帰還祝いと歩み寄り
本日、4話同時投稿。
この話は3話目です。
ラインハルトさん達との密談を終えた後。待たせていたヒューズさん達に挨拶と樹海での出来事を一通り話し終えたところで、お土産を渡すことにしたのだが……
「リョウマ君の無事と目標の達成を祝って、乾杯!」
『乾杯!』
お土産の大部分は食料品が占めていたため、試食会という名の宴会が始まるのは必然だった。
ラインハルトさんの音頭で皆が一斉にグラスを掲げ、樹海の拠点で購入してきた“放熱樹の樽エール”に口をつける。途端に皆さんが飲み込む速度が上がった。
「プハッ! リョウマ! これ美味いな!」
「鼻に抜けるような香りが刺激的だが爽やかだ。飲みやすい」
「これが樹海の木の香りなんだねぇ」
「樹海にこのようなお酒があったとは」
「冒険者の拠点内で流通しているだけで、あまり外には出てこないのだろう」
「お酒よりも高く売れる素材が沢山あるから、そちらが優先になるでしょうしね」
俺の周りには護衛のヒューズさん達と、今度から仕事のサポートをお願いするエレオノーラさん。公爵家の皆さんとは先程までじっくり話していたので少し離れているけれど、聞こえてくる声はどれも好意的なものだ。
「それでは皆さん、焼いていきましょう」
目の前には特別に用意した大きな鉄板。少し離れた位置には食材を並べたテーブル。その上で特に目立つのは、薄切りにして山のように積まれたイモータルスネークの肉。それを囲むように、香辛料や樹海産の果実などがズラリと並んでいる。
シュルス大樹海は食糧確保が難しいとされているが、それは危険な魔獣が多数生息しているため。食用可能な植物そのものは豊富に存在する。特にコルミ村の周辺には、過去の村人が生きるために努力をした形跡がうかがえた。
しかし……俺の中で樹海で一番美味しかったものと言えば、やはりあの肉。そして焼肉パーティーだ。率先して鉄板にイモータルスネークの肉を乗せると、肉の油が溶け出して弾ける音や香ばしい香りがたちどころに広がっていく。
「うおぉ……なんだこの肉、匂いだけですげぇな……」
「暴力的な香りという表現も聞いたことはありやすが、こういうことなんですかね?」
「調味料とか、他の具材を一切加えていない状態でこれでしょう?」
「皆さん驚いているみたいですね。そうなんですよ、この肉はこれだけでも十分以上に美味しいのです。味は淡泊ながら、調味料が負けるほどのうま味が出ます」
「それほどなのか……実に楽しみだ。樹海の食材は貴族でもほとんど食すことはできないからな」
伯爵家出身のジルさんは、焼ける肉と食材の山を交互に見ている。確かにあの樹海の中から狙った食材を採ってくるのは難易度が高い。冒険者に依頼すれば相当なお金がかかるはずだ。
「イモータルスネークも、現物を見た者などそうはいないのではないか?」
「ジルの言う通りじゃな。国を挙げて樹海の開拓を行っていた頃に派遣された部隊が成果物として先王陛下に献上して一時期話題になっていた覚えはあるが……話題になっていたのも何時頃までだったか……?」
「献上から数年で流行は廃れましたな。先王陛下が美味と評し、開拓隊がお褒めの言葉を賜ったこととその希少性。さらにはイモータルスネークの再生能力から“不老長寿の霊薬”というまことしやかな噂が流れたために需要はありましたが、供給量があまりにも少なすぎたようで」
「そうじゃった。最後の方は食材としてよりも、まことしやかな効果を目的とした者だけが執着していたように見えたな」
昔の需要について教えてくれたラインバッハ様が、ここで唐突に疑問の声を上げた。
「はて? そういえばあの頃は“イモータルスネークの肉はまずい”、“希少性は認めるが、わざわざ冒険者を送り込むほどのものではない”という噂をよく聞いた気もするが」
「この肉がまずいって、今の時点でもそうは思えないがなぁ……」
「儂もヒューズと同感じゃよ。香りだけで引き寄せられるように感じるというのに、何故不味いという噂が流れていたのかが分からぬ」
「……それはたぶん、イモータルスネークを狩る時に再生能力を使わせたからでは?」
おそらく過去に美味しいと評価した人は、討伐中に切り落とされた体の一部を食べた。一方でまずいと評価した人は、苦戦の末に仕留めた肉を食べたのだろう。あるいはイモータルスネークの再生能力を利用して、何度も再生させて量産された肉もあったかもしれない。
