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道具の準備

本日、3話同時投稿。

この話は1話目です。

 夜


 昼間にトラブルはあったものの、その後は特に問題は起こらず、余裕を持って作業を行い、一日の仕事は終了。しかし、俺は明日に備えてローゼンベルグ様に聞いておきたいことがあった。


「明日試す術のために、瘴気を引き出す際に使った杖と似た物を作ろうと考えているのですが、この魔石は瘴気を溜めるために使えますか?」


 食堂のテーブルに並べたのは、亡霊の町の処刑場跡地で見つけた闇属性の魔石。あの時セバスさんから聞いた話によると、かなり質のいい闇属性の魔石だったはずだ。


「拝見します」


 ローゼンベルグ様の右手が魔石に伸びて、慎重に1つ拾い上げると、室内の明かりにかざしてまじまじと見つめる。さらに石を両手で包んだ彼は感心したように笑った。


「これは素晴らしい魔石ですね。杖の材料として申し分ない。私が用意した杖に使われているものよりもはるかに上質です。瘴気を保持できる量も、耐久力もこちらの方が断然優れています」


 期待していた通り、ちゃんと使えるようで良かった。その上で……ただの魔石でここまで高評価なら、あの時同じ場所で掘り出した“魔宝石”であればどのような評価になるのだろうか?


「ローゼンベルグ様、こちらも見ていただけますか?」

「!?」


 アイテムボックスから魔王の欠片が宿っていた魔宝石の“欠片”を取り出した瞬間、ローゼンベルグ様が目を見開いて、身を乗り出した。その反応の大きさに俺の方が驚いてしまったくらいだ。


「これは僕が呪われた際に見つけた魔宝石の欠片です」

「呪われた状況の説明にありましたね。そうですか、これが……拝見します」


 フェルノベリア様が魔王の欠片は除去したと言っていたから、もう悪い影響はないはずだけど……ローゼンベルグ様が石を手にして黙ってしまった。表情も空気も重苦しい。


「何か、まずいでしょうか?」

「まずいと言いますか……私では正確な評価ができません。ただ、呪術の媒体としてこれ以上の物を私は見たことがないと言っておきます。こちらの魔石も良いものでしたが、この石とは比べ物にならず……値段にすれば、どれほど低く見積もっても城が買えるかと」

「城っ!? こんな欠片で?」


 今回見せた魔宝石は、元々の水晶クラスターを移動させた際に、端が欠けて落ちた部分。だから大きさは人差し指の爪ほどしかないのだけれど、それで城が買える?


「魔宝石、それも闇属性というだけでも価値は高いですが、リョウマ君の呪いが元々この石の中に宿っていたからでしょうか? 通常の魔石よりも呪術に適しているように感じます。

 これを手にする資格や資金力があるかはまた別の話ですが、呪術師であれば垂涎の品物であることは確実。呪術師の大家であるカーシェル公爵家ならば、所有している城の1つくらいは軽く差し出すでしょう。そう思わせるほどの品なのです。

 私を信用してくれたからこそ見せてくれたのだとは思いますが、あまり軽々しく人前には出さないように気を付けてください」

「気を付けます」


 しかし、しまい込んでいるだけというのも勿体ない。この欠片だけ、人目につかないここでの実験には使うことにしよう。


「それほどの石を使って、どのような術にするかを聞いても良いですか? こちらも万が一のための心構えをしておきたいので」

「もちろん。現在考えている術は、瘴気除去の術を3段階に分けて組み合わせます」


 第1段階は自分の保護。これは、おそらく集められる大量の瘴気で自分に害が及ばないようにするための措置。第2段階が瘴気の収集。……自分的にしっくりきたイメージの関係上、俺は自分で集めた瘴気に囲まれることになるだろう。非常に危険なのは言うまでもない。


