樹海からの帰還
本日、1話のみ投稿。
グレンさんと村を出てしばらく歩くと、来る時の目印にした湖が見えてきた。
……来た時には先を急いでいたけれど、改めてみるとこの湖はかなり綺麗だ。水は透き通っているし、木漏れ日が風で波打つ湖面に反射してキラキラと輝いている。風のせいか空気も爽やかだし、湖のほとりには青々とした苔が地面を覆っていて、小動物系の魔獣が水を飲む姿も見られた。
危険地帯でありながら、不思議な穏やかさを感じる。もしかしたら、これがアンデッドがいなくなったこの場所の本来の姿なのかもしれない。
「さて……このあたりでよさそうです」
ここまで来ると、事前に埋めていたストーンスライムの位置と様子がハッキリと感じられた。これなら空間魔法で一気に行き来ができるし、スライムを通じて転移先に魔獣がいないことも確認できる。
「どうせなら村まで埋めたら良かったんじゃねぇのか?」
「できたら便利だったんですが、来た時はアンデッドが多かったので」
「あー……そんな暇なかったな」
「次回来るときには、追加で村まで足りない分を埋めようと思ってます。で、準備はいいですか?」
「おう、途中で魔獣が来たら任せとけ」
「その時はお願いしますね。では行きます、『ワープ』」
自分だけでなく、グレンさんの体も包み込むように魔力を操作し、魔法を唱える。すると一瞬にして周囲の景色が湖のほとりから密林に変わり、遠かったスライムの気配が足元にあった。
「問題なく成功ですね。このまま一気に行きます」
さらに空間魔法を連発。スライムの道標を電車の駅のように次々と通過して、くる時には何時間とかかった道のりをあっという間に駆け抜けていく。
「おっと、次のポイントをラプターの群れが通過中みたいです。しばらく待ちましょう」
「……わかっちゃいたが、マジで早ぇな。ここ、あのトレントが出てきたとこだろ」
グレンさんの言葉通り、このポイントには俺達が倒して回収できなかった双子トレントの亡骸がそのまま残っている。記憶が確かなら、ここから村までは歩いて1日。その道のりを僅か1時間程で踏破したわけだ。
「早ぇのはいいが、魔力は大丈夫なのか?」
「問題のない範疇ですね。確かに連発で確実に消費はしていますが、元の魔力が多いので。こうして合間に時間もできますし、必要ならヒュージロックスライムを出せばいつでも休憩できます。それに急ぐなら魔力回復ポーションの用意がありますから」
村からここまでの移動距離と時間を考えれば、魔力を使うだけの価値は十分にある。このペースでいけば、道中のロスを考慮しても今日中に樹海から出られるかもしれない。
「っと、話してる間にラプターの群れが居なくなったみたいです」
「休む時間もねぇじゃねぇか。つくづく便利だな……お前とスライム」
誉め言葉なのか、呆れているのか、そんなグレンさんと再び連続転移を行う。次のチェックポイントは、グレンさんと合流した湿地帯の手前だ。
「流石に沼の中にはスライムを設置できなかったので、この湿地帯を抜けるまでは普通に移動しないといけません」
水に沈めてもスライムは問題ないが、回収が難しいからだ。でも対岸の土壌がしっかりしたところにはまた埋めているので、道を見失うことはない。それに、来た時のように船とスライム魔法で進めば沼地でも楽に進める。
そう思っていたのだが……ここで見落としていた事に気づく。
「グレンさん、これ、乗れますか?」
「ハンマーをしまえば、なんとかいけるんじゃねぇか? ちっとギリギリか……」
用意していた船は、来るときにも使った小舟。以前、ギムルの街ではユーダムさんも乗せていたから、俺と大人1人くらいなら乗れる大きさはあるはずなのだけれど……グレンさんは大きすぎた。
まず片足を乗せて沈み具合を確認しながら、グレンさんは巨体を船体に詰め込むように腰を落ちつける。なんとか乗り込めはしたけれど、窮屈そうだ。それに問題はスペースだけでなく、重さ的にもかなりギリギリ。
「一応、乗ることはできましたが、あまり速さは出せそうにないですね」
