挨拶回り(後編)
本日、3話同時投稿。
この話は3話目です。
自宅兼事務所の案内後……もう一度乗合馬車に乗り、今度は街の中心までやってきた。
「ここは見ての通り背の高い建物も多いですし、もし道に迷っても大通りを見つけて街の方に向かって歩けばここにたどり着きますから、自分の居場所が分からなくなったら目印にしてください」
「先程の家もそうですが、タケバヤシ様が経営するお店や施設の大半は、街の北東部に偏っていると聞いています。ここまで来られれば、大体の位置は分かりそうですね」
「区画整理で道も以前よりは分かりやすくなっているはずですし、よほど道に迷いやすい人でなければ大丈夫だと思いますよ。
それからこのあたりには各ギルドの支部も集まっていますし、個人的なお付き合いのある方も多いですから紹介しておきますね」
ということで、まずは一番近くにあった冒険者ギルドを訪ねる。
建物の中に入ると、朝には少し遅い時間ということもあって、冒険者の姿はあまり多くなかった。手ごろな依頼が見つからず、あるいは休みで時間を持て余しているような人はそれなりにいるが、受付前に人はいない。
むさくるしい男が集まる冒険者ギルドに一般女性、それも身なりの良い女性が訪れることは少ないので、必然的にエレオノーラさんは注目を集めている。待っている人もいないようだし、早く用件を済ませよう。
「あら、リョウマ君じゃない」
ここで声をかけてきたのは、冒険者ギルドの受付嬢であるメイリーンさん。彼女は受付で何か書類作業をしていたようだ。丁度いいので、挨拶をして、エレオノーラさんを紹介する。
「――ということです」
「分かったわ。リョウマ君がいない時に何かあれば、彼女に連絡を取ればいいのね。
エレオノーラさん、これからよろしくお願いします。お仕事の話でなくても、何か困ったことがあればいつでも来てください。私でよければ相談に乗るくらいはできますから」
「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「そうだ、ギルドマスターにも会っていく? 今は仕事も一段落しているはずだから会えると思うけど」
「オイオイオイ、さっきから聞いてりゃなんだぁ?」
和やかに話をしていたら、急に1人の男が声を上げた。彼は俺達を胡乱な目で見据え、壁際にある掲示板の前からこちらにゆっくりと近づいてくる。まったく知らない男だが、先程の言葉が俺達に向けられたことは確かなようだ。そして、友好的でないことも。
剣呑な空気を感じて他の人達の目も集まるが、俺が気になったのはエレオノーラさん。彼女はさりげなく懐を確認していた。おそらくは護身用の武器か何かを隠し持っているのだろう。
だが、件の男はまったく気づいた様子なく、俺だけを睨みつけながら近づいてくる。
「こんなところに女連れで来やがって、依頼人かと思えばテメェみたいなガキが冒険者だとぉ? しかも秘書とか、金持ちのガキが道楽で冒険者やってんじゃねぇよ! こっちは毎日命を懸けてんだ!」
「ちょっと貴方――」
「そっちの女もだぞ! 何がギルドマスターにも会っていくかだ! ここのギルドはそんな気軽にギルドマスターに会わせるのか!? 金持ちに媚びるのか!? あぁ!?」
男はメイリーンさんにも絡み始めるが、次第にその言動が怪しくなる。最初こそ俺達に対する文句だったが、すぐに彼がこの街に来たばかりの冒険者で、しかも仕事が上手くいっていないと察せられる……早い話がただの愚痴になっていった。
“ギルドで絡まれる”というのは物語ならお約束のイベントだけれど、何で今更、しかもこんなどうでもいいところで発生するかね……そういえば今は舎弟みたいになっている奴らも最初は絡まれたわけだし、単純に冒険者には荒くれ者が多いだけかもしれない。そういうことにしておこう。
「ったくこの街はムカつく奴ばっかりだ! 洗濯なんて雑用しかしない店ですら俺を追い出しやがる!」
「洗濯の店って、うちの?」
「うちのぉ?」
聞こえた言葉に思わず声がでてしまう。そして、向こうも俺の言葉に反応した。
ギムルで洗濯の店となると、俺が知る限りではうちの店だけだ。それで“追い出しやがる”ってことは、この人あれか! カルムさんが言ってたしょうもない人!
