本物の錬金術
本日複数話同時投稿。
この話は1話目です。
「あ~、やっぱ外は気分がいいな」
一本目の坑道に住み着いた魔獣退治がつつがなく終わり、外に出たヒューズさんが心地よさそうに笑う。
「空気を楽しむ暇は無いぞ、一度戻って報告を済ませねば」
「分かってるよ。ま、その後はちょうど昼になる頃だ。もう一息だぜ」
俺たちにも声がかかり、揃って廃鉱山の入り口付近へ向かう。
そこはかつて鉱石や採掘道具など荷物の搬入・搬出が行われていた広場で、坂や岩だらけの他所と違ってきれいに均されている。今日は馬車を停めて俺たちの集合場所として使っているだけだが、栄えていた頃は作業員の休憩所も併設されていたとか。
「おっ」
腰まで届く伸び放題の雑草を掻き分けながら坂や岩場を歩いていると、時折強い風が吹く。道の片側が崖になっていることも原因だろう。遮蔽物がなく、暖かい日差しの中で吹き抜ける風が開放的で心地いい。
風の吹き抜けた方向をふと見れば、ギムルの町からこの鉱山へ来る際に使った道を一望できていた。雲ひとつ無い青空に、緑が生い茂る木々の中を切り開かれまっすぐに伸びる一本道は、長閑で実に安らぐ。
「坊ちゃん、気をつけてくだせぇ。そっちに行くと崖があるんで」
「ありがとうございます」
ゼフさんから忠告をいただいた。確かにあまり近づくと道を踏み外すかもしれないな。草で足下が見えにくいし……
視線を下に落とすと、今度は大量の土砂が崖下で乱雑に積み重なっているのが見える。あれは採掘途中に出た土砂の山、いわゆるボタ山というやつなんだろうか? 実物なら俺は初めて見た。
綺麗とは言いがたいけれど、赤土の山をところどころ雑草が覆っているのを見ると自然の生命力をどことなく感じる。しかし
「勿体無いなぁ……」
この鉱山、もう鉄の産出がほぼ0と言っていたけど、鉄鉱石が出ないだけで土には鉄分が入っているんじゃないか? 赤土のあの色は酸化鉄、サビの色だろ? 多分錬金術を使えば鉄に出来るんだが……錬金術は胡散臭いとか、錬金術師は詐欺師っていうのが根強いイメージらしいし、使われないか。
そんなことを考えていると、集合場所の広場がだいぶ近い。さらに進むと広場の入り口になぜかラインハルトさんと奥様が待っているのも見えてきた。
「おかえりなさ~い」
「どうだった?」
「お母様、お父様、私沢山ケイブマンティスを倒しましたわ!」
「ふむ、なかなか調子がよかったみたいだね」
「途中からはリョウマさんが接近を防いでくれて、おかげで安心して魔法を使えました。それにリョウマさんは私よりも多く倒していますわ!」
「リョウマ君が守ってくれたのか、ありがとう」
「それにしても……ケイブマンティスがそんなに居たの?」
「どうやら我々の入った坑道はケイブマンティスの巣だったようです。他の魔獣は1匹も見ていません」
「そうか、なら午後は別の坑道に、今度は僕達と一緒に行ってみないか? エリアやリョウマ君の戦っている姿も見たいし」
「本当ですか? 私、頑張りますわ!」
「あらあら、でもその前に昼食にしましょう。そろそろ他の者も戻ってくるわ。それまでは一本目の事を詳しく話して頂戴」
こうして俺たちは詳細を報告した後で昼食。2本目の廃坑へは食後に行く事となった。
「そう言えばリョウマさん、先程何を考えてましたの?」
「先程?」
公爵家の4人と共に昼食。普通に午前の感想やエリアの戦い方について話していたが、その話題が終わった途端にお嬢様が聞いてきた。しかし何の話なのかが分からない。
「先程、景色を見て勿体無いと仰ってたじゃありませんか」
ああ、あの時か。理解はしたが、その質問はちょっと返答に困る。
「い、いや、特に何も」
あ、嘘くさいわ。
出た言葉は誤魔化そうとしているのが明らかだと自分でも分かった。
「怪しいですわ、とっても」
「嘘が下手じゃのぅ」
「何か言いにくいことなのかい?」
「言いたい事があったら、遠慮せずに言っていいのよ?」
この人たちには別にいいけど……
「僕がギムルの街に着く前の馬車で話した事、覚えてますか? その……塩の話です」
「ああ……なるほどね。大丈夫だよ、ここに居るのは僕たちとセバスとアローネとリリアンだけだ。アローネとリリアンも口は硬いから」
「そうですか。それでは話しますが、僕が錬金術を使えるのは知っていますね?」
「聞いたね」