「あと、これじゃ襲われても戦えねぇな。ろくに動けねぇ」
「下手に動かれるとその反動で沈みそうですしね……そういえばグレンさん、最初に会った拠点から出て、こちら側の岸に来た時はどうしたんですか?」
泥の中を走って突っ切ったのだろうか? と考えながら聞くと、彼は少し考えるように上を向いてから答えた。
「道は分からねぇ。気分とカンで適当に走ってたらお前と会ったからな。ただ、わざわざ足場の悪い泥沼に入ったりもしてねぇから、迂回したんだと思う」
「だったら念のため岸に沿って進みましょうか。方角は見失いませんから、最短距離で急ぐより安全第一で」
グレンさんもそれでいいとのことなので、出発。マッドスライムと協力して船を進ませると、予想通り前回ほどの勢いは出ない。遊覧船のようにのんびりとした進み方だが、それでも泥の中を徒歩で進むよりは速いし楽だ。
来る時にはここでガロモスアリゲーターに襲われたけれど、彼らは沼の深いところが縄張りなのか、浅瀬を迂回していると襲撃が少ない。しかも、その僅かな襲撃もスライム達とグレンさんが察知するので余裕を持って回避できている。スピードが出なくても問題ないな。
そんな事を考えていると、突然後ろでグレンさんが叫んだ。
「リョウマ! 船の向きを変えろ!」
その様子に、急いで進路を沼沿いから沼の中心に向ける。岸から離れるように進んでいくと、遠くの岸辺でくつろいでいる魔獣の群れが見えてきた。
「ああ、ショットガンヒポポタマスですか……」
事前情報によれば、キャノンボールライノスほどではないものの防御力が高く、好戦的。その名の通り、ショットガンのような遠距離攻撃手段を持つ、砲台のような魔獣だ。
沼の中に生息する“ロックフィッシュ”や“スパイキースネイル”など、硬い殻を持つ魔獣を好んで食べて、消化しきれず腹の中に溜まった殻の破片を弾にするそうだが、
「あいつら、あたり一面に巻き散らすから避けるのがクソ面倒なんだよな。だからって避けねぇと糞まみれになるし、近づかねぇのが一番だ」
グレンさんの言う通り、彼らが攻撃に使うのは彼らの排泄物なのだ。
ふざけていると思うかもしれないが、石のような鱗や鋭い貝殻の破片が勢いよく飛んで来れば、それだけで危険極まりない。さらに排泄物で汚れていれば傷から感染症にも罹りやすい。事前の注意喚起で距離を取れたので問題はないと思うが、あの魔獣とは色々な意味で戦いたくない。
「ビギィ!?」
「あ、暴発した。威嚇のつもりだったんでしょうかね?」
「たぶんそうだろうな。他の奴らも警戒してるみてぇだ」
こちらが見えている以上は向こうも見えている。比較的こちらに近い一頭が悲痛な声を上げたが、事前に距離を取れたので被害はない。
「わざわざ近づいて狩る必要もねぇし、さっさと通り抜けちまおうぜ」
「そうですね。ちょっと深くなりますが、最短距離で行きますか」
こうして沼地の魔獣も回避しながら、さらに小舟を進めた。マッドスライムの作る流れに乗って、樹と土と水の香りで満ちた空間を通り抜けていくと、やがて対岸に着く。ここからはまた空間魔法による移動だ。
時折休憩を挟みながら、途中の拠点は無視して進み続けると、日が傾いて樹海が薄暗さを増す頃には樹海の外まであと少し。最初の拠点が見えるところまで戻ることができた。
「おー、マジで1日でここまで来たか。なら日も暮れてきたし、今日はここで宿をとるか」
「そうしましょう」
急げば樹海からも出られるだろうけど、それでも最寄りの街で宿を取るか、変わらず野宿かだ。ここで宿を取るのと大差ないし、早めに体を休められる分だけこちらの方がいい。そうと決まれば自分を光属性の魔力で包んで……OK。
準備を整え、歩いて拠点に近づいていく。すると待ち構えるように開いた扉から、見知った衛兵さんが顔を出した。
「帰って来たな」
「アシュトンさん!」
「門番の担当は偶然だが、首を長くして待ってたぜ。しかし……いや、話は後だな。とりあえず入れ」
