建築家再来
本日、3話同時投稿。
この話は2話目です。
3日後
今日は朝から事務所で面会の予定。相手は当然、建築家のペルドル・ベッケンタイン様だ。エレオノーラさんと打ち合わせた時点でなんとなく予想していたが、設定した最短の期間で話がまとまった。
ジャミール公爵家の技師として公爵家の顔に泥を塗らないようにスーツを着て、同じく身だしなみを整えたエレオノーラさんとユーダムさんにも控えてもらい、既に整えられていた応接室ももう一度掃除を行って、万全の態勢で来客を待ちかまえていると――
「! オーナーさん」
「聞こえました、馬車が到着したようですね。行きましょう」
俺がエントランスの中央に立つと同時に、2人は扉の傍で待機。
貴族的なお出迎えには状況や双方の立場に応じて色々なパターンがあるけれど、今回の場合はまず来客側がドアノッカーを叩いて来訪を告げる、その後にこちらの人間が扉を開ける、待っていた俺が歓迎の言葉と共に招き入れる、という手順を踏む。
ベッケンタイン様は仕事を依頼しに来たお客様。ただし彼は貴族で、俺は公爵家の庇護を受けているとはいえ公的な身分は平民。形式的なものだが、普段以上に丁寧に、敬意を持って出迎える態度を示すのだ……が……なかなかノックが来ない。
馬車が止まる音がしてから数分が経つが、馬車から降りるだけでこんな時間がかかるとは思えない。もしかして勘違いだったのか? と思って2人を見ると、何やら苦笑いをしている。その表情で、外で何が起きているのかを察した。
「例のアレですか」
「そのようですね……」
以前と同じなら、もうしばらくかかるだろう。
■ ■ ■
「門前では失礼をした」
改めてベッケンタイン様ご一行を迎えると、まずは謝罪から始まった。
「お気になさらず。天才建築家と呼ばれるベッケンタイン様にご興味を持っていただけたのであれば、家を建てた者として光栄です」
「なんと、この家もタケバヤシ殿が?」
「はい。私の故郷である樹海の奥地では、家の整備や建て直しも自分達で行わなければなりませんでしたから、多少の心得があるのです」
「すると、この屋敷の設計は樹海の人々が住むための建築様式なのか?」
「樹海で人の生活拠点となる建物は、危険な魔獣から身を守るため要塞のようなものになっています。ですが、それですと普通の街中では厳めしい雰囲気がそぐわないので、ここは大昔に樹海に飲み込まれた都市を参考にしています」
「なんとっ!? 樹海には遺跡があるのかね!?」
遺跡に関しては噓ではない。コルミと見つけた祖父母の記録によると、2人は樹海の奥地を探索して多数の建造物を発見しており、特に祖母は残された記録を収集していたらしい。以前に俺が見つけた“解呪の遺失魔法”も、そうして手に入れたものだったようだ。
「私が知っている場所はほんの少しですが、育ての親はもっと沢山知っていたようですから、かなりあると思います。もちろん、大半は遺跡というより“残骸”と言った方が正しい保存状態なのですが」
「否ッ! 建築というものは時代を超える芸術である! 修繕を重ねて遥か未来まで残るものがあれば、人がいなくなり自然に飲まれるものもある! どちらも芸術なのだ!」
「ああ……どちらにも相応の歴史があるのは違いありませんね」
「いかにも。適切に管理された建築物もいいが、遺跡は遺跡で重厚な味わい深さがある。新たな作品を生み出す私にも良い刺激を与えてくれるのだよ。だから私も、その樹海にある遺跡をこの目で見たい――」
「諦めろ」
有無を言わせないという覚悟を持って、護衛のフォスター殿が食い気味に口を挟んできた。彼の立場からすれば、ベッケンタイン様を樹海に連れて行くなんて絶対に認められないだろう。
「――のだが、イーサンがこの通りなので非常に残念だ。
しかし、そうか遺跡を元にしたのか……だから先日の道や建物も、ヴァクテシオン神殿の祭司塔やゼファリオンの廃墟群に近いものがあったのだな」
「先日も仰っていましたね。不勉強のため遺跡の由来までは知らず、差し支えなければその遺跡についてご教示願いたいのですが」
「おお、興味があるか! そうだな、簡潔に話すとその2つは発掘された土壌や使われている材質から、不規則かつ様々な年代と地域で確認されているものの代表的なものなのだ。
貴殿が作ったものと同じく装飾など外見的な美しさではなく、建造物としての実用性を重視した“機能美”に特化した造りであること、そして一枚岩を削り出したかのように“材質と形状が均一であること”が特徴だな。
ゼファリオンの廃墟群はなだらかな丘を、同じ材質・同じ形状の建物とそれらを繋ぐ道が覆いつくす遺跡だ。あの統一された建物が無数に立ち並ぶことで生まれる調和……個の集まりではなく、また新たな個として成り立っている素晴らしさは、単純でありながら奥深い。
一方、ヴァクテシオン神殿の祭司塔は元々崖の上に立っており、土台となる崖が崩れて深い谷の底に落ちた建物なのだが……なんと驚いたことに、建物ごと崖下に滑り落ちてなお、全体の形がしっかりと残っていたのだよ!
