討伐は明日から
本日、3話同時投稿。
この話は2話目です。
「グレンさ——」
「遅かったな」
「——うわっ」
遺産の回収を終えて外に出ると、グレンさんがグレイブスライム達の前にアンデッドの山を築いていた。
「こいつら、いくら潰しても出てくるからキリがねぇ。昨日の部屋と体洗う奴を貸してくれ」
拳を中心に返り血まみれになり、スプラッター映画にでも出てきそうな状態の体を見れば、不快なのは聞くまでもない。落ち着いて話すためにも一度さっぱりしてもらおう。
「助かったぜ、ようやく一息つけた気分だ」
「血みどろでしたからね……」
「まったくだ。しかしなんでこんな所に、あんなにアンデッドがいるんだ?」
それについては例の魔獣のせいだろうから、簡単に説明しておこう。
「昔から村の中心にある屋敷に住み着いている魔獣がいまして、そいつがアンデッドを生み出す能力を持っているんです。その魔獣を何とかするのも、今回この村に来た理由の1つです」
「ほー、村人の弔い合戦ってところか?」
「いえ、そこまで親しかったわけではないので。遺産を取りに来たついでに、少し掃除をするくらいですかね? この辺の植物も採取して持ち帰りたいですし、家も手入れをして今後の拠点にできれば尚良しです」
「ってことは、ゾンビを殴り続けることになるのか……」
グレンさんは露骨に嫌そうに顔をしかめる。先程の状態を思い浮かべたのだろう。
「そうだ、ついさっき見つけたものがあったんですよ」
アイテムボックスから、遺産回収中に見つけた武器を取り出す。それはグレンさんが持っていたものよりも一回り大きくて、黒く鈍い輝きを持ったハンマーなのだが……これを見た時、かつて親父が打っていた刀に近い“風格”というべきものを感じた。
厳密に言うと、地下にあった武器類は全てそれなりの風格を漂わせていたのだけれど、このハンマーは他の物とは別格だ。しかし、俺はこういう重量武器はあまり使わない。あと、アンデッドとの戦闘の度にあの状態では、見ていて衛生的に心配になる。
「ですから、壊れたハンマー代わりにグレンさんが使ってみてはいかがかと思って」
仮に粗悪品だったとしても、アンデッドを素手で殴るよりはいいはず。成り行きで付いてきたわけだし、アンデッドの討伐に協力してくれるなら貸してもいい。そう考えて見せてみると、グレンさんも何かを感じたようだ。神妙な様子で地面に立てたハンマーの柄を握り、そのまま持ち上げる。
……その動きはこれまでよりも僅かに鈍いけれど、彼は両手で、片手で、軽く振ったり力を入れたり。動きを確認するように何度かハンマーを振り回す。そして最後に手近な放熱樹へと向かい、振りかぶった次の瞬間。
「フンッ!!」
壁のような幹が弾け、大きなクレーターが刻まれた。
「グレンさんのパワーが凄いのか、それでも倒れない放熱樹が凄いのか……いや、あれじゃ」
また壊れるという言葉が頭に浮かんで、消えた。周囲の薄暗さと衝撃で舞った粉塵の先に、グレンさんの笑顔とその手元で形を保っているハンマーが見えたから。
「あの衝撃に耐えた?」
「おい! これ最高だな! どこで手に入れたんだよ」
「いや、だからこの家ですって。祖父母の遺産の中にあったやつです」
「遺産ってお前、こんなもん持ってる爺さん婆さんって何者だよ……これアダマンタイトだろ」
「分かりますか」
「こういう重い打撃武器を作るなら、アダマンタイトは最高に近い素材だ。そのくらいは俺でも知ってる。つーか、俺の武器にも使われてるしな」
グレンさんは、片手でポーチから折れたハンマーを取り出す。それを観察すると、確かによく似た金属だ。若干色味が違うくらいか?