「それなら評価にばらつきがあったのも十分に考えられる。金のためなら何でもする輩は、いつの時代にも、どこにでもいるものじゃ」
「量産の方もイモータルスネークの肉であることは事実。偽物というわけではありません。輸送の過程で多少味が落ちることも考えられますし、本来の味を知る者が少ない状況では“こういうものだ”と言ってしまえば、信じる人もきっといたでしょう——っと、皆さんそろそろいい頃ですよ」
過去に流通していた状態がどんなものか、今は想像しかできないが、今日用意したものは先日獲ってきたばかり。しかもスライム達の能力を使って血抜きから洗浄、保管まで気を使った最高の一品だ。
焼けた肉をそのまま小皿に移して、一口。相変わらずのうま味が、口の中に押し寄せる。
『!!』
俺に続いて焼いた肉を口にした途端、皆一様にその美味しさに目を見開いて、無言で咀嚼。思わず顔をほころばせながら飲み込んでいく。
「……野生でここまで美味しいお肉って、あるんですね」
カミルさんが漏らした声は、この場にいた全員からの賛同を集めた。公爵家の方々に、その護衛や使用人。それなりに良い肉を食べ慣れた人々でも、イモータルスネークの肉は満足させる。
皆さんが喜んでくれるなら、提供者としても喜ばしいことだ。
「さぁさぁどんどん食べましょう。そのままでも十分に美味しいお肉ですが、調味料としてコルミ村で採れた胡椒や樹海で採取した香草類。あとは醤油や味噌、ゴマのタレも用意してみましたのでお好みでどうぞ!」
と、言っているうちに 皆さんは次の肉を焼き始めている。最初の美味さを味わったばかりなので、まだ飽きもこないだろう。しばらくは焼いただけで食べ続けるだろうから、今のうちに薬味を小分けにしておこうかな——
「タケバヤシ様」
「——エレオノーラさん。どうされました?」
「食材の方に向かわれていたので。私もお手伝いいたします」
今度から俺の秘書として、公爵家から派遣されるエレオノーラさん。皆さんと一緒に、もっと食べていていいのだけれど、上司になる俺が動いていると気まずいのかもしれない。
「では薬味の準備を手伝ってください。場所を用意しますから、あちらにある木製で内側に仕切りがついたお皿を人数分持ってきて並べてください」
「かしこまりました」
俺が土魔法で台を作るうちに、エレオノーラさんが皿を持って来てくれたので、次は手分けしてお皿に各種薬味を入れていく。樹海で手に入った薬味の種類が多いので、手分けできるのは助かる。
胡椒の袋を渡して作業をしてもらうが……まだ会うのも2回目。仕方のないことだと思うけど、口調も態度も硬い。俺もそうだけど、あちらも話題に困っているのだろう。作業とそれに関する会話でなんとか繋ぎながら、お互いの様子を窺っている感じだ。
でも、これからお世話になるわけだし……この機会に改めて挨拶しておこうかな。
「そうだ、エレオノーラさん」
「はい」
「僕が無事に樹海から帰れましたので、近いうちに公爵閣下から異動の指示が出ると思います。改めて、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ……粉骨砕身の覚悟でお仕えいたします」
俺が頭を下げると彼女は一瞬戸惑ったようだが、すぐに全身から溢れんばかりの気迫と共に礼をした。粉骨砕身の覚悟が口だけじゃないというか、これもう後がないって感じだなぁ……このままだと余計に気まずくなる。話題を変えよう。
「ありがとうございます。それで、宴会の場では相応しくないかもしれませんが、今後の働き方について少し話せたらと思って」
「……私も、仕事について確認させていただきたいことがありましたので、是非」
よし、食いついてくれた。近々上司になることが確定している俺の言葉なら立場的に拒否できなかったと思うけど、多少は話しやすい話題だと思ってくれたのだろう。若干緊張が和らいだのがわかる。
趣味とかプライベートなことを聞けるほど親しくもないし、この人が来ることになった経緯からして、プライベートが滅茶苦茶で地雷だらけだろうし……ぶっちゃけ俺も仕事以外に話しやすそうな話のタネがなかったから、これを外したら詰んでいた。
「僕が取り急ぎ確認しておきたいのは、僕が拠点にしているギムルの街に来てからの住居についてです。居住スペースと仕事場は既に、最低限の生活はできるように整えた場所がありますが、他に何か必要な物はありませんか?
