予期せぬ遭遇
本日、2話同時更新。
この話は1話目です。
翌日の昼……公爵邸で一泊した俺とユーダムさんは、ガウナゴの街を出て街道を走っていた。
「そろそろ休憩所が見えるはずだから、一度止まろう!」
「了解!」
先導するユーダムさんに従い、次に見つけた広場で休憩。俺が乗っているテイクオーストリッチ(ミミックスライム)とユーダムさんの馬の手綱を備え付けの水桶の傍にくくりつける。
「馬の調子は大丈夫ですか?」
「うん、オーナーさんのテイクオーストリッチが飛びぬけて速いだけで、この子は元気だし良い馬だよ。無理をさせないよう適度に休憩を挟めば、日暮れ前には目的地に着けるだろうね」
「なら良かった。そう遠くもないはずですし、別に急ぎの旅でもないですからね。のんびり行きましょう」
昨日、縄工場の件をモールトン奴隷商会に全て任せたが、昨日の今日では流石に諸々の手配が終わらず、工場の運営も始められない。だから準備が整うまでの間、俺達はアローネさんから受け取った地図と許可証を持ち、オガライトに使う木を伐採しに行くことにした。
「地図によると……ここまでと同じ速度なら、あと3~4時間ってところですね」
「分岐はあるけど迷うような道でもないし、大きな川を渡ったところだから分かりやすそうだ。むしろ大変なのはそこからかな? 昔は村があったらしいけど、今はもう道がないだろうから」
「そうですね……資料によると、約60年前に大型の魔獣が巣を作り村人が疎開。その後、魔獣は領主軍に討伐されたものの時間がかかり、さらに村はほぼ崩壊。村人達は疎開先でそれなりに根付いていたため、そのまま定住を選び村はそのまま消滅したそうです。
樹海のコルミ村もそうですけど、村がなくなることって結構あることなんですか?」
「各地の領主も対策はしているけど、わりとよくあるよ。1つの領地でいえばない時も勿論あるけど、国全体だとほぼ毎年どこかで、何度か聞くよ。主に開拓村とか、できて間もない村は特に危ういね。
それなりに時間が経てば村の規模なりに防衛体制も整えて安定もするけれど、街よりは規模も防衛戦力も劣るし、運次第なところはあるね。だから村人が無事に逃げ延びただけ、その村はまだ良かったと言えるかな。災難であることには変わりないけど」
「確かに、命には代えられませんからね」
そんな話をしていると、水を飲み終えた馬が下草を食み始めた。
「せっかくですから僕達も腹ごしらえしますか。公爵邸を出る前に、サンドイッチを貰っていたんです」
「いいね。ありがたくいただくよ」
アイテムボックスから貰った弁当を取り出し、少し離れた場所に置かれたベンチ代わりの丸太に座っていただく。
「そういえばユーダムさん。全く関係ない話かつ今更なんですが、珍しく帯剣しているんですね」
「ああ、これ? 格闘の道を極めたいとは思っているけど、魔獣や盗賊が出た場合に丸腰はやっぱり不利だからね。前の実験場みたいに空間魔法で一気に目的地に着くならともかく、今回は馬で普通に街道を旅しているわけだし。後は技師の従者兼護衛としての体裁かな」
適当な雑談をしつつ食事をして、のんびりと移動を再開 。それから事前の推測通りの時間をかけて、目的地の目印となる川と橋を発見。対岸に渡って右手には、野生のままの森が広がっていた。
「資料にはこの街道から村まで繋がる道があった、と書かれていましたけど、どこでしょうね?」
「60年も人が入ってなかったみたいだし、自然に呑まれるのも当然だよね……ん? あ、待って、もしかしてこれかな?」
「どれですか?」
「ほら、ここの地面。草の下がちょっとだけど道に見えない?」
ユーダムさんが指で示した地面を見ると、石畳……もはや石がゴロゴロ転がっているだけに見えるけれど、人為的に配置されたようだ。腰のスティールスライムに協力してもらい、スライムの視界で確認すると、確かに石の多い地面が帯状に森の奥に続いている。
ここが村に繋がる道で間違いない。そうと分かれば、やることは単純。ソイルスライムを呼び出して、スライム魔法で木の根元を掘り起こし、古い道に沿って新たな道を切り開く。実験場に道を作った時と同じ要領だ。
「相変わらず、凄いやり方だね」
「できるのであれば、これが一番早いですからね。倒した木々も、後で回収して資材にすればいいですし」
念のため、事前に用意しておいた立て看板を立てて……よし。公爵家の許可を取って作業中であることが書いてあるので、音を聞きつけた誰かが来ても、これを見れば怪しまれにくいだろう。
「さて、行きましょう。まずは村の中心、集会場が併設された村長の家を目指します」
「朽ちてはいるだろうけど、目印にはいいね。周りの木は全部採ってしまう?」