「色の違いは純度が違うからだろ。このハンマーを注文してる武器屋の奴が言ってたが、アダマンタイトってのはとにかく硬くて粘りが強いから、そのままじゃ加工が難しい。だから鉄やら他の金属を混ぜて加工できるようにするんだと。
俺のハンマーはその店専属の職人が限界を見極めて、最高純度のアダマンタイトで作ってるらしい。これ以上のアダマンタイトで作られた武器はない! って胸張ってたし、アイツらが嘘を言ってるとは思わねぇが……たぶん、つーかこっちの方が絶対に純度高いよな?」
俺に聞かれても困るが……純度の話が全部本当なら、遺産のハンマーは店売りのものより高純度のアダマンタイトが使われているということになるだろう。そして同時に、一般的なアダマンタイトの最高純度を超えた高純度であることにもなる。
……これは、予想以上に面倒事の種になるかもしれない。
「グレンさん、そのハンマー欲しいですか?」
「あ? そりゃ欲しいかって言われりゃそうだが、これお前の爺さん婆さんの遺品だろ」
「出所を秘密にしてくれれば、譲りますよ。さっきも言った通り僕は使わないですから。無理に使うことはできなくもありませんが、使いこなすというにはほど遠いでしょうし、それじゃ勿体ない」
武器としても必要とされて、なおかつちゃんと使える人間が使った方がいいだろう。それが優れた武器であるなら、なおさらに。その点、グレンさんなら実力的に申し分はない。
「ふーん……まぁ、良い武器よこせって絡んでくる奴らもいるだろうから、面倒なのは分かる。俺も遠慮なんてする気はねぇし、貰っていいなら遠慮なく貰うが、口止め料には高すぎる気がするな……よし!」
グレンさんはポーチからもう一本、壊れたハンマーを取り出した。先日、俺が見ているところで壊す前に使っていた物だろう。
「とりあえず、こいつの代わりにこの2本をやるよ」
聞けばグレンさんのハンマーは、王都の高級武器屋で買ったオーダーメイドの最高級品。素材は先程も言っていた通り、一般的な最高純度のアダマンタイト。しかし、彼の全力には耐えきれないので、柄の部分に武器を保護する魔法道具を組み込んで強度を補っていたらしい。
アダマンタイトには魔力を通さない性質があるので合金でも魔法武器化は難しく、表面を魔力で覆う形での保護。それにもミスリルなどの高級ファンタジー金属を使う必要があったということで、武器としては壊れていても、希少金属の塊なわけだ。
さらに、
「素材の値段だけじゃねぇぞ、貴族に売りつければ“Sランクの俺が使い潰した武器”ってことで値段が跳ね上がるんだ。武器屋が“壊れた物を持ってくれば、次のハンマーはタダで用意するし金も払う”って言うくらいには儲かるらしいぞ。なんならサインも書いてやる」
プレミア付きって、この世界にもあるのか……行動は滅茶苦茶だけど凄い人ではあるし、有名であればファンもいるのだろう。
「あとはそうだな……………思い浮かばねぇから、なんか困った時に1回タダで助けてやるよ」
「それは依頼ということで、いいんですか?」
「そうだ。俺は気がのらない仕事は相手が貴族でも基本的に受けねぇ。よっぽど報酬が良ければ考えはするが、このハンマーを貰えるなら最優先で受けてやる。もちろんここのアンデッド狩りとは別だ。あの部屋貸してくれりゃ十分助かるし、これで1回分とかケチくせぇことは言わねぇよ。
あ、頭使うこととか、俺にできねぇことはナシな」
今のところ、依頼までしたい用件はないが、一回無料+優先権がつくとなれば悪くない対価なのではないだろうか? Sランク冒険者に貸しを作っておけるとなれば、将来的に何かの役に立つかもしれない。
「いいでしょう。その条件でそのハンマーを譲渡します。依頼は今のところありませんが、口止めだけはよろしくお願いしますよ」
「おう。これでもSランクとして仕事はしてるからな。言うなって言われてる事の1つや2つはある。……ただ、これのことを聞かれたらどうする? 俺が見慣れない武器を持ってるところを見て、出所を探る暇人はいると思うぞ。