必要というか“これがあると助かる”というものでも構いません。仕事の効率を高めるためにも、休息の確保や負担の軽減は積極的に行いたいので」
「生活に関しては、ベッド1つと料理ができる場所があれば十分です。洗濯もタケバヤシ様のお店を利用すれば労力は格段に減ります。仕事場は……業務内容によりますね。私の主な業務内容は情報の取りまとめと連絡ですので、基本的な筆記用具と資料、それらを保管する場所があればひとまずは問題ないかと」
「分かりました。では正式な着任後に確認していただいて、不足しているものがあれば遠慮なく言ってくださいね」
それから幾つか簡単な確認と相談をしたところで、彼女も俺と話すことに慣れてきたようだ。初めて向こうからの質問が出てきた。
「タケバヤシ様がこれまで行ってきた業務や研究の内容を確認していたところ、ゴミ処理場の一部業務で他店と結んだ契約内容に気になる点がありました。食料品店で廃棄される食糧の買い取る条件がゴミ処理場に不利。損失だけで利益のない内容になっていると感じます」
険しい顔で告げられたのは、食料を扱うお店向けの廃棄食品買い取りサービスについて。
あの買い取り契約ではこちらが買い集めた食材の“転売”、“販売”、“譲渡”を禁止する旨が含まれていて、利益が一切出せない内容になっていた。元々の商品の相場よりは大幅に安価とはいえ、買い集める量が量なので収支で言えば少なくない赤字になる。
彼女の指摘は妥当だが、彼女がこの件を持ち出したのは単なる利益だけを考えてのことではないらしい。続いて、俺の黒歴史の話が出てくる。
「また、この1件だけ書式や双方の利益のバランスの取り方がその他の契約とは著しく異なります。業務が多岐にわたる以上、担当者を分けたとしても不自然ではありませんが、あの契約書の文面からは悪意を感じました」
俺も公爵家に対して情報を隠したりはしていないし、ヒューズさん達にも口止めをしていたわけではない。しっかりと情報共有が行われているようだ。
「ご推察の通り、その契約内容の半分は嫌がらせです」
廃棄食品の買い取りを決め、いざ相手先となりうるお店を打診した段階の話。候補となる店の中には俺と諍いを起こした経営者が含まれていたので、嫌なことは先に済ませるためにそちらから優先的に回ることにした。
そうしたらまぁ……最初から露骨な態度で嫌味のオンパレード。契約内容にもケチをつけられ、この条件なら飲んでやっても構わないと言われたのが件の契約。
「正直その時点で帰っても良かったのですが、少し思いついたこともあって、その場で話に乗ってあげました。勿論、契約更新の期限と合わせて、契約内容の見直しについても盛り込んだ上で」
向こうはこちらが怒るか悩んで逃げ帰るとでも思っていたのだろう。受け入れてやったら驚いた顔をして、すぐに馬鹿にしたような笑顔を浮かべていた。
しかし、あの業務は研究中だったスライム農法やレトルト食品作りを推し進めるためのもの。目的はスカベンジャースライムの餌や実験用の材料確保だったので、痛くも痒くもない内容だ。先ほど彼らの嫌がらせと言ったが、実は嫌がらせにすらなっていないのだ。
買い取った食料の用途が研究用であることは説明したが、おそらく彼らは俺みたいな子供が木魔法による食糧生産効率を上げる方法や新しい保存食の研究を行い、なおかつ結果を出しつつあるとは考えなかったのだろう。その気持ちはまだ分からなくもない。
「ただその想定がなかったとしても、断ること・断られることが前提だったとしても、あちらが不利な契約を持ちかけたという事実は変わりません。それが個人的な悪感情を発散するためであるなら尚更、信用できる取引先とは思えないでしょう?
最初の人が提示した条件をその後の相手にも提示してみたら、面白いように信用できなさそうな店主が見つかりましたよ」
「相手が持ちかけた契約を、取引先を見極めるための試金石としたということですか」
「警備会社やゴミ処理場、病院でも大規模な雇用をしたので、社員食堂で使う食材の仕入れ先の検討にも役立ちました。口に入るものですし、信用できる相手に頼みたいですからね。信用できない経営者のお店は取引先の候補から外させていただきました。
自分で言うのもなんですが、彼らは大口契約を逃しましたね」
あの会合で敵対した経営者の中にも、契約内容がおかしいことを指摘し、契約を断ろうとした人はいた。たとえ俺のことを快く思っていなくとも、商売に対しては誠実な対応をした人はいたのだ。一部とは継続的な仕入れの契約まで交わしたくらいだ。
「あとは廃棄食品の買い取りで損失の軽減という利益を享受していない段階で契約を断ることと、一時的にでもその利点を実感してから再契約を断るのとでは、後者の方が断ることに抵抗を感じやすいでしょう?」
「契約の場での立場も強くなると思われますし、話の持ち掛け方次第で悪意ある経営者らにも改訂を承諾させられます。立場を理解せず高圧的な態度を取るようであれば、完全に契約を打ち切り、相手を取引先の中から追い出してしまえば、いい意趣返しになりますね」
