続報と実験場視察
本日、4話同時投稿。
この話は1話目です。
エレオノーラさんの到着からさらに3日。初日に引き続き関係各所との挨拶回りや仕事の引き継ぎを進めていると、再びセバスさんが訪ねてきた。
「先日お伝えした“技術盗用の疑い”の件ですが、仔細の確認が取れました。結論から申し上げますと、技術盗用はされておりません。ただし“リョウマ様のゴミ処理場を模した施設を作っていた”という点は一部事実です」
場所は事務所に用意した応接室。参加者にカルムさんがいないという点を除いて、前回と同じ状況で報告を受けた。
技術盗用がなかったということは、スライムが盗まれたわけではないのだろう。こちらの従業員が不正を行ったわけでもなさそうだから、それは良かった。しかし、報告にはまだ続きがある。
「まず疑いの原因となったものは、領内の街中に新設したゴミの“集積場”でした。領主から直接聞き取りを行ったところ、新設の理由は“既存のゴミ処理施設で増加した魔獣被害に対応するため”とのこと。
彼の領地では魔獣の増加が他と比較して顕著であり、領主交代の混乱もあって討伐の手が行き届いていないそうです。街の外に作られていた既存のゴミ処理施設には、餌となるものを求めて姿を現す魔獣が増え、働く人員の被害も増えていた事実が確認されました」
被害を抑えるためには防衛力の強化が必要だが、それには当然費用がかかる。しかもその領地は元々あまり裕福ではない上に、前任の領主が犯していた罪に対する罰金の支払いも負担になっている。だからといって何もしなければ問題は解決せず、被害が拡大するばかり。
苦肉の策として行ったのが既存の処理施設の操業停止と、街中に仮の集積場を設営するという2つの対策。問題の先送り感は否めないし、衛生面など色々と心配だけれど、街中に集積場を移すことで防衛のための戦力を街に集中させるのも1つの手ではあるだろう。
ギムルの街でも従来のゴミ処理場はまだ街の外にあるし、今もそこで働いている人達はいる。今はスライムを使ったゴミ処理場が上手くいっているから、同じ状況になっても対応できると思うけど……ない場合を考えると困った問題だ。
「集積場の設営と理由、また領地の状況についても裏が取れておりますので、その場しのぎの嘘ではないと判断されました」
「……“嘘ではない”というところに含みを感じるのですが」
「ご明察にございます。問題の背景には、領主と周辺貴族の関係性がありました。どうやら新しい領主は着任後、前回の我々の想像以上に周辺貴族との関係が悪いようなのです。
街中に集積場を作る原因となった魔獣の問題は、ゴミ処理のみならず流通などにも影響を及ぼします。そのため領主はまず前任の件と自らの至らない部分を認めて助力を請うたものの、すげなく断られていました。
その後で、どうしても助力が欲しければ……と足元を見た要求が続いていたそうです」
「それは、魔獣の問題を解決してもまた別の問題が出てきそうですね……」
「新しい領主さんは圧倒的に立場が弱いから、変な色気を出した奴がいたんだろうね」
ユーダムさんが呆れた顔で俺の言葉に同意した。
「……領地が隣接しているのであれば“自分の領地を守るだけで手一杯だ”とでも言っておけば時間は稼げます。そのうちに泣きついて来る、そうなればもっと有利な条件を引き出せる。おそらく相手側の考えはそんなところでしょう。苦しむのは民だというのに……
新領主側は仮に相手の条件を飲むことで差し迫った魔獣の問題を解決できたとしても、その条件によって先々の領地経営に障りが出てしまえば、破綻も時間の問題です」
エレオノーラさんが苦虫を嚙み潰したような表情で呟く。
きっとご実家のことがあるからだろう。新領主に対する印象や態度は決して肯定的ではないけれど、子々孫々まで続く首輪をはめられる可能性と苦労を知っているからか、だいぶ複雑そうだ。
しかし、ここまでくるとセバスさんが言っていた“一部事実”の意味も想像できてきた。