少なくとも馴染みの武器屋は俺が壊してくる前提で次のハンマーを用意してるだろうし、買いに行かなきゃ向こうから売り込みに来る。そこで俺が違うハンマーを持ってたら絶対に気にするはずだ。口を割るつもりはないが、嘘が得意なわけでもねぇんだ」
「自分のところの自信作を超えるものが出てきた、それもお得意様が使ってるとなれば、興味は持つでしょうね……だったら“樹海で拾った”とでも言っておいてください」
この樹海には、多くの人々が富や名声を求めて踏み込んできた歴史がある。彼らの装備が転がっていてもおかしくはないし、実際に滅びた村の廃屋から見つかった物なのだから、まるっきり嘘というわけでもない。
「分かった、なんか聞かれたらそう言っとく」
「お願いします。……さて、話もまとまりましたし夕食にしますか。討伐は明日からで」
「いいな! 昨日の肉はまだあるか?」
「あの大きさですから、たっぷり残ってますよ」
ということで、夕食作り。スープはレトルトなので、鍋を用意して火にかければOK。次に昨日の夕食後に仕込みをしておいた樽と、錬金術で作っておいた大鍋を2つ取り出す。
「おっ、揚げ物か!」
大鍋に油をなみなみと注ぎ入れたところで気づかれた。お察しの通り、今日のおかずはイモータルスネークの唐揚げだ。樽の中身は各種調味料に白酒の酒粕を加えた試作漬けダレ。そこに冷暗所で一日しっかりと蛇肉を漬け込んである。
菜箸を入れて少し泡が出る程度まで油が温まったら、衣をつけた肉を投入。パチパチと小さく弾ける油の中を、ほんのりと色づいた肉が泳ぐ。頃合いを見計らって一旦引き上げ、次の肉を投入。少し休ませた後、引き上げた唐揚げをもう1つの鍋で二度揚げする。
「おい、それもう食えるんじゃないのか」
待ちきれない様子で鍋をじっと見つめるグレンさんを横目に、唐揚げ用に添えるラモンをカットする。唐揚げにレモンを絞る絞らないで論争は尽きないが、俺個人はどちらでもOK、というかどちらもそれぞれ好きである。もっと言えば、味付けのバリエーションが豊富なら豊富なだけ楽しめる。
……と言うことで、もう一味追加。小皿の上に、昨夜のうちに用意しておいたソースを入れる。これはクレバーチキンの卵に酢と刻み玉ねぎを加え、調味料で味を整えたタルタルソース。唐揚げと合わせれば、チキン南蛮風になるだろう。
カラッと揚がった唐揚げを大皿に盛り、ラモンとタルタルソースを添えたら完成だ。味見で1つ摘んでみると、待っていたとばかりにグレンさんの太い手も伸びてくる。
「あふっ」
揚げたては熱いが、油と一緒に濃厚な旨みが口の中で炸裂する。ザクザクの衣とプリッとした肉、食感の組み合わせも相まって抜群にうまい!
「うめぇ……これ昨日と同じ肉か? あれもあれで美味かったが、あっちはもっと肉! って感じだったろ。こいつは、よく分からんがうまい」
「昨日は切り出した肉をただ焼いただけですからね。それであれだけ美味しいのも驚きですが、今日のは味付けに調味料を色々と使っていますし、肉が柔らかくなる工夫もしましたから」
ただ、そこまでしてもイモータルスネークの味は調味料に負けていない。淡白なのに、もう少し濃く味付けをしても良かったのではないか? と思うくらい、強い印象が残るのが不思議だ……そして、とてつもなく米が欲しくなる。
「『ホットウォーター』」
魔法でお湯を生み出して、新しい保存食のパックの中に入れる。中身は一度炊いたお米をフリーズドライで乾燥させたもの。製法に自然乾燥か機械を利用するかという差異はあるけれど、古くは乾飯、現代ではアルファ化米などと呼ばれ、携行食や非常食として一般的に用いられている。
お湯を注いでしばらく待てば、温かい米が食べられるのだから、普段から使うにも便利だ。グレンさんが視線を送ってきているのでこれも多めに用意して、できるまでの間はさらに唐揚げを揚げていく。グレンさんの手は止まらないし、すでに昨日の白酒を出して飲み始めている。
