モーガン商会
本日3話同時投稿。
この話は1話目です。
「リョウマ君、疲れているようだけど、大丈夫かい?」
鉱山からの帰り道。ラインハルトさんからそう声をかけられた。
「帰り道に鉄やスライムの糸、それから君が開発した防水布の販売に協力してくれる人の所に寄ろうかと思っていたんだが……」
「平気ですよ。ちょっと魔力を使いすぎただけなので」
大量の赤土をクリエイト・ブロックでレンガ状にして確保したことで、久しぶりに魔力切れが近い気だるさを感じているだけで他に問題はない。魔力も使い切った訳ではないんだから、この程度の疲労で仕事に支障をきたすことはない。
聞かれてから1時間程で馬車は街に到着し、とある商店の前で止まった。店の外見に派手さはないが、店の周辺まで含めて清潔感がある大きな木造建築なので落ち着いた雰囲気が漂っている。公爵家の人間がこうして足を運ぶのだから高級店だと思うが、店にはいい意味で高級感が無くて入りやすそうだ。
店内に入るとたちまち奥の大きな応接室へと通される。こちらは壁に絵、角には飾り壺。店の外観よりも明らかな高級感がある部屋だ。勧められるままソファーに座ったが、柔らかすぎて体が沈む。
……記憶に残る前世のどの取引先の応接室より豪華で少々場違いな気がしてきた……セバスさんの隣で大人しくしていよう。
みっともなくない程度に、控えめに座って待つとまもなく恰幅のいい男性がやって来る。彼がこの店の責任者だろう。
「これはこれは、公爵家の皆様お揃いでようこそいらっしゃいました」
「久しいな、セルジュ」
「お久しぶりです。公爵家の方々には日ごろから良くして頂いていますが、こうして顔を合わせる機会はなかなか。皆様お元気そうで何よりでございます。
そちらの方は初対面ですな。私、セルジュ・モーガンと申します、このモーガン商会の会頭をさせて頂いております」
おっと、俺にも挨拶をしてくれた。
「リョウマ・タケバヤシと申します。縁あってジャミール家の方々のお世話になっております。よろしくお願い致します」
俺が挨拶したら笑顔を返してくれる。信頼の置ける人だと聞いたが、どんな人なのか……
「さて、早速本題に入りたいんだが……」
「本日も何か新しい物を?」
俺がそんな事を考えていると2人は早速商談を始めた。本日も、って事はラインハルトさん、今まで何度もこんなふうに商品を持ち込んでいるのか。
「物を見せる前にひとつ約束をして欲しい、これから見せる物の情報を漏らさない事だ。セルジュの事は信用しているが、一応な」
「勿論でございます、商売相手の情報は我々にとって何より大切な物。情報を漏らされたくないと言うならば我々は情報を漏らさず、また漏れないように取り計らいます。しかし、珍しいですな、ラインハルト様がそんな事を仰るのは」
「今回ばかりはな……事情もあるが、今までの物とは桁の違う利益が出ると確信している」
そこまでの物になるのか? レインコートとか前世じゃ当たり前だからな……感覚というか、基準が良く分からん……
「セバス」
ラインハルトさんがそう言うと、セバスさんがアイテムボックスから防水布とスライムの糸、そして俺が作った鉄のインゴットを取り出した。
「これは少し変わった方法で加工された布だ」
「手にとって拝見しても?」
「勿論だ」
そう言うとセルジュさんが布を手にとる。途端に興味を示したようでマジマジと防水布を撫でながら観察し始めた。
「ほう、良い手触りですな」
「手触りだけではないぞ。その布は水を弾き、内側に通さないんだ」
「……本当ですかな?」
「鑑定で調べても、実際に手を包んで水に浸けても構わない。それは試供品として持ち込んだ物だからな」
「では、お言葉に甘えて……」
セルジュさんが使用人を呼んで水の入った器を用意させ、用意できるまでの間に鑑定で布の情報を調べた様だ。セルジュさんは目を輝かせ、先程の使用人が水を持って来るとすぐに布で手を包み、水に浸けて撥水性を確かめこう言った。
「ラインハルト様、これは素晴らしい物です!」
「そうだろう? この布で雨具を作れば売れると思わないか?」
「売れます! 間違いなく売れます!」
凄く食いついてきたな!
「それだけじゃないぞ。次はこの糸だ」
「拝見します」
今度は糸巻きを手にとって観察し、触れて、引っ張って調べる。そして一言。
「もしや、布の加工に使われている物と同じ材質で作られた糸ですかな?」
気づかれた!? 何もヒントを出してないのに、手触りか何かで判断できたのか?