「第1段階の保護に加え、先日進化したばかりのカーススライムの助けも借りて、自分の身の安全を守るつもりでいます。しかし、それでも防御力が足りなくなる可能性も十分に考えられますので、この魔宝石を使って瘴気を遠ざけ、受け止める機構を用意する。これが第3段階です。

 あとはその後の処理として浄化もできればなお良いかと考えています」

「分かりました。二重に安全策を考えているようですし、特に私からの指摘はありません。元より新たな呪術は、やってみなければ分からないことも珍しくありませんからね……君のやり方でやってみてください。

 危険と判断した場合には、私が瘴気の操作に介入します。退路を作り、冒険者の誰かに無理矢理にでも引き出してもらいましょう」

「よろしくお願いします。あと術の他に注意すべきことはありませんか?」

「そうですね……呪術における限界への挑戦とは、自分の限界を見極めて、なるべく限界の近くまで力を使うということ。限界を突破することではない(・・・・)ということを忘れないでください。決して“無理をして限界以上の力を出そう”と考えてはいけません」


 この訓練をすることで自らが出せる力が向上することはあるが、それは限界を超えたことで上がるのではなく、限界を見極めた結果として上がるもの。あくまでも安定が大事ということだ。


「尤も、言葉にするのはたやすく実行するのは難しいもの。訓練中に冷静さを欠き、術を暴走させてしまった事例は珍しくありません。ない方が良いのはもちろんですが、暴走することがある程度前提となっている部分もあります。気負い過ぎは集中を欠く原因にもなりますから、気楽にやってみてください」


 さらにローゼンベルグ様が仰るには、暴走の兆候などを察知するのは彼の得意分野なのだそうだ。


「そういえば瘴気の出所や呪いの原因解明、調査が本来の専門分野だと仰っていましたね。暴走の兆候もその範疇でしたか」

「我が家に代々伝わる呪術は、呪いや瘴気の“魔力”から情報を得るものでして……例えばリョウマ君が人除けの縄に使ったイメージは、ご自分が森にこもっていた頃のものでしたよね?」

「はい、人里に降りることはいつでもできたと思いますが、あまり気が進まず。孤立していた時の気持ちを利用しています」

「それはつまり、術をかける時に“魔力と一緒にその気持ちを込めた”ということ。魔力は精神力で操るものですから、術に用いられた魔力には、術者の狙いや感情が残留しているのです。

 尤もそれが明確な言葉や絵として伝わってくるわけではないので、自らの魔力を干渉させた時の反応でなんとなくの方向性を探り、経験と併せて分析を行い、最終的な答えを導き出す必要があります」


 しかし、ローゼンベルグ様の家に伝わるご先祖様の逸話には“仕事先に向かう途中、何もない山道でふと立ち止まったかと思えば道を外れ、進んだ先で埋めて隠された遺体を発見した”、“遺体の傍で頷いたかと思うと、死亡時の状況や直接の原因となった野盗の隠れ家の場所を淀みなく語った”等々、まるで死者から聞いているかのように術を使う人もいたのだそうだ。


「死者の声を聴く、なんだか降霊術に近い印象を受けますね」

「おや、それもご実家で知った呪術の知識ですか? 確かに我が家の術は霊に関する、死霊術に近いものであると言われています。そのためカーシェル公爵家の庇護を受けられるようになるまでは、同業者にも白眼視されていたと聞いています。

 習得の難易度が高いので伝承者は少なく、情報を知っている人も少ないはずなのですが、よく今の説明でそこまで分かりましたね?」

「僕も詳しくは知りませんが、本は種類も量も沢山ありましたから。あとは僕の供養の魔法、あれを亡霊の街でアンデッド相手に使った時に、人間的な反応が返ってきていたので、対話を行う術があってもおかしくないかと」


