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ギムル帰還と連絡事項

本日、3話同時投稿。

この話は1話目です。

「お昼、御馳走様でした」

「また気軽に来るとええ、商談関係なくても歓迎やからな」


 予定になかった昼食を終えて商会をおいとまする際、ピオロさんからありがたいお言葉をいただいた。


「ありがとうございます。また必ず来ます」

「待っとるで。次は――」

「?」


 何かを言おうとして、途中で止めた ピオロさんは“もっといいことを思いついた”みたいな顔をしている。


「リョウマ。次回の話なんやが、実は再来月にギムルに行く用があるんよ。前に何度か話した“会合”なんやけどな、あれにリョウマも参加せんか?」

「ピオロさんが参加している会合……セルジュさんやオレストさんも参加しているという、あの会合ですよね? 詳しく聞いたことはありませんが、僕は場違いのような気がしますが……」

「何言っとんねん。さっきもデカい商談1つまとめたばかりやないか。ちょい独特な方向に突き進んどる気はするけど、リョウマももう立派な商人やろ。それに前の前の会合の時点で、リョウマのことは話題に上がっとったんやで?」

「聞いていませんが!?」

「聞いてないも何も……何を扱っていようと商人は情報が命! ワイを含めて、正しい情報を少しでも早く仕入れるために日々腐心しとる連中が集まっとる中で“公爵家が後ろ盾になっとる子供が経営する店”が話題にならんわけないやろ。上手くいっているなら尚更や」


 至極もっともな答えが返ってきた、ぐうの音も出ない。


「あと、会合の参加に店の大きさや儲けの額は関係ない。情報を集めるためにも、自分の商売に有利な環境を作るためにも、参加者が新しい参加者を紹介することはよくあるからな。気軽にちょっと顔出してみるつもりで来たらええよ」

「……少し考えさせてください。今は呪いの件もありますので」

「その話もあったか、忘れとったわ。スマン」

「いえいえ、忘れていてくれた方が嬉しいですよ。親しい相手や信用されている相手には効かず、何も感じない呪いらしいので」

「ほなそういうことで。会合は当日飛び入りでも参加できるし、ワイは少し前からギムルには着くようにしとる。ギムルについたら連絡するから、返事はその時でええで。あと会合に関係なく会って飯でも食おうな」

「分かりました! その時は僕が案内しますね」

「頼むで~」


 テイクオーストリッチに擬態したミミックスライムにまたがり、サイオンジ商会を後にする。最後の最後に爆弾を落とされた気分だが、今はギムルに帰ろう。会合のことは、カルムさんやエレオノーラさんを交えて相談して決めればいい。


 ■ ■ ■


 ということで、サクッとギムルに到着。樹海からレナフまで1日で走破したのだから、レナフからギムルの距離なんて本当にあっという間。やろうと思えば1日に10往復でもできそうだ。


 そんなことを考えながら街中を、周囲の馬車に合わせて走っていると、ほほえましい親子の会話が聞こえてきた。


「見てお母さん! 変な魔獣!」

「珍しいわね~、あら? 乗っているのは洗濯屋の子だわ」

「こんにちは~」


 レナフでもそうだったが、樹海の魔獣であるテイクオーストリッチの姿は珍しく、人目を集めやすい。しかもギムルでは俺を知っている人が多いこともあり、魔獣から俺まで一瞬で特定されるし、声をかけられることもそこそこある。


 基本は走りながら、声をかけられたら挨拶をして、時には立ち止まって会話をする。街の外での高速移動とは対照的な、のんびりとした歩みで事務所兼エレオノーラさんの家に到着。


 帰還報告のために立ち寄ると、すぐに1階の事務所スペースの応接室に通された。


「タケバヤシ様、おかえりなさいませ」

「お疲れ様です。今回も無事に帰ってこられました」

「特段の怪我も体調不良もないようで、良かったです。ところで予定より若干早いようですが、サイオンジ商会との商談はいかがでしたか?」

「そちらも無事にまとまりましたよ。ただ別件で少し相談したいことがあるのですが……ちょっと長くなりそうなので、先にこちらの状況確認をさせてください。何か急ぎ対処が必要なことはありませんか? お店の報告とか」


 俺が訊ねると、エレオノーラさんは間髪入れずに返事をした。


「経営に関しては特に急ぎの案件はありません。問題も各店舗で対応可能なものばかりで、定期報告に不審な点も見られませんでした。ただ1件だけ、ペルドル・ベッケンタイン様から面会の希望が届いております」