「とりあえず、村があった場所は全部掘り起こすつもりです。枝葉と根は全て回収して処理、幹の部分は持って行けるだけですね。残りは一旦、適当な場所を作って置いておきましょう。今回は下見のようなものですし、必要な時は空間魔法で取りにくればいいので」
ちなみに切り開いた土地は後日、新たな開拓村として人を誘致・発展させることも考えているらしく、指定の範囲内なら遠慮なくやって構わないと許可が出ている。川が近くて実際に村があったのだから、そういう使い道もあるのだろう。
そんな話をしながら進むと、目的地を発見。ひとまずここを今日の拠点として、作業前の調査を始める。土魔法で簡単な小屋を立て、周囲の木々を道と同じく掘り返して公園くらいの場所を確保。その間にリムールバード達に周囲の様子を見てもらう。
本格的な作業前の安全確認、くらいの気持ちで送り出したところ――
「っ!? ユーダムさん! 緊急事態です!」
「何があった?」
「リムールバードがさっきの街道沿いで、魔獣に追われている馬車を見つけました。馬車は普通の駅馬車に見えますが、護衛の姿が見えません。助けに行きましょう」
「了解、敵は?」
「リムールバードの視界を借りて見た限り、馬車を追っているのはやたらと手足が細くて長い蜘蛛のような魔獣1匹です。胴体は馬車と比較して少し小さいくらいのサイズ。長い手足に至ってはその3倍はある巨大蜘蛛で不気味でした」
「スカイラッチスパイダーか! だとすると街道に罠がある確率が高いよ。獲物を自分の体で脅かして、罠に追い込んで捕まえる魔獣だから。あと牙には麻痺毒もある」
俺がミミックスライムに、ユーダムさんは馬に飛び乗って出発するまでの間に手早く情報交換を済ませる。そして俺達が駆け出したのとほぼ同時に、リムールバードから追加報告が届いた。
映った視界には転倒した馬車と放り出された御者、そして前足が浮いてもがく様な態勢で空中に浮く馬の姿。ユーダムさんの言っていた罠に絡め捕られたのだろう。止まってしまえば、追ってくる蜘蛛はすぐに追いつく。
リムールバードに魔法での援護射撃を指示するが、悠長にしている暇はない。
「馬車が転倒しました! 先行します!」
「無茶はしないでよ!」
「了解、ッ!」
張り上げられた声を背中に受けて、テイクオーストリッチの脚力を解放。一気に重力と風圧を受けるが、スライムの視界でなんとか状況を把握しながら突っ走る。そして横転した馬車と同時に、今まさに噛み殺されようとしている若い男性の姿を捉えた。
「――!」
咄嗟に無詠唱で闇魔法を発動。樹海で慣れた“恐怖”を与える魔法が間一髪で届き、巨大蜘蛛は跳ねるように後ずさり。
「『エクスチェンジ』」
空間魔法から“投網”を取り出し、テイクオーストリッチの脚力で跳躍。横転した馬車の荷台を足場に使い、さらに跳躍。巨大蜘蛛の上から網を投げ落とすと、蜘蛛の巨体は覆えていない――にもかかわらず、動きが止まる。
さらに、
「ブシッ……」
着地の直後に、蜘蛛の悲鳴か体液の噴出か判別の付かない音が聞こえる。見れば蜘蛛の頭には剣が刺さり、馬車の向こうには後から来ていたユーダムさんの姿。魔力を込めて投擲された一撃を受け、蜘蛛は弱弱しくもがいている。
「『ライトニング』」
まともに動けない蜘蛛に魔法の雷を叩き込むと、全身を痙攣させた後に足を畳んで動かなくなった。仕留めたと見ていいだろう。周囲に他の魔獣の気配もなし。であれば次にすべきは、
「ご無事ですか?」
「ぁ……助かった? 私は……」
「はい、魔獣は既に仕留めました。安心してください」
「!! ありがとうございます――うっ、痛……」
「……左半身の擦過傷と打撲と骨折ですね。少し待っていてください。向こうにいる仲間を呼んできます」
「私は体を打っただけですから、どうか他の人を先に……」
「大丈夫です。皆さんの怪我は重傷者から治療しますよ。安心して待っていてください」
それから馬車にいた人々の救助と怪我人の治療を行ったが、幸いにも馬車に乗っていた人の中には、治療ができないほどの重傷患者はいなかった。
■ ■ ■
「本当に、本当にありがとうございました!」
「いえいえ、困った時はお互い様ですよ。それより馬の片方は残念でしたね」
一通りの救助活動を終えて、やや興奮状態でお礼を口にするのは御者をしていた初老の男性。残念ながら馬車を引いていた馬の片方は、罠で急停止させられた時に首の骨が折れていたようで、即死していた。
「はい……ですが、お2人がいなければ全員死んでいたのですから。我々と片方が助かっただけで、僥倖でした 」
彼の他にも馬車に乗っていた女の子とその両親に、先程の若い男性。彼らは少し落ち着いた――とはいえ死にかけた恐怖はそう簡単に抜けないようで、顔色は悪いがそれを堪えて感謝を伝えてくれる。
