半休と慰労会の準備
翌日
セバスさんが買って来てくれた縄には昨夜のうちに人除けの呪いをかけておいたので、今日は俺とゴブリン達は道作り。大人達には朝から全員で、効果の検証を兼ねた山の周囲の縄張りをお願いした。
ゴブリン達ははるか後方で倒した木の処理をしているため、山道を進むのは俺とスライム達のみ。土留めの設置作業にはもう慣れたこともあり、ヒュージスカベンジャーの背の上で、工事中なのにのんびりとした時間が流れ……やがて麓に到着。
「倒した木々の搬出作業は残ってるけど、これでひとまず馬車が通れるだけの道は完成!」
ここからさらに路面の舗装工事や道路脇の手入れなどもやりたいが、そこまでは時間が足りない。空間魔法があればすぐに来られる場所なので、ひとまず今回は倒木の搬出まで。他のことは追々整えていく。どうせ呪いが解ける前の数か月は引きこもる予定なのだから、細かい部分はその間に手を入れればいい。
「それにしても、今日は暑いな」
前方の木を倒しながら進んでいるため、日光を遮るものが何もない。しかも、今日は一際日差しが強い日だった。樹海の蒸すような暑さとはまた違った、肌を焼く暑さ。これも昨年末の雪のような、神々が話していた魔力を補充した影響なのだろう。
「あの遺失魔法もこの日光だと、呪いが解ける前に呪物が焼ける……物と時間によっては溶けるかもな」
遺失魔法の研究は進展なし。まだ2日、それも昨夜は縄の方を優先したので時間も短かったし当然と言えるが、手掛かりすら掴めていない。ローゼンベルグ様も時間がかかると仰っていたし、仕方ない。
それより水分補給はこまめにしておかないと……アイテムボックスから水筒を取り出し、ゴブリン達にも指示を出す。ここでふと気づいた。この山にきて、今日でもう5日目だ。これまで休憩は取っても休日は取っていない。そろそろ休日を設けるべきか?
個人的には呪術の勉強が楽しいし、欲しいとも思わないのだけれど、それに付き合ってくれている人達がいる。
「今日は早めに仕事を終わりにして、夜にはお酒でも出そうかな? それとも明日を休みにした方が良いかな? 両方? ……とりあえず相談して決めるか」
目の前にある街道と山の境目には、既に縄が張ってあった。右か左かは分からないが、どちらかにいるはず。こちらの仕事は一段落したし、様子の確認がてら思い付いたことを提案してこよう。
それから強化魔法をかけて走ること5分弱。運よく方向は合っていたようで、縄が続く先に皆さんの姿がある。近づいていくと、最初に気づいたのはミーヤさんだ。
「リョウマにゃ!」
「お疲れ様です皆さん。こっちは一応道が繋がったので、様子を見に来ました」
「こっちは見ての通り作業中。ただ縄の量に限りがあるから、もうそれほど時間はかからないと思うにゃ」
「15km分もあったのに、思ったより早いですね」
「量が多いから多少時間はかかってるけど、冒険者ならロープの扱いは朝飯前で当然。縄は一定の距離ごとに執事のセバスさんが置いていってくれるから運ぶ手間もほとんどないし、残り8人で分担すればこんなもの。生えている木に直接縄を括りつければ、杭とか支柱を立てる必要もないし」
「それを除いても皆様の手際がいいですし、作業は滞りなく。外周を完全に囲むには縄が足りていないため、現在は人が通る街道に近いところを優先して張っています」
ミゼリアさんが胸を張り、続いてエレオノーラさんが問題点を挙げる。縄の在庫に関しては別に不思議でもないし、大きな問題でもない。急いでいるわけでもないので、これも追々やっていけばいいことだ。
縄の効果の検証結果や作業の進捗は、後ほど報告書として提出してくれるとのこと。エレオノーラさんの作る書類は分かりやすいし、楽しみにしておこう。
一通り、簡単な報告を聞き終えてから、俺から休みについての意見を聞く。すると、一番好評だったのは“今日の仕事を切り上げる”という選択肢だった。
「別に1週間くらいなら休まなくてもいいだろ。飯と寝る時間がちゃんとあるなら、しっかり働いて、まとまった金を稼いだ後でガッツリ休めばいい」
「アタシもそう、というか冒険者なんて大体そんなもんだよ。安定した金と休みが欲しいなら、街中で普通に働くのが無難なんだからさ」
