王都からの急報
夜
縄工場の見学および、マルロさん達管理担当者との打ち合わせに満足して公爵家に戻ると、王都に行っていたはずのセバスさんが待っていた。なんでも王都で急ぎ連絡すべきことがあったそうで、空間魔法で一足先に戻ってきたらしい。
早速、部屋でユーダムさんと一緒に話を聞かせてもらう。
「リョウマ様が滞在中だったのは幸運でした」
開口一番に出てきた言葉……なんだか嫌な予感がしたので、覚悟を決めて続きを待つと、セバスさんの口から出てきた話はことごとく俺に関係しているものだった。
「ええと……まず暖房関連の技術について、国王陛下の承認を得られたことと周囲の反応は想定内ですし、問題ないとしましょう。基金に関して教会の後ろ盾が得られたことも同様。しかしグレンさん……あの時、後を追わなかった結果がそんなことになるとは」
「予期して動くには無理がありますので、リョウマ様がお気になさることではありませんよ。偶然が重なった結果です。
また、リョウマ様の価値が明るみに出ることは時間の問題でした。樹海素材の供給やグレン様との関係については“予定が少し早まった”という程度にお考え下さい」
「分かりました。今後については何かありますか?」
「貴族関連の物事については、これまで通りで構いません。リョウマ様にはグレン様のことでご協力いただきたいのです。具体的に今後どうして欲しいというのではなく、今後どう動くべきかを共に考えるという方向で」
確かに、俺ができることと言えばグレンさん関連だろう。貴族に関して俺ができることは少ないし、何かあった時に備えてユーダムさんやエレオノーラさんが配置されたのだから。
「グレンさんは僕を探してジャミール公爵領に来るようですし、話す機会はあるでしょうね。どこまでお力になれるかは分かりませんが」
「リョウマ様は既にグレン様と面識があり、人となりを知っている。この点だけでも十分です。我々も情報は集めていますが、人づての情報には多かれ少なかれ、現実との乖離が生まれるものですから」
納得すると同時に、一つ疑問が生まれた。ジャミール公爵家として、これまで繋がりを作ろうとしたりはしていなかったのだろうか?
Sランク冒険者の影響力が大きいことは、グレンさんの拠点変更による経済への影響等々、説明の中にも含まれていた。貴族であれば関係を持とうとするのが当然な気がするし、公爵家ともあれば他の貴族より親密でもおかしくないくらいだと思った……と尋ねてみると、
「いくつか理由があるのです。まず1つはグレン様ご本人が、貴族との付き合いを面倒に思っておられること。関係を築くどころか嫌厭される可能性の方が高いと見て、不必要な接触は控えておりました。
もう1つは陰口に近くなってしまいますが、グレン様は貴族からの評判があまりよろしくありません。確かな実力が認められ、求められる一方で、下賤の者と見て関係を断つべきとする貴族の声も、無視できない程度には多いのです」
「確かにあの人は堅苦しい場は嫌いそうですし、豪快ですのでマナーを重視する方とは相性が悪そうですね」
「……素行の問題もあるのですが、それ以上に問題視される騒動が過去にありまして」
「差し支えなければ、騒動とは?」
「まず、冒険者がSランクに昇格する際には国王陛下の承認を得て、式典を行うことが通例となっています。大変名誉で歴史のある式典なのですが……彼はその場で居眠りを、よりにもよって陛下のお言葉の最中に、大いびきをかいたのです」
「何やってんのあの人」
思わず声が出てしまった。いや、本気で何やってんだ? 日本でも大事な式典や会議で居眠りなんてしたら顰蹙を買うだろう。それを貴族制度のあるこの世界、しかも国王陛下の前でって。
「よく今も無事にSランク冒険者として自由奔放に活動できていますね」
「壇上にいた国王陛下が自ら大声で笑い“笑い話”という形に収めたこと。そして何より、グレン様を腕ずくで取り押さえることが困難だったから、という要素が合わさった結果でございます」
「あれはねぇ……当時の僕はまだ学園にいたけど、学園中がその話題でもちきりだったよ。特に僕の周りはSランク昇格を取り消すべきだ! って意見の人が多かった」
無理もないだろう。ユーダムさんの所属ということは、おそらく騎士科の生徒達のこと。騎士科自体が厳しいと聞いているし、騎士を目指すなら礼節についても厳しく叩き込まれていたことだろう。グレンさんの行いを見聞きして眉をひそめる者もいて当然に思える。
……ん? 騎士?