 樹海ではコルミに魂を縛られたアンデッドも見ているので、死霊術に近いなら尚更可能性は高いと思う。


「そこまで理解があるのであれば……もしよければ我が家の術も学んでみませんか?」

「いいんですか? 家伝の術なのに」

「術の秘匿は数代前、カーシェル公爵家の庇護を受けられるようになった時点で解かれています。貴重な術の喪失を防ぐためにも、やる気がある人材は大歓迎ですよ。もちろん術を身につけたからといって、仕事の強制や行動の制限を受けることはありません」


 聞けばこれまで教わっていた内容はカーシェル公爵家が定めている“呪術の学習指導要領”に沿ったもので、ローゼンベルグ家の術は習得難易度が高いために“基礎も固まっていない初心者に教えるものではない”という判断で話題にしなかっただけなのだそうだ。


「我が家の術は、経験に左右される部分が大きいので習得には時間もかかりますが、リョウマ君なら案外すぐに覚えられるかもしれませんね」

「期待に応えられるかは分かりませんが、教えていただけるのであれば努力します」

「一度試してみる、くらいの気持ちでも十分ですよ。実は現役を引退した父が術の伝承を専門に活動しているのですが、どうも上手くいっていないようで……お前も後継者を探して育てろ! とせっつかれることがよくあるのです」


 どうやらローゼンベルグ様のところにも、呪術の後継者問題があったみたいだ。


 ちなみに後継者って人間でなければダメなのだろうか? 単に術を身につけるだけなら、なんとなく俺よりもコルミの方が向いている気がするのだが……


 そう思って確認すると、ローゼンベルグ様はコルミにも興味を惹かれた様子。その後はコルミと他者を交流させる術ができた暁には紹介することを約束し、改めて明日の道具を作るために部屋へ戻ることにした。



 ■ ■ ■



 深夜


「できた……」


 道具を作っていたら、ちょっと凝りすぎて遅い時間になってしまった。寝不足にでもなったらまた心配をかけてしまうので、軽く使い心地の確認だけして寝ることにしよう。


 そう思って外に出てみると、隣の女性用宿舎の前にエレオノーラさんが立っていた。


「エレオノーラさん、まだ起きていたんですか?」

「タケバヤシ様……今日は昼までおやすみをいただいていたので、目が冴えてしまって。タケバヤシ様は?」

「僕は明日のために、この道具を作っていて」


 そう言いながら彼女に見せるのは1本の熊手、または英語でレーキ(rake)とも言われる農業や掃除に使う道具。その使い方から日本では金運や幸運を“かき集める”という意味で縁起が良いとされ、華やかに飾り付けをした“縁起熊手”と呼ばれる商品も存在する。


 そして俺の熊手は“瘴気をかき集める”ための熊手であり、呪術のための杖である。


 ……材質は以前ファットマ領で手に入れた普通の竹。人の手になぞらえると中指の付け根あたりに魔宝石の欠片が埋め込まれていること以外は、どこのホームセンターでも売っていそうな普通の熊手なので、杖と呼ぶのはちょっと違うか? ……今度テクンにちゃんとした杖の作り方を聞こう。教えてくれるって言っていたし。


「確かにこれは直感的に集めるイメージができますね」

「ええ、自分でも良い道具になったと思います」


 ここで、エレオノーラさんの様子がふと気になった。別に暗い顔をしているというわけではないのだけれど、どこか陰を感じる。ウィリエリスも彼女が暇をしていると言っていたし、せっかくだから少し話をしてみようか。


「エレオノーラさん、もしよかったら少し明日の準備を手伝ってもらえますか?」

「何なりとお申し付けください」


 夜中の呼び出しに対して瞬時に了承する姿に、若干前世の自分や同僚の姿が頭をよぎるが……なにはともあれ、エレオノーラさんが快く? 誘いに乗ってくれたので、一旦場所を移すことにした。

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― 新着の感想 ―
呪術関連の実験話は大事なファクターだと思うけど、ちょっと退屈でいつも寝ちゃって進まない(笑)
何かしてないと気力ごと目減りしていくタイプだ……
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