一夜が明けて
本日は一話のみの更新です。
翌日
早めに起きて朝食の用意をしていると、昨日助けた人々が一人、また一人と起きてくる。挨拶をして軽く話した限り、ちゃんと眠れたらしい。
結果的に助かったとはいえ、彼らは魔獣に襲われて命の危機に瀕していた。護衛の人達はまだしも、戦闘から縁遠い人達はトラウマになったとしてもおかしくはない。落ち着いた頃に何かの症状が出る事もあるそうなので、ちょっと心配していたのだけれど……
「おかわり!」
「はーい、どんどん食べてね~」
問題なさそうだ。幼かった染物職人の娘さんもしっかりと食事ができている。一番元気がないように見えるのはジャスパーさんだが、どこか満足そうでもある。あれはただの寝不足だろう。
「ジャスパーさんも卵とベーコンはいかがですか?」
「ありがとうございます……いただきます……」
「はいはい。良い記事が書けましたか?」
「それはもう! おかげさまで、渾身の記事が書けました」
ジャスパーさんとは昨夜、取材も兼ねた話をしてみた。勿論、内容は公表しても問題のない範囲で。彼も事前に集めていた情報の真偽の確認を優先していたので、以前にユーダムさんが話していた“近所の八百屋の奥さんの噂話”に少し補足を加えた程度だ。
「特に教えていただいたオガライトについて、あれが一般化すれば冬場の燃料の選択肢が増えるわけでして、もし安価で手に入るのであれば一人の庶民としてとても心強く思います」
「そう言っていただけると嬉しいですね」
「おっと、お世辞ではありませんよ。職業柄、噂話もよく耳に入るのですが……やはりどの街でも昨年のことが記憶に新しいようで、今回の旅程でも冬に対する不安の声は何度も聞こえてきました。
民の不安を僅かでも解消するために、貴族と技師が一丸となり奮闘する姿とお心はまさに“貴族”とは何かを示していると私は感じ、敬意を抱きました」
「は、はぁ……」
実際に取材を受けてみても悪い印象は受けなかったので、おまけとしてオガライトの話もした。これに関してはむしろ広めてもらった方が都合がいいのだけれど……あれからこの人、ずっとこの調子なんだよな……
もちろん悪意は感じないし、からかっているわけではないのも分かるけど、褒め方がやや大げさで、どことなくセムロイド一座のプレナンスさんを思い出す。あの人は旅芸人の吟遊詩人だったけど、ジャスパーさんは新聞記者。職業的に近いところがあるのかもしれない。
そんな話をしながら、和やかに時間は過ぎていき……諸々の準備が整ったところで、皆揃ってガウナゴの街に向かう。
「一晩の宿と食事だけでなく街まで送ってくださるなんて、本当に何から何までお世話になって」
ユーダムさんの乗ってきた馬を、昨日失った馬の代わりとして馬車に繋ぎながら、御者のおじさんは俺達の仕事の邪魔をしたのではないか? と恐縮している。
しかし、今回は現地調査のようなもの。空間魔法でいつでも来れるし、伐採も急ぐわけではない。明日はガウナゴでオレストさんとの約束もあるので、今日は本当に街に戻る予定だった。
「我々も街に戻る予定でしたし、困った時はお互い様ですよ。それに、あちらの奥をご覧ください。既に昨日散らばっていた木々は片付いているでしょう?」
「確かに……」
昨日の時点で伐採が済んでいた木々は既に丸太の状態まで処理されて、半分ほどをディメンションホームの中に回収済み。残りは一定の高さの山に積んで、空き地に置いてある。後日また来て回収するが、結界魔法と呪いの縄で囲んであるので盗まれることはないだろう。
「あまり気にせず、無事だったからいいじゃないですか。それより準備ができたみたいですし、出発しましょう」
「そう、ですね。では行きましょう」
俺達も乗客の皆さんと同じく、修理された馬車に乗せてもらって出発。速さで言うなら俺が空間魔法で連れていくのが一番だろうけど、そこまで急ぐ必要があるわけでもない。
魔獣に襲われて死にかけた人達を、うちの従魔や昨日の蜘蛛型魔獣の死骸があるディメンションホームに入れるのも気が引けるし、今日はのんびり帰るのだ。
