呪いの勉強、そして出発
本日、4話同時投稿。
この話は4話目です。
塔から出ると、外が薄暗かった。まだ暗くなる時間ではないが、空には薄くない雲が広がっている。空気の湿り具合と匂いからして、今にも雨が降ってきそうな空模様だ。とりあえず昨夜泊まった建物に戻り、これからのことを話し合う。
結果としては、もう一泊して明朝から街に戻ることで話がまとまった。理由はまず天候と時間帯、そして呪い? の緊急性が低いから。目立った症状もないし、飢渇の刑場で思ったよりも時間を使っている。連戦の後でもあるし、雨が止めば早く帰る方法もあるとのことで、明日に備えてゆっくりと体を休めようという話になった。
しかし、時間ができてもやることは特にない。夕食の準備をするにも早い。適当に話をしていると、セバスさんがお茶を用意して、いつの間にか優雅なティータイムが始まる。そのうちパラパラと降り始めた雨が地面を打ち始め、徐々に音が強くなってきた。
……思ったよりも勢いが強い。ゴブリンとスライム達をディメンションホームに戻しておいてよかった。
「リョウマ君、調子はどうじゃ?」
「そうですね……不調ではないのですが、魔力の回復がやけに早い気がします。塔で結構使ったと思いましたが、体感でもう9割ほどまで回復しているかと」
「それは、ここが魔力の豊富な土地だからじゃない? 体内の魔力は呼吸や食事によって、自然の中にある魔力を取り込む事で回復するの。だから魔力が溜まる土地では、同じ量と質の休息でも回復量が多くなるのよ。瘴気があれば別だけど、今なら回復も早くなるでしょう。
アンデッドが発生しやすかったり、強い魔獣が多かったり、魔力の多い土地はそれだけ危険も多いけど、訓練や研究のためにこういう土地を利用する魔法使いも少なくないわ」
確かに魔力の回復が早ければ、それだけ魔法の訓練ができる。俺もどこかに魔法訓練に向いた拠点を作ってみようか……近々シュルス大樹海に行くのだから、様子を見て可能そうであれば、そこに作ればいいか。
「魔力回復が土地の影響なら、大丈夫そうですね。本当にそれくらいしか心当たりがないので」
「……昔、任務中に負傷した時に、痛覚を鈍化させる呪いで痛みを和らげてもらったことがある。基本的に呪いは害を与えるものだが、効果と状況によっては利益になる場合もないことはない。リョウマの受けた呪いもその類ではないのか?」
「可能性はあるわね。呪いの効果で魔力が回復するなんて、私は聞いた事ないけど」
「呪いは害を与えるもので、魔力が回復する呪い。つまり魔力が回復することが害になる。そう考えると、思い浮かぶのは“魔力酔い”ですけど、魔力酔いを起こすために魔力の吸収を早めるとか、そういうものでしょうか?」
だとしたら、一度魔力を大量に消費してみたら確認できるかもしれない。そう思ったが、
「それはやめた方がいいわ。可能性は否定できないけど確証があるわけではないし、確認のためにわざわざ状況が悪化しかねないことをする必要はないわよ。問題ないなら、魔力を使わずに現状維持が無難。あと、ゆっくり休むことね」
「うむ。とりあえずリョウマ君は専門家に診てもらうまで、養生しておくのがよかろう。見張りもわしらで十分じゃ」
俺を心配して引き受けてくれると言ってくれているので、お言葉に甘えようとした、その時。俺は気づいてしまったかもしれない……呪いが生み出す、悪影響に……
「リョウマ様? どうなさいましたか?」
「皆さん、ふと思ったのですが……魔力の消耗を避けると言うことはつまり、魔法の訓練や実験は」
「やめておいた方がいいのではないか?」
「リョウマ君は熱中しすぎる方じゃからのぅ」
「うっ! やっぱりですか……」
せっかく時間ができて、魔力の回復が早くなる土地にいるのに魔法が使えないなんて、それが今一番の呪いではないか!?