それほどの強度の秘密は壁の中にあったのだが、分かるかね?」
「もしかして鉄筋ですか?」
「いかにも!! 即答できたところを見るに、見たことがあるのだな!? ということはやはり樹海の遺跡も同系統のものである可能性が高いか……」
聞いた感じだとどちらもコンクリート製の建造物な気がしたので、塔=ビルと考えて答えたら当たった。おそらく過去の転移者か、その影響を受けた人間が作ったものなのだろう。
「察しの通り、強度の秘密は壁の中に埋め込まれた金属製の筋交いだったのだ。落下の衝撃で石材部分は割れや崩れてしまったが、中の筋交いが支えて大まかな形は残ったのだな。
そしてこの筋交いこそが“神殿の祭司塔”だと判断された証拠でもある。強度を増すために金属の棒を支えにする、というのは理解できるが、だからといって実行するのは簡単ではない。
金属は昔から利用されていたとはいえ、鉱石の採掘から精錬に加工まで手間がかかる、基本的に高価になりがちなものだ。現代でもそうなのだから、はるか昔の精錬技術であれば、なおのことだろう。さらに建物中に張り巡らせるなら当然、相応の量が必要になる。
塔を建てた者には、高価な金属を惜しみなく使うための“財力”があると。しかし建物の構造は実に簡素であった。歴史を見ても、権力者の屋敷というものは一見質素に見えてもどこかに装飾ないし手をかけた部分があるのだが、そのようなところが一切見あたらない。
故に歴史家は“塔を建てた者は当時の権力者でありながら、身分相応の装飾を控えるべき立場にいた”と考えた。同系統の遺跡が多いこともあり、権力を持つが清貧を尊しとする聖職者の住まい、大きさからして修行場のようなものだったのだろうと考えたのだな」
「なるほど……」
面白い。俺からすれば単なるビルだとしか思わないけれど、建物の特徴をこっちの人が見て、歴史と併せて用途を推察したらそうなるのか。
そんな風に、普通に聞いて楽しんでいると、ベッケンタイン様も気分が乗ってきたのだろう。
「同様の造りで興味深い建築は他にも――」
「ウォッホン!」
さらに続けようとしたところで、フォスター殿の咳払いが聞こえた。
「なんだイーサン、今からが面白いところなのだぞ?」
「その面白い話を一度始めたら、お前はそちらに夢中になって本題に入れなくなるだろう。
この男の話に平然と付き合ってくださるのは我々としてもありがたいが、先に仕事の話をさせていただきたい」
それもそうだ、ということで……会話と交渉はエレオノーラさんにバトンタッチして、用意しておいた“呪いを防ぐミサンガ”をユーダムさんに持って来てもらう。貴族相手に売るということで、丁寧にアクセサリー用の木箱に詰めてあるため無駄に高級感が漂っている。
「こちらがご依頼の品でございます。まずは10本、ご用意いたしました。必要であれば少々お時間をいただければ追加のご用意も可能ですが、いかがでしょうか?」
「1つ、手に取って確認しても?」
「はい。どうぞご遠慮なく」
エレオノーラさんが簡潔に許可すると、フォスター殿は1本をそっと手に取り、おそらく自分の体に異変がないことを確認し、さらに鑑定の魔法を使ったようだ。確かめようとする目から凝視に変わり、満足した顔でミサンガを箱に戻す。
「素晴らしい。期待していた以上の品のようだ」
「ご満足いただけたようで何よりです」
「是非購入させてもらいたいが……失礼だが、1ついかほどだろうか? この手の呪具はいくらあっても困らないので、予算が許す限り買っておきたいと考えている」
「1本につき小金貨1枚と考えております」
「小金貨1枚……想定していたよりも大幅に安いのですが」
「疑念を抱かれるのも当然ですが、制作者であるタケバヤシ様の意向です。
この呪具には特別な素材を使っているわけではありませんし、さほど術をかけるための時間も取られないため、十分に元は取れています。相場を無視した安値で売るわけにはいきませんが、だからと言って不必要に値を吊り上げることも致しません」
エレオノーラさんはハッキリと言い切った。
ここまでの内容は全て事前に打ちあわせをして決めてある。安価の理由も説明通り。俺が時間をかけずに術をかけられるという点は明かすかどうか迷ったが、呪いをかけた縄で山全体を囲っておいて“大量生産は難しいです”というのも無理がある。
彼らには俺が呪いをかけた縄を見られているし、今後も術を使っていけば、いずれ目端の効く人が気づくだろう。だったら今のうちに誠心誠意、事実を話してしまった方がいいと判断した。
「ベッケンタイン家に連なる方々であれば、転売や悪用することはないと信じております。当分はこの街に滞在されると聞いておりますので、お近づきの印と考えていただければ幸いです」
「……そこまで言ってくださるのであれば、我々としては断る理由がない。ありがたく、全ていただきましょう」
エレオノーラさんとフォスター殿、2人の間で貴族的な探り合いがあったのかもしれないが、交渉は無事に成立。速やかに支払いが行われて、品物の引き渡しも済んだ。
