帰還準備
本日、4話同時投稿。
この話は2話目です。
翌日
遺産回収は終わり、コルミが束縛していた魂の解放も完了した今、樹海に来た目的はほぼ全て達成したと言える。必然的に、件のリーダーライノスが現れるまでは暇になってしまった。
グレンさんは昨日、うちのゴブリンに任せた獲物の解体に満足してくれたようで、嬉々として狩りに出ている。ついて行こうかとも思ったが、留守中にリーダーライノスが現れたらと考えると、あまり離れられない。
朝からしばらく悩んだ結果、屋敷周辺にある村の残骸を片付け、整地をすることに決めた。
「もう一度聞くけど、本当にいいんだな?」
「いいよー」
屋敷周辺の村は、コルミが取り込んでいた元住民の魂を慰めるため、かつての村の様子を再現するための舞台として使われていたが、アンデッドを解放した今となっては無用の長物。
放っておくとコルミが何もしなくても、またアンデッドが自然発生する可能性もゼロではないので、あとくされのないように綺麗に片付けてしまおうと本人に言われた。おそらく一番村に愛着があるであろうコルミがそう言ってくれるなら、遠慮なくやらせてもらおう。
家屋の解体は前にもやったことがあるし、大体の手順は決まっているけれど、環境が違うので最初は一部を使って確認から始める。
「まずは地上部分、建物の残骸やら雑草を取り除く」
ディメンションホームからサンドスライムを呼び出し、地面の一部を土魔法で砂に変えて、スライム魔法を使用。以前、ギムルの街で老朽化した子供達の家を解体したように、砂の渦で村の一角を削り取っていく。建物の残骸を構築する石や土壁、雑草や木材も大半はこれで一気に取り除ける。
「次は砂の処理と、残り物の除去」
地表に残った砂と粉砕した家屋の残骸を、ソイルスライムとの魔法で埋める。この時に村の中に設置されていた鉄製の柵を始めとした埋設物や雑草の根は除去してヒュージブッシュスライムに与えて処理。これだけで見た目は完全な更地になった。
万が一にも放熱樹が屋敷の方に倒れてこないよう、樹の根は傷つけずに土を埋め戻しておくが、それでも効率は驚くほどに高い。最後にヒュージブッシュスライムに地面を覆ってもらえば、人工物の形跡は完全に消えた。
「あっという間!」
「まだほんの一部だからな。ここからどんどんやっていくぞ」
屋敷の柵の内側から見ていたコルミが、感嘆の声を上げる。その幼い姿も相まって、工事現場で働く車を見て目を輝かせる幼稚園児のようだ。
さて、建物も材料はほとんど天然の石や木だろうし、この環境なら完全に自然に還るだろう。作業に問題もなさそうなので、このまま他の建物も片付けてしまおう。
こうして屋敷の周囲を時計回りに、ぐるりと回る形で解体作業を続けていると、昼頃にグレンさんが戻ってきた。
「お疲れ様です。どうでした?」
「例のキャノンボールライノスって奴は見なかったが、狩場には良かったぜ。浅いところじゃ出てこなかった魔獣がわんさかいやがる。色々と狩ってきたから、また解体頼むわ。昨日と同じで肉と内臓、あとホテル・ラフレシアの花弁も引き取ってくれ」
「肉と内臓はともかく、花弁もですか?」
「ああ、元々俺だけなら見向きもしねぇ素材だし、よく考えたら普段染料なんて扱わねぇから売り先も知らねぇ。適当に声かけりゃいくらでも買いてぇって奴らが寄ってくるとは思うが、それはそれで誰に売るかとか値段の交渉とかで面倒そうだしな。
それなら、いい狩場があって解体もしてくれる、今のうちに少しでも空きを作って、その分思いっきり狩りをして帰った方が分かりやすくていいだろ」
なるほど、そういう考え方もあるのか。俺も損はしないし、本人が納得しているならいいだろう。
「では契約成立ってことで」
「おう、それより昼も頼むわ」
「了解です」
ということで、昼の準備を始めたのだが……ここで気になった事があった。
「どうした? 変な顔して」
「それが、ちょっとこの肉を食べてみてくれませんか?」
「肉って、いつもの蛇肉だろ……ん? なんだこれ、違う奴か?」
「いえ、同じイモータルスネークの肉ですよ。管理はちゃんとしていましたし、鑑定でも腐ったりはしていないと出ていますが、明らかに前の物より味が悪いですよね?」
「味が悪いっつーか、昨日までのやつがうま過ぎたって感じだな。これはこれでそれなりには美味い肉だと思うが、昨日までの食ってたのを思い出すとな……」
前のものより、若干肉が固くてパサついている。肉が悪くなったわけでないのなら、おそらくイモータルスネークの再生能力によるものだろう。
イモータルスネークの肉はどちらも同じ個体だが“ほぼ無傷の状態から切り離した体”と“その後に再生した体”の2つがあった。そして昨日までは首が既に落とされていて捌きやすかった方を使っていたが、連日の食事で肉がなくなったので再生した体に手をつけた。
おそらく再生した方は、体を生やすために蓄えていたエネルギーや栄養素を消費してしまった。それが味にも影響を与えているのではないだろうか?