「何かと思えば、そういうことじゃったか。確かに魔法の訓練そのものを楽しんでいるリョウマ君には辛いことかもしれんな」
「以前、お嬢様に助言を求められた際に、魔法で遊んでみてはどうかと話していたほどですからね」
「ここ数日、我々が見ていただけでも散々魔法をいじり倒していたというのに、勉強熱心すぎるのも困りものだな」
大人組の男性陣の優しい笑顔に 、僅かに呆れが含まれていた。確かに色々やったけど、それはそれ、これはこれ。というか、今回の件で学べた事があるから、それで余計に気になること、試したいことが増えているのだから仕方ない。
そんな意見を述べたところ、レミリーさんがクスクスと笑い始めた。
「そこまで気にしなくても、少しくらいなら魔力を使っても問題ないわよ。疲れるまではやらない方がいいけど、あれもダメこれもダメと我慢を続けるのも良くないわ。心が鬱屈としていると呪いが活性化しやすいし、体にも良くないから」
「本当ですか! よかった。そういうものなんですね」
「そういうものよ。でも一応、ちゃんと診断を受けるまでは、魔法の勉強は私が見ているところでやってもらおうかしらね。ラインバッハちゃんも言っていたけど、リョウマちゃんは集中しすぎて他のことを忘れる傾向があるみたいだし」
「それは」
それを言われてしまうと、反論できない。
「熱中できるものがあるのはいいことよ。体にも、心にも。そうだ、呪いに対抗する魔法を教える約束をしていたから、お茶を飲み終わったらやりましょうか」
「! お願いします、レミリーさん。今回の事で呪いの対策は知っておくべきだと、必要性を感じたので」
「そう? じゃあ、光属性のディスペルと、闇魔法のアンチカースを教えてあげるわ」
「よろしくお願いします」
それからしばらくお茶と会話を楽しんだ後、建物の片隅で練習開始。
「まずは呪いがどんなものか、実際に体験してみましょう。『イルネス』」
レミリーさんがおもむろに、手近にあった石を拾い上げて呪文を唱えると、石の周囲になんとなく暗く怪しげな魔力が纏わりついたことを感じる。
「はいこれ、持ってみて。苦しかったらすぐ捨てていいから」
言われた通りに受け取ると、なんだか体が熱っぽい気がする。そして手を離すと熱っぽさも消える。
「呪いには幾つか種類があって、その石にかけたのは病魔の呪いよ。これをかけられる、もしくはかけられた物を持っていると、病気に罹ったのと同じ症状が出るわ。症状とその重さは術者のイメージと力量次第ね」
「納得しました。実際に体験するとわかりやすいですね」
「初めてだから分かりやすくて軽めの呪いにしたわ。それを使ってディスペルの練習をするわよ」
ディスペルの練習は光属性の魔力で対象を覆い、さらに浸透させて内外から“呪いを構成する闇属性の魔力”を打ち消すという内容だった。
この呪いに使われる闇属性の魔力は瘴気に似て、自然や体内の魔力から変質しているらしく、ディスペルを使用する際にはそこを意識することがポイント。そうすることで呪いの魔力を効果的に取り除ける。今回のように闇属性の魔石に呪いがかかっていても、技量が十分であれば魔石に含まれた魔力には影響を与えることなく対応できるとのことだ。
しかし、ディスペルの魔法はこれまでよりも若干難易度が高いようで、8回失敗して9回目で成功。それもレミリーさんが呪いをかけた石と、飢渇の刑場でディスペルをかけてもらった時の感覚を思い出しながら、かろうじて成功といった感じだ。効果はまだそれほど強くなさそうなので、時間を見て練習しておこう。
「念のため言っておくけど、9回目で形になるだけで十分に習得が早いと言えるわよ。あとは練習を重ねれば効果も上がって行くでしょう。少なくとも、リョウマちゃんは指導者がいなくてもサボるような子ではないと思うし……とりあえず形にはなったから、アンチカースの練習に移りましょうか」
ということで、呪いから身を守る闇属性魔法も教えてもらう。こちらは体を闇属性の魔力で作った膜で包んで、呪いを防ぐ魔法だそうで、無詠唱の要領で行うと1回目で形にはなり、3回も使うと慣れる。というより、馴染む? 個人的にはディスペルより、はるかに簡単に感じた。
