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樹海の魔獣

本日、2話同時投稿。

この話は2話目です。

 次の日


 いつもより少し遅めに行動開始。昨夜もゆっくり休めたので、体調に問題はない。


 しかし、樹海のここまで奥には、あの最前線拠点の人間も来ることはないのだろう。完全に道はなくなり、生い茂る草と蔓が絡んで天然のバリケードになっている所も珍しくない。先に進むためには自らジャングルを切り開く以外になく、必然的にペースは落ちてしまう。


 前に進むだけでも、これまでよりも手間がかかるけれど……魔獣はそんなことを考慮してはくれない。


「ゲゲーッ!」

「!」


 遠くから迫ってくる異音に、警戒が強まる。同時に魔力感知が捉えたのは、高速で走る1匹の魔獣と、その少し後方に続く無数のラプター。


「げっ、こいつもしかして——」

「ゲゲゲゲゲゲ!!!」


 事前情報からその魔獣に当たりをつけた次の瞬間、ジャングルの中からダチョウのような魔獣が飛び出して、俺を襲うことなく(・・・・・・)横を避けて走り去った。すると当然ながら、追っていたラプターは俺に気づくだろう。


「『パラライズミスト』『スパークボール』」


 先手を打って、毒と雷属性の魔法をばら撒く。即効性の麻痺毒霧と、着弾地点から周囲に放電する電気の玉。どちらも広範囲に効果を及ぼす魔法が、立ち塞がる壁のように群れの行く手を阻むが、効果は薄い。


 魔力感知で群れの動きを見る限り、麻痺毒の霧を吸い込んだラプターは目に見えて動きが悪くなっているけど、足を止める程ではない様子。それでも動きの鈍ったラプターは、続けざまに来た電撃を躱せなかったようだ。


(それでも倒せたのは3割程度。スパークボールは人間相手なら十分な効果があるが、魔獣相手だと威力が不足気味か)


 それでも一瞬で3割減らした意味はあった。最初から比較的興奮していなかったと思われる、後方にいたラプター達の足が止まり、群れの半数ほどが逃走を始めてくれた。残った2割くらいなら、丁寧に対処していけば問題はない。


 できるだけ苦しまないように淡々と処理を続け、襲撃がおさまる頃には、周囲が死体と血の匂いで満たされていた。


「ふぅ……転がっているだけで、ざっと50体。総勢何匹いたのやら……あれがテイクオーストリッチか」


 あのダチョウの魔獣はこの危険な樹海の中に生息しているが、ほとんど戦闘能力を持たない。その代わりに強靭な足腰を持っており、その脚力で生き延びているだけでなく、興奮作用のあるフェロモンを放出することで、他種の魔獣を集めて獲物にけしかける習性を持つ。


 その習性から付いた異名は“樹海最弱にして最悪の魔獣”だそうだが……実際に木々の間をすり抜けてくる洪水のようなラプターの群れに襲われると、その理由がよく分かる。あのすさまじい勢いに気圧されて、冷静さを失ってしまったら、成すすべなくやられてもおかしくない。


「もったいないけど、今回は回収せずに進むか……」


 テイクオーストリッチの習性的に、しばらくしたら死体をあさりに戻ってくるだろう。その時にまたラプターの群れをけしかけられたらたまらない。


 ■ ■ ■


 昼過ぎまで歩き通すと、ヒュージロックではない、天然の大岩が見えてくる。


「あの岩から南東に行くと湖があるはず……」


 ガイン達の手紙に書かれていた、村への行き方を確認しながら進む。するとしばらく進んだところで、急に放熱樹以外の植物がなくなり、視界が開けた。おそらくはこれがガイン達の話していた湖だと思うが……


「どちらかといえば泥沼じゃないか?」


 所々に水たまりと水草が浮かんでいるが、湖と呼ぶには水気の少ない沼地がそこにあった。


 ……まぁ、どちらにしても足場が悪いことに変わりはない。まだそこまで深くはないが、今の時点でも一歩踏み込めば足首まで埋まってしまう。うっかり変なところに踏み込めば、足を取られて動けなくなるだろう。ここは無理せず、あれを使うか。


 ディメンションホームからマッドスライム達と、昨年末の除雪に使っていた小舟を沼に投入する。ここで使うであろう道具も、忘れずに船に積み込んで……と。


「準備完了! レッツゴー!」


 マッドスライムとのスライム魔法で泥を操り、濁流で泥沼の上を駆け出した。泥の重さのせいか、ウォータースライムほどの速度は出ないみたいだけれど、十分に速い。


「ウォーターが競艇のモーターボート、マッドは普通のエンジン付きのボートくらいかな……船の速さはよく知らないけど」


 どちらにしても、この泥沼を徒歩で進むよりよっぽど速く進めることは間違いない。魔力回復薬も潤沢に持ってきているし、このまま対岸まで突き進もう。


 ……なんて、簡単に進ませてくれるわけがないのは、ここまでの道中でよく分かった。


「本当にッ、一筋縄では行かないな!」


 進行方向の泥の中から、大きな何かが近づいていることを察知。素早く左に舵を切ると、一拍遅れて人の腕ほどの牙がびっしりと生えた顎が飛び出し、続いて岩のような頭と胴体が姿を現す。


