鉱山の魔獣討伐 1日目終了
本日6話同時更新。
この話は1話目です。
「これでよし」
不良冒険者の逃走防止に十分な処置をした後、いざ人を呼びに行こうとしたら二人分の足音が近づいてきた。新手の敵かと若干警戒したが、それは杞憂だとすぐに判明する。
「すでに始末がついていたようでござるな?」
「アサギさん! それにレイピンさんもどうしてここに?」
「先ほどあわてた様子の少年冒険者に助けを求められたのでござるよ、たちの悪い冒険者に絡まれて、一人足止めに残った奴がいるとな」
あの6人組が助けを呼んだのか。
「スライムを連れていると聞いたからもしやと思ったが、やはりリョウマであったな。無事で何よりである。ところであの中はどうなっているのであるか?」
「相手も死んではいないようでござるが……身じろぎ一つしないな」
2人は俺が拘束した不良冒険者達を見てそう言う。
不良冒険者は俺がここから離れても逃がさないため。そして彼らの治療も兼ねて、手足は添え木の上から雑草とスティッキースライムの硬化液でギプスのように固めた上、呼吸用の穴を開けた猿轡(石製)を噛ませてからポイズンスライムの麻痺毒で体の自由を封じてある。
最後に魔獣に襲われても困るので、見張りとしてスライム達が彼らの周囲を隙間無く囲んでいるが……少々数が多すぎたようだ。
「あれはもはや埋まっていると言っていい状態であるよ……」
「ふむ……ここは拙者が見張ろう。逃がしはせぬ故、リョウマはスライムをどけて一度受付に向かうといい。今頃ジェフたちも待っているであろう」
「! そうでした、早く行かないと」
「我輩も報告に行く、魔法で一緒に連れて行くのである」
レイピンさんの言葉に甘えて、連れて行ってもらうことにした。
2人に少々驚かれながら、急いでスライムをディメンションホームの中へ戻す。
現在進行形で遅刻しているんだ、俺は。
そうして受付に戻った俺は、受付嬢に事情を話すと仕事に戻るよう指示を受けた。
話を聞きつけたギルドマスターと入れ違いになったようで、罰則などの話は追って通達されるとの事だ。
というわけで、俺がまずやるべき事は
「遅くなってすみませんでした」
待たせていた班の5人に謝る事だった。
尤も事情を聞いたジェフさん達は誰も怒ってはおらず、少しからかわれる程度だったが。
そして仕事の後。
続々と冒険者が帰りの馬車で帰路につく中、俺はギルドマスターに呼び出されていた。
「来たか……まぁ座れ」
仮設受付の椅子に座るギルドマスターは、やや憔悴しているように見える。
どんな罰であれ、俺がやった結果だが……深刻な処分が下るのだろうか?
「……先に言っとくが、お前に罰はねぇ。だからそんな覚悟を決めたみたいな顔しなくていいぜ」
「無罪放免、ということですか?」
「先に絡まれていた奴らの安全を慮って、助けを呼ぶことができなかったんだろ? そして実際お前さんがいたから助けた6人は無事だった。6人とお前さんが受付で話した内容は一致している。サッチ達にはまぁ……妙に手の込んだ事をやっていたが、安全のための捕縛で通る。遅刻についても人助けを正当な理由として認める。
つーわけで今回はお咎めなし! お前さんも好き好んで罰を受けたいわけじゃねぇだろ」
それはそうだが、だったらなぜギルドマスターは憔悴しているのか?