「つまり、あの肉を食いたきゃ余計な傷をつけずに一撃で殺す必要があるってことか?」
「頭を切り離すことができれば大丈夫だと思います。昨日までの肉はそうして得たものですから。僕もイモータルスネークを狩ったのはこれが初めてなので、推測でしかありませんが……切断するにしても、やっぱり一撃で首を落とす必要はあるかと。
余計な傷をつければ味が落ちることも考慮すると、普通の人があの味の肉を食べるのは結構難しいかもしれませんね」
「いや、普通の奴はたぶんあの蛇を仕留められねぇし、そもそもこんなとこ来ねぇだろ」
それもそうだと笑い、改めてどうするかを聞いてみたところ、こっちの肉も食べるそうだ。その上で、滞在中に近くで見かけたら俺が狩って一番美味い肉を確保してくれと頼まれた。
俺も店の皆や公爵家の皆さんのお土産に持っていきたいし、もし見つけたら率先して狩ることにしよう。
■ ■ ■
準備2日目
朝から村の解体作業を続けていると、村の一角に畑のような場所を見つけた。ここもまともに手入れがされていなかったようで、樹海の植物に呑み込まれているため、それらしい残骸があるだけだけど……雑草の中、支柱に巻きついた蔓から伸びる枝に、ブドウの房状の実が成っている。
もしかしてと思い、一度屋敷に戻る。
「コルミ」
「どうしたのー?」
「さっき向こうで畑みたいな場所を見つけたんだけど、ああ、読み取ってもらった方が早いかな」
「……そこは胡椒畑で間違いないよー」
やはり胡椒だったようだ。それなら、あそこは一気に潰さず採取をしてからの方がいいかもしれない。手入れがされていないとはいえ、既に自生している分がある。
そう思っていると、コルミが思わぬ提案をしてきた。
「胡椒が欲しいなら、育てる?」
「もしかして育て方を知っているのか?」
「知ってる。あの畑はだいぶ前に放棄されたけど、そこで育てていた人がいたから中庭にも畑があるよ 。胡椒だけじゃなくて、他の香辛料も」
聞けば、元村人の中には香辛料の栽培で財を成していた頃のことが忘れられず、コルミによって地縛霊化した後も屋敷の一角で栽培を続けていた人がいたようだ。
そして望んだ幻覚を見せるために記憶と思考を読み取り、作業の様子も見ていたコルミは、当然のように胡椒やその他、樹海で育つ香辛料の栽培方法を把握しているとのこと。
さらには幻覚を使うことで、胡椒の木から挿し木に適した枝を採る方法を分かりやすく教えてくれる。
「手の空いているゴブリン達にも教えておくねー」
新たな住人と交流する切っ掛けができて待ちきれないのか、コルミは話が終わるとそのまま姿を消したが……やっぱりコルミの能力、便利過ぎないか?