 全長およそ4メートルの巨大ワニ、Cランクのガロモスアリゲーター。その強靭な顎にかかれば鎧を着た人間でも容易く噛みちぎられてしまうらしいが、


「準備は万端!」

「グアフッ!?」


 巨体に反して素早い動きでこちらを呑み込もうとしたところを、船ごとテレポートで回避。さらにその場には、事前に用意しておいた特製粘着弾を残しておく。すると、どうなるか?


「!?……!……!?」


 粘着弾を何度か咀嚼した巨大ワニは、徐々に口内が固まって開かなくなったことに驚いたのだろう。泥の中で暴れ始める。


 ワニの噛む力は強い反面、口を開ける力は弱い。粘着弾を呑み込まれる、あるいは唾液で粘着液が薄まった場合は効果がなくなる可能性もあったけど、しっかりと効果を発揮しているようだ。


 困惑して動きが止まった所を狙い、ガロモスアリゲーターの頭部に転移して、刀を脳天に突き刺して仕留める。顎の力は脅威だが、型に嵌めてしまえば問題ない。


 その後、獲物の回収も含めて、4時間ほどで泥沼地帯を脱出。キリもよかったので、今日はここらで休むことにする。



 ■ ■ ■



 さらに翌日


 昨日で泥沼地帯を抜けたと思ったら、1時間ほど先に2つめの泥沼が広がっていた。どうやら俺が陸地だと考えていたのは、川で言うところの中州だったようだ。


 なんだろう、南米のアマゾン川を遡上しているような気分になってきた……そんなことやったことないけど。というか、樹海の探索は移動、魔獣と戦うかのどちらかしかないな……


 こうして黙々と進むこと、さらに2時間の船旅。今度こそ湿地帯を抜けたようだ。


「ッ!?」


 上陸後、船を片付けようとしたところで、違和感を覚える。咄嗟に後ろへ飛び退けば、木の葉の擦れる音と共に、樹上から何かが落下してきた。


「もしかして俺、やっぱり運悪いのかなぁ……」


 落下してきた物体は大きな泥の飛沫を上げて 、俺が乗ってきた船の上で、丸太のような体をモゾモゾと動かしている。人を数人丸呑みできそうな、緑色をした巨大な蛇の魔獣。樹海に生息する蛇の魔獣は複数いるが、このサイズに該当するのはAランクの“イモータルスネーク”だろう。


 しかし、イモータルスネークの生息域からはまだ遠いはず。せめてあと1週間位は中心部に向かって歩かなければ、その場所にはたどり着かない筈だが……そんなことを考えても仕方がない。


「運が悪かったと諦めよう」


 俺の呟きに反応したのか、イモータルスネークが船を捨てて、地面を滑るように襲いかかってきた。鎌首を持ち上げて、弾丸の様に首を突き出して噛み付きに来る。その動きはガロモスアリゲーターよりもさらに速い。だが、対応は可能。


「くっ」


 問題は、防御力と回復力。攻撃を躱しながら胴体を刀で切り上げてみたが、肉そのものが硬いのか、思ったほど刃が通らない。イモータルスネークも特に苦しむ様子はなく、今度は巻き付き締め上げようとしている。


 気で強化した足で跳躍し、包囲から脱出。着地の際に気を込めた一太刀を浴びせると、先ほどよりも刃が深く肉に食い込む。今度はそれなりに深い傷を与えたはず……が、即座に尾を使った反撃。


 しかも、回避して距離を空けるだけの僅かな時間で、その傷はみるみるうちに癒えてしまう。……この魔獣も戦えなくはないが、厄介だ。


「『トルネードカッター』」


 周囲の草木も刈り、戦う場所を確保。ついでに道を見失わないよう、近くの樹に目印をつけておく。


「シャアッ!!」


 掠れた音を出しながら、奴が動き出した。攻撃方法は先ほどと同じ飛びかかりだ。一度見た攻撃は確実に躱して、今度は氷属性の魔力を纏わせた刀で切り付ける。


「キシャアアアアッ!?」


 冷気を発する斬撃の効果は覿面。先ほどよりも傷は浅いにもかかわらず、イモータルスネークはこちらへの警戒、そして怒りを露にする。どうやら俺は“ただの獲物”から“敵”と認識されたようだ。


「シャアアアッ!」


 先ほどの一撃がよほど気に障ったのか、攻撃が一気に苛烈になる。先ほどからの飛びかかりに噛みつき、巻き付きに加えて、周囲の木々を使って縦横無尽に動く。流石はここに住む魔獣、地の利は向こうにあった。