彼はグレンさんに一度目を向けるが、何も言わずに道をあけた。そして拠点の中に入ると、すぐそこの酒場にいた人々が騒めく。
「おい見ろ!」
「あのガキ……帰ってきやがった!」
「うっしゃあああああああ!!!」
「マジかよっ! ちくしょう負けた!」
「くそぉおおお! おっ!?」
……いや、騒めくどころか酒場にいる多数の人から奇声が上がった。かと思えば、後から入ってきたグレンさんを見て一気に静かになる。
「おい、なんであの子供とあのグレンが一緒にいるんだ?」
「んなこと俺が知るかよ。どっかで動けなくなってた子供を助けたとかじゃないか? だったら、まだいけるか?」
「それはないだろ。アイツは強い奴にしか興味がない」
「死にかけてる所を見かけたら助けるかもしれないが、わざわざ護衛して送り届けてやったりはしないだろうな。あの子供も守られているようには見えないし」
「諦めろ、結果は覆らない」
「う、うわぁぁぁああ……」
叫んだ人は歓喜と悲哀、どちらかの感情を爆発させていたようだけれど……そういう人は全員、今も俺をチラチラと見ている。そういえば最初にここを出た時、俺を対象にして賭けをやっているような言葉が聞こえていた気がする。
「アシュトンさん、もしかしてあの人達」
「ああ、賭けてたんだよ。お前が帰ってくるかどうか。あと帰ってきたら怪我があるかどうかとかも含めてな」
「……ちなみにどっちに賭けた人が多いんですか?」
「8対2で“帰ってこない”に賭けた方が優勢だったらしい。新顔だと大人でも最初で半分消えることも珍しくないから“帰ってくる”は穴だな。普通の子供ならまず賭けが成立しないだろうから、2割でも多い方だと思うぞ」
樹海の奥を実際に見てきたのだから、普通の子供が生きられる環境でないことには納得だ。
「とりあえず、今日も一晩お世話になります」
「ああ、それなら前と同じでステム爺さんに言うといい。今日も向こうの酒場にいるはずだから、顔を出して飯でも食ってりゃその間に用意してもらえるさ。
俺ももう少しで交代の時間だし無事で帰ってきた祝いに何か奢ってやるよ儲けさせてもらったしな」
一瞬いいのかと尋ねそうになったが、どうやら彼も賭けていたようだ。
「そういう事なら、ご馳走になります」
一言声をかけて、拠点の反対側にある酒場へ向かう。その道中も、俺は道行く人の目を引いた。
「なんだ、妙な声が聞こえたと思ったら帰ってきたのか」
「はい、無事に戻ってきました。それで今晩の宿を一泊分、2部屋お願いしたいのですが——」
「あと適当に飯と酒も頼むわ。その辺に座ってっから」
「——って、グレンさん」
「気にすんな。お前さんが何でアイツと一緒にいるかは知らんが、いつもあんなもんだ」
ぞんざいな注文をしたかと思えば、彼はさっさと席に向かっていってしまう。ステム爺さん曰く“いつも”とのことだし、思えば拠点に入ってからは口数も少なかった。野営の時には彼の名声に群がる人の話をしていたし、必要以上に他の冒険者と関わらないようにしているのかもしれない。
「それよりお前さん、コルミ村まで行けたみたいだな」
「分かりますか?」
「失敗にしちゃ悔しさの欠片も感じない、そんな顔みりゃ一発で分かるさ。なんにせよ、樹海の初探索の成功だな。ちょっと良い肉と酒を出してやるから、お前さんも座って待ってろ」
ステムさんも口調はややぶっきらぼうだけど、目標達成と無事を祝ってくれているようだ。素直にグレンさんを追う。すると拠点の奥、先程俺達が通ってきた道から、アシュトンさんが小走りで酒場に入ってくる姿が見えた。
軽く手を振って、グレンさんのいる席に誘導する。
「待たせたな!」
「いえ、全然待っていないといいますか、早すぎませんか? むしろ急がせてしまったのでは」
「違う違う。交代の奴がお前と入れ違いに来てな、あれからすぐに来られたんだよ。しかも俺にも奢れとか絡んできたから、撒いてきただけだ。というか、今更だけど俺も一緒でいいのか?」
アシュトンさんはグレンさんの方を見ているが、たぶん問題ないだろう。
「大丈夫ですよね?」