「出入り禁止になった酔っ払いの迷惑客か」
「それを知っているってことは、本当にあのクソみてぇな店の関係者か! 客に恥かかせやがって!」
男はあれが気に入らない、これが気に入らないと身勝手なことを大声で叫び始めた。今はわめくことに気が向いているようだが、いつ掴みかかってきてもおかしくないくらいの剣幕。それに伴って、エレオノーラさんがいつでも前に出られるように戦闘態勢を整えている。
正直、目の前の男は脅威だと感じない。以前もこのくらいの相手なら別に怖いとは感じなかったと思うけれど、樹海で魔獣やグレンさんという本当に強い冒険者を見てしまったからだろうか? 前よりもさらに脅威と思えない。
……ぶっちゃけ目の前の男より、エレオノーラさんの方が強そうなんだよなぁ……おそらくレミリー姉さんみたいな魔法主体の戦い方だろうけど、目の前の男なら問題なく対処できそう。
ただ、“冒険者同士の喧嘩”で済ませた方が後始末はしやすいし、ここは申し訳ないけど下がっていていただこうか。
「エレオノーラさん、僕は大丈夫です。ここは任せてください」
そして男よりもエレオノーラさんを気にした、この発言が気に障ったのだろう。
「テメェ、女の前だからってカッコつけてんじゃねぇぞ!」
顔を赤くして拳を振り上げる男――だが遅い。
いいかげんな殴り方はグレンさんと大差ないけれど、彼とは違って動きがよく見える。
ノロノロと飛んでくる拳に手を添えるように払うが――軽い。
グレンさんの一撃とは比べようもなく、全身どころか腕だけで十分に逸らせてしまう。
最後に拳を振り抜いたままがら空きになった、男の腹へ蹴りを叩き込めば――脆い。
鎧が砕ける感触と肉に深く食い込む感触を足に残して、男は元居た壁まで飛んで……脆い?
「ヤバっ! 考え事してたら加減間違えた!」
流石にグレンさん相手の時ほどではないけれど、かなり強く蹴り込んでしまった。男は壁まで吹っ飛んでそのまま動かない。意識はないが怪我は……セーフ! 回復魔法でなんとかなる範囲でよかった!
回復魔法を5回ほどかけて……
「これでよし!」
「何がだよ」
「うわっ!?」
治療を終えたら、背後にギルドマスターのウォーガンさんが立っていた。
「いつからそこに?」
「丁度お前さんがそいつを蹴り飛ばした時だな。せっかく仕事が一段落した時に面倒起こす奴が出たかと思って来てみれば、大の男がすっ飛んでいったから少し驚いたぞ」
「お騒がせしました」
「まぁ、経緯はメイリーンから聞いた。そいつが騒ぎを起こすのは今回が初めてでもねぇし、咎めはしねぇよ。精々“力加減に気をつけろ”って軽い注意くらいだな。そいつと後のことはこっちで片付ける。もう動かしていいんだな?」
「はい、今は健康体ですよ」
「よし、コイツの目が覚めるまで奥の部屋に放り込んどく! 誰か手を貸してくれ!」
「ういーっす」
「ったく、しょうがねぇな。なんでよりによってリョウマに絡むんだ、コイツは」
「見た目は子供だし、一見強そうには見えねぇからなぁ。ってか酒の臭いがするぞ」
「こいつは最初に来た時からそうだよ。いつも軽く酒ひっかけてるんだ」
「人族だと分からないかもしれないが、獣人には臭いですぐわかるよな」
「酒が手放せないとか、さらにダメな奴じゃねぇかよコイツ……」
「まぁ、美人連れがうらやましいってのは俺も分かるけどな」
「そりゃそうだ」
「おいリョウマ! うらやましいぞ!」
ウォーガンさんの呼びかけで、以前からギムルで活動する冒険者の方々が両手両足を抱え、男を雑に運んでいく。その過程でからかい半分、ブーイング半分の声をかけられたけれど、とりあえず問題は片付いた。
その後改めてウォーガンさん、さらに流れでギルドにいた冒険者の方々にもエレオノーラさんを紹介してからギルドを後にする。
「いやー、街を案内しているだけなのに、なんだかバタバタしてしまいましたね。疲れていませんか?」
「声をかけてくださった方々の数に少々圧倒されましたが、疲れてはいません。タケバヤシ様はご友人が多いのですね」
「それは僕も驚いています。 この街に来る前だったら想像できないくらい、今は多くの人と関わることになりましたからね。たまに、本当にたまにですが、自分がちゃんと交流できているのか疑問に思うこともあるくらいです。この街は本当に、いい人が多いですよ」
できればエレオノーラさんにもいつか実感できるようになってもらいたいところだ。
「そういえばエレオノーラさん、先ほどはありがとうございました」
「何のことでしょうか?」
「あの男性に絡まれた時、守ろうとしてくださったでしょう」
「ああ……必要ありませんでしたが」
「そのお気持ちだけでもありがたいことですよ。なんとなくの雰囲気で判断しましたが、結構お強いですよね?」
「タケバヤシ様ほどではありませんが、嫁ぎ先では領軍に所属して一部隊を率いておりましたので」
「えっ、そうなんですか?」
そういえば彼女と最初に会った時、メイド服を着ているけど警備隊とか兵隊さんみたいな雰囲気の人だなあと思ったっけ。本当に軍人さんだったのか。