■ ■ ■
数時間後。
昨日の魔獣は、やはり稀なケースだったのだろう。
道中には魔獣一匹出ることなく、無事にガウナゴの街に到着。
昨日のトラブルについて報告した後は、速やかに門を通ることができた。
「お兄さん達、さようならー!」
「さよならー!」
「元気でなー!」
乗合馬車の御者さんと護衛の3人が向かう組合と、旅をしてきた一家の親戚の家は同じ方向にあったらしい。走り去る馬車の後部で元気に手を振る娘さんを、こちらも手を振りながら見送る。出会いがあれば別れもある、一期一会ということだ。
「では、私もここで失礼します。今日の宿を確保しないといけないので」
「そうですか。あっ、この街なら“馬が好き”という宿屋がおすすめですよ。ちょっと個性的な名前と外観と内装でしたが、部屋とサービスはとても良かったので」
「何から何まで、本当にありがとうございます。新しい上司の指示によりますが、ここで活動を続けるのであれば、いつかまたタケバヤシ様に取材を申し込む機会があると思います。その時はまた、何卒よろしくお願いいたします」
「わかりました。それまでお元気で」
ジャスパーさんもまた、再度感謝を伝えて去っていった。縁があれば、また会うこともあるはず。
さて、俺達も行くとしよう。
「おかえりなさいませ」
「ただいま戻りました。引き続きお世話になります」
皆さんと別れた後は公爵家に戻ったのだが……戻るや否やアローネさんから、呪術師の師匠であるローゼンベルグ様が俺との面会を希望している旨を伝えられた。しかも“可及的速やかに”だそうだ。
「お急ぎのようですね」
「はい。私も詳しくは存じませんが、ローゼンベルグ様が所属している呪術師の互助会から、救援要請が届いたようです。昨日の昼に瘴地の管理のお仕事から戻られたばかりなのですが、不在中に届いた手紙を確認してすぐに、出立の準備を始められました。
明日の早朝には出なければならないとのことで、可能であればそれまでに一度会ってお話がしたいそうです」
「分かりました。今日は急ぎの用事があるわけでもないですから、いつでも。ローゼンベルグ様のご都合が良い時にとお伝えください」
「かしこまりました」
アローネさんが静かに部屋を出て、十分後には疲れた顔のローゼンベルグ様が尋ねて来た。
「リョウマ君、急に押しかけてすみません」
「どうかお気になさらず。ローゼンベルグ様もお急ぎの様子ですから、相応の理由があるのでしょう」
備え付けのソファーを勧めて、アローネさんにお茶を入れて貰う間にも話を聞きたい。
「ええ……実は呪術師として稀に見る、非常に頭の痛い問題が出てきてしまいまして……
まず用件から申しますと、リョウマ君が以前作っていた“呪術から身を守るミサンガ”を作れるだけ作っていただきたいのです。いくつ必要になるかは分かりませんから、とにかく大量に、あればあるほど助かります。勿論、お金は完成品の数だけ払いましょう」
「承知しました。呪術を教えていただいた師匠の頼みですし、大した手間でもないので作るのは構いませんが……厄介な呪いの品が見つかったのですか?」
あのミサンガを求めるということは、そういう事だろう。もしかしたら俺にかけられた魔王の呪いのようなものが、他にもあったのかもしれない。
「そうなのです。それも大量に……リョウマ君は、昨年から貴族の当主交代が相次いでいることはご存じですか?」
「……なんだか少し前にも聞いた気がします。本来の後継者ではなかった新しい領主が問題を起こしたと」
「この件に関する方は真面目なのですが……順を追って話しましょう」
ローゼンベルグ様によると、今回問題となっている貴族家には、5代前に優れた腕を持つ呪術師の当主がいた。その人は現役時代から亡くなるまで、特に引退後はずっと領地の内外を問わずに呪われた品を集め、解呪と解呪できない物の管理をしていたそうだ。
だが、人間である以上はいつか寿命がくる。彼が亡くなった後はその息子、つまり4代前の領主が後を継ぐことになったが、残念なことにその人は父親ほど呪術の才能と能力を継いでいなかった。結果として、解呪できずに保管するしかない品が増えていく。