エレオノーラさんは淡々と、静かに感想を口にしていたが、一瞬だけほの暗い笑みを浮かべていた。一体何を、または誰を? 考えたのかは知らないが、この人も中々闇が深そうだ。
「あ、ちなみに意趣返しについては僕も考えていたのですが……なんか、彼らはいつの間にか自滅していたんですよね……」
「自滅とは?」
「ほら、僕と彼らが揉めた原因。あれは言ってしまえば“詐欺師の誘いに乗るか乗らないか”という話で、彼らは乗った方でしたから」
そう言うと、心当たりがあったのだろう。
「報告書を読みました。防犯用の魔法道具と騙されて、自ら店舗や倉庫に爆発する細工が施された魔法道具を仕掛けた経営者もいたそうですね。まさかそれで」
「敵対的だった人の店が、軒並み吹っ飛びました」
自宅と併設されていた店舗もあったので、死者が出なかっただけ奇跡なのか、死んでいた方がマシだったのかは知らないが……契約どころか業務の継続ができない事態に、勝手に陥っていた。
「それがなくとも僕と彼らの契約やその後の動きは商業ギルドで噂になっていたようなので、どちらにしても彼らは同業者の信用を失って終わっていた気がしますが……そんな感じで僕が何をすることもなく、敵対者は自然消滅しました。
問題というほどでもない契約内容も、現在は公爵家から派遣していただいた元法務官の方の立ち合いの下で見直しと契約更新が済んでいます」
「法務官の方が……私が口を挟む必要はありませんでしたね……ご説明、感謝いたします。お手数をおかけしました」
「いえいえ、こちらでまだまともな引き継ぎもしていないのですから。今の時点でも色々と把握してくださっていたので、心強く感じたくらいですよ」
さっき話している途中、何度か視線がヒューズさん達の方に向いたから、契約の話は彼らから聞いたのだと思う。
でも、何度も言うけど廃棄食品の買い取り部門は“俺の研究であり趣味のため”という一面が強く、ほとんど俺の直轄で好き勝手にやっていた。一方の皆さんは多忙な時期だったし、契約更新まで終わったのは彼らが公爵家に戻った後だから、完全解決までの経緯は彼らにも伝わっていなかったのだろう。
PCやメールがある前世でも、情報共有の遅れやミスが出ることは珍しくない。それらのないこの世界では起こらない、なんてことがあるはずもない。問題が起こる前に正しい認識を共有できただけで十分だと思う。
「これからも気になることがあればなんでも、いつでも聞いてくださいね。僕は今後、長期間街を離れることも増えると思いますし、そうでなくとも研究に没頭しがちになりますから。その方が安心できます」
「かしこまりました」
まだまだ態度も表情も硬いけど、会話が続いただけでも結果としては上々だ。あまり長々と絡むと逆効果になりそうだし、そろそろ——
「おお、これはまた豪勢じゃな」
——話を一旦終わらせようかと考えていたところに、丁度よくラインバッハ様とセバスさんが来てくれた。
「お2人とも、楽しんでいただけていますか?」
「勿論です。あまりのおいしさに、今日の主賓を放っておいてしまいました」
これは執事としての冗談なのだろうか? セバスさんはいつも穏やかだが、今は目に見えて機嫌がいい。
「僕は冒険の成果を披露できて、皆さんが喜んでくれれば十分ですから、今日の主賓はこれらの食材ということで」
「おや、それでは食材もお酒も、できる限り堪能させていただかなくては」
そういえば、セバスさんってお酒がお好きだったっけ? 以前、エリアがリムールバードと契約した時のお祝いでも、公爵家で一人だけ二日酔いになっていなかったのを覚えている。もしかして食べること全般がお好きなのだろうか?
「セバスは昔から儂の供や使者として、他所の領地を訪ねることが多くてのぅ。出先での食べ歩きを多忙な中でのささやかな趣味にしておったのじゃよ。
空間魔法にある程度熟達すると、下手に馬などを使うよりも休息を挟んで再度長距離転移をした方が早く目的地に着けるのでな」
「出先ではできる仕事も限られますし、日程や行動に制限がある場合も珍しくありませんので。空いた時間を有意義に使う方法を模索していました」
懐かしそうに微笑むセバスさんにおすすめの香辛料セットを手渡すと、彼は満面の笑みでお皿を受け取った。
「他にも何か食べますか?」
「果物もいいですが……香辛料でお肉を味わうなら、お酒をもう一杯いただきましょう」
「あまり暴飲暴食をするでないぞ。お前も儂ももう若くないのだからな」
呆れ半分、心配半分のラインバッハ様も香辛料の皿を持って、鉄板の前に戻っていく。他の皆さんはまだシンプルな焼肉を味わっているが、このままだと最初に盛っておいた肉が無くなりそうだ。
「エレオノーラさん、香辛料と一緒に追加のお肉を持っていきましょう」
「承知いたしました。すぐに用意いたします」
機械的な対応だけど、コミュニケーションと仕事はキッチリとしてくれる。彼女ともなんとかやっていけそうだと感じながら、俺は給仕をしながら皆さんと会話を楽しんで回った。




