到着
本日、2話同時投稿。
この話は2話目です。
翌朝
「オラァ!!」
今日も朝から密林の中をひたすら歩いているが、進むペースは昨日よりも早い。原因はひとえに、グレンさんが絶好調であること。昨夜はかなりお酒を飲んでいたので若干の心配はあったけど、むしろ元気になっている。
“やっぱ美味い飯と肉を腹一杯食って、酒を浴びるほど飲んで寝ると調子がいいな!”
今朝、開口一番にそう言われて納得したが、魔法道具に食料の用意があるとはいえ、彼も樹海の中では飲食に制限を設けなければならなかったのだろう。それは体質的に大量の食事が必要な彼にとって、力を発揮し辛くなる要素だったはずだ。
昨日は俺が好き放題飲み食いさせて、ついでにまともな部屋で眠らせた。それで本来の力が発揮できるようになったのだと思う。昨日の時点で本調子じゃなかったというのも、それはそれで驚きだが。
「ちょっと待て」
グレンさんが突然足を止めた。敵に気づいたら避けることも隠れることもせず、ひたすら突っ込んでいく彼にしては珍しい。
昨日の食事中に聞いた話だが、彼がSランクという高みに到達できた理由は2つあり、1つはもちろん体質による肉体強化。そしてもう1つは、彼自身が持つ“直感”スキルにあるそうだ。
“直感”はそこまで珍しいスキルではなく、冒険者でない一般人にも持つ人はいる。しかし、彼の場合は物事を深く考えるのが得意ではない性格故に、常人なら死亡確定の修羅場を肉体のスペックでゴリ押しして生還し続けた“経験”によって磨き上げられ、今では大体の状況が高精度で“なんとなく分かる”ようなのだ。
「なんかこの先、面倒くさそうだぞ」
「面倒ってことは、強い魔獣がいるわけじゃないですね」
「ああ、ウザそうな感じだ」
弱い魔獣が大量にいるタイプかな? でもラプターなら移動が多いはずだし、巣があるならグレンさんはむしろ突っ込んで行きそうだから、他の魔獣となると。
「迂回すれば回避はできそうですか?」
「たぶんな」
「だったらこの先にいるのは“グラトニーフライ”かもしれません」
「何だそいつは」
「簡単に言うと、大型で肉食のハエですね。大型と言っても最大5センチくらいですが、鋭い牙のある顎を持っています。動物を見つけると生死に関係なく群がって、その肉を食い千切り、巣に戻る。それを対象が骨になるまで繰り返します」
例えるなら、空を飛ぶピラニアだ。
1つの傷が蝿の体格相応に小さいために死ににくく、生きたまま食われる状態になりやすいこと。食べ残しを巣で腐らせて子供に与えているため、噛まれると細菌感染の危険があること。逃走に成功しても、出血による体力の消耗や他の魔獣を引き寄せる可能性が高いことなども考えると、ピラニアよりも恐ろしいかもしれない。
巣を中心とした縄張りに入らなければ襲ってくることもないので、縄張りに入らないようにするのが最も無難な手だが……幸い、今回はだいぶ余裕を持って気づけた。あらかじめ準備をしておけば、通ることは難しくない。
結界魔法で雨避けの内側にもう1つ、生物を対象とした雷属性の結界を張る。あとは緊急時のために、ここにストーンスライムを一匹配置して準備完了。
「あっさり終わったが、こんなんでいいのか?」
「グラトニーフライの顎は脅威ですが、体は普通の虫と変わらないので耐久力も相応だそうです」
だから攻撃もヒットアンドアウェイ。高速で接近して素早く肉を食いちぎったら、逃げていくのだそうだ。今回の対策はそんな習性を利用して、自分達の体を餌に、雷の結界に突っ込ませて自滅させる。昔のコンビニによく置かれていた電撃殺虫器のようなイメージだ。
「仮に失敗しても、空間魔法でここまで戻ってくれば何とかなるでしょう。グレンさんは嚙まれたとしても平気そうですし」
「まぁ、面倒なだけでヤバい感じはしねぇな」
「あと、グラトニーフライと共生関係にある“ホテル・ラフレシア”は高く売れますよ」
「マジか。なら行かない手はねぇな」
現金なグレンさんが、足を止める前よりもペースを上げて突き進むと、不快な羽音が聞こえてきた。小さな虫が群れになり、雲のように湧き出てくるが……結界に触れた個体から、バチバチと弾けて死んでいく。
「リョウマ! その、なんたらって魔獣はどんな奴だ!?」