急に簡単になるものだから、ちゃんとできているのかが心配になり、レミリーさんの呪いで防護膜の強度を調べてもらうと、
「うん、アンチカースは習得したと言っていいと思うわ。魔力の運用に無詠唱魔法で慣れていたこともあると思うけど、リョウマちゃんは光より闇属性の方が向いているのかもしれないわね。
無詠唱のやり方でコツは掴んでいたとしても、向いてないのに一発で成功はしないと思うし……まだ余裕もありそうだから、試しに呪いをかける方もやってみる?」
「お願いします」
問題に対処するには、問題について知らないといけない。最初に呪いを体験させてもらっただけでも十分参考になったけれど、自分でかけられるようになった方が、より理解は深まるだろう。
「なら、さっきから見せてる病魔の呪いをやってみましょう。呪いは使う機会がない方がいいけど、イメージによって引き起こせる症状には幅があるし、上手く使えば盗賊の捕縛とか戦闘にも使えるわ。
具体的な使い方は、まずどんな症状を起こすかを決める事。症状が決まったら、その状態がどんなものかを強くイメージすること。病魔の呪いなら、熱とか体のだるさとか、病気に罹って出る症状を参考にするのが一般的かしらね。ここまでは普通の魔法と同じ感覚でいいわ。
そして、ここからが他の闇魔法との違いであり、呪いをかけるにあたって重要な部分。体内の魔力を闇属性に変換する際に、“負の感情”を込めることよ」
「負の感情……アンデッドが生まれる原因にもなりますよね? もしかして根幹は呪いも同じなのでしょうか?」
「その通り。だから人が亡くなると、その遺品や家、恨みを買っていた人が呪われる事例もたまにあるし、条件がそろえば魔法使いとして訓練をしたことのない人でも発動させてしまう。呪いって、ある意味では数ある魔法の中で“最も簡単な魔法”なの。
ちょっと話が脇道にそれるけど、その性質から呪いが生まれたのは私達が使っている属性魔法よりも、はるか昔。人類の歴史が始まった頃には既に存在したとされていて、人が人たる知性と感情から必然的に生まれた“人の作りし最古の魔法”と呼ばれているわ」
「なるほど……最古の魔法、そういった歴史も興味深いです」
「興味があれば、本を買ってみたらいいんじゃない? 大まかな流れは魔法ギルドが毎年発行している“魔法史概論”っていう本を読めば大体わかるし、さらに時代を限定して細かく書いてある本もあるはずよ。そこまで行くと専門家の領域だし、魔法ギルドは閉鎖的だから一般人には売ってもらえない物も多いけど、リョウマちゃんなら公爵家を通せば買えるでしょう」
いいことを聞いた。グレイブスライムの件で報酬があったら、魔法関係の書籍をお願いしてみよう。
「さて、話を戻しましょうか。といっても、基本的な呪いのかけ方で特徴的な部分は、魔力の変換のみ。症状と変換ができたら呪いが対象にまとわり付く、あるいはディスペルのように魔力が染みこむ。どちらでもリョウマちゃんのイメージしやすい方で使えばいいんだけど……実際に使ってみる前に。注意点がいくつかあるわ」
にこやかに笑っていたレミリーさんが、ここで表情を引き締めた。やはり、何かしら危険や問題があるのだろう。しかし、それは呪いに限らず全ての魔法、全ての道具や技術にも言えること。使い方を誤れば危険というだけの話だ。注意すべき点を聞き逃さないように、こちらも気を引き締める。
「まず言ってしまうと、リョウマちゃんはおそらく呪いもすぐ覚えるでしょう。悪事に使うのでなければ、覚えた呪いを練習するのも、実戦で使うのも、研究するのも自由。いくつか法で禁じられている魔法があるから、それだけは使用も研究も許可できないけど、それ以外なら好きにしていいわ。学んでおいて無駄になることはないから。
ただし! 呪いの訓練には熱中しすぎないように。呪いは負の感情を用いる性質上、術者が負の感情に囚われやすいの」
確かに、魔法の練習だとしても、誰かや何かに対する怒りや不満を思い出し続けるのは、疲れてしまうだろう。気分も落ち込むだろうし、あまりやりたくないことではある。