言葉にすると変な感じがするが、まずコルミは“自己管理ができる家”だ。胡椒栽培のような先人の知識も持っているし、読心と幻覚能力を応用することで他種の魔獣とも意思疎通ができる。さらに幻覚を情報伝達に使えば、前世の動画サイトどころか、ARとか拡張現実とか言われて話題になっていた最新技術が実現したようなもの。
寂しいという理由で暴走していただけで、性格は素直な子供だと思うけど、それでも神々が警戒するだけの力を持っている魔獣なんだな……と改めて思う。本人が力の使い方を知らなかっただけで、活用しようと思えばいくらでも使い道がある。
「リョウマ!」
「ん!? びっくりした、何かあったか?」
消えたと思ったコルミが戻ってきた。いや、家が本体なのだから、正確にはずっといたんだけどそれは置いておいて、
「どうした? ゴブリン達の所に行ったと思っていたけど」
「栽培の話。忘れてたけど、ホテル・ラフレシアも育てる?」
「……え、あれ育てられるの? というか、育てていたのか?」
「花の部分さえ無事なら、適当に支えになる物の隣に置いておけば育つから難しくないよ。ただ近くに人が住めなくなるのとー、回収が命がけになるだけ?」
「だいぶ重大な問題だと思うが」
「最後まで残った村人はそれでも試してたよ? これで儲けてまともな生活ができるようにする! って」
「それ絶対ダメなパターンだろ……」
もしかして、グレンさんが話していたホテル・ラフレシアの群生地って、その跡地? 追い込まれすぎてそうなったのかもしれないが、聞いた感じが宝くじやギャンブルで一発逆転を狙う人にしか思えない。大体成功しないやつだ。
「ホテル・ラフレシアは高く売れるけど、ここに住めなくなるのは勿体ない」
「グラトニーフライなら、幻覚で襲ってこないように操れるよ?」
「いや、それでもアレはあまり近くに置いておきたくはないから。お金に困っているわけでもないし、とりあえずやめておこう。必要になれば、その群生地から取ってくればいいし……そういえば、グレンさんからホテル・ラフレシアの素材は受け取ったんだっけ? ほかのいらない素材も」
昨日、獲物の解体作業を引き受けた時にそんな話をしていた。
「全部倉庫に置いてあるよー」
「了解」
村の解体作業は急ぐ必要もないし、解体済みの素材を一旦回収しておこうか。樹海産の素材が沢山あるなら、それを好むスライムがいないかも確認したい。
そう考えて、倉庫に行って調べたところ……
「おお……!! 樹海の素材はある意味当然というか、植物系のスライムになりそうだな」
手元にあるだけの素材でも、拾った放熱樹の枝や魔獣の腹から出た種、さらにはホテル・ラフレシアの花弁にも反応するウィードスライムが見つかった。
植物系スライムで木となると、研究者のロベリアさんが以前ツリースライムの話をしていたけれど、それだろうか? 種も共通なのか、それとも別なのか? これは進化させてみれば分かるだろう。
同じく、ホテル・ラフレシアの花弁もそれ限定なのか? 花であればいいのかという疑問が生まれるが、これも進化させてみないと分からない。しかしホテル・ラフレシアは貴重……先を見据えて、やはり繁殖を考えるべきか……いや、とりあえずは素材が手に入りやすい放熱樹の方を優先して、ツリースライムになるかどうかが先か。
素材が手に入りやすいと言えば、ラプターの肉が有り余っている。ツリースライムと同じく、以前コーキンさんから聞いた話では、魔獣の肉を与えまくって進化させたスライムがいたらしい。本人はそれで破産したらしいけど、俺なら自力で供給可能……これもやってみよう。
「楽しみだな……そうと決まれば、俺も近場で素材採取に——」
「リョウマ! 急いでこいつ捌いてくれ!」
「グレンさん? 急になにをうっ!?」
倉庫の中で計画を練っていたところにグレンさんがやってきた。その急ぎように何事かと思いながら目を向けると、グレンさんは両脇に緑の大蛇の頭を抱えている。しかも蛇の体は彼の胴体へ何重にも巻きついて、締め上げられているではないか!
「イモータルスネーク見つけたんですか!?」
「村を出てもう少し行った所でな! もっとデカい奴もいたぞ! どんどん持ってくるから、こいつら仕留めて捌いといてくれ!」
「了解です。コルミ!」
「はーい」
既に状況は把握していたのだろう。どこからともなくコルミが出てくると同時に、2匹の蛇はするりとグレンさんの体から離れ、倉庫の床で大人しく眠り始めた。
「これなら仕留めるのも楽だな」
「んじゃ任せたぞ!」
まだいるということは、この村はイモータルスネークの生息域にかなり近いのだろう。それだけ危険ということでもあるが、素材採取の拠点としては最高。大蛇をしめる準備をしながら、俺は自然と午後からの素材採取計画を考え始めていた。