「別に酒飲むくらいなんとも思わねぇよ。面倒な絡み方されるのはお断りだが」
「おっ、そうなのか? なら遠慮なく」
そう言って彼は堂々と、グレンさんの対面の席に座った。俺もその隣に腰掛ける。
「なんだ、アシュトンも来たのか。さっさと注文しろ」
「んじゃとりあえず2人と同じやつで。儲かったから高い奴でもどんとこいだ。それで、どうだった?」
彼はステムさんが持ってきたジョッキと肉料理を受け取りながら尋ねてくる。どうやら樹海探索の話が聞きたいらしいので、酒の肴にここを出てからの話をする事にした。
樹海を進み、途中の拠点や最前線の様子。沼地を抜けて、グレンさんと合流したこと。そして到着したコルミ村の状況等々、順を追って話していくと、彼は多様な反応を返してくれる。
上手く話を引き出すというか、こちらがもっと話したくなるようなタイミング……薄々気づいていたけど、この人コミュ力高いな。
「は〜……なんというか、お前ら滅茶苦茶だな」
「最前線より先の話ですか?」
「それも間違っちゃいないが、俺が言ってるのは途中の飯の話だよ。寝泊まりは、空間魔法使いがいるならまだ理解できる……けど普通に料理して、温かい飯を食って、しかも酒まで飲んでるのはおかしいだろ。お前ら以外がやったら自殺行為だぞ」
「おい、飯のことは俺関係ねぇぞ。おかしいのはリョウマだけだ」
心外だというように、グレンさんが口をはさむ。散々食べまくっていたのに、まさかのアシュトンさん側につかれてしまった。
「飯は美味かったし文句はねぇが、あれは普通じゃねぇだろ」
「その点は確かに否定できませんが」
「樹海に限らず仕事の途中で、あれだけまともな飯が食えたのは初めてだぞ。スライムの寝床を使えば街の宿屋とほとんど変わらねぇし、お前自身も戦えば面白れぇ。なんだったらこのまま組んでもいいくらいだ」
最後の何気ない一言で、周囲から音が消えた。誰もが目を見開き、続く言葉に耳をそばだてる。そんな緊張感漂う空気の中、俺は口を開いた。
「残念ですが、お断りします」
「そうか、なら仕方ねぇな」
シンプルにお断りすると、周囲は呆気に取られた顔が多数。隣からは机に乗り上げるようにこちらを覗きながら、絞り出すような驚きの声が聞こえた。
「おいおいマジかお前!? Sランク冒険者に組んでもいいって言われたんだぞ!?」
アシュトンさんの叫びは、この酒場にいる人々の総意だったようだ。表情が同意を物語っているし、中には実際に頷いている人もいた。
「もちろんグレンさんの腕や実績に対する疑問はありませんが、僕は冒険者として自由に活動したいので」
「俺も基本は俺の好きなようにやりてぇし、やるだろうな。気分次第だ」
今回はグレンさんが“自分の意志で僕についてきた”から行動の決定権を預けられていたけれど、そうでなかったら高確率で振り回されると思う。本人も言っていたが、彼は気分屋なのだから。……俺も人のことはあまり言えないけど。
「大多数の冒険者なら飛びつくような話だと思うが……本人たちがそう言うなら、俺が口出す問題でもないか。正直もったいないとは思うけど。というか随分あっさりしてんな」
「お互い好き勝手したいんだ。また何か都合が合えばその時に、その時だけ組めばいいだろ。今回俺がついて行ったみたいに」
「そうですね。また機会があれば」
最初こそ変な人に絡まれたと思ったけれど、終わってみればこの数日はなかなか楽しかった。社交辞令ではなく、本当に予定と気分が向いたら協力するくらいの関係になるのはやぶさかでない。
話はそれだけなのだが……やはりSランクの言葉の影響は大きい。ここの住人は土地柄のため、実力主義的な人が多いこともあるのかもしれないけれど、今のやりとりは野次馬に大きな衝撃を与えたようだ。先程までよりも露骨な視線と、他のお客同士の声が大きく聞こえる。
数秒後、小さいのに妙にハッキリと耳に届いたのは、グレンさんの舌打ちだった。
「おい爺さん!」
「そんなデカい声出さんでも聞こえる、なんだ」
