午後の探検と贈り物
本日複数話同時投稿。
この話は2話目です。
午後の訓練はラインハルトさんが抜けたため、俺、お嬢様、奥様、ラインバッハ様の4人で行う事となった。
「まったくもう、お父様ったらお仕事になるといつもこうなんですから……」
「娘とリョウマ君をほったらかしちゃうのは困るわねぇ。そう思わない?」
「僕も原因の一端ですからなんとも……それにラインハルトさんは仕事熱心なだけですから、怠け者より良いじゃないですか」
「それはそうだけど……着いたわ、ここよ」
大人2人に案内されて、大きめの坑道の入口についた矢先に
「さて、ここからは2人が主に行動を決めて頂戴。私とお義父さんはあなた達に付いて行くわ。危なくなったら助けるけど、それ以外の手助けは無しよ」
「これはエリアに経験を積ませるためじゃし、リョウマ君は既に経験豊富じゃからの。悪いがリョウマ君も口出しは控えめにしてくれるかの?」
いきなりお嬢様は課題を出された。
「頑張りますわ」
「承知しました」
お嬢様が動揺することなく従っているところを見ると、いきなり2人に課題を出されるのは慣れているようだ。ためらうことなく坑道へ踏み込むと今回の坑道は前回よりも横幅が広く、壁がところどころ苔むしている。うっかり踏むと滑るかどうか微妙な感じだ。注意はしておこう。
「暗くて、遠くはよく見えませんわね」
午前も思ったが夜闇の狩りで暗い環境に慣れた俺と違い、お嬢様はあまり前がよく見えていない。
「リョウマさん、夜などの狩りはどうしていましたの? やはり光魔法で?」
「こちらが近づくのがバレても良い場合はそうですね。盗賊を襲う時とか、バレないように行動するなら無魔法の探査を使うといいです。魔力を感知されて気付かれる可能性もありますが、ライトよりはまだバレにくいです」
「私、探査はうまく使えません。リョウマさんはどうやっていますの? 意識を広げる感じだと習ったんですが、良く分からなくて」
探査は、そうだな……
少し考えてから土魔法で石の器を作り、水魔法で水を器に注ぐ。
「これを見て下さい」
「?」
器を見せてその中心に石を落とすと、当然のように水面には波紋が浮かぶ。
「中心の石が自分で、波が魔力の流れと考えてください。自分を中心に魔力を波にして知りたい範囲に広げるように、そしてそこに魔物がいたら」
さらにいくつかの小石を入れてから魔法で波を鎮め、もう一度中心に石を落とす。するとまた水面に波紋は生まれるが、一部小石で波が阻まれている。
「こういうふうに波が魔物にぶつかって途切れる。それが魔獣や人が探査に引っかかった時の反応として考えれば」
「なるほど、先の説明よりわかり易いですわ。えっと……『探査』!」
お嬢様が早速探査の魔法を発動した瞬間、かなりの魔力がお嬢様を中心に周囲に撒き散らされる。それは俺がこれまで自分以外から感じたことの無い溢れ出る魔力の大波。
集中しなくてもバンバン感じる魔力は月並みな言葉になるが、凄いと思う。でもこれ、敵に魔法使いが居たらたぶん気づかれるよな……?
魔力感知で自分の体内にある魔力を感じることが、魔法を使うための基本中の基本。つまり得意不得意はあっても魔力感知のできない魔法使いは存在しない。
「少し先に沢山何かが居ますわ」
「成功ですね。でも、少し魔力を込めすぎです。魔法使いが居たら高確率で気付かれると思いますよ」
「そ、そうですか? 練習が必要ですわね」
「探査は前衛と兼ねて僕が担当します。お嬢様は午前と同じく魔法に集中してください」
「わかりました。お願いしますね、リョウマさん」
任された。前方に何かが沢山居るとの事で、俺も探査を使用してみると確かにこの先には大量の魔物が居る。ただ、どうも一匹一匹がとても小さな魔獣の集まりのようだ。
「この先、道幅が広がって大きな空洞になっている場所の天井をびっしりと埋め尽くすように何かが居ます。天井に居るようなので、ケイブバットでしょうか?」
「天井に居るならケイブバットじゃろうな」
「埋め尽くす程となると、エリアには厳しいかしら?」
「それに1匹2匹なら魔法を当てる練習になるが、群れではどこに撃っても当たるじゃろうな」
ケイブバットはだいたい大人の手の平に満たない大きさで、昆虫を主食とする蝙蝠の魔獣。生態も地球の蝙蝠と変わらない。攻撃手段を殆ど持たず、子供でも倒せるくらい弱いが飛び回るため攻撃を当てにくいため魔獣としてのランクはF。それが群れているとなると面倒くさそうだ。大人2人も乗り気には見えない。
「なら、一つ実験をして良いですか?」
「「「実験?」」」
「はい。上手くいけばケイブバットを一網打尽に出来るかもしれません」