「無理をするのはもちろんダメだけど、無理をしてないと思っても適度に休憩を挟むこと。その際には、気分が晴れることをすること。負の感情に囚われて、心を病んでしまう呪術師は大人でも少なくないそうよ。私もリョウマちゃんが普通の子供だったら、教えるのはアンチカースまでにしたわ。
私が呪いを教えるのは、リョウマちゃんが普通の子供ではないから。神の子だという意味ではなくて、呪いを教えてもいいと思うくらい、年齢不相応に精神が成熟していると判断したからよ」
確かに、呪いのかけ方なんて、子供に教える内容ではないよな……納得だ。それからしばらくは過去に呪術師が起こした事件の例を交えて、呪いを扱う際に注意すべき点と、道を踏み外さないためのアドバイスをいただいた。
それから、実践に移ったのだけれど、
「……これは成功ですよね?」
練習に使った石が、禍々しい気配を放っている。手に持つどころか、触れたくも近づきたくもない。というか、早々に解呪した方がいいのではないだろうか? あの魔宝石ほどではないけれど、嫌な感じがする。
「成功は間違いなくしてるけど、一体どんな病気を思い浮かべたのよ……即死まではしないでしょうけど、貴方にかかっている可能性のある呪いより、こっちの方が直接的に危険だと思うわ」
俺がイメージしたのは、前世で罹った“インフルエンザ”。基本的に俺は体が丈夫だったので、重い症状が出ることはあまりなかったのだけれど、その時は繁忙期のデスマーチ中。平社員から主任に昇格したばかりだったこともあり、負担が増えて免疫力が落ちていたのだろう。
ようやく終わるというタイミングで急な仕様変更と修正の依頼が入り、しかも課長が二つ返事で、営業と先方にいい顔をして、納期もそのままで引き受けてしまった。その時点で開発チームは皆、課長に殺意を抱いただろう。少なくとも俺は抱いた。
せめて納期の延長交渉をしてほしいと訴えても“怠けるな! 仕事なんだから死ぬ気でやって見せろ!”の一点張り。そんなやりとりが当時の新人君にとどめを刺したのだろう。次の日の朝に彼の姿はなく、病欠の連絡を受けた。
その状況で1人でも抜けられると厳しいが、体調不良では仕方がない。正直、詐病で逃げたとしても責められない状況だったので、俺はゆっくり休むようにと伝えたのだが……午後になると、その新人君が出社してきた。真っ赤な顔にはマスク、額には冷却シート、服はスーツにダウンジャケットという奇妙な厚着をして、病人なのが明らかな状態で。
病欠の連絡は受けていたし、なんでそんな状態で無理をして出社したのかと聞けば、彼は辛そうに“課長から出てこいと言われた”と答えた。主任になった俺の頭越しに、直接彼の携帯に電話をかけまくり、罵倒と出社を強制したそうだ。
そうこうしているうちに課長が優雅な昼食から戻ってきて、目敏く新人君を見つけると、開口一番に説教を始めようとする始末。流石にこの様子は嘘や演技じゃないだろうと、止めに入った俺と課長が押し問答をしている間にも、新人君の体調はどんどん悪化していく。
見るに見かねて、新人君に次ぐ若手に彼を病院に連れて行き、家に帰るように指示したが……数時間後、若手の子からの連絡で新人君がインフルエンザだったと伝えられた。しかも、押し問答の間にインフルエンザウイルスはバッチリ拡散されていたようで、開発チームは俺も含めて次々と発症。開発は中断、もしくは納期を遅らせざるを得ないと、本気で思った。
しかし、課長はそれでも納期の変更はしなかった。それどころか、開発チームの管理は主任である俺の仕事なのだから、体調不良で欠員が出たのはチームの管理を怠った俺の責任だと。それで納期を守れなければ、それも俺の責任だと。
おまけに病人の新人君を呼び出したのは、部下の管理ができていない俺が悪い。まだ主任になって日が浅いから、寛大にフォローしてやっただけ。それをお前は自分から無下にした。責任を取って一人でも納期までに仕事を終わらせろと、自分は安全な電話越しに言い放ち、一方的に電話を切った。
あの時、課長が罹患を恐れて電話越しの指示ではなく、面と向かって言われていたら、本気で殺していたかもしれない。結末としてはしばらく1人で、その後回復したチームの皆が戻ってきて、なんとか納期には間に合った。