「長期の仕事ならまた話は変わりますけど、一週間くらいでしたらそうですねぇ」
というのがジェフさん、ウェルアンナさん、シリアさんの言葉。他の2人も同様で、冒険者組は特に気にしていなかった。
さらに貴族組も、ローゼンベルグ様は相手や状況次第で予定が変動しやすい仕事が多いため、休みは後で帳尻を合わせることが多いらしい。エレオノーラさんは昔の俺みたいな働き方をしていたそうで、今のままでも十分休みが取れているから不満はないとのこと。気持ちはよくわかる。
加えて“この実験場で丸々一日の休みを貰っても仕方がない”という、確かにその通りだと納得してしまう意見もあったので、今日は張れるだけ縄を張ったら仕事を切り上げるという形に収まった。
ちなみに、それなりに付き合いが長くなったユーダムさんとセバスさんは、
「オーナーさんが自分から休みの話をするなんて」
「雇用者としての配慮が主な理由だとは思いますが、少し驚きました」
賛成でも反対でもなく、まず仕事を早めに切り上げる提案をしたことに驚かれるなんて、俺はどこまでワーカホリックだと思われているのだろうか……でも問い詰めたら藪蛇になりそうだから、黙っておこう。
「それじゃ僕は道作りの方に戻りますね。暑いので無理はせず、よろしくお願いします」
話がまとまったので、来た道を戻ってゴブリン達と合流。彼らは道に転がる木々を丸太の山にしてくれているので、まとめて空間魔法で木材置き場に転送。事前にストーンスライムで送り先の座標と状況を確認できるようにしておいたので、作業はサクサク進んでいった。
■ ■ ■
「さて、気合を入れて作るとしますか」
打ち合わせ通りに縄張りチームが仕事を終えて戻ってきたタイミングで、俺とゴブリン達も仕事は終了。クリーナースライムに頼んで汗を流し、材料の用意もできたので、山小屋に設置したキッチンで夕食の準備を始め――
「失礼します」
――ようとしたところで、エレオノーラさんがやってきた。
「報告書の提出に参りました」
「ありがとうございます。後で確認させてもらいますね」
差し出された書類の束を受け取るが……手に持つと、なかなかの厚みと重み。仕事を切り上げた後、俺が汗を流して食材の準備をするまでの間に書ける量なのだろうか? いや、実際に書類があるのだから、書いたことは間違いない。
「タケバヤシ様、何か不備がございましたか?」
「あっ、すみません。これだけちゃんとした書類を、帰ってきてからの短時間で書けるのは凄いなと思っていただけですよ。少なくとも僕にはできませんから。何かコツがあるんですか?」
「コツというほどのことではありませんが、書類を作る時には魔法を使っています」
書類作成に魔法? もしかしてプリンターみたいな印刷魔法とかが存在するのだろうか?
興味が出て、詳しく教えてほしいと伝えたところ、
「本当に特別なことではありません。私が使っているのは“念力”ですから」
「念力というと、物体を動かす無属性魔法ですよね?」
「それで合っています。念力でペンを操れば自分の手が疲れても書類作成を続けられますし、複数のペンで一気に書類を書きあげることも可能です」
彼女は淡々と事実を告げるように、無詠唱で近くに置いていた菜箸で実演もしてくれた。2本に分かれた箸をそれぞれ器用に操り、滑らかな動きで空中に違う文字を書いている。
無詠唱だけじゃなくて、前にレミリー姉さんが使ってた並列詠唱の技術も併用してるっぽい? いや、それよりもこの説明から察するに、本当に“印刷”じゃない。ただ魔法でペンを複数動かしているだけで、普通に書いているだけだ。
「最初に書く内容をまとめて、具体的な文章や紙の上での配置を定めておくと操りやすいですし、作業も早く進みます」
「あー……もしかしてですが、書く前から既に頭の中に完成品ができていますか?」
「そうですね。ある程度の内容は外での作業中に、メモをしている段階で決めていますので、室内ではメモを見ながら頭の中で微調整を行い、それができたら魔法で書き出しています」
「なるほど」
前世のPCで文書を作成・編集して、印刷プレビューを確認するようなことを、エレオノーラさんは脳内だけでやっているのだろう。……これ思っていたより力技というか、完全にエレオノーラさんの頭脳のスペック頼りの魔法だ!