まずケイブバットの生態を再確認してみると、やはり地球のコウモリとなんら変わらない事が分かった。だったらこれはどうかと提案したのは“音”。魔法で大きな音をケイブバットが居る場所に叩き込めば、気絶するんじゃないかと思う。
実際前世ではスタングレネードとか非殺傷の武器もあったし、音は魔法で何とかなる。
空気の振動を抑えて音を消す『サイレント』。逆に振動を増幅して音や声を大きくする『ビッグボイス』。またはヘリウムを吸ったような声に変える『ボイスチェンジ』や目に見える範囲で遠くに音を届ける『ウィスパー』、そして『ビックボイス』と『ウィスパー』を組み合わせた『サウンドボム』などなど、一時期森で音に関する魔法を研究して編み出していた。
特に『サウンドボム』は元々今回のような事を考えて作り、ブラックベアで実験をした時は一撃で鼓膜を破って気絶させた。魔法を失敗しなければコウモリにも効果はあるだろう。……『ウィスパー』の練習のために室内でずっと独り言を言い続けたら空しくなって以来使ってないけど……
あと問題があるとすれば大きな音を出して坑道が崩れないか、周囲に他の人がいないか、ケイブバットを仕留められなかった場合の3つだ。
「坑道の事なら心配せんでよろしい。この坑道は崩落防止に土魔法で固められているので崩落の可能性は少ない。人は探査の魔法で確認し、仕留められなかった場合は……」
「……スライムに頼みましょうか?」
「そうじゃな。それでダメなら手を貸そう」
ということで話がまとまり、俺はディメンションホームからビッグスティッキースライムを出す。
「頼むぞー」
肥大化した体で坑道を塞がせ、ケイブバットを刺激しない程度に近づき体を網の目にするよう指示を出すと、スライムはその通りに従い目の前に粘着性の網が張られる。最後に結界魔法でスライムの網の先から最後尾にいる奥様を包み込むように、外部の音を内部に届かせない遮音結界を張る。
「準備が整いました」
「いつでも良いぞ」
「では、『サウンドボム』」
その瞬間、結界の外では凄まじい爆音が坑道内に鳴り響いたことだろう。音は聞こえなくとも坑道の天井から落ちていく影が見える。
「どうやら成功ですね、行きましょう」
結界を解き、スライムの網を盾に押し進むと、そこには地に落ちた大量のケイブバットが坑道の地面を埋め尽くしていた。殆どは逃げる事も出来ないまま気絶し、かろうじて意識があった個体も飛ぶ事が出来たのはほんの10匹足らず。そんなケイブバットの内、何匹かはフラフラと飛んで壁にぶつかって落ちる。こちらに届いたケイブバットも居たが、それはスティッキースライムの網に絡め取られた。
「ほぅ、これはまた……」
「本当に一回の魔法で倒せたのね」
「凄いですわ、リョウマさん!」
「久しぶりだけど、成功してよかった。ケイブバットは耳の良さが仇になりましたね。あ、これスライムに食べさせても良いですか?」
「リョウマ君が仕留めた魔物じゃ、好きにするといい」
「ケイブバットには特に売れるような部位もないしね」
ビッグスティッキースライムに分離するよう指示を出し、総勢364匹のスティッキースライムに全てのケイブバットを食べさせる。
おっ、スティッキースライムが何匹か分裂できる状態になった。また宿に帰ったら分裂させないとな……
その後は淡々と俺とスライムがアドバイスやサポートをしつつ、お嬢様が魔法で坑道に残る魔獣を狩る作業が1時間程続いた。
「おーい、リョウマ君」
2本目の駆除を終えて坑道から出ると、入り口でラインハルトさんが待っていた。
「何かありましたか?」
「鉄の話なんだけれど、相手の店に持ち込むサンプル用に、鉄の塊を作ってもらえないかと思ってね。できれば形を長方形のインゴットにして貰えると助かるんだけど」
「それならできますよ。錬金術には形だけを変える『変形』の陣もありますから、それを使えばすぐに」
「本当かい? じゃあ早速お願いしたい」
ということで俺はラインハルトさんと交代し、インゴット作りに取り掛かる。ラインハルトさんは手伝いを申し出てくれたけど、一人でいいからとお嬢様の方に追いやっておいた。手伝いが要るほど手間のかかる作業でもない。
その考えが間違っていないと証明するように、インゴット作りはあっという間に終わる。ほとんどボタ山への移動時間=作業時間だ。
「セバスさん、インゴットできました」
「確かに、お預かり致します。……ところでリョウマ様はこれからどうなされますか? 」
「そうですね……」
集合場所の広場でセバスさんに完成したインゴットを預けたら仕事終了。魔獣退治に戻ろうかと思ったが、お嬢様たちは既に廃坑の中。
