基金の相談
「基金を作ることはできるが、目的は何かな?」
「今回提供した薪の高騰対策、ひいては暖を取るための技術の管理と運用です。最初に奥様が“薪の高騰は他所の領地でも始まっている”と仰っていた通り、冬の寒さはジャミール公爵領だけの問題ではありません。
仮に薪が高騰していなかったとしても、冬場の暖房にかかる費用が抑えられるのなら、大勢の人が技術を求めるのは自然な流れだと思います。おそらく皆さんに任せておけば大丈夫だとは思っていますが、技術の管理と運用ができる体制を整えることが1つ。
また、管理・運用の中には“技術者の育成”と“導入のための補助金制度”も含めていただきたいと考えています」
技術者の育成は“リョウマも協力する気はあるものの、国中から技術指導などの要請が来ても対応しきれないし、やりたくない”という個人的なものから“今年の冬に備えて少しでも早く対策を取るため”という現実的な問題にも対処するため。
導入のための補助金制度は“技術があっても使えなければ意味がない”と続いた。
「ロケットストーブもフランクリンストーブも実際に導入するとなれば、一般家庭や貧困層の人々には家計の負担になり、必要としているのに導入できない人が必ず出てくるでしょう。
そこで今回の技術に関して“公爵家の皆さんが適切と判断した報酬”、“権利料”、あとは富裕層には正規の値段で販売して出た“利益”。これらを原資として少しでも多くの人に、金銭的に余裕のない人でも技術の恩恵を受けられるようにしていただきたいのです」
公爵家の面々は、それを聞いて納得した表情になる。
「珍しく希望を出してきたと思えば、そういうことか。確かに基金を報酬の使い道とすれば、報酬は受け取った事になる。また基金自体も多くの人の助けになるだろうし、世間への技術の浸透も早くなる可能性が高い。
こちらとしても断る理由はないけれど、いいのかい? 呪術用の縄を作るとかで、また大量に人を雇う予定だと聞いていたけど」
「そちらは他の店からの収益で賄う計画を立てていましたし、つい先日は樹海の食材に前金だけで大金貨500枚の値がつきましたから、資金は有り余っています。正直、これ以上収入が増えても使い道がありません。
そもそも、紹介した時点でご理解いただけたと思いますが、僕が開発したものではないのです。僕の世界の過去の偉人達の創意工夫によるもので、再現のために魔法やスライムで多少の工夫は加えていますが、本来であれば報酬を受け取る権利そのものが僕にはありません」
さらにリョウマは、フランクリンストーブの開発者である“ベンジャミン・フランクリン”と、ロケットストーブの開発者である“ラリー・ウィニアルスキー”の両名は、自分の発明の権利を放棄していたことを告げる。
「ベンジャミン・フランクリン様は“他者の発明から大きな恩恵を受けているのだから、我々もまた自らの発明によって他者に奉仕する機会を喜んで受け入れるべきであり、これを自由かつ寛大に行うべきだ”との信条から、生涯のいかなる発明についても特許を取得しなかったそうです。
また、ラリー・ウィニアスキー博士は“人々がより安全で効率的な調理・暖房技術を利用できるようにしたい”という願いから、ロケットストーブの設計を公開した上で誰でも自由に使えるようにしました。
本来の権利者である方々が、そのように決めて実行されたのなら、今回はそれに倣おうと思ったまで。神像の部屋に用意した資料とストーブは“過去の魔導士が残していた記録”、オガライトは“樹海の奥地で細々と使われていた”という形で出所をごまかしています。
これまでは技術の出所を上手く説明できない問題がありましたが、今はもう僕が神の子であることを皆さんは知っていますし、コルミの能力で説明も容易になりましたからね」
一気に、しかし晴れやかな表情で語るリョウマを見て、公爵家の面々は再び納得した。リョウマが素直に報酬を受け取らなかったのは、本人に金銭への執着がないだけでなく、本来の権利者でないことへの心苦しさもあったのだ。
「出所を隠せば怪しく見えるが、素直に出所を言うわけにはいかん。“偶然拾った”で押し通すのも無理があり、かといって自分の手柄として利益を得るのも気が引ける……か、難儀じゃったのぅ」
「そういうことなら今回のフランクリンストーブ、ロケットストーブ、オガライトはまとめて冬の、そうだな……暫定的に“暖房支援基金”でまとめて対応することにしよう。技術の開発者は先程名前が挙がった人達で、リョウマ君は遺された資料を見つけた報告者だとする。
ただ、急死などで正当な権利者がいなくなった技術を引き継いだ者が貴族に報告して、報酬が支払われた前例はある。前例がある以上、払わなければ公爵家の名に傷がつく。
よって基金設立と“報酬は受け取るが全額寄付に使う”という意思をリョウマ君が自ら示したことは公表させてもらうよ」
「十分です。……ちなみに僕はどこまで関わる必要がありますか? あと、覚悟しておくべきことは?」
リョウマが尋ねると、大人達が顔を見合わせる。
「技術の説明は最初に一度、こちらが用意した人材に説明をしてくれれば大丈夫だろう。その後の対応はその人にお願いすればいい。今回の技術は“国を救う”と言っても過言ではないから、それだけ話が大きくなることは覚悟しておく……くらいかな?」
「そうね。リョウマ君の名前が広まっていくのは時間の問題だったし、他所の貴族との接触は、これまで通り極力私達が防ぐでしょう?