突如声を張り上げたグレンさんは、ステムさんに向かって立ち上がりながら腰のポーチに手を伸ばす。そして引きずり出されたのは——イモータルスネークの死体だ。
「ここにいる連中全員、今日の支払いは俺が持つ。コイツで足りなきゃ他にも出すからよ……テメェらウゼェから周りでこそこそ話してんじゃねぇ! どうせ話すなら馬鹿騒ぎしやがれ!」
『ウ、ウォオオオオオオオ!!!!!!!』
大蛇を片手に掲げての宣言から、一拍遅れて冒険者達の歓声が響き渡る。キレて暴れ出すとは思っていなかったけれど、こんな話になるとは予想していなかった。
「で、足りるか? 爺さん」
「イモータルスネークなんて何年ぶりだ? しかもこんな綺麗な状態……この1匹の皮だけでも十分な金になるが?」
「皮だけで金が足りるなら、肉は食わせてやれ」
「よし、引き受けた。おい! 誰でもいいからコイツを運ぶのを手伝え!」
ステムさんの張り上げた声は、周りの冒険者達の歓声に負けることなく宴会の準備にとりかからせる。彼らに運ばれたイモータルスネークはどこかで解体され、彼らの腹に入るのだろう。
「ところでグレンさん、借金があったのでは?」
「酒が不味くなるよりマシだ。今回はいつもより儲けただろうし、足りなきゃその時はまた稼げばいい」
渡したのは事前に分配したグレンさんの取り分だから文句はないけれど、こういうお金の使い方をしているから、Sランクなのに借金がかさんでいるんだろうな……と思ってしまう。しかし、嫌いではない。
2割でも俺の生存に賭けてくれた人もいるようだし、賭けも樹海流の応援と考えておこう。ステムさんやアシュトンさんは無事と探索の成功を祝ってくれたし、そのお祝い返しということで、せっかくだし俺も何か出しておくか。
ステムさんと相談のうえで余っていた生野菜を提供。ディメンションホーム内の在庫を放出すると、運び出される野菜を見た冒険者達の熱気がさらに増す。こうして開催された突発的な宴会は、これ以上ないほど盛り上がる。
ここではまだ新顔の俺も、グレンさんの存在と信頼。そして野菜の提供が奇しくも先の話に出ていた“豊富な食料事情”の裏付けとなり、周囲の冒険者達も俺の能力を認めてくれたようだった。
しかし、
「おい! 起きろグレン! 起きてくれ!」
「目を覚ませ! 頼むから!」
「あれはもう無理、ってか完全に寝てるな」
「あのガキ、じゃなかった、リョウマが勝ったぞ!」
宴会が始まって数時間後、俺は冒険者達の中心に立っていた。目の前には酔い潰れたグレンさんに、周囲はさらに死屍累々の状態になった冒険者達。なお、アシュトンさんは早々に潰れて運び出されている。
少しふわふわした気分で、ここまでの経緯を思い出してみるが……冒険者という荒くれ者達の宴会であれば当たり前なのか、いつの間にか、ごく自然に飲み比べが始まっていた。今日の宴会はグレンさんが発起人、俺も主役の1人ということで巻き込まれて、今に至る。
「なぁ、あいつやっぱりドワーフじゃないのか?」
「さっき聞いたら違うって言ってたぞ。爺さんはドワーフだったらしいが、血の繋がりはないらしい」
「絶対嘘だろ、この惨状見たら信じられねぇよ」
酒の神の加護のおかげか、気づいたら勝ち残っていた俺を見て、遠巻きに見ていた人が恐れ戦く声が聞こえるが……この状態では流石にもう宴会はお開きだろう。今のうちに体を気で強化し、酔い潰れたグレンさんを担ぐ。
……身長と体格の関係上、どうやっても足を引きずっているが、起きる様子もないのでこのまま部屋に放り込もう。
「ステムさん、お店を汚したままで申し訳ないですが、部屋を」
「用意してある。店のことは気にすんな。それよりお前、あれだけ飲んで平気なのか?」
「酔ってはいますが、手足の動きや会話には問題ないですね。酒の神の加護持ちですので。賭けをしていた人には、少々可哀想なことになったかもしれませんが」
「賭けで負けたのは賭けた奴の責任さ。それに、負けたからって賭け事を止める連中でもないしな」
「そんなに皆さん、賭け事がお好きなんですか?」