「あの建築家の? 彼がこの街にいるんですか?」

「はい。隣町の闘技場建設に着手するため、少し前からこの街の宿に逗留しております。外出中であることを伝えたところ、連絡先を預かりました。

 “呪いを防ぐ呪具”の制作と、完成した闘技場の上部に飾る石像の制作を依頼したいとのことで……前者は護衛のフォスター様が、後者の石像の方はペルドル様が並々ならぬ熱意で、タケバヤシ様が帰ってからでいいので話がしたいと仰っていました」


 フォスター様はともかくベッケンタイン様に関しては、あの初対面の時かそれに近い熱量で迫られたのだろう。エレオノーラさんの流れるような報告が一瞬だけ滞った。


「用件は分かりましたが、何故僕にそんな依頼がくるのでしょうか?」

「どちらも発端は先日の件です。まず呪具については、彼らが元々持っていた呪具が壊れて使えなくなってしまったそうで、早急に代わりが必要なのでしょう。

 フォスター様も注意はしているそうですが、主のベッケンタイン様があの通りの方なので、建物に関する物で興味を惹かれると衝動的に近づく可能性があると。実際に過去に何度か、呪いのかかった物品に駆け寄ったことがあるそうです」

「あの時の様子を見ていると、簡単に想像できますね」

「私もフォスター様の立場を考えると、間に合わせでも防護の呪具を身につけさせておきたいと考えると思います。ですが彼はそれだけでなく、呪具の効果にも期待していたようでした。

 彼らの所持していた呪具が破損したのは、侵入防止の呪いをかけた縄を越えた時だったようで、そこから“元の呪具を作った術師より、タケバヤシ様の方が強力な呪具を作れる”と考えたそうです」

「あの時か……別に作って売ることは構いませんし、そういう事ならいくつか用意しておきましょう。値段は以前ローゼンベルグ様が提示された条件に沿って、交渉はエレオノーラさんにお任せします」


 呪具についてはこれでいいとして、次は石像の話だ。


「そちらは“公爵家でタケバヤシ様の作った神像を見て、閃いた”とのことでした」

「公爵家の神像……ああ、ヒューズさんの結婚式の時の……僕は芸術家というわけではないのですが」

「ベッケンタイン様からの依頼については公爵家も把握しており、“断っても構わない”と連絡を受けております」

「う~ん……あまり期待されるのも困りますが、呪具を売るのは構いませんし、とりあえず話だけは聞いてみましょうか。いくら断っていいとはいえ、断り方というものはあるでしょうからね」

「かしこまりました。後ほど手紙を送り、先方と面会の日程をすり合わせます。あちらにも都合がありますし、タケバヤシ様も休養を取るべきですので……最短でも3日後としておきましょう」


 ベッケンタイン様の性格を考えると、最短の3日後で決まりそうだと思ってしまった。問題があるわけではないので、それでお願いしておく。これで彼らについての話はいいとして、連絡で思い出したことがある。


「病院の先生方の都合も聞いておいていただけますか? 今回、遺品整理をして見つけた祖母の研究資料や薬のレシピを、一部共有しておきたいので」

「賢者メーリアの研究資料を……貴族の場合、そういったものは秘匿する事が多いのですが、よろしいのですね?」

「もちろん僕も一通り目を通した上で、相手と内容は選ぶつもりですが……内容的に、僕が持っていても仕方のないものが結構あったんですよ」


 代表的なのは、化粧品とか美容用品関係。書類の横にたまに書かれていたメモによると、賢者と呼ばれていても、若々しくいたいという思いは普通にあったこと。いくら歳を取っても伴侶である武神ティガルを愛していたことが読み取れた。


 しかも、彼女は研究の“息抜き”として別の研究をする人だったようで、分野の幅が広くて量も膨大。俺も勉強のために手元にはおいておきたいが、活用できないものは信頼できる人に預けてしまった方がいいと思うのだ。


 ということを説明すると、エレオノーラさんは一応納得した様子。ただ、原本は手元に残して写本を渡すように、また執筆者として祖母の名前は伏せておいた方がいいと言われた。


「学術系の資料や書籍というのは、何が書いてあるかよりも“誰が書いたか”を重視されている部分があります。もちろん内容にも価値はありますが、その価値を裏付けるのが執筆者とその信用である、という風潮がありまして……