 攻撃を躱しながら冷気を纏った刀でイモータルスネークを斬り付け続けるが、いくら続けても致命傷にならない。精々、傷の治りが遅くなる程度。胴体を斬りつけるだけではいくらやってもダメそうだ。


 そうなると、だ……


「はっ!」

「シッ!?」


 狙うは、嚙みつきから巻きつきに移行するタイミング。上段に構えた刀を、襲い来る蛇の頭部に思い切り振り下ろす。手の内に若干の抵抗を感じた気がするが、気を用いて強引に振り抜けば、狙い通りに頭と胴体を切り離す事に成功。


 だが、それでもイモータルスネークは息絶えなかった。


「シャアッ!? シャアアア!!!」

「おっ!?」


 驚いた事に、切り落とした頭部はまだ元気に生きている。胴体も乾いたコンクリートの上に出たミミズのように、滅茶苦茶にのたうち回り始めた。すぐに頭を潰そうと思っていたが、胴体の動きに巻き込まれないよう距離を取ろうとした、その時だ。


「……こいつの体、どうなってんだ」


 見れば、切り離したばかりの頭が、切り口から体を再生させ始めている。即死しないだけならまだ分からなくもないが……こいつ、本当は蛇じゃなくて“プラナリア”なんじゃないだろうか?


 魔獣は1つランクが違えば大きく強さが変わる。特にC以上はそれが顕著だとは聞いていた。しかし、イモータルスネークといい、ラインバッハ様のイグニスドラゴンといい、Aランクの魔獣はどいつもこいつも化物だ。


 ……と、俺がそんな感想を抱いているうちに、頭は元々の体と同じぐらいまで体を再生させてしまう。ただ、再生は頭が起点になっているようで、胴体の方に頭が生えなかったことは救いだ。


 しかし、このままでは埒が明かない。


「『エクスチェンジ』」


 仕方なく、刀を鞘に戻して空間魔法で手元に銀色の短槍を呼び寄せる。長さ1.4mほどで銀色に輝くそれは、ディメンションホーム内で待機させていた、特殊なアイアンスライムの槍。同時に俺の奥の手であり、この世の生物に対する必殺の槍。


「申し訳ないけど、あまり長々と付き合えないからな」


 本能的に危険を感じたように、イモータルスネークが、動きを止める。言葉はないが、これまでで一番の警戒と敵意を感じる。だが、こちらに背を向けることはなかった。鎌首を持ち上げて数回、ゆらゆらと頭を揺らしてから、最後の一撃が放たれる。


「——!」


 矢のような一撃を、すれ違うように回避して槍を突き刺す。槍はそのまま俺の手元から離れた。イモータルスネークは得物を失った俺をどう思ったのか……こちらを一瞥したかと思えば、そのまま地面に倒れて痙攣し始めた。


 この反応を見て、奥の手が有効だった事を確信する。しかし警戒は解けない。確実に仕留められた事を確認してから、やっと槍を回収する。


「お疲れ様、もういいぞ」


 槍に声をかけてねぎらうと、一仕事終えたとばかりに形が崩れて、見慣れたアイアンスライム本来の姿を見せる。また、槍が刺さっていた傷口からは大量の出血、もといブラッディースライムが姿を現した。


  芯が空洞の槍にブラッディースライムを仕込んで、敵の体内に打ち込み、体中の血液を吸収させる……自分でやっておいてなんだけど、エグい使い方だ。人も魔獣も、血が通っているのであれば、おそらくこの技で殺せない生き物はいない。


 強力で効率的であることは認める反面、かなり危険な代物なので扱いに注意が必要。それに、これに頼ってしまうことがあれば腕は鈍るだろう。


「この槍は、本当に必要な時だけにしよう」


 純粋な戦闘だと、Aランク相手にはまだ実力不足といったところか。樹海に来るにあたって、戦闘用の魔法を増やしたつもりでいたけれど、もう少し鍛えた方がいいな。


 軽く反省をしつつ、槍になったアイアンの中にブラッディーを回収。他の魔獣が来ないうちにイモータルスネークの死体を回収しようとしたところ、樹海の奥から何かが接近していることを察知。即座に回収を中止して、戦闘に備える。


 しかし、


「! 貴方は」

「おっ? お前、この前の奴じゃねぇか」


 ジャングルの中から顔を出したのは、魔獣ではなく見覚えのある大男だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] はぁ 待ち遠しい…
[一言] >多少血を吸われたって魔力で血を再生できるハズなので ブラッディスライムが何故重宝されていたかをよく思い出してください。単に血抜きと相性が良く、肉の品質を最高にするという効果だけでしたか?…
[気になる点] この世界の質量法則がどうなのかは分かりませんが 切り落とされた頭から、頭よりデカい胴体が生えたのは 身体を構成する肉と骨と血を魔力から生み出したのですかねぇ? となると、多少血を吸わ…
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