「技術盗用の話は、その領主がわざとそう誤解するように仕向けた……で、あっていますか?」
「明言はしていませんが、まず間違いありません。家督を譲ったとはいえ、公爵家の元当主が自ら事情を問いただしにきたことには大層慌てていたそうですが、ゴミ集積場に関する弁解は明瞭でよどみなく“事前に答えを用意していた様子が見て取れた”とのことでした。
また、無理を押し付けようとしていた近隣の領主は技術盗用の“誤解”によって、以後の手出しを控えています」
「そりゃ公爵家に喧嘩を売るような真似をする奴なんて、部下にできてもしたくないだろうね。下手にかかわって仲間と思われたら大変だし、仲間にしてから馬鹿なことをされても困るもの」
まるで野生の生物や昆虫の警告色。“無能な味方が一番厄介”とはよく聞く言葉だが、件の新領主はそれを演じて他家からの悪意ある干渉を防ごうとしたのだろう。
「街中にゴミを集めただけ、処理方法も燃やすのであれば新規性がありません。故に技術盗用を追及するのも難しい。
公爵家から問いただされなければ無視。問いただされたとしても、紛らわしい行動を取ってしまったと頭を下げれば、場を収めることはできると考えたのでしょう」
「だとしても印象はよくないでしょうに。元々評判が悪かったからいいと思ったのかな……」
「若さゆえの勢いと反骨心もあるかもしれません。新しい領主は去年王都の学園を卒業、現在は19歳だそうですので」
若っ!? え、そんなに若いの? ……いや、そうか、知識をつける時間もなく領主の座を引き継いだのだ。歳をとるまで待てるのなら、その間に領主としての勉強もできるだろう。それなら最初からこんな話にはなっていない。
う~ん……追い詰められての行動である可能性は考えていたけど、思っていたのとは違う方向に突っ走っていた印象。
「なんだか、聞いていて複雑な気持ちになりますね。他に何か手はなかったのでしょうか?」
「国軍に救援を求めて兵を派遣してもらうという手もありますが、問題は派兵までの時間です。軍を動かすにはまず手続き、次に具体的な人数や部隊の決定、決定した内容に基づいての物資の準備、現地に到着するまでの移動時間等々。早くとも2週間は必要だとされています」
エレオノーラさんが素早く教えてくれたが、早くとも2週間か……
「対応が遅いと思うかもしれないけど、あんまり国軍の兵が早く到着できる体制を整えていると領主が警戒心を抱いたり、自領の防衛力を疑われていると思ったりもするし……その辺、政治的にも結構難しいんだよ。
だから国軍はあくまでも援軍。領主の軍や冒険者がまず動き、戦力が足りなければ近隣の領主との協力で対処する、っていう考え方が領地防衛の前提にあるんだ」
無駄な争いを避け、緊急時に助け合う必要があるからこそ、領主は周囲の領地との関係を大事にしなければならない。しかし、その領主の場合はそこが元々破綻していたみたいだから……
「正直、その新しい領主も大変だなぁ……という気持ちと、失礼ですが緊急時にくだらない足の引っ張り合いをしているなぁ……という気持ちが混ざり合っているというか……」
「世の中の問題は、原因を突き詰めれば大抵くだらないことですよ。大きな問題の大半は、くだらないと言ってしまえるような小さな問題が積み重なって生まれるのです。だからこそ、問題は小さなうちに解決しておくことが重要なのです」
それは確かにそうだ、と納得する。前世の仕事でも、小さな問題だからって放置しておくと後々厄介なことになるケースは多かった。
尤も、小さくても問題があると認識できている場合は早期対応できるからまだマシ。本当にやばいのは問題の存在自体を認識できていない場合。これはもう時限爆弾だ。そしてうちの会社には、そんな時限爆弾の量産工場みたいな奴が何人もいた。
問題に気づかなかったのはまだ仕方ない、許す! でも気づいたならその時に教えてくれよ! なんでもう一回隠して置いといて納期直前に出すんだよ! しかも上司!! 新人でも迷惑だけど上司がやるってどういうこと!?