 メーリア様のお名前は、いまだ学術界において最高峰の権威を持ちます。直筆の研究資料、それも世間に発表されていないものであれば研究者は当然、中身を理解できなくとも資産的価値や箔付けを目的に欲する貴族が集まる可能性があります」


 エレオノーラさん曰く”走り書きの買い物メモでも高値がつきかねない”とのこと。前世でも博物館に行くと、歴史上の人物に関する物品が飾られていることもあったので、そういう扱いなのだろう。


「わかりました、そうしましょう。あと原本の管理も厳重に……これは樹海の屋敷に置いておけば問題ないですね」

「不届き者が安易に近づけないという意味では適した場所だと思いますが、置いておくだけではいけません。適切な管理をしなければ 」


 コルミの対応力と保護用の薬剤の事を知らなければそうなるのも当然。エレオノーラさんにその辺りの事も説明して、もし異変があれば移管、必要に応じて修繕などの対応を行い、場合によっては公爵家に預かってもらうことなどを打ち合わせて、この話は一段落した。


 次の話題はコルミと樹海の話が出たので、コルミを呼び出す呪術の成果。さらに話の流れで駄菓子やピオロさんからのお誘いの話にも繋がり、しばらく俺からの説明が続いた。


「かしこまりました。近日中にカルム様、モーガン商会のセルジュ様、商業ギルドマスターのグリシエーラ様とも約束を取り付けておきます」

「お願いします。会合は間違いなく得難い機会ですが、まずは情報がないと判断もできませんからね……以前、それで失敗しましたし」


 流石に今回は参加者が参加者だから、あんな変なセミナーみたいな事にはならないだろうけど、1人1人を敵に回すと厄介だろうからなぁ……今回は時間も余裕もあるし、まずは下調べ。


 しかし、各方面への連絡や基本的な調べものは秘書のエレオノーラさんが代行してくれるので、俺はこのまま帰宅して休める。こんなの前世と比べたら休日以下の仕事量だ。本当にありがたい……と感謝しつつお暇しようとして、玄関で忘れていたことを思い出す。


「つかぬことを伺いますが、エレオノーラさんは観葉植物を好まれますか?」

「嫌いではありませんよ。最近は時間的にも余裕ができましたし、事務所の飾りにも良いかと考えていたところです」

「でしたら、もしよければこれを一つ育ててみませんか?」


 ディメンションホームから取り出したのは、一つの植木鉢。植わっているのは立派な観葉植物に見えるが、樹海に落ちていた放熱樹の種を発芽させた“苗木”である。


 本来この木の種は魔力が豊富にある樹海でしか発芽・成長しないけれど、スカベンジャースライムの肥料を与えることで発芽させられたし、維持もできそうなのだ。


 最初は、樹海に行く前に“冬用の薪が高騰している”という話を聞いていたため、暖房の代わりに使えたらと思って育ててみた。しかし発熱量は木の大きさや魔力に比例するのか、一本、しかも苗木だと気休め程度の熱しか得られなかった。


 沢山集めればそれなりに部屋は温かくなったが、それだけ部屋の面積を取るので邪魔だし、効率も悪い。この結論と共に、実験に使った20個の鉢植えに育てた木々が残ったわけだ。


「実験が終わったからと捨ててしまうのもかわいそうですし、見た目が良かったので観葉植物にできないかと思って、ユーダムさんにも相談しようと考えていたんです」

「樹海の木は貴重ですし、タケバヤシ様の事務所の装飾としても相応しいですね……問題なく育てられれば、追加でお願いするかもしれません」

「その場合はいくらでも用意するので、遠慮なく言ってください。樹海に行けばいくらでも種が手に入りますからね。

 あと普段の世話については、スカベンジャーの肥料と水をたっぷりあげておくだけで良さそうです。生命力が強くて根腐れもしにくいみたいですし、魔力を吸って成長する性質を持っているので魔化の可能性も低いと思います。

 ただ、万が一の時は躊躇なく処分してください」

「ご心配なく。これでも元軍人ですので、植物系の魔獣と交戦する際の注意点も心得ております」


 実に頼もしい返事をいただいて、今度こそお暇する。

 一通りの連絡も終わったし、早く帰ってコルミを呼ぶ準備をしなければ。

 きっと、首を長くして待っていることだろう。

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「こんなの前世と比べたら休日以下の仕事量だ。」 って、それは休日とは言わないんだよ! 開店当初にホワイト目指して、休日作っていたような気がするけど、気のせいだっけ? 自分のことは、社畜基準で考える癖…
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