ちなみに、救助中には馬車を追って護衛達もやってきたのだが、この三人組は別の意味で顔色が悪かった。
「我々からもお礼を言わせてもらいたい。我々は、御者と乗客を見殺しにしたようなものだった」
話を聞くと、この3人は護衛の仕事を放棄して逃げたわけではなかった。ただ足止めをしているうちに他を逃がそうと馬車を降りたところ、巨大蜘蛛は彼らを完全に無視して馬車を追い、逃げられてしまったのだそうだ。
普段見ることのない巨大魔獣と遭遇して、身を挺してでも止めようとしたら止めきれず、置いて行かれてしまう。護衛としての失敗、馬車に乗っている人達の容易に想像できる未来……色々な意味で絶望的だったのだろう。
「スカイラッチスパイダーは自分の体を基準に、より大きな獲物を積極的に狙う性質があるらしいから、人間より馬車の方に目を付けたんだろうね」
「そうなのか? 知らなかった……」
護衛のリーダーが肩を落としていると、ユーダムさんが“この魔獣はかなり珍しいから、知らなくても無理はない”と軽くフォローした。
「そんな魔獣がどうしてこんなところに?」
「数が少ないだけで、出てくることに不思議はないよ。名前の由来にもなっているんだけど、この魔獣は幼体の時に空を飛ぶんだ。飛ぶというか、長く出した糸を風に乗せて吹き飛ばされる感じで」
あー……たしか地球の蜘蛛にもそんな種類がいた気がする。見た目は日本にもいたテナガグモとかイエユウレイグモとかに近いけど、毒も含めていろんな種類の蜘蛛を合体させたような魔獣だったのか。
「その頃は体が小さくてただの虫同然。危険もないんだけど、そうやって移動して着いた先で大きくなるから生息域が限定されてないんだよ。だからある意味、どこにいても遭遇する可能性はあると聞いた。
さらに同じ地域に複数の個体がいると、周囲の餌を独占するために共食いをするらしくて、それで個体数はさらに減る。僕も昔、騎士科の授業で聞いたことがあるだけで、実際に見たのはこれが初めてだね」
「では、今回は完全に運が悪かったということですか」
「そうだと思うよ。最近は魔獣が増えているらしいけど、さっき言った通り大量発生するような魔獣じゃないだろうからね。
……ところでオーナーさん、あの網どうしたの? 明らかにあの巨体を覆いきれていないのに動きを止めていたけど、また何かの研究結果?」
「網は見た通りの投網ですけど、網に触れた相手の行動を阻害する呪術をかけてあります。樹海にはあの蜘蛛よりも大きくて、襲われたら苦労しそうな魔獣が複数いるので、その対策になればと思って樹海にいる時に実験も兼ねて作りました」
前にグレンさんが倒していたタイラントラプターとか、キャノンボールライノスの成体とか。森の中なら逃げればいいけれど、拠点を襲撃された場合は対処しないといけない。それを考えると対策をなるべく複数用意しておきたかった。
「尤も、まだ完成とは言えないんですけどね。
今回は馬車や人の位置が目と鼻の先だったので、なるべく暴れさせないように使いましたが“触れた相手”の動きを鈍らせる呪いであるため、事前に呪いを防ぐ装備を身につけていないと自滅しますし、単純に木や草むらだらけの樹海では使いにくくて」
「地形的な向き不向きはあったとしても、十分でしょう」
「あの、お話し中すみません!」
俺達がそんなやり取りをしていると、乗客の1人。蜘蛛に噛み殺されかけていた若い男性が声を上げた。どうしたのかと思って顔を見れば、何やら目を見開いて驚いている様子。
「もしかして貴方は、若くして公爵家の技師になられたというリョウマ・タケバヤシ様ですか!?」
「えっ? あ、そういえばまだ自己紹介もできていませんでしたね。仰る通り、僕はリョウマ・タケバヤシと申します。公爵家の技師としての身分をいただいていますが、貴方は?」
「申し遅れました! 私はジャスパー・ペンブローク、王都で新聞記者をしております!」
ほう、新聞記者さんか……この世界に新聞があるとは聞いていたけれど、記者の方には初めて会った。
「近頃、世間の注目を集めているジャミール公爵領の事を記事にさせていただくため、取材のために派遣されました!
つきましては、タケバヤシ様の事も是非取材をさせていただけないでしょうか!?」
「ちょ、近い――」
「はいそこまで、ちょっと落ち着いてねー」
「あっ、し、失礼しました!」
青ざめていた顔に血の気が戻ったと思ったら、突然の取材の申し込み。ユーダムさんが間に入ってくれたことで、事を急いていたことに気づいて身を引くあたり悪い人ではなさそうだ。
驚きはしたけれど、それ以上に……俺も取材を申し込まれるような立場になったんだと、改めて実感した。




