報告
本日6話同時更新。
この話は2話目です。
宿に着くなり、公爵家の皆様の部屋を訪ねる。
すぐさまアローネさんが迎え入れ、4人の居るテーブルに案内してくれた。
「お帰りなさい、リョウマさん」
「おかえり」
「お帰りなさい。今日は大変だったみたいね」
「あまり無茶をしてはいかんぞ」
どうやら既に今日の事を知っているようだ。
「ありがとうございます、皆さん。……早速ですが今日は、聞いて頂きたい事があります」
礼のあとに続く一言で4人の顔が引き締まる。
「何だい? 言ってくれ」
「急にどうなさったの? リョウマさん」
真剣な表情で先を促すラインハルトさんと、不安げな表情でそう言うお嬢様。
「僕は、今後どうするかを決めました。皆様には大変お世話になりましたが……僕は皆様から離れ、自立したいと思います」
そう言った瞬間、お嬢様が急に席から立ち上がって俺に詰め寄って来た。他の3人は黙って席に着いたままだ。
「急にどうしましたの!?」
「僕はこのままだとずっと皆さんに甘えっぱなしで、ダメになりそうだと思ったんです。ここ1,2週間で大分皆さんの厚意に甘えて、それを当たり前に享受している自分が居ました。僕は自立して自分を鍛え直そうと思います」
「鍛え直すなら、一緒に来てはいかがですか? 指導者も大勢いますし……」
「一緒に居たら皆さんに甘えてしまうと思います。だから、一度離れたいと思います」
そこで奥様が聞いてきた。
「一度、という事はもう二度と会わないという訳ではないのね?」
「はい。僕は皆さんが嫌いになったとか、そう言う理由で離れる訳ではありません。ですから自分を鍛え直して納得ができたら、その時また会って頂けるのなら」
「勿論よ! 本当は甘えてくれてもいいのよ? リョウマ君はまだ11歳、親元で暮らしていてもおかしくない年齢だもの。リョウマ君が望むなら、何時でも迎え入れるわ!」
「お母様!? 引き止めませんの?」
「エリア、リョウマ君と二度と会えない訳じゃないわ。貴女が学校に行くように、リョウマ君はリョウマ君で勉強をしたいのよ。正直に言うと私は必要ないと思ってるけどね。リョウマ君に必要なのは、むしろ甘える事よ」
「こらこらエリーゼ、もう話して決めていただろう?」
「分かってるわよ。だから反対はしてないじゃない。私は意見を言っただけ」
話して決めていた? 何をだ?
「あの……話して決めていたとは?」
その質問に答えたのはラインバッハ様とセバスさん。
「実はな、リョウマ君がいつかそう言い出すのはこの街に着いた頃から予想しておったんじゃよ。これでも随分長く生きておるからのぅ。同僚、部下、敵、立場は様々じゃったが、君の様な子は何人も見てきたわい。
儂らは君を止めはせん。じゃが、無理をしてはいかんぞ。努力ができても適度に休む事も知らねば、実を結ぶ前に努力を無駄にする事もあるのじゃ」
「リョウマ様は甘えていたと感じておられるかも知れませんが、我々はそうは思いませんでした。確かにここまでの旅の途中の宿と食事は公爵家が提供しましたが、それだけでございます。リョウマ様は不慣れな街でギルドに登録し、自ら仕事を請けて真面目に働き続けておられました。そうするのが当然と言ったように。……ですから、いずれ今のような話を切り出してくると思っていたのです。尤も、予想よりは随分と早かったですな」
さらにラインハルトさんが続ける。
「君を見てるとね、時々僕の親友を思い出すんだ。性格は正反対なんだけどね。君は真面目だけど彼は不真面目。常に面倒な事は部下や他人に任せて自分は仕事を抜け出そうとする……そこまで行かれると困るけど、リョウマ君にはそういう所が必要だよ。適度に休んで、人に任せたり頼ったり、セバスや父上の言う通りね。それで良くなる事もある。現に僕の親友はそんなやり方でも上手くやってるよ」
……………………口々に伝えられる言葉が、本当にありがたい。ここまで考えてくれてたとは気づかなかった。
気づけばまた、知らず知らずのうちに涙が出ていた。
「ありがとう……ございます」
「良いんだよ。その代わり、幾つか約束をして貰う。1つめは、離れるのは良いけど必ず私達の所に戻ってくる事だ。この世には危険が多い、冒険者をするなら尚更ね。リョウマ君は分かっていると思うけど、死なないで顔を見せに来なさい。こまめに顔を見せに来ても良いからね」
「2つめは、定期的に儂らに手紙を送る事、何があったか報告するんじゃ。無茶をしておるようなら注意の手紙を送るからの」
「もしくは私が空間魔法で直接リョウマ様を訪ねさせて頂きます」
「そして3つめ、何かあったら遠慮なく私達を頼ること! これは絶対よ! リョウマ君は知識・魔法・戦闘能力も今の時点で十分。すぐに公爵家で雇っても良い位なのだから、何かあったら公爵家で働いて貰う手もあるわ」
もう何と言って良いか分からん……ただありがたいとしか言い様がない。語彙が貧弱だとこういう時に困る……
「リョウマさん」
その声で俺は傍に来ていたお嬢様を見る。すると彼女は俺をまっすぐに見てこう言った。
「私はこれまで、一緒に誰かと何かをする機会は多くありませんでした。だから少々残念ですが……リョウマさんが決めたのなら、それを尊重します。……ですが!」