「あぁ、それでか……サッチ達だよ。お前がお咎めなしと判断した理由の一つにもなるが、あいつらが信用に足らなかった」
「主張が食い違っていた、とかですか?」
「それ以前に、あいつらが去年まで素行の悪い奴らの集まりだったんだよ」
「去年まで?」
その妙な言い回しに含みを感じる。
「あいつらを率いていたサッチはいまじゃ見る影もねぇが、昔はまじめで腕のいい冒険者だったんだ」
とてもそうとは思えず、続きを黙って聞いていると、サッチの素行が悪くなったのはCランクになってからだそうだ。
「CランクからBランクに上がるのは冒険者にとって1つの壁でよ、Cで上を目指さなくなる奴が一気に増えるんだ。サッチは足踏みを続けるうちに性根を腐らせちまったのさ」
Bに上がるため仲間への要求も高くなり、喧嘩に酒と、一時期はかなり荒れていたらしい。
「それが突然駆け出しの冒険者と組むようになった。それも素行の悪い奴らを集めてな。で、それっきり素行不良の面影はなりを潜めていたんだ……今日までは。
問題ばかり起こしてた奴が問題を起こさなくなって、おまけにそいつらは前より力をつけて堅実に実績を作っていてな……初めは疑っていたんだが、だんだんサッチが気持ちの整理をつけて、若手の育成に力を貸すようになったんじゃないかと期待してたのさ。
まぁ、実際は隠すのが上手くなっていただけだったがな。……残念だ」
信頼していた部下に裏切られた気分だろうか? ……信頼しかけていた、が正しいか。
信じなければ悲しむ事もないが、疑いでも長く目をかけていれば情が移ることもあるだろう。勝手に期待が大きくなって、気づいたときには大きな喪失感がある。何度も繰り返してしまうし、おまけに慣れにくい。
「……その妙に温かい目はなんだ」
いつかはきっと、諦めが先にきて楽になります。
口にはしなかったが、目には出ていたようだ。
「なんか励ましが込められてる気がするが、俺の疲れはお前も原因だからな? ……仕事中に問題が発生したと、公爵家へ報告しなきゃならねぇんだぞ? 次の報告が憂鬱だぜ……」
ああ、今度は権力者から無茶を言われるかもしれない不安だ。やっぱりギルドマスターともなれば心労が多いんだろう。公爵家の方々は何かと俺を気にかけてくれている。
あの人達はこんな些事で無茶を言うような人ではないと思うが、その不安はよく分かる。
「お前さん、成人もしてない歳で過去に何があったんだよ……」
視線に明確な哀れみを感じる。
「とにかく公爵家の話は抜いても、ギルドと俺個人は問題が無いと判断した。話はそれだけだ、もう帰っていいぞ。……何か納得がいかないなら、自分で反省なりなんなりするこったな」
「ありがとうございました」
最後にそう締めくくられ、俺は席を立った。
馬車乗り場に向かうと、昼の話が冒険者の暇つぶしとして広まっていた。多くの人から称賛され、気前のいい冒険者が疲れただろうと順番を譲ってくれたおかげで早めに馬車に乗れた俺は、馬車に揺られながら昼の事を思い出している。
サッチ達を倒した事は微塵も後悔していないが、その前に俺は彼らに苛立ちを感じた。必要があったのは確かだが、苛立ちで拳を振るっていたのではないか? 考えても分からない。
つまり、無いとは言えない。
俺は子供か? 違う。体は子供でも心は42のおっさんだ。理性あるべき大人だ。
理性が俺には備わっているか? ……全く理性が無いとは言わないが、何かの拍子に大暴れをする可能性はある。
気に入らなければ殴る? 絡まれたら殴るか? ……それじゃあの不良冒険者のやり方とあまり変わらないじゃないか。
技術と力量は十分だけど、精神面には問題がありそうだ。
……思えば俺はこの世界に来てからも何も変わっていない。森に引き籠もり、前世で嫌になっていた人付き合いを避け、そのままずっと森で暮らしていた。そしてラインハルトさん達と出会う。
彼らに会わなければ森から出ようと考えつつも先延ばしにし、結局出る事は無かったかもしれない。彼らに出会ってからは世話になりっぱなしだ。宿も食事も用意して貰い、暖かく迎えられ…………俺は甘え始めているのか?
この世界に来てからの事を改めて思い返すと……嫌な事から逃げ続け、苦労も無く、公爵家の方々の好意に甘えて遊び回り…………………………………………これはダメだな。このままじゃいつかロクでもない人間になりそうだ。なまじ戦闘能力だけは人よりある分タチが悪い。
公爵家の皆様には感謝しているが、俺は一度彼らから離れよう。もう一度己を鍛え直すべきだ。このまま公爵家の世話になり続けるのも良くない……自立すべきだ。
今まで何度もどんな礼をしたらいいかなんて考えたが、それ以前に、食も住も提供して貰っている分際で恩を返すなんて、我ながら厚顔無恥も甚だしい。
そんな事を街に着くまでの間中延々と考え、結論が出ていた。