「真っ赤な花を探してください! それがホテル・ラフレシアです! グラトニーフライの巣でもあるので、蠅が飛んできた方向にいるはずです!」
「あれか!」
1匹でも鬱陶しいが、無数に集まると羽音がうるさい。声を張り上げて情報を伝えると、グレンさんはすぐに対象を見つけたようだ。
「おっしゃ取ったぞー!」
飛んで行った彼の後を追うと、彼は自分を絞め殺そうとした蔓を逆に引っ張り、ホテル・ラフレシアを樹から引きはがしていた。
「これが売れるんだな?」
「あの、売れるのは花弁の部分だけなので、必要なところだけ切り取って行きましょう」
巣と自身を脅かされた魔獣達が必死に抵抗しているが、グレンさんはまったく気に留めずに俺の前に持ってきた。
瀕死の状態だが、巨大な花からのびた蔓をウネウネと触手のように蠢かせるホテル・ラフレシア。その中心にある大きな穴には、グラトニーフライの幼体……つまりはウジが大量に湧いているので、まじまじと見たいものではない。
刀で手早く花弁部分を切り取ったら、残った巣の部分は遠くの樹の根元にリリース。その後はすぐにグラトニーフライの縄張りから離れて、小休止がてらクリーナースライムに全身洗浄をお願いすることにした。
「いいな、これ」
「グレンさんもスライムの魅力が分かりましたか」
「楽だからな。風呂が嫌いってわけじゃないが、時間かけて入ろうとも思わねぇし」
「ああ、確かにグレンさんは長湯するタイプには思えませんね」
確かに、カラスの行水タイプの人にも好まれるだろう。俺も前世でクリーナースライムを飼えていたとしたら、ヘビーユーザーになっていたと思う。お風呂でじっくりと温まるのは気持ちがいいけれど、時間的・体力的な余裕があるかは別だから……
「で、この花はどのくらいで売れる?」
「僕も資料を読んだ限りですが、1体分でも屋敷が買えるとかなんとか」
「こんな花がか? いつも思うが、貴族は変なものに金出すんだよなぁ」
「まぁ、こんな樹海の奥地に生息する魔獣ですし、グラトニーフライの危険もあるので、普通なら取ってくるのは難しいのでしょう。取ってこられる人がいなければ、お金を積んでも手に入りませんし、お金で手に入るだけ安いという考え方もあるかと」
ちなみにホテル・ラフレシアの花弁から取れる赤い染料は“ノーブル・ブラッド”と呼ばれているらしい。名前の由来は、鮮血のような美しい赤色に染まるから。またはホテル・ラフレシアの生態を、平民から税を徴収して贅沢をする貴族になぞらえた皮肉など、色々な説があるのだとか。
そんな話をしつつ、移動を再開。すると、また進行方向に変な気配があるようだ。
「この感じは……人っぽいか?」
「こんな所に人ですか?」
「ああ、集団って感じじゃねぇな。1人、いやこれ本当に人か?」
……俺達も1人でここに来ているわけだし、誰かが居てもおかしくはないが……
「アンデッドの可能性は?」
「それはないと思うぞ。アンデッドならもっとこう、空気がドロっとした感じだからな。リョウマこそ、さっきみたいに心当たりねぇのかよ」
「こちらも人っぽい魔獣なんて、アンデッド以外には知りません。事前情報にもなかったですし……」
コルミ村にもだいぶ近づいたから、アンデッドが流れてくる可能性はあると思うが……とりあえず正体不明ということで、警戒を強めて足を進める。やがて放熱樹の根元で傷だらけの鎧を着用し、体の至る所から血を流して倒れている男性冒険者の姿が見えた。動く様子を見せないので、死体かと疑ったその時。男がうめき声をあげる。
「う……」
「『ライトボール』」
問答無用で光魔法を放つ。
グレンさんはアンデッドではないと言っていたが、この樹海の中、あの出血で動けなくなっていれば、血の臭いですぐに他の魔獣が襲って来るはず。仮に人であったとしても、あの出血では自分で返答できるような状態でもないだろう。これが1番手っ取り早く確認できる。
ライトボールは真っ直ぐに男に当たったが、男には何の変化もなかった。消し飛ぶ事も苦しむ事もないという事は、生きた人間なのか? アンデッドでないのなら、人の形が残っている状態で他人と遭遇できるのは奇跡としか言いようがない。
「どうする? なんか怪しいが」
「回復魔法が使えますし、僕が行ってみます。
大丈夫ですか? 聞こえますか?」