セルジュさんの答えを聞いて、ラインハルトさんは笑顔で頷く。
「流石セルジュだ。その通り。多少工程は変わるが同じ物が使われている。どうだ? 糸としても上質だろう?」
「確かに、高級な服を専門にする職人はこぞって購入するでしょうな。糸自体の美しさもそうですが、何より丈夫です」
「その糸と布で作られたこんな服がある」
そう言われて取り出されたのは俺が作ったツナギと胴付長靴もどき……あれ? 俺の分は俺が持っている。新しく作ったのか? いつの間に。
「水場や汚れ易い場所で使う作業着だそうだ。多少奇抜なデザインであるとは思うが、機能性は優れている」
「確かに、労働者は欲しがる者も出ると思われます。良さが伝われば爆発的に広まる可能性がありますな」
「広めるための何かが必要だろうが、高い可能性を秘めている。そして最後にこれだ」
ツナギと胴付長靴を脇によけたラインハルトさんが最後の鉄のインゴットを差し出す。
「鑑定してもよろしいですか?」
「勿論だ」
セルジュさんが許可を取って鑑定するが、少しガッカリしたように肩を落としてラインハルトさんに言う。
「良い商品にはなりますが……はっきりと申し上げて、特に変わった所のない在り来りな鉄のようですな」
「ではこっちのインゴットを見てくれ」
セバスさんがもう一つインゴット(超高純度の鉄)を取り出し、セルジュさんに渡した。
「軽銀ですかな? いや、重さが……拝見します」
そう言って鑑定を使ったその瞬間、鑑定結果に愕然としていた。取り繕ってはいるが顔に大汗をかいていて、動揺が良く分かる。
「ラインハルト様、このインゴットは……」
「凄いだろう? こんなものを売り出したら大騒ぎになると思わないか?」
「当然でしょう。この銀と見紛う輝き、鉄と知れば同時に既存の物とは違うことが誰の目にも明らかです。製法を求めて出処を暴こうとする者も出るでしょう」
「だからこそ、さっきのインゴットだ。あれは今セルジュが持っているインゴットに手を加え、既存の物に近づけていたのだよ」
その言葉に納得のいったとばかりに頷くセルジュさん。
「事情は分かりましたが、それではただの鉄として扱われます。特に目を引くことはありませんが、宜しいのですね?」
「構わない。我々はこのインゴットを秘密裏に、かつ合法的に販売したいんだ。このインゴットの出処は廃坑で、新しい鉱脈が見つかった訳でもない」
「なるほど。そこも含めて製法を秘匿しつつ、出来上がったインゴットは売りたいという訳ですな?」
「その通りだ。具体的には他国への輸出としてほしい。国内で流通させれば産地の明記が義務となるが、輸出用なら産出国の明記のみで済むはずだろう?」
「はい。問題はありません」
それだけで問題無いのか!? 雑じゃね!?
「それから、ここにインゴットを持ち込むのは製作者の秘匿も兼ねている。セルジュを信頼して頼みたい」
「ありがとうございます」
「では製作者だが……この3つの商品の開発者は全て同じ者だ」
おっと、驚いてる場合じゃない。俺が紹介される。
「この3つ、どれも素晴らしい物ですがお1人の方がこれを?」
セルジュさんの言葉を聞いたラインハルトさんがニヤリと笑い、こう言った。
「そうだ。そしてこれらを生み出したのが、ここにいるリョウマ君なのだよ」
ラインハルトさんがそう言った瞬間、どことなくセルジュさんの目が点になり、俺とラインハルトさんを交互に見る。
「今何と……?」
「ここにいるリョウマ君が、これらの物を作り出した開発者だと言った。信じられないと思うが、事実だ」
「本当にタケバヤシ様がお作りになられたのですか?」
「はい、私が作りました」
「本当だ。内密にして欲しいが……リョウマ君はこの歳で優れた研究者でありながら、錬金術師でもあるのだよ」
錬金術師と聞いたとたんセルジュさんの目つきが若干訝しげになった気がするな……やっぱり錬金術師は信用無いんだなぁ……
「疑うのも分かるが、彼は私の目の前でそのインゴットを作り出した。詐欺師ではないよ」
「なるほど、ラインハルト様の目の前で。よろしければ私にもその技を見せて頂けないでしょうか?」
お、疑ってることは疑ってるんだろうけど、門前払いじゃなくて確かめようとはしてくれるんだ。まぁ公爵家の連れだからな……魔力は心もとないが、やって見せるしかないな。
「今日は少し魔力を使いすぎているので、小さい物でもよろしいですか?」
「それでしたら私の店にある魔力回復ポーションを用意させますので、どうぞお使いください。私のお願いで見せていただくのですから、それくらいは」
え、そんなの貰っていいの? それなら何の問題もない。
「でしたらポーションと一緒に紙を2枚とペンか何かを貸して頂けますか? 魔法陣が必要なのです」
セルジュさんは再び使用人を呼んで魔力回復ポーションと紙とペンを持ってこさせる。