陛下に動かれると流石に少し面倒になるけど周りの人間、特に国の研究機関の人達が猛反対するでしょうから、直接城に呼ばれる可能性は低いし……私達を通して一言あるくらいじゃないかしら」
公爵夫妻の言葉でリョウマが安堵していると、セバスが補足を加えた。
「リョウマ様、一言といえども陛下からお褒めの言葉は大きな名誉として扱われます。国に仕える研究者は、その一言のために生涯を費やしていると言っても過言ではありません。だからこそリョウマ様のことを陛下が評価しようとすれば、彼らは猛反対するのです。
言葉が悪い事を承知で申し上げますと“平民ごとき”に負けてなるものか、さらに言えば自分達の研究よりも評価されてなるものか、とリョウマ様の功績を否定するための粗探しを始める者が出てくるのは間違いありません」
「国の頭脳たる学者達の反対さえなければ、城に呼ばれて直接のお言葉をいただいた上で、その事実を証明する正式な書状を貰えるほどの功績になると儂は見ておる。
尤も、リョウマ君は城に呼ばれたくなどないだろうし、反対はむしろ好都合じゃろう。こちらから名誉を求めることなく謙虚に身を引き、基金の設立と人々の安寧を最優先にと願っている、という方向で話を勧めれば丸く収められるはずじゃ。
陛下は事前に話を通しておけば汲んでくださるよ。仮に面会を要求されたとしても個人的なもの、悪いようにはされまい」
「念には念を入れて、私からも陛下には言い含めておくわ」
「とても心強いです! ……あれ?」
ここでリョウマは疑問を抱いた。
「今の言い方ですと、エリーゼ様はジャミール公爵家とは別の方向で陛下と交渉ができるのですか?」
「あら? ……そういえば言ってないわね。ジャミール公爵家に嫁ぐ前の私はエリーゼ・デ・リフォール。現国王のエリアス・デ・リフォールは私の実の兄なのよ」
こともなげに告げられた内容に一瞬言葉を失ったリョウマは、絞り出すように口を開く。
「王家と血縁があることは理解していましたが……今更態度を変えるつもりはありませんが、驚きました」
「ジャミール公爵家に入った時点で王族の籍からは抜けているから、今の私の身分は知っての通り公爵夫人。国王陛下と兄妹であった事実がなくなるわけではないけれど、公爵夫人になった身で王族の身分を匂わせる言動をしてはダメなのよ。
だから私が自分から国王の妹ですと言うことはないし、誰かがそんな紹介をすることもないから……最後に言ったのはいつだったかしら?」
「結婚してから初めてじゃないかい?」
「そうなると10――とにかく、そういう事だから国王陛下は私の方で抑えておくわ。私達に無理を言えるのはそれこそ陛下くらいだから、あまり心配しないで」
「教会の協力も得られればなお良い。陛下はともかく、城の連中はなにかと嘴を突っ込みたがる。教会にも欲深い俗物はいるが、技術や技術者そのものに興味はなかろう」
「利益に群がる者共への牽制になるだけでなく、慈善事業は教会の得意分野ですからな。公爵家、王家、教会が手を組めば円滑に進められましょう」
こうして基金設立やその後に関する内容が大まかに決められていくと、大きな話が続いたために大人達も少し疲れたようだ。駄菓子の味見に続いて二度目の休憩を入れようという話になった。
「すみません、矢継ぎ早に色々と」
「とんでもない。リョウマ君は僕達のために考えてくれたんだろう?」
「それはそうですが、実はちょっとコルミの能力の実験に熱中した結果でもありまして……ほら、コルミに心や記憶を読み取る力があるって説明したじゃないですか。あれで日本にいた頃の記憶を読んでもらって幻覚で再現して、お喋りをしながら役立つものを探すという、半ば宝探し遊びのような感じでやっていたので」
「面白かったね~」
「あれだけの技術をそんな感じで……ということは、まだまだ色々出てきそうね」
「得るものは多くありましたが、薪の高騰対策に関してはもう終わりですよ。他はまだ大したことがないといいますか、趣味のようなものなので」
自分の発言を証明するように、リョウマがコルミに目配せをすると、小さな画面が宙に浮かぶ。それはリョウマが住む廃鉱山の一角で、ゴブリン達とスライム達がレンガ作りをしている様子だった。
「たとえばこれは今、従魔のリムールバードの1匹が見ている映像です」
「おや、実験場で進化したクレイスライムではありませんか。……長方形の柱の形に伸ばした体をゴブリンが等間隔で切り落とすことで、成型作業を効率的しているのですね」