警戒しつつも男に近づく。意識の有無を確かめるために駆け寄る時に声をかけてみたが、呻くだけ。襲ってくる様子もなく、体の側まで到達。傷の状態を見るためにスライムの力を借りるが、傷だらけである事以外、体におかしな所はない。
「『ハイヒール』」
特に出血が酷い手足に回復魔法をかけて、初めて違和感を覚えた。
“出血が止まらない”
「!?」
意識が逸れた瞬間、男の体が崩れた。体中の骨がなくなって柔らかく、ミミズがのたうち回るように、人なら胸を張る様な体勢で俺にのしかかろうとする。
「ふんっ!」
反射的に風の拳で殴り飛ばすと、飛ばされた“何か”は背にしていた放熱樹にぶち当たり、やわらかいゴム人形のように崩れ落ちる。間髪容れずに刀を抜いて、火を纏わせて右足から左脇腹にかけて胴体を二つに叩き斬った。
しかし、“何か”はそれを気にした様子もなく、すぐさま逃走を試みるようだ。昨日のアンデッドスネークのように再生こそしていないが、人の上半身が下半身を放り出して腕の力のみで俺から離れるために這いずりだすのは、ホラー映画さながらの光景。
だが次の瞬間、“何か”は完全に人の形ではなくなり、小さなテイクオーストリッチの姿に変化した。
「あっ!?」
“何か”は本物のテイクオーストリッチさながらの速度で逃走を始めるが、逃がすつもりはない。たった今、なくなった!
「『バリケード』! 『バインドアイビー』!!」
樹木で壁を作って“何か”の逃げる方向を限定し、蔦を操り捕獲に成功。この2つの木属性魔法は植物を生やすか周囲の植物を利用して使う魔法であるが故に、周囲に木々が少ない場所だと非常に使い辛いけれど、この樹海の中なら問題にならない。
「おっと、逃がすか!」
蔦に絡め取られた“何か”が、再び体を崩れさせて蔦から逃れようとしていた。再び逃げられる前に、従魔契約を行使する。
「!」
「おっ、止まったな」
従魔契約が終わると“何か”はピタリと動きを止めた。俺と“何か”の間に魔力のつながりが出来、契約に成功した事を確信する。
「なんなんだ? こいつは」
「どうやら、スライムだったみたいです」
魔獣鑑定を使うと“何か”の正体が明らかになる。
ミミックスライム
スキル 擬態Lv10 擬態対象記憶Lv2 高速移動Lv8 肉食獣誘引Lv2 肥大化Lv7 縮小化Lv7 捕食Lv3 消化Lv4 吸収Lv4
「擬態がLv10……人間の上半身からテイクオーストリッチに変わる時、一瞬だけスライムに戻ったので気づけました」
「へー、そんなスライムもいるのか。動きはともかく、見た目は完全に人間だったが」
「最初は体の中身も完全に人間でしたよ。診断のために観察していても、違いが分かりませんでしたから……いや、この高速移動スキルにテイクオーストリッチの姿で素早く逃げ出そうとした所を見ると、擬態した状態では擬態した相手の能力まで再現出来るのか? 肉食獣誘引スキルはテイクオーストリッチのスキルでもおかしくないし……」
スライムの姿に戻っていたミミックスライムに、テイクオーストリッチになるように指示。その辺を軽く走らせたところ、その速度はやはり本物のテイクオーストリッチそのものだった。
「これは凄いな……使い道が多そうだ」
「ったく、ここはおかしな魔獣ばっかりだな」
擬態と一緒にある擬態対象記憶スキル、これはそのまま擬態する対象を記憶するスキルだと思う。というのも、ミミックスライムが他には何に擬態できるか確かめてみたらテイクオーストリッチとラプターの2種類にしか擬態できなかったから。
先程の男の姿は一回きりだったようで、もうあの姿にはなれないらしい。多分、何らかの条件を満たさないと自由に擬態できないのだろう。
単体で肥大化と縮小化スキルを持っているのは意外だったが、これはおそらく擬態する対象の大きさにサイズを合わせるためだと思う。擬態してないスライムの姿はバスケットボール位の大きさだ。このサイズで擬態しても手乗り魔獣になるだけで、外敵を騙せるとは思えない。
最後に捕食スキル、これは……
「おい、先進まないのか?」
「っと、すみません。ついこのスライムの生態が気になって」
「研究者ってのはよくわからん奴らだな……」
「あれ? スライムの研究してるって話しましたか?」
「聞いてはいねぇが、今のお前みたいな奴がしつこく依頼を受けてくれって言って来るからな。昨日からスライム出しまくってたし、あれ見てたらわかるさ」