「私は立場上、成り行きでその地位に就いただけですので、軍人と言えるほど立派なものではありません。ですがそれなりの実戦経験は積んでいますし、魔法の腕には自信があります」
「魔法といえば、王都の学園の魔法科を首席で卒業されたと聞きました」
俺がそう言うと彼女の表情に陰が落ちた気がしたが、一瞬のことで地雷かどうかは分からない。ただ、語りたくない、話を変えたいといった感じでもなさそうだ。
「今では恥ずかしい話ですが、当時は“轟雷の魔女”と呼ばれておりました。雷の魔法、特にライトニングという一撃の威力が強いものを得意としていましたので」
「冒険者みたいに、学園でもそういう異名をつけたりするんですね」
「特別感を出したいと考えるのは、冒険者でも学生でも同じですよ。どちらも見栄を張りがちですし、貴族は詩的で遠まわしな表現なども好みますから。そういう意味では私の異名はまだ単純な方ですが……この年になって考えるとやはり恥ずかしい……」
エレオノーラさんは本当に恥ずかしいようで、うっすらと顔を赤らめている。しかし、そんな異名をつけられていたのも、彼女の実力が確かだったが故にだろう。そんなに魔法が得意なら魔法に関する知識も豊富だろうし、時間のある時に話を聞いてみたい。
そう思って、いつかそういう話をさせてもらってもいいだろうか? 尋ねてみると、彼女は少し不思議そうな顔をしたが、特に嫌がる様子もなく引き受けてくれた。
「ところで、差し支えなければ教えていただきたいのですが」
「なんでもどうぞ」
「私が学年首席だったことをタケバヤシ様に教えたのは、ヴェルドゥーレの彼ですか?」
「あー……はい。確かにユーダムさんですが、聞いたのは首席と雷魔法が得意だったということだけですよ。それ以外には何も。彼もエレオノーラさんの事情に詳しいわけではないので、聞きたいことは本人に聞いた方がいいと言っていましたから」
「そうでしたか。彼は昔と変わらず、そういう配慮はできるのですね」
昔と変わらず? もしかして彼女も以前からユーダムさんを知っていたのか?
そんな俺の疑問を察したのか、彼女は先んじて教えてくれる。
「彼とは学年が違っても、女子生徒の間で有名でしたから」
「ユーダムさんはそんなにモテていたんですか」
「私は色恋に全く興味がなく、理解もできませんでしたが、入学まで婚約者が決まっていない令嬢は、学園で将来の相手探しに必死になるのです。そこに騎士科に所属しているだけでも将来有望な上、気さくで他者への配慮もできる男性がいれば注目が集まるのも当然かと」
エレオノーラさんは他人事のように語った。首席という経歴も生半可な努力で得られるものではないだろうし、学生時代はそれだけ勉強に力を入れていたのだろう。
立派だ、と素直に口にすると、彼女は静かに首を横に振った。
「努力はしました。しかし、当時の私は学問や努力に“依存していた”という表現が適切です。努力をすれば実家の状況を改善できる、何かしらの手段が見つかると信じて己の全てを注ぎ込みました。
その反面、努力をしない人……単純に怠惰な人は言うまでもありませんが、情熱を傾ける先が分かりやすく将来に繋がるものでない人のことも不真面目ですとか、一時の享楽にふける愚か者だと軽蔑して、切り捨て……学業と成績以外に縋るものがない、視野の狭い子供だったのです」
「あー……」
状況も立場も違うから、気持ちが分かるだなんて軽々しくは言えないけれど、なんだか言葉に刺さるものがある。友達作りも失敗してから取り返すのには苦労するしなぁ……最初から上手くやるのも簡単ってわけじゃないけど、余計にね……
「ちなみにユーダムさんとは上手くやって行けそうですか? 僕、そんな事情を全く知らずに、補佐役をお願いしてしまったのですが」
「ご心配なく。個人的感情がどうであろうと、仕事への影響は与えないようにいたします。ですが、ご質問の意図はそういう意味ではありませんね」
それから彼女は少し考えるそぶりを見せて、改めて口を開く。
「まず、私から彼に思うところはございません。興味どころか、名前以外は全く記憶にもないもので。しかし、それ故に過去に何か失礼をしていたかもしれないという懸念はあります。失礼ですが、昔の私なら確実に嫌悪する類の男性だと思いますので。
しかし、それはあくまでも昔の話。まだ軽く話した程度ですが、彼に悪い印象は持っていません。遠慮は多少見えましたが、昔の私を知っていればむしろ当然。私を避ける素振りを見せずに対応していただけただけでも、関係構築の余地は十分にあると考えています」
「そうですか、前向きに考えられているようで良かったです。……というか出会って初日だとそうなりますよね! 質問が少し急ぎ過ぎました。申し訳ない」
「とんでもありません。ご配慮に感謝しております」
「僕もあまり人付き合いの得意な方ではないので、そう言っていただけると助かります」
距離の詰め方とか、本当に対応に困ったら遠慮なく言ってもらいたいんだけど、立場的・性格的に難しいか?
でも、エレオノーラさんとの会話は続くようになってきた気がする。
この調子で一歩ずつ、無理をさせないように気を付けながら、距離を縮めていきたい。