しかし、その報告を聞いた課長が“ほら見ろ! 間に合ったじゃないか。お前には怠け癖がついている! お前は努力が足りないんだ!”と説教をぶちかまして来た時には、やっぱり殺したくなった。あともう少し体力が残っていたら、危なかった。
「リョウマちゃん? 戻ってきて」
「あっ、すみません。ざっくり言うと、症状は高熱、寒気、強い倦怠感、関節痛、筋肉痛、鼻水、のどの痛みに呼吸の苦しさ……これらの症状を発症した状態で、5日間ろくに寝ずに働かされた時の苦しみと恨みを込めてみました」
「闇が深いわね……」
それ以上、レミリーさんは俺にかける言葉が見つからなかったようだ。とりあえず呪いをかけることには成功したので、今日の練習はここまでと言って、俺が呪った石を解呪していた。
それからはもう一度、念のために体調の確認。魔法や呪いを使ったことで、何か変化はあったかと聞かれるが、やはり自覚できる症状なし。それからは特にすることもないので、そのまままた皆で雑談タイムになったのだけれど……なんだか大人組にこれまでよりも、さらに気遣われるようになってしまった。
■ ■ ■
翌朝
昨夜は早めに休んだので、今日は日の出とともに気持ちよく目が覚める。体調も、やはりこれといった問題はない。天候も快晴で絶好の旅日和。気持ちよく朝の用意を整えて、一時間ほど経った今……俺は、空を飛んでいた。
「おおおおおぉ……これは、凄いとしか言えない……」
「あまり喋ると舌を噛む! 気をつけるんじゃぞ!」
セバスさんを挟んで、先頭にいるラインバッハ様の声が聞こえる。確かに、直進だけでもジェットコースターのような感覚なので、舌を噛むこともあるだろうけれど、これは声が出てしまう。いや、初めてドラゴンの背中に乗れば、大半の人はこんな反応になるだろう!
もう亡霊の街に用事はない。呪いを調べるためにもなるべく早く帰れる手段で帰った方がいいだろう。そんな話の流れで、ラインバッハ様は当たり前のようにドラゴンを召喚した。
この全身が赤茶色の鱗で覆われた西洋竜は“イグニスドラゴン”と呼ばれている種類だそうで、この個体の体長は20mほど。ラインバッハ様を先頭に、俺達5人と体を固定するための座席や手すりを装着してもスペースが有り余る巨体だけど、これでも若くて小さな個体らしい。体は大きくて迫力も……語彙力が低下するくらい凄いので、これで小さいという話はちょっと信じがたい。
この巨体と飛行能力に、盾のような鱗と甲冑をも貫く牙と爪を持ち、さらに炎を吐くこともできるというのだから、敵にすれば明らかな脅威だろう。危険度などから定められている魔獣のランクもAランク、状況や個体差によってはSランクにもなるらしい。召喚されて間もなく、顔合わせで威嚇された時にはさすがに肝が冷えた。
ラインバッハ様がドラゴンをなだめてくれて、飛び立つまではどうなるのかと若干不安もあったけれど、飛び方はとても安定している。座席が固定された巨体は地面のような安心感と、生き物の温かみを感じるし、乗り心地は普通の馬車より快適かもしれない。
少し落ち着いてから周りを見れば、快晴のおかげで地平線がよく見える。この世界に来て、初めての空の旅。前世では何度か飛行機にも乗ったが、そんな物とは全く違う。あの頃はよく遭遇していたトラブルの気配がないし、それだけ心に余裕を持てた。
座席がむき出しのため轟々と吹く風を感じるけれど、それが妙に清々しい。先ほどまでいた亡霊の街が段々と小さくなっていき、下を見れば雄大な峡谷が巨大な迷路のように見える。青い空はもちろんのこと、岩ばかりの山々もこうして見ると綺麗なものだ。
そんなことを考えていると、直進していたドラゴンの軌道が緩やかに右へと曲がる。横目で先ほどまでの進路を見れば、先日俺達が一泊したテレッサの街が遠くに見えていた。ラインバッハ様の従魔であり、その証として家紋入りの装身具を身に着けていてもドラゴンはドラゴン。街をいたずらに騒がせないためには必要な配慮なのだろう。
行きは徒歩で数日かけた道のりが十数分になるのだから、街を迂回しても十分に速く飛んでいる。
むしろ、景色を楽しむにはこのくらいが丁度いいと感じるくらいだ。
ドラゴンの背中に乗るという滅多にない機会。せっかくだから満喫させてもらおう。