そういうことか。Sランクだと国からの依頼もあるだろうし、中には研究用のサンプル採取などもあるのだろう。彼は受けないだろうけど。
とりあえず一件落着したことだし、ミミックスライムの研究はまた改めて、たっぷりと時間を取って行おう。
■ ■ ■
密林の中を再び進み、そして4時間が経過。このあたりから、放熱樹を除く密林の草木が倒されている様子が目立ち始めた。
「この辺は歩きやすいな」
「もうすぐ湖がありますからね」
チェックポイントの湖には、水場を中心に活動する大型の魔獣が多数生息している。その内の1種“キャノンボールライノス”は平均的な体長が5m程の巨体かつ、群れを作る。そんな彼らや彼らと同等の巨体を持つ魔獣達が移動すれば、その後には踏み荒らされた跡が残るのは当然だろう。
「へぇ、ここは大型魔獣がよく来るのか。その、キャノンボールなんたらってのはどのランクだ?」
「単体ならBですが、体を覆う皮膚と体毛が甲冑より遥かに強靭で、魔法への耐性もある。巨体に似合わず足も速いですし、成体になると無属性魔法の肉体強化まで使います」
頑強で重い体。それに負けないパワーに強化魔法。全部が1つになって行われる突進の威力は凄まじく、直撃を喰らえばまず致命傷。過去の記録によれば、樹海から迷い出た個体が突進で街の門や外壁を突き破ったこともあり、“壁砕き”なんて異名もあるくらいだ。
「尤も、キャノンボールライノスはこの樹海では珍しく温厚な魔獣ですし、他の魔獣がいても今回はできるだけ避けましょう」
「仕方ねぇな。でも見つかっちまったらしょうがないよな?」
「……まぁ、その場合は……」
避けようとは言ったけど、この人が敵を避けるとは思えない。隠れてやり過ごす姿は、さらに想像できないので、遭遇しないことを祈ろう。
情報共有をしているうちに、件の湖が見えてきた。
「……何も居ないな。よし」
魔獣が居ないうちに、さっさと通り抜けてしまおう。
「ここから湖沿いに東へ進むと、細い支流があります。そちらに沿ってまっすぐ、このペースなら1時間も進めば目的地のコルミ村に着くはずです」
「ってこたぁ、今日中には着けそうだな」
用意しておいたコンパスで方位を確かめ、東に進む。道中は何度か魔獣の襲撃を受けたけれど、ここに至って慌てることもない。たまに奇襲をかけてくる、皮膜が刃のように鋭いムササビの“ブレードラット”が少々邪魔なくらいだ。
……あれは一見小さくて可愛くて、街で愛玩動物として売れそうな見た目ではあるけれど、滑空しながら容赦なく首を狙う樹海の暗殺者だ。グラトニーフライもそうだが、魔獣は小さいからといって侮れる相手ではないと心底思う。
「おい……今度はちゃんとアンデッドがいるみたいだぞ。しかも大量に」
俺も段々と生き物の気配が減っていることを感じる。いや、ここまでが樹海の生物の生命力に満ちていたというべきか? ここまでくると、はっきりと分かる。そして、コルミ村が近いことも。
「早速来やがったぞ」
「アンデッドは僕が光魔法で対処します。グレンさんは道を作ってください」
俺達が草をかき分ける音に反応したようで、1体のゾンビがこちらを向く。今度は生きた人間でないことが明らかだ、腹部が大きく抉れて喉笛を何かに噛みちぎられている。
「『ライトボール』」
近づいてくるまで待つ必要はない。放ったライトボールが綺麗にゾンビの頭部に着弾し、頭を消し飛ばす。これでこの場は問題なく済むが……
「シュラーッ!」
「ヒュー……ヒュー……」
「ガルルルゥ……」
「『ライトショット』!」
小川沿いの移動は、アンデッド系魔獣との連戦になった。それも人間より魔獣の死体がアンデッド化した“ビーストゾンビ”が多い。これまでの道中で出てきた魔獣が、全部アンデッドになって再登場したような感じだ。
なんかこういうゲームがあった気がするけど……全然嬉しくないな!
「臭っさッ! ゾンビは素手で殴りたくねぇんだがなぁ……しかし、なんでまたこんな数のアンデッドがいるんだ?」
「コルミ村が発生源になっているのでしょう」
ライトショットを連発し、周囲のアンデッドを吹き飛ばしながら、グレンさんが切り開いた道を突き進み……
「門が見えたぞ!」
転生から4年。樹海に入って6日目にして、俺はとうとう今生の故郷にたどり着いた。
 