さて、次は石像の制作依頼について。呪具の売り買いでは俺と同じく、空気になっていたベッケンタイン様がここで動いた。彼は先程会話を中断された時と同等、あるいはそれ以上の熱意をもって語り始める。
大体の事情は事前に聞いていた通りだが――
「私はあの石像を見た瞬間、雷に打たれたような気分だった!! あの3体の神像の神々しさはまるで神の姿を直に見て! 肌で感じ! その姿を余すところなく写し取ったかのような――否ッ! こんな陳腐な言葉では表現しきれぬ! 何故私はあれを表現する言葉を持ち合わせておらんのだ! フゥォオオオッ!? ウォオウッ!?」
「落ち着け! せめて人の言葉を喋ってくれ!」
話しているうちに感情が高ぶり、頭を抱えて謎の咆哮を上げ始めたベッケンタイン様を、フォスター殿を筆頭とした護衛の方々が押さえつけている。フォスター殿や護衛の人達はもう慣れ切っていて信頼関係もあるのか、結構ベッケンタイン様の扱いが雑だ。
この人は根っからの芸術家というか、初見だと戸惑う人も多いだろうなぁ……とか考えているうちに落ち着いたようだ。
「ふぅ……失礼した。とにかく私は言葉で表現しきれぬほどの、神々がそこにおわすという“存在”をあの像から感じたのだよ。
建築を行う上で重要なのは安全性や機能性、そして外見の美しさなど様々だが、単にそれぞれ優れていれば良いというものではない。真に優れた建築というものは、全てが当たり前のように優れている上で、それらの“調和”が最も大切なのだ。
どれほど傑作と思える建物を設計し、どれほどの名画や彫像を用意しようと、調和がとれていなければ駄作と同然になってしまう。できることなら装飾まで含めて私が手がけたいのだが……私がいかに天才と言えど、限度はある。
よって調度品に関しては毎回、私が任せるに足る芸術家を探して依頼しているのだ。専門外とは言っても、審美眼には自信があるのでね」
「それで、今回は私の像を認めてくださったと」
「その通り! 神々の存在をあれほどまでに感じさせる像を作る腕前を持つのであれば、私がこれから造る闘技場、ひいてはその中核となる剣闘士の威風堂々とした像を! 私の設計した闘技場に負けずとも劣らない像を作れると直感したのだ!」
ふむ……ここまでの話で、彼の本気と熱意は十分伝わった。
「まず、私の造った像を認めてくださったことは光栄です。
その上で率直に申し上げますが、私はこれまで神像以外の像を作った経験が乏しいため、剣闘士の像を作ったとしても、ご期待に沿えるとは限りません。必要に応じて確認と修正、あるいは他の方に依頼する手間が発生する可能性がありますが、それでもよろしいですか?」
「構わぬとも。私も、私の作品に合わぬと思った像を設置する気は毛頭ないのでな。その場合ははっきりと断らせてもらう。状況に応じて他の芸術家や職人にも声をかける。しかし、難癖をつけて契約を反故にするような真似は絶対にしないことを、私と家の名に誓おう。
像を設置するのは建造の最終段階になる予定なので、時間にはまだ年単位の余裕がある。それまでなら何度作り直してくれても構わない」
「……そういうことでしたら、挑戦させていただきます」
「おお! 引き受けてくれるか!」
「懸念だった部分を問題ないと言っていただけたので、お断りする理由がなくなりました。それに自分の造ったものを認められて、あそこまで熱心に頼まれれば、製作者としては素直に嬉しいですから」
含みのない、満面の笑みを浮かべるベッケンタイン様。自分にどこまでできるかは分からないけれど、ひとまず挑戦だけはしてみることにしよう。
……ということで、その後は細かい納期や条件について確認して、正式に契約を結んだのだが――話はそれで終わらなかった。
「フゥォオオオッ!? これがおよそ50年物の放熱樹! 大樹海の雄大さを表すような力強い年輪と深みのある香り……しかもこの木は形状からして、1つの丸太を4分割したもの、ということは元々の幹の直径は我々の身長の倍はあるぞ!」
「これは枝、それもまだ下の方の若い枝ですよ。幹は桁違いに太くて大きいため、切って持ち出すことができません。この枝ですら、四分割しなければこの空間に収納できなかったので」
「なんと!? これほどの大樹が、小枝にすぎぬと? 一般的なものなら枝にはここまで明確な年輪は現れず、現れたとしても歪になるものだが……これが枝だとすれば、想像を絶する大木! 森に覆われた山のようではないか!」
契約後の軽い雑談で俺が先日まで樹海にいたことが話題になり、応接室の観葉植物が樹海の放熱樹だということを教えたらベッケンタイン様が興味を示し、たまたま成木の一部を採取してきていたことも話した結果、気づいたら放熱樹の説明&鑑賞会の流れになっていた。
さらに放熱樹の話の対価?として、フォスター殿に中断されたこちらの建築についての話も聞けたので、個人的には面白かったけれど……これは貴族の話術に乗せられて、しゃべり過ぎたのだろうか? 終わった頃には、少なくない時間が過ぎていた。