そしてお嬢様は俺に指を突きつけてこう宣言する。
「私もリョウマさんに条件を付けますの!」
「……条件?」
「お父様、お祖父様、お母様の言った3つの条件に加えてもう1つですわ。再会は3年後、そして6年後ですの」
「3年後と6年後……どうしてまた?」
「リョウマさんには前に言ったと思いますが、私は今年から王都の学校に行きます。その学校は6年で卒業となるのですが、半分の3年が終わると学園生活の節目として長期の休暇が与えられますの。ですからその時、また逢いましょう。その時まで私は私で勉学に励み、魔法を学んで成長してきますわ」
なるほど、そういう事か。
「分かりました」
「よろしいですわ。……何かに夢中になって忘れたりしたら許しませんわよ」
そう言って思い切りジト目で睨まれた。確かに俺は何かにハマると時間を忘れたりするからな……
「忘れないよう、努力します」
「そこは忘れないと言い切って下さい! もう……」
お嬢様がそう言って呆れたような声を出す。そこでラインハルトさんが笑いながら俺に聞いてきた。
「ははは、まぁ大丈夫だろう。ところでリョウマ君はこれからどうするか決めているのかい?」
「スライムが居ますので、この街の周辺で生活をしようかと思います。そしてこの街で冒険者として生き、人と関わりを持ちつつ、鍛錬に励みます」
「そうか……それなら1つ仕事を頼んでも良いかな?」
「何でしょうか? 僕に出来る事なら」
「リョウマ君が今受けている依頼、魔獣を討伐している廃坑の管理を頼みたいんだよ。たった1年放置されていただけなのに、予想以上に巣を作ってる魔獣が多くてね……
街から近い位置に魔獣の巣ができるのは好ましくない。だから定期的に廃坑を見回って、巣を作ってる魔獣を討伐。1人で手が足りなければギルドに依頼を出して欲しいんだ。
入口を塞ぐ事も考えたけど、ケイブマンティスなんかは手の鎌で地面を掘って巣を作るからね、さほど意味がないんだ」
「それくらいでいいのなら、引き受けます」
「ありがとう。お礼にあの鉱山は好きに使うと良い。あそこなら訓練や魔法を撃っても迷惑にはならないよ」
「それは……」
俺にとっては最適な場所じゃないか! 家を作れる場所があり、人の住む街から適度に離れ、人気がないから訓練にも適していて、スライムを自由にさせたりインゴットを作ったりもやりやすい。俺にとってはお金以上に価値がある。
「これは正当な取引だよ。魔獣の中にはさらに危険な種類も居るんだ。そんなのが街からそう遠くない廃坑で巣を作り、大量に繁殖したら危険なのは分かるだろう? 普通は鉱山を管理している街の役所が職員を派遣して様子を見たり、人を雇ったりするんだが……この街の役所はそんな管理もしていなかったようだからね、僕が信頼できて実力のある人を雇う。ということだ。
本来なら管理人として別途報酬を支払って当然なところを、僕達とこの街にはもう何の価値も無い場所を好きにさせるだけで済む。手間が減って出費はない」
……確かにそうかもしれないが、そんな理由が後付けなのは俺でも分かる。なにせ職務を放棄していた役所の職員は処分を受けた。今まさに新たなトップの管理下で健全に職務が遂行されるように取り計らっているはずなのだから。
そんなことを考えているのに気づいたのか、ラインハルトさんが苦笑いをしてこう言った。
「やれやれ、君は本当に真面目だな……小さな事を気にしすぎだよ。ならこうしよう。君があそこでインゴットを作ってくれればこっちはその分儲かる、だから無理をしない程度に作ってくれ」
「……分かりました、精一杯務めさせて頂きます!」
毎月のノルマを設定して毎月セルジュさんの店に卸そう。それくらいはしないと釣り合わん。
「いや、そんなに気合を入れなくても良いんだけどね……」
「それから、私達がこの街に居る間はこの宿に泊まりなさい」
「いえそれは……」
「それは……じゃないわ、もう暫く一緒に旅が出来ると思っていたのに。リョウマ君ったら予想より大分早く決断しちゃうんだもの。これは決定事項です!」
「長くともあと1月か2月ほどじゃ、己を鍛え直すのはそれからでも遅くあるまい。頑張りすぎる君にはそれくらいでちょうど良いんじゃよ」
……ここで断らないと甘え続けることになりそうだ。
「甘え続ける事にはなりませんよ、リョウマ様」
セバスさんに心を読まれた!?
「リョウマ君。今もさっきも顔に出ていたよ」
「とても分かり易い顔でしたの」
そんなに顔に出ていたか?
「とにかく! リョウマ君は私達がこの街に居る間はこの宿に泊まる事! 良いわね?」
「しかし……」
「良いわね?」
「だか…」
「良いわね! 良いわ!」
奥様、良いって返事以外聞く気が無いな…………仕方ない……俺はこんなに意思が弱かっただろうか……? 申し出は非常にありがたいんだが……
「分かりました、皆さんがこの街を出るまでは皆さんの厚意に甘えさせて頂きます」
「そう! 良かったわ~」
結局俺は断れなかった。
せっかくの厚意を無下にはしたくないし、世話を焼こうとしてくれる人が居るのはなんだかんだで嬉しくもある。
俺はそれからもう一度皆さんに礼を言って部屋に戻った。