さらに息子の代になると最低限の管理しかできず、領内の街や村から離れた場所に施設を用意して、隔離することで対応するようになったのだが……ここで問題だったのが次の代。
「2代前の当主はもはや手に負えないと、隔離施設と共に呪われた品物の管理を投げ出してしまったらしいのです。おまけに管理を投げ出したことを他所に隠すため、適切に処理したという隠蔽工作も行った上で。
この過程で隔離施設周辺は領主権限で立ち入り禁止に、領主の館にあった資料はすべて破棄され、次代への引継ぎも行わなかったのでしょう。此度の交代で引き継いだ新領主が、領内の実態調査を行う過程で、隔離施設とその内部の惨状が発見されました。
経緯に関しては、施設内で4代前から代々の当主が苦悩を綴った日記が見つかり判明したそうです」
「……異なる呪いの品を適切な処置なくまとめておくと、混ざり合って予想のできない反応を起こすことがあるので危険でしたね」
「まさにその通り。管理されていたのは遥か昔の話、既に管理のための術は効果を失い、建物や容器も風化が酷く、ただ寄せ集めただけの状態だとカーシェル公爵家からの手紙には書かれていました」
呪術師の名家、カーシェル公爵家。呪術師の育成や活動のサポートにも力を入れている家であり、今回の件もカーシェル公爵家が中心となって対応することが決まったとのこと。ローゼンベルグ様にも現地調査への協力要請が届いたので、参加するそうだ。
「今回のような規模ですと、施設までの道の整備や物資の運搬などに人手が必要ですから、呪術師ではない者も参加せざるをえません。
しかし、呪いに対する備えをせずに作業をさせるわけにもいかないので、必然的に我々呪術師が作業員にも防護の術をかけることになる。ここに君のミサンガがあれば、我々の負担が軽減されるのですよ」
納得だ。防護の呪具を作れる人は他にも沢山いるだろうけれど、量を確保したい状況なら俺はうってつけの人材だろう。なんといっても手軽な材料で、軽く術をかければできてしまうのだから。
「代金に関しては経費としてカーシェル公爵家に請求しますので、安心してできるだけ多く欲しいのですが、在庫はありますか?」
「運のいい事に術をかけてあるものが200本。かける前のものが1000本ほどありますよ」
「おお! 期待していたよりも数がありますね」
「つい先日、生産体制を整え始めたところだったんです。それに呪術師として初めての依頼もありまして、今後のためにいくらか作り溜めていたので」
ミサンガは増産を依頼した教会の子供達が張り切ってくれたようで、俺が樹海に戻っているうちに大量に作ってくれていた。さほど難しい作業ではないし、子供なので覚えも良かったのだろう。どれも綺麗にできている。
あとは樹海滞在中に、カーススライムの餌にする呪具を作る過程で“同じ呪いを複数の物に、一斉に呪いをかける方法”も習得した。A=B、B=CならばA=Cで有名な三段論法とパソコン操作のコピー&ペーストを混ぜ合わせたイメージで、大量生産が一気にやりやすくなっている。
「そのようなことまで……では、ひとまず200本は全部ください。後は翌朝までに、無理をしない程度でお願いします」
「承知しました。ちなみに同じ術者が同じ術で作った呪具は、一緒にしても大丈夫でしたよね?」
「はい。一緒にすると危険なのは異なる呪いが一緒くたにされた場合ですので、術者と呪いが統一されていれば大丈夫ですよ」
電波の干渉によって発生する機器のバグみたいな感じだろうか? 個別包装が必要と言われたら手間がかかるけど、それなら材料のミサンガを仕舞っている箱をそのまま渡せばいい。
「でしたら明日には全部引き渡せると思います。お金は急ぎませんから、後日、使用した分だけお願いします」
「ご協力ありがとうございます」
ローゼンベルグ様は少しだけ肩の荷が下りたようだ。疲れた顔を緩ませ、深々とお辞儀をしてから準備のために帰っていった。
……彼の背中が前世の同僚達に似ていたので、どうか頑張ってほしい。