「魔法とはまた別の能力が必要そうですね」
「学生時代、魔法科の先生にも同じことを言われました。一般普及には向かないと」
両手に足まで使って別々の文章を書くみたいだからなぁ……凡人には無理とまでは言わないけど、相当難しいだろう。習得しようとしたら、ものになるまでに相当な時間がかかりそうだ。
「エレオノーラさんの仕事が早い理由がわかりました。この書類は後ほど確認して、返答させてもらいますね」
「かしこまりました」
そう言って一礼した彼女が顔を上げると、視線が横に逸れた。
「タケバヤシ様、つかぬことを伺いますが、あちらに用意されているのは夕食の材料でしょうか? 恐ろしい量の香辛料が並んでいますが」
「? ああ、確かにこちらでは香辛料は安くないですからね。今日の夕食はカレーにしようと思っています」
作ろうとしていたのは懐かしの“日本式カレー”。樹海で胡椒の他にもスパイスを手に入れてから、いつか作りたいと思っていた。こちらの常識的な感覚であれば、かなりの高級料理を作ろうとしているように見えるのだろう。
「タケバヤシ様は宮廷料理も作れるのですか」
「……カレーって宮廷料理なんですか?」
「かの有名なマサハル王が好んだ料理として有名ですね。多大な財を使い、国中から材料を集めて作らせたという記録が残っています。王族が好んだ伝統的な料理であり、高価な香辛料をふんだんに使うことで財力も示せるため、高位の貴族家では晩餐会を開く時の定番の1つだそうです」
確かに材料と料理人を用意できるだけの力があれば、前世の料理の1つも食べたくなるのは理解できる。まさに今の俺がそうだからな。
「スパイスの配合や量など、宮廷料理と同じものではないと思いますが、夕食はカレーにしようと思っています」
「それは楽しみですね。差し支えなければ、作り方を見ていても良いでしょうか?」
「もちろんです」
ということで、エレオノーラさんも参加してカレー作りを開始。まずは小麦粉をバターで炒めて、ルーのベースにする。これが十分に茶色になったら火を止めて、スパイスを混ぜ合わせて作ったカレー粉を投入。すると熱されたスパイスの香りが一気に拡散する。
スパイスに火を入れると香りが立つけれど、いきなり高すぎる温度に入れたり、加熱をしすぎると香りが飛んでしまうので注意が必要。水分が徐々になくなって、ある程度まとまったところで一旦別に用意したお皿に移しておいておく。
「次に具材の調理を行います」
大きな鍋で玉ねぎを飴色になるまで炒めたら、ニンニク、ショウガ、潰したトマト。あとはレトルトシリーズの野菜の水煮パックから、ジャガイモとニンジンを入れて、最後に先程作ったカレーペーストを投入。
トマトと水煮の水分でふつふつと煮立つ鍋をかき混ぜる作業をエレオノーラさんに任せて、俺は鶏肉を1口サイズにカット。下味をつけてからフライパンで十分に焼いたら、これも鍋に投入して煮込む。
このへんでちょっと味見を――
「この匂いは何にゃー!」
「あつっ!?」
驚いた拍子に、熱々のカレーが口に流れ込んだ。小皿に取った分だけだから火傷はしなかったけれど、いきなり何か……と思ったら、声の聞こえたミーヤさんだけでなく、小屋のドアの向こうには冒険者チームが勢揃いしていた。
「どうしたんですか皆さん」
「どうしたもこうしたも、このお腹の減る匂いの出所がここだったのにゃ!」
「邪魔して悪いね。でもこの匂いがこう、あまりにも美味そうというか、ある意味暴力的というか、なんとも言えない匂いが外にも広がってたから気になったんだよ」
「そいつは今日の夕飯か?」
「はい、今日はカレーですよ」
続けてエレオノーラさんが宮廷料理だと説明を始め、勝手に期待が高まっていく。素人の作った一般家庭のカレーなのだから、あまり期待されると困るのだけれど……
「リョウマ、そのカレーはもう食べられるのかにゃ?」
「まだまだですよ。もう少し煮込んでから一度氷魔法で冷まして、もう一度煮込みたいので」
「にゃっ? 煮込んだらもう食べれるんじゃ」
「カレーは一晩おいた方が美味しいんです。これは冷めている間にカレーが具材にしみ込みやすく、味がよく馴染むからだそうです。お好みでカレーと一緒に食べるお米とパン、あとはサラダも用意しますし――って、そんなに絶望的な顔をしなくても」
「この匂いを前にして待つのは辛いのにゃ!」
「はいはいそこまで。あんたの食い意地が張ってるのは知ってるけど、リョウマは夜には出すって言ってるんだから、ちょっとくらい我慢」
「ミーヤは私達が連れていくので、引き続きよろしくお願いしますねー」
実に慣れた様子のミゼリアさんとシリアさんが両脇を抱え、連行されていくミーヤさんの後を残り2人がついていく。
「あっ、そういえば夜にお酒とおつまみも用意しようと思ったんですが、皆さん飲まれますか?」
「そりゃ嬉しいね。アタシ達はありがたく飲ませてもらうよ」
「俺もだ。特にこだわりはないから美味いのを頼むぜ」
「了解です!」
ゴブリン謹製の白酒と清酒、樹海で作ったハイボールあたりを出せばいいかな。グレンさんと交換したお酒もあるし、在庫は十分だ。おつまみはジークさんのお店の腸詰やサラミと、芋がたっぷりあるから、ポテトサラダも作ろうかな。
「エレオノーラさんはお酒はお好きですか? もし苦手であればお茶や果実水なども用意できます。無理に飲ませるようなことは絶対にありませんし、誰かがやろうとしたら止めますので、遠慮なく答えていただければ」
「お酒はワインなら飲めますよ。他のお酒は飲んだことがないので分かりません。それにしばらく吞んでいませんし、蒸留酒のような酒精が強いものはやめておこうと思います」
「分かりました。ワインも在庫はあったと思いますから、そうしましょう。様子を見つつ、ダメだと思ったらいつでもお茶や水に変えていいですからね」
彼女は俺が勧めたら無理にでも飲みそうだから、気を付けないと。アルハラ、ダメ、絶対。
それからも俺達は雑談をしながら、夕食と労いの準備を進めていく。前世では考えられなかったことだが、気の合う人たちとなら宴会も、こうして準備をするのも楽しいものだ。