「そりゃぁ、樹海で冒険者なんてやってりゃ、毎日命を懸けて一攫千金を狙ってるようなもんだからな。嫌いな奴の方が珍しいさ」
実に説得力のあるお話を聞きながら、先導してくれる彼の背中を追って今日の宿に到着。割り当てられた部屋の1つにグレンさんを投げ込み、俺は隣の部屋で就寝した。
■ ■ ■
そして、翌朝。
「くそっ、まさか飲み比べで負けるとは思わなかったぜ」
「確かに最後は一騎打ちになっていましたし、グレンさんもお酒に強いのは分かります」
「なぁ……俺は、最初の方で潰れたけどさっ、いたた……最後まで呑んでたお前らがなんで涼しい顔してんだよ……」
俺は二日酔いもなく普通に起床。グレンさんも昨日のお酒が残っている様子もなかったので、2人でボリューム多めの朝食を食べていると、頭の痛そうなアシュトンさんが胃に優しそうなスープを片手にやってきた。
「知らねぇ。けど、俺は潰れても酒が残った経験は一度もねぇな」
「僕は神様のご加護がありますが、グレンさんは無意識に体が強化されているのと同じで、内臓の機能も強化されてるんじゃないですか?」
昨日一緒に吞んでいて気づいたが、グレンさんは酔わないわけではない。むしろ、お酒が回り始めるまでの時間はだいぶ短かったように思う。推測だが、彼は他人より代謝が良くてアルコールの分解も早いが、吸収も早いのではないか?
そんな話をしているうちに、皿が空になり食事が終わる。席を立つと、青い顔をしたアシュトンさんが
「行くのか? お前らには必要ないかもしれないけど……気をつけろよ」
「近いうちに、また来ます。お大事に」
きっと、これから何度も顔を合わせることになるだろうし、長々と別れを惜しむ必要はない。スープを一匙ずつ丁寧に飲む彼に軽く別れを告げて、俺達は酒場を、そして拠点を後にする。
そこからは例によって、空間魔法で一気に樹海の外へ。樹海と外の境目を目前にして、最後の数メートルは歩いて進む。すると来た時とは反対に、急激に空気の熱や湿度が下がっていくので、“帰ってきた”ことを実感した。
「とりあえず樹海からは出ましたが、ここからはどうしますか? 僕は最寄りの街に向かいますけど、そこまで行きます?」
「いや、俺はまず獲物を売らねぇと持ち合わせがねぇ。このまままっすぐ王都に向かうわ」
彼が指さす方向は、俺が向かう最寄りの街とは違う方向……というか、街も道もない方向だ。おそらくは指さす方角に王都があり、本当にここからまっすぐに走って向かうつもりなのだろう。
「ではまたいつか」
「おう、会ったらまた殴り合いでもしようぜ!」
それは勘弁してもらいたいが、今後自分自身を強化していくためには良い練習相手かもしれないとも思った——その一瞬で彼は走り出し、少し先で急停止した。
「あっぶねぇ、言い忘れるとこだった。リョウマ! 金が手に入ったら、お前の持ってた保存食を買いに行くから用意しといてくれ! 貴族には俺の名前を出せばどうにかなるだろうからな! 頼んだぞ!」
叫ぶやいなや、答えも聞かずに急発進して走り去るグレンさん。返事をしようと思った時には、すでにゴマ粒ほどに見える距離まで遠ざかっていた。
「最後の最後まで騒がしい人だったなぁ……案外悪い人じゃないんだけど」
保存食の件は、俺も今回の旅で減った分を補充しないといけないし、ゴブリン達に増産を指示しておこう。具体的にどの料理をいくつとは聞いていないけれど、彼なら一度に大量に食べるはず。各種類ごとにそれなりの量を用意しておけばいいだろう。支払い能力もなんだかんだで高いし、お客様としては最高だ。
実際に売るかどうかはラインハルトさんに連絡して、判断を仰がないと……と、考えながら歩き出そうとしたところで、ふと気になった。
「あれ? 俺、グレンさんにジャミール公爵家のこと話したっけ?」
すぐに無駄だと思ったけど、出会い方がアレだったから最初の内は警戒して具体的な家名は……よく考えたら俺が住んでる街の名前も教えていない?
そこに気づいても、時すでに遅し。
彼の姿はもう影も形も見えなくなっていた。