「こちらで宜しいですか?」
「はい、十分です。ありがとうございます」
俺は礼を言って、ペンで2枚の紙に2種類の簡素な魔法陣を描き、アイテムボックスから赤い石材を5本取り出した。
「これは廃坑の土を土魔法で固めた物です。これが材料になるので、確認してください」
セルジュさんがすぐに鑑定を使う。
「確かに、確認できました」
「では、危ないので作業中は陣の中に手など入れないようにお願いします。では始めます」
そして廃坑のときと同じように陣に魔力を通し、陣を光らせ、手早く板状の鉄の塊を作り出し、それをセルジュさんに手渡す。
「ご確認下さい」
作業中からもう明らかに目を丸くしていたセルジュさんが、受け取った板を鑑定すると、次の瞬間座っていたソファーから立ち上がる。
「申し訳ございませんでした!」
深々と、それはそれは綺麗な最敬礼。
「いえいえいえ!! そんなことしなくて結構ですから頭を上げて下さい。錬金術師は疑われると聞いてますから、モーガン様の対応は普通よりいいくらいでしょう」
公爵家の紹介があるとはいえ俺は若造どころか子供だ。こう目上の方に丁寧に謝られると逆に申し訳なくなってくる。
いっそ適当に流すか疑われるような言動をするほうが悪いとでも言われれば、仕事上だけのお付き合いでと昔の上司のように割り切れるのに……
「そう言っていただけると、ありがたい。まさか本物の錬金術師様とは思わず……もしや、外見通りの年齢ではないのでは?」
……は? ……え、嘘……バレた!?
「急に、何を言い出すのですか?」
「本物の錬金術師は不老不死の秘薬や若返りの薬をも作れると聞きます。詐欺のための嘘だとばかり思っていましたが、本物の錬金術師様なら……」
「違います」
なんだよそう言う意味かよ、ビックリした。
俺はステータスボードで年齢を開示する。
「不老不死や若返りの薬なんて作れません。……もしかしたら作れる人も居るのかもしれませんが、僕には無理です。僕に出来るのは精々今見せたように土の中に入っている鉄を集めてインゴットにするくらいですので」
「そうでしたか、失礼致しました」
そこでラインハルト様が話に加わってきた。
「さて、リョウマ君が本物の錬金術師だと信じて貰えた所で話を続けよう。リョウマ君は今見せた通り素晴らしい技術と知識を持っていて、このインゴットや防水布を作れる。
ただし錬金術師と知れ渡っては他の詐欺師と同一視されてしまう。また、実力を正しく理解されても11歳という若さでは侮られるか都合良しと取り込もうとする者が必ず出てくる。
そこでセルジュにはリョウマ君が持ち込んだ物を適正価格で買い取って欲しいのだよ。勿論、リョウマ君が販売者だと公にせずね」
「畏まりました。その程度の事ならばお安い御用です」
「リョウマ君、セルジュは信頼できる商人だ。今後何かを売る場合はこの店に持ってくるといい。買い物をする時もここで買えば安全だ」
「分かりました、ありがとうございます。セルジュさん、よろしくお願いします」
「こちらこそ、何時でもリョウマ様のご来店をお待ちしていますよ」
「それからリョウマ君、あの廃鉱山の土は今後も好きな時に好きなだけ持っていくといい。スライムの餌にするもよし、インゴットにしてお金を稼ぐもよしだ」
「いいんですか? ラインハルトさん達の利益は……」
「元々もう廃坑として扱っているんだから、こっちに利益が無いのが当たり前なんだよ。君がセルジュにインゴットを売れば、後にかかる税で利益が出て得になる。どっちに転んでも我々に損はない。
それに防水布の件でも十分な利益が予想されるしね。作った布はこの店か、モーガン商会の支店に卸してくれればいい。だろう? セルジュ」
「はい、問題ございません。お住まいを教えて頂ければリョウマ様の件を秘匿しつつ、商品を買いとるように最寄りの支店に通達を致します」
ありがたいが、いい人過ぎないか? この人達……
このあと俺が森に住んでいた事を話して驚かれ、森に帰るか考えて最終的に住む場所が決まったらセルジュさんに居場所を教える事になった。暫定的にこの街に居る間はこの店に。森に帰るなら公爵家のあるガウナゴの街の支店に防水布を卸す。
お世話になってばかりで、どうお礼をすればいいか分からん……とりあえずこの街に居る間はある程度糸とインゴットを作って卸しておこう。2日位魔力を空にする気で魔法を使えばそれなりの量が出来るしな……それにセルジュさんから疑ったお詫びにと大量の魔力回復ポーション貰ったし。
何にしても、安全な商品の売り先が決まって良かった。セルジュさんはこれから何かあったらいつでもお越しくださいと言ってくれた。これでぼったくりに遭う事は無いだろう。
俺達はその後、セルジュさんと使用人の女性に見送られて宿へ帰った。




