、軽く顔色が曇ったセルジュさん。ちょうどいいのでクリーナースライム浴の説明もして体験してもらう。手だけな。
その後態々自分の手も鑑定して調べそしてまた手をとって賞賛の嵐。
この人、良い人なのはわかる、俺の見た目で見下さないし。でも、精神的に疲れる……
「お恥ずかしい所をお見せしました。しかしこのスライムは本当に素晴らしい。このスライムが居れば、リョウマ様が洗濯屋を開くのに問題は無いでしょう。料金・早さ・仕上がり……繁盛している光景が目に浮かぶようです」
何か1人でトリップしとる……
「で、どの程度の大きさの袋がちょうどいいでしょうか? 恥ずかしながら、相場がよく分からないものでして」
「そうですな……幾つか持ってこさせましょう」
セルジュさんはそう言うと使用人の女性を呼んで、何枚かの袋を持ってこさせた。
「見ての通り左から右へ大きくなっていきます。一番左は大人一人分の服一式が入るくらいですな」
「もう少し大きい物がいいですね。家族だともっと量が多くなりますし、独身男性などは洗濯を億劫に思って溜め込む人も居るでしょうから。
それに1着中銅貨1枚より、4着5着で中銅貨1枚の方が安く、お客様に得だと思わせられると思います。こちらとしては1着でも5着でも労力に差はありませんし、最低限の生活費が稼げれば良いのですから一度にそれほど多くの対価は求めません。1回分を安くし、多くの人に繰り返し利用していただく事で利益を出したいと思います」
薄利多売の商品、前世で世話になったな……たとえば昼に牛丼屋とか。
それに俺は買い物に行く店はほとんど決まりきっていた、あの頃よく行った店からしたら俺はリピーターだったと思う。前世に住んでた辺りの店に、総額で幾ら払ったか分からない。でも不満はない。前世での生活を支えてくれたことに感謝している。
そっから考えるとリピーターの確保は大事だし、それを得るために安さは強い武器になるだろう。勿論まず仕事に満足してもらえるのが前提としてあるけど。
ってそんな事考えてたら、なんかセルジュさんがキラッキラした目で俺を見てる……
「素晴らしい。リョウマ様は先を見据え、目先の利益に踊らされない素晴らしい経営方針を既にお持ちのようですな。このセルジュ、感服いたしました」
何だこの、微妙な気分。前世の経験から話してただけなんだけど、ここまで褒められるとむず痒いを通り越して罪悪感が出てくる……日本で真面目に経営学とか学んでる人に悪い気が……まぁブレインストーミングだと思えば……
「それではこちらの袋は如何でしょう。この袋なら詰めれば一般家庭の家族3人~4人の衣服が2日分は入ります」
「そうですね、1人分なら1週間分ほどでキリも良さそうです。それにしましょう。それからその袋の倍の大きさの袋と5倍程の大きさの袋も2,3枚頂けますか?」
「ご用意出来ますが、大き過ぎでは?」
「先ほどの袋は個人用に勧める物として、倍は冒険者のパーティーなどの小さい集団向け。5倍は冒険者ギルド、弟子を多く抱える鍛冶屋、建築現場で作業する作業員など、大きな集団向けに勧めようと思います」
例えば……
「個人向けを1日1人分と計算して7日で7人分。その倍の袋は14人分、5倍は35人分の衣服が入るとします。
個人向けを中銅貨1枚、10スート。倍を中銅貨1枚と小銅貨8枚、18スート。5倍は中銅貨4枚の40スートと集団での利用客を対象に割引を行うのはどうでしょうか? 割引があるなら利用しようと考える人も増えるでしょうし、人数が足りなければ洗濯屋の事を他人に教えて人数を揃え、結果的に洗濯屋の話が広まる事にできないかと……
それに人が多くなれば洗濯物が溜まるのも早くなります。1人なら14日分溜め込める袋が、14人では1日で溜まるように……頼まれる頻度が上がれば私には毎日お金が入り、顧客一人あたりの支払額は一人用よりも減る。長期的に見れば確実に得になりますので、それを前面に押し出せば商売になるかと思います」
ブレインストーミング、内容に評価をせずとりあえず案を出してみる発想法。
久しぶりだが、案外できるものだ。
「更に鍛冶屋や建築作業従事者などは汚れやすい職場ですから、作業着も洗濯するでしょう。その場合、作業着で洗濯屋の良さを知って頂いた顧客には個人、または仕事仲間で作業着以外の私服の洗濯の依頼が入る可能性もあります。
鍛冶屋も建築作業従事者も男の職場ですからね、洗濯を苦手とする方や面倒と思って放り出す方もそれなりに居るでしょう。実際今日、そういう冒険者から話を聞きましたし……職場で1つ大口の依頼を出して頂ければ、そう言った客層も……」
ここでセルジュさんの様子に気づく。
……あ! あ~……失敗したな、セルジュさん目を丸くして固まってら……昔から、一方的に話す癖があるんだよな……これで前世の若い頃は何度職場や人間関係で失敗したことか……久しぶりにこんな前世の仕事っぽい話をして気が緩んでいたか?