「以前、シーバーさんがグレンさんと試合をして負けたと話していた記憶がありますが、もしかして関係ありますか?」
「ご推察の通り、この時の話です。いくら陛下が笑い飛ばして許したとはいえ、彼が無礼を働いた事実が消えるわけではございません。参列していた貴族達も、ただお咎めなしでは納得しなかったでしょう。
しかし、警備の兵を動員すれば大事になりますし、グレン様が大人しく取り押さえられるとは限りません。そこでグレン様が騎士団長を相手に腕前を披露する“御前試合”という形に式典の内容を変更することで、最低限の品位を保ちつつ貴族の鬱憤を晴らすことに決まりました」
「騎士団長にやられて痛い目を見れば、憤っていた貴族も多少は留飲が下がる。騎士団長が負ければ、彼の実力が示されて黙る人が増える。結果は後者だったけど、どっちに転んでもやらないよりは話を収めやすくなる方法を取ったわけだね」
グレンさんへの批判がなくなったわけではないけれど、歴代最強と名高い騎士団長を打ち破った相手に対し、正面切って喧嘩を売るような貴族は少なかった。また、国王陛下が許すと明言した以上、騒ぎ続ければ王への反抗とも受け取られかねない。
結果としてグレンさんと貴族達の間には溝が生まれたものの、式典は無事に終わった。さらに騒動から時が経つにつれて、無礼よりもグレンさんが持つ経済効果に魅力を感じた貴族が次々と掌を返しているため、活動に影響がでるほどの話ではないのだそうだ。
経緯はともかく、穏便?に話がついたのなら良かった。
「ちなみにグレンさんがギムルに移住する場合、必然的にシーバーさんと顔を合わせる可能性がありますが、大丈夫でしょうか?」
「御前試合の件は既に終わったこと。シーバー様も結果には納得しておられますので、過去を理由に諍いが起きることはないでしょう。しかしグレン様は強者と戦うことに積極的、シーバー様も以前の覇気を取り戻されていると聞いていますので……」
「昔の出来事とは関係なく腕試しに発展する可能性はなくはない、と。念のため周りに被害が出ず、治療もしやすい場所を複数探しておきましょうか――」
と言ったところで、これが他人事ではないことに気づく。
「――少し訓練の方に力を入れるか……」
「リョウマ様?」
「すみません。シーバーさんだけでなく、僕に挑んでくる可能性もあると思いまして」
「そういえばオーナーさんも目をつけられたって話だったね」
「あの人は単純に強い相手と戦うのが好きなだけみたいなので、認められたというのが正しいかと。ただ認められたことで、暇があれば腕試しに挑んできそうなのが困ったところです。
流石はSランクというか、実力は本物なんですよ、あの人。生半可な攻撃は当たったところで効かないですし、相手をするなら周りの被害とか余計な事を考えている余裕はないでしょうから……」
向こうにとっては軽い運動程度でも、こっちとしては真剣に迎え撃たなければならない。殺す気のない一撃でも、気を抜いていたら大怪我になる。そのくらいあの人の常時肉体強化は凄まじかった。
殴り方は大振りで素人同然だったけれど、それを補って有り余る肉体のスペックに、直感と経験による判断力。シンプルであるが故に隙がなく、揺るぐことのない強さを感じた。正面切っての戦いは分が悪いと言わざるを得ない。
「意外と話せばわかる人というか、問答無用で襲ってくる無法者みたいなタイプではないので、そこまで心配する必要はないと思いますけど」
「陛下の前で居眠りをした人だからねぇ……一般的な行動原理では考えても理解できない気がするよ」
「この件については様子を見るしかなさそうですな。ひとまず領内の各ギルドには内々の通達を行う予定となっておりますので、何かあればまずギムルの冒険者ギルド支部へ。冒険者の問題は基本的にそちらでの対応をお願いしましょう」
グレンさん、シーバーさん、そして俺。全員ただの冒険者とは言い難い立場だけれど、冒険者ではあるので現地ギルドが初期対応の担当となるようだ。
一瞬、ギルドマスターのウォーガンさんと受付のメイリーンさんが苦労する姿が見えた気がしたけれど、そちらに構う間もなく新たな相談が続く。
「次に、グレン様の当初の目的であるレトルト食品について。販売許可は既に出ておりますが、毎回リョウマ様が製造と販売を担っていては負担になると思われます。