……と、叫びたくなったことが何度あったことか……いや、実際に何度か1人で叫んでいた。事の発端は上の人間でも、割を食うのは下の人間なんだよなぁ……その領地に住む人達も災難だ。
「なにはともあれ、この件でリョウマ様に関係する話は片付いたと見てよいでしょう。技術盗用の事実がなかったとはいえ領主本人にはラインバッハ様がきつく釘を刺し、領地ごとジャミール公爵家の監視下に置くこととなりました。
万が一問題があるようならば我々で対応いたしますので、リョウマ様は心置きなく、ご興味のある研究や学習に打ち込んでください」
そう言ったセバスさんは、アイテムボックスから書類の束を取り出して話を変える。
「つきましては、こちらは以前お伝えした瘴気の浄化実験場に関する資料、および利用許可証です」
「ああ、前にお願いした土地ですね。ありがとうございます」
「瘴気の浄化はこちらとしても非常に助かりますから。旦那様も、できることならリョウマ様が樹海から帰ってくる前に処理を終わらせたいと話していたくらいです。手続きが遅れて申し訳ありません」
「瘴気の危険性を考えると、手続きに時間がかかるのは仕方ないですよ。十分に早いと思います」
例えるなら、毒ガスの発生する山。そんな場所を二つ返事で貸せるわけがない。公爵家の領地でラインハルトさんが許可を出せるとしても、それを処理するのは部下の人達なのだから、末端まで指示が届いて処理の記録が終わるまでには相応の時間がかかって当然だ。
「また、ローゼンベルグ様も来週には手があくとのことです」
「! 呪術を教えてもらえるのですね。とても楽しみにしていました。まず時間を作るということで細かい打ち合わせはしていませんでしたが、僕が公爵家のお屋敷に伺えばいいのでしょうか?」
「その件についてですが、先日ご相談いただいた“解呪の遺失魔法”の件もありますので、もしよろしければ彼の用意が整い次第、一度共に実験場へ赴くという形ではいかがでしょうか? 彼は瘴気の対処にも長けていますし、その方が色々と試しやすいと考えています」
何か思いつくとすぐに実験がしたくなる。そんな俺の性格をよく理解した提案だ。もちろん嫌なわけがなく、特に断る理由もないので二つ返事で了承。その後は合流する日時と実験場までの移動などの打ち合わせを済ませた。
それからは正式に呪術を学ぶことを楽しみにしながら、事務所の環境整備を中心に街での仕事に精を出す。
■ ■ ■
そしてあっという間に時が過ぎて、一週間後。
「こんなところに、こんな場所があったのか……」
セバスさんの案内で、実験場として与えられた山のふもとに到着。驚いたことにこの山は、俺が転生から3年間を過ごしたガナの森からそれほど離れていない。冒険者ギルドのランク上げのために依頼をこなしまくっていた時には、近くを通った覚えもある。
山は瘴気の影響か、山頂付近の一部だけ木々が枯れて崩れた地面が露出しているため、大規模な開発工事を行っているように見えなくもない。同じ山でも瘴気の影響が出ていない場所には青々とした木々が立ち並んでいるので、荒れた山肌が余計に痛々しく見えた。
「タケバヤシ様、皆様の準備が整いました」
実験場を眺めていた俺の背中に、エレオノーラさんの声がかかる。
彼女にはギムルの街で待機し、関係各所との連絡や事務作業を受け持ってもらうことになっていたけれど、今回は同行してもらった。
なんでもカルムさんとの引き継ぎの最中“仕事ぶりは問題ないので、仕事よりもオーナーの行動に慣れてください”というアドバイスを受けたとのことで、今回の実験場視察に同行することになったのだ。
……カルムさんにはまた今度、なにか労いの品を持っていこう。
「ありがとうございます。それじゃ行きましょうか」
声のした方を振り向くと、彼女の後ろには山を登る支度を整えた人達の姿がある。
エレオノーラさんの隣には、俺のサポート要員として参加したユーダムさん。その後ろにここまで俺達を連れてきてくださったセバスさんと、呪術を教えてくださるローゼンベルグ様。
さらに彼らから少し離れて、冒険者が5人。女性獣人冒険者のミーヤさん、シリアさん、ミゼリアさん、ウェルアンナさんの4人に加えて、槍使いのジェフさんが立っている。彼らには今回、実験場周辺の調査を依頼した。
本当はそのあたりも自分で調査するつもりだったのだけれど、俺には他にも色々とやらなくてはいけないことが多い。一人でやるには仕事量が過剰だとエレオノーラさんに諭されて、調査の一部を外注することになっている。
今回の仕事は公爵家の技師としての仕事なので、雇うなら調査能力だけでなく、秘密を守れて信用できる冒険者ではなくてはならないが……この5人なら十分にその条件は満たしているし、個人的な親交も深いことも含めての人選。
冒険者5人に貴族組が4人。俺を加えたら合計10人。
ここまで大所帯で活動することは珍しいけれど、これはこれで楽しくなると確信している。