一人で何処かの坑道に入るか? でもここの魔獣、正直弱くて相手にならないし、街に戻る時間を考えると微妙だな……それに今日の目的は調査。全体の討伐は冒険者を大勢雇って一気にやるらしいから、そこまで急がなくても……今のうちにスライムを増やすか。
「スライムが分裂しそうなので、契約や訓練をしようかと思います」
「それでしたらあちらをお使いください。場所は空いていますし、何かあれば私どもに声が届きます」
こうして俺はスライムを分裂させ、訓練を行ってのんびりと残りの時間をすごす。
一時間後
種類ごとに分かれたスライムたちが占拠している広場の一角に、お嬢様たちが戻ってきた。
「リョウマさん!」
「あ、お嬢様。訓練は終わりましたか?」
「ええ、今日はもう終わりですわ。それよりリョウマさんにプレゼントがあるんですの」
「プレゼント?」
「ふふふ……リョウマ君なら気に入るんじゃないかしら?」
お嬢様と奥様がそう言うと、ラインハルトさんが石の箱を持って来た。
「中身は魔獣じゃ、弱い魔獣じゃが、開ける時は気をつけるんじゃぞ」
ラインバッハ様から魔獣と聞いて、用心しながら蓋を開ける。次の瞬間、俺は中に入っていた魔獣に目を奪われた。
「スライム?」
中には鈍色の、これまでに見た事のないスライムが出口を探すようにうごめいていた。
「数多くいるスライムの上位種の1つ、メタルスライムよ。偶然見つけたから捕まえてきたの」
「頂いていいんですか? ありがとうございます! 嬉しいです! 新しいスライムがまた1種類……」
「スライムとはいえ魔獣じゃから、先に契約をしてしまった方が良いぞ」
おっと、そうだった。
ラインバッハ様の言葉で我にかえって従魔契約を行う。するとメタルスライムは箱の中で大人しくなり、持ち上げてみるとやはり金属の質感がある。そしてこれまでのどのスライムよりも重い。これがメタルスライム、となると餌は金属か。
「そうだ、ラインハルトさん。このスライムの餌用に鉄が含まれた土砂を少し、頂いてもいいですか?」
「土を食べさせるのかい?」
「土そのものか、鉄を取り出して食べさせます。後は他のスライムにも与えて実験を」
「そういう事なら少しと言わず、好きなだけ持って行くといいよ。本来採掘の過程で出たゴミだからね。君に言われなければ見向きもしなかっただろう」
「ありがとうございます!」
ディメンションホームの片隅にでも積み上げておけば当分は困らない。鉄を食べるのか。スライムに鉄を食べさせたらメタルスライムになるのか。それとも別のスライムになるのか……楽しみだ。
「ところでリョウマさんは何を?」
「ああ、スライムを増やして戦闘訓練を少し……」
「スライムに、ですか?」
腑に落ちない顔のお嬢様。まぁ言いたいことはわかる。これまでに色々と話してスライムは便利だと理解してくれていても、戦闘という面ではどうかと思っているんだろう。世間の評価は子供でも倒せるGランクの魔獣だし、実際スライムは弱い。
ただしスライムには半液体の柔らかい体と、体内の核さえ傷付かなければ死なないという非常に優れた性質がある。
またスライムは体内なら核を何処にでも移動させられるので、例えば蹴られる時は核を蹴られる面と反対側に移動させて核を守り、半液体の体で衝撃を逃がす。蹴り飛ばされた場合は着地の時にも同じようにして衝撃を逃がす事でダメージを無くす。そういった事ができるのではないかと俺は考えた。
野生のスライムは動きが鈍くとても無理じゃないかと思ったが、長く一緒に過ごすうちに若干俊敏になったスライムに気づいて以来、森では訓練をしていた。
格闘技の要領で武器を振り下ろしてくる相手の懐に潜って切先を躱し、振り下ろされた事で近づいた相手の腕に絡み付く技。半液体の体を活かし、相手の武器による攻撃を受け流す技など、回避や防御を中心に考えて教えている。しかし今では一部を伸ばした体で槍や棒を使うスライムまで出てきている始末だ。
「とはいえ、一対一ではまだゴブリンも倒せませんし、全体的にパワー不足ではありますけど」
「いやいや、スライムが武器を使う時点で凄いからね?」
「リョウマ君、一度テイマーギルドで初心者向けの講習を受けてはどうかの? 常識がわかるぞ」
「むしろリョウマ君に講習を頼むべきでは……?」
うちのスライムについては薄々分かっていたけれど、なんか酷い言われ様。
俺は急に疲れたような表情になった大人3人に一声かけて、手伝いを申し出てくれたお嬢様とボタ山の赤土を貰ってくることにする。
それから帰るぞと呼ばれるまで時間をかけ、鉱山を後にする頃にはディメンションホームの一角に赤土のブロックが山のように積まれていた。