「はい、切り出した粘土は他のスライムによって坑道内の乾燥室に運ばれています。
趣味で陶芸をやってみようと思い、陶芸に関する情報を探していたのですが、クレイスライムを活用するなら一点物より同じ形状の物を大量に生産する方が向いているように感じたので。廃坑の土は鉄分の多い赤土ですから、赤褐色の綺麗なレンガになってほしいですね」
ここでリョウマは期待している例として、日本にあった観光名所“横浜赤レンガ倉庫”の写真を表示させた。
「あら、立派な建物ね。これはリョウマ君がいた日本という国の建築様式なの?」
「間違いではありませんが、ここは観光地かつ歴史的価値のある建物なので、僕が実際に住んでいた現代の街という意味では……こっちですね。ここも観光地ではありますが、街が一望できます」
今度は東京スカイツリーの天望回廊からの景色が映し出され――この景色を見た4人は唖然とした。
「……なんという建物の高さだ……こんな建物が無数にあるなんて、特に奥にある赤い塔なんてとてつもない! いや、この視点はそれ以上に高い場所なのか?!」
「それより注目すべきは街の大きさよ! こんなに視点が高いのに城壁が見えないなんて」
「儂は下を歩く人々が気になる。建物の高さと密度からも分かるが凄まじい人口、そしてそれを養うだけの食料が確保できるということにほかならぬ」
「麦粒のようでよく見えませんが、礼服を着ている方が多いですね……他にも多種多様な服装をしている方が見て取れますが、どれも上等な品に見えます。この方々全員が貴族ということはないでしょう。
リョウマ様の国では、この水準の生活が一般的なのですね?」
「地域によって多少変わりますが、全体の生活水準は高い国でしたよ。ちなみにここは日本の首都、いわば王都です。ラインバッハ様が仰った食料に関しては、どちらかと言えばフードロス、食べ物の無駄が出ることの方が社会問題になるくらいだったと記憶しています」
「無駄? これだけの街の人口を養って、なお有り余る食料があるというのか?」
「ありましたね。特定の食材が不足するとか、個人や家庭の貧困などの問題は別として“市場に食料が何もない”という状況は経験したことがありません。
確か日本最後の深刻な食糧危機が戦後の1945〜1947年あたりのはずだから……僕がこちらに来るまで、70年くらいは安定した食料供給が続いていたと思います。尤も市場に食料が豊富というだけで、自国での食糧生産は減っていましたが」
「?? 自国の食料生産が減っているのに、市場には食料が豊富にあるのかい? 輸入品で補うにも限度があるし、高価だろう?」
「海外からの安い輸入品が多かったのです。それにより農家の方々の作物の値が落ちたり、農家さんを大事にしない法整備など様々な要素が重なったりした結果、農業従事者そのものが年々減っていました。たしか食料自給率はカロリーベースで40%を下回っていたかと」
「半分以下じゃない!? カロリーベースが何かは知らないけど、食糧生産量は国の安定に直結する問題よ? 半分以上の食料を他国に依存しているなんて……」
「仰る通りすぎて何も言えませんが、そういう国だったんですよ……」
リョウマが苦笑しながら困った声を出すと、愕然としていたエリーゼがまず冷静になり、続いて他の3人も気を落ち着ける。
「リョウマ君が神の子だと打ち明けてくれた時に、本当の出身地が樹海でないことは聞いていたけれど……道理で、説明に困っていたわけね」
「先程の風景だけで、何もかもが私達の常識からかけ離れていることは理解した。あれを言葉だけで正確に説明するのは、相当な時間が必要だろう。
しかし、リョウマ君の本当の故郷を見られたのは嬉しいよ。驚きと共にいくつも疑問が湧いてきて興味深いけど……それはまた次回にしよう。僕達も一度頭の中を整理したいからね」
「では、一旦ヒューズ達と交代するとしようかの? あちらもリョウマ君と語り合いたいじゃろうし、コルミ君がいれば連絡はこれまでよりも取りやすかろう。急ぐことはないから、また話を聞かせておくれ」
「勿論です! その場所はいつでも使ってもらって構いませんので、予定がなくても気軽に連絡してくださいね」
最後に小さな騒動が起きたものの、こうしてこの世界初のリモート会議は穏やかに終わるのだった。