つきましてはリョウマ様のレシピを元に、こちらで用意した施設で製造したものを引き渡す形にしたいと旦那様が仰っていました。リョウマ様としてはいかがでしょうか?」
「問題ありません」
自分達用の備蓄と一緒に作ればいいと思っていたけれど、公爵家の方でやってくれるなら確かにその分の負担は減る。なんなら俺達の分も公爵家から買えばいいのでは? と思わなくもないので、レシピを渡すこと、生産を委託することにも異論はない。
どちらかというと、グレンさんと俺やゴブリン達の分まで行き渡るだけの生産量があるかが気になる。公爵家が生産ラインを構築していたことすら忘れかけていたので、確認しておこう。
「公爵家のレトルト食品製造状況はどうなっているのでしょうか? スライム農法と一緒に、僕以外の人員での再現性を確認中と聞いていましたが、それきりだったので」
「失礼しました。スライム農法、レトルト食品の製造、共に試験運用の結果は非常に良好。現在はスライム農法で生産した農作物を、レトルト食品の製造技術で加工し、領主軍の兵站や義倉の備蓄食料として試験的な導入を始めております。
実験の段階ではありますが、ほぼ実用化されていると言っても差し支えありません。今後は各担当者からの報告を分析しつつ評価と改良、普及を進めていくことになるでしょう」
「もうそこまで話が進んでいたんですね」
「いただいた資料が詳細でしたし、こちらでは量産に重点を置いて話を進めていたので。仕事が多い分だけ作業者の慣れも早かったようです」
スライム農法で大量の材料を生産して、片っ端から加工していったとのこと。生産品目の大半は“水煮”だそうで、料理というより保存の利く材料としての活用を前提としているようだ。
「設備があっても作業のできる人がいなければ量産はできず、一定以上の品質を確保するなら作業者の慣れも必要。基本的な製品で作業を身につけておけば、別のレトルト食品の担当になっても比較的困らずに対応できるでしょうね」
「仰る通り、実験と並行して作業者の育成を進めております。生産量に関しては、一般市場への供給が可能になるのもそう遠くはないかと」
「将来が楽しみですね。その段階になったら、レトルト食品専門のレストランでも開いてみましょうか」
「お店で? 温めただけだと、ちょっと手抜きみたいな感じがしない?」
ユーダムさんが疑問を口にする。セバスさんもそれはどうなのか……と考えているようだが、地球のファミリーレストランなどでは自社工場で調理したものを各店舗に送り、店舗で温めや盛り付けをして提供する“セントラルキッチン方式”はごく一般的だった。
だから、味が悪くなければお客様は来てくれると思う。でも、まずはレトルト食品を多くの人に知ってもらうことからだ。
「最初はレトルト食品を売る店に、湯煎をして飲食できるスペースを併設する形が手軽で良いのではないかと思います。店頭で一度試せば作り方と味を確認できますし、何か困っても店員さんから説明を受けられるでしょう」
「確かに、新商品には手が出ない人もいるからね」
「ついでに後々、味の研究を続けるのであれば、いずれ商品の数は膨大になるでしょう。そうなったら自分好みの味を身近な店舗で探す、という楽しみ方も生まれるかもしれません。
前に話したかもしれませんが、レトルト食品も普通の食事はもちろん、副菜、お酒のおつまみ、病人食、地域の特産品や名物料理、貴族向けの高級嗜好品等々、やろうと思えばいくらでも多彩な商品が作れますからね。ジャミール公爵家だったら、料理長のバッツさん監修のレトルト食品とか」
「実に興味深く、そして楽しみな話ですな。貴族家の料理人が監修した製品も、公爵家が始めれば瞬く間に広まるでしょう。“腕の良い料理人を抱えている”というのは貴族としての力を示す方法の1つですので」
「他の家がレトルト食品製造に手を出すなら、技術の権利料も転がり込む。店長さんはまたお金の使い道を考えておいた方がいいかもね」
それは本当に困るという気持ちが顔に出ていたのか、ユーダムさんだけでなくセバスさんまでがクスクスと笑い出した。なんだか面映ゆく感じたので、話を戻して今後のための相談を続ける。
この日の話し合いは穏やかに、遅くまで続くのだった。