「グレンさん、スープは簡単なので勝手に温めて食べてくださいね」
「おう、そのくらいなら俺にもできるからな。それより唐揚げってのを追加してくれ。後このソースもまだあるのか?」
手と口を止めることなく、答えが返ってくる。揚がった唐揚げが盛ったそばから消えて終わりが見えないけど、これだけ美味しそうに飲み食いされれば、作っている側としては気分がいい。
大食いタレントの番組や動画が流行るのも少し分かるし、大食いチャレンジをやっている飲食店の経営者もこういう気持ちなのだろうか? ……彼を見ていたら俺も少し呑みたくなってきた。
「唐揚げと米と飲むなら……」
まずはゴブリン達が作りまくった大量の白酒の内、味の悪い失敗作に分類されるものから錬金術で抽出したアルコールを用意。これは消毒用に作っていたものだけど、前世のように酒税回避のための添加物を入れたりはしていないので、飲んでも問題はない。
「『フリーズ』でグラスを冷やして……『スパークリングウォーター』……いけた!」
水属性と風属性を合わせて、炭酸水を生成することに成功。そのまま錬金抽出アルコールを少量加え、添え物用に切っていたラモンを絞って軽く混ぜれば、有り合わせの材料で作ったレモンサワーならぬ“ラモンサワー”が完成。
早速一口飲んでみると……錬金術で抽出したアルコールだからか、ウイスキーや焼酎のような素材の香りがほとんどなくて、ちょっと味気ない。率直に言うなら、安っぽい味という表現が思い浮かぶ。
でも、これでいい。揚げたての唐揚げを1つ頬張り、咀嚼して飲み込む。そして口の中に残った油を安くて薄いラモンサワーで流し込めば、ラモンと僅かなアルコールの香りが鼻に抜けて、次の唐揚げに自然と手が伸びる。
「ふぅ〜」
お金のなかった大学時代、付き合いで行く安い居酒屋でもこんな感じだったなぁ……いや、歳をとっても大して変わらなかったか。なんならこの蛇肉唐揚げがある分だけ、今の方が豪勢だ。
しかし、忘れてはいけない。ここへさらに用意していた米が加わると……唐揚げ、ラモンサワー、米、唐揚げ、ラモンサワー、米の無限ループが始まってしまう。油物に米と酒、体にゃ悪いがこれが安くて美味いのだ。
「おい、何だその美味そうな組み合わせ」
「来ると思いましたよ」
唐揚げの追加と一緒に米とラモンサワーも渡すと、グレンさんもハマったようだ。また手と口がフル回転している。そして揚げる速度が追いつかなくなると、手持ち無沙汰になったのか、抽出アルコールの瓶を眺めて一言。
「ただ喉を焼くだけの酒は好きじゃなかったんだが、こういう呑み方をすれば案外悪くないもんだな」
「カクテルとか、混ぜて飲むお酒は普段呑まないんですか?」
「俺はそこまで気にしてるわけじゃないんだが、ドワーフは酒に混ぜ物をするなんて許せねぇ! って奴が多い。親父もそうだったから、俺もなんとなく手が出なかった。強い酒の方が好みだし、色々混ぜた酒でそこまで美味いと思う酒がなかったのもあると思うぞ」
「確かに好みは人それぞれですからね……あれ? 今の話からすると、グレンさんってドワーフだったんですか?」
「あん? ああ、ドワーフも背丈は人それぞれだが、俺は体質のせいか普通の人族以上にデカくなっちまってな。飯を食いまくってる分、ここまで体もデカくなったんだろ。最初から俺がドワーフだって分かった奴はほとんどいねぇよ」
「あ……でも言われてみれば確かに体のサイズが大きいだけで、腕の太さとか胴の太さとか、体の各部位のバランスがドワーフの方っぽい」
適切な表現か分からないけれど、仮にドワーフの人を写真に撮って、PCで拡大加工をしたらグレンさんみたいになりそうな気がする。
「それより唐揚げだ! 米とこの酒も頼む。魔獣の素材を適当に持ってっていいからよ」
「唐揚げとラモンサワー承りましたー」
昨日は焼肉パーティーだったが、今日は居酒屋のようだ。割と本気で昔の居酒屋バイトを思い出して、少し懐かしい気分になった。