ラインハルトさんはそう答えるが、俺の意識はアローネさんとリリアンさんに向いていた。錬金術という言葉に2人は多少驚いているが、嫌悪感を抱いているようには見えない。ホッとしながら話を続ける。
「で、ですね。この鉱山は廃鉱になるんですよね?」
「そうじゃ。既に手続きも終わっているぞぃ」
「それがどうかしたの?」
「鉄、まだ採れると思います。錬金術を使えば」
その言葉に今度は俺以外の動きが固まる。
「それは、本当なのかい?」
「はい。ガナの森の岩塩から毒を抜いた話をしましたよね?」
「聞いた」
「同じように、捨てられていた土から鉄を取り出せばいいんです。あの赤い土の色は鉄錆の色だと思うので……ええと、例えば水につけた剣を手入れせずに放置したら錆びますよね?」
「当たり前だね」
「同じように土に含まれていた鉄が錆びて、あの色になっているんです。ですからあの土を1回か2回錬金術の分離にかければ、鉄のみを抽出できると思います。ただもう廃鉱になった鉱山から大量に鉄が出たら人目を引くでしょう? おまけに錬金術だと問題があるのでは……と思って、勿体無いと思ってました」
「確かにそうだが…………リョウマ君、できそうなら試しにやってみてくれないか? 興味があるし、騒ぎにせず合法的に売る方法もある」
「良いですよ」
俺は快く了承した。
錬金術を使えることが問題にならない所でなら、特に秘密にする気も無い。何といっても以前ガインが転生者の希望で適当に作ったと言っていただけに、この世界の錬金術は簡単だ。地球の学校で習うレベルの元素と科学の知識があれば普通に使える。この世界で錬金術が広まっていないのは、その知識が不十分なことと偏見の目があるからだと思う。
正直、鉄の抽出のみであれば……
酸化鉄がどういう物か? 酸化した鉄である。
酸化とは何か? ある物質が酸素と結合すること。酸化鉄の場合は鉄と酸素の結合。
酸素とは何か? 今吸っている空気の一部。
錬金術で何を行うのか? 魔力を用いて結合した酸素を取り除き、鉄に戻す(還元)。
このくらいの事を教えれば今すぐ、ラインハルトさんやお嬢様にもできると思う。
足りなければ酸素の性質とかをもっと詳しく説明してもいい。それだけなら何度か説明しても一時間はかからないだろう。
尤も聞かれないうちから細かく教える気はないが。
自分も使いたいとか、事業を興したいのなら好きなようにやってもらえばいい。転生者の希望で作られたとはいえ、れっきとしたこの世界の技術なんだから。
そして食後。
「リョウマ君、これでいいかい?」
「はい、ありがとうございます」
錬金術に必要な魔法陣(円の中に四角形を書いただけの図形)を地面に描き、用意してもらった一抱えもある石の器に赤土を入れて魔法陣の上に乗せる。
「始めます。危ないので絶対に陣の上には乗らないで下さい」
そう注意をして陣に魔力を通すと魔法陣が輝き、光の膜が生まれていく。観客はこの現象を声も出さず、興味深げに注目している。俺も最初はあんな感じだったな……俺はもうパソコンの電源入れるくらいの感覚なんだけど……ひょっとすると今ならパソコンの電源入れる方が大騒ぎするかもしれない。懐かしすぎて。
おっと、しょうもない事を考えてないで作業しないと……
錬金術には目的別に複数の魔法陣があり、これは『分離』のための陣。これで土の中からまず酸化鉄のみを分離するよう念じると土がひとりでに浮き上がり、陣の外へと土が押し出される。ここで光の膜を通り抜けるのは土のみで、光が消えると赤茶色の粒だけが陣の中の器に残った。無属性魔法の『鑑定』を使うと確かに酸化鉄だ。
これをさらにもう一度、今度は酸化鉄から酸素を分離。すると残ったのはキラキラと銀色に輝く砂状の物体。
この状態じゃ風で飛びそうだな……『分離』の陣の隣に円と五芒星で構成される『結合』の陣を描く。
使用者がイメージでき、かつ元々の物質と結合後の物質について知っていなければならないという制限はあるが、これを使うと陣の上の物質を結合させる事ができる。だからこれで一塊にすれば……よし。
出来上がった塊を最終確認のため鑑定で調べると鉄の塊、純度100%であることが判明。紛れもなく鉄だ。
……うん、それしか思わないのが錬金術に慣れた証拠だと思う。最初は非現実的な現象に興奮したり考え込んだりと忙しかったのに。比較対象が目の前に居る分、自分がどれだけ慣れたかがよく分かる。
「ラインハルトさん、成功しました。確かめてください」
俺の手元を凝視するラインハルトさんに塊を手渡すと、彼は塊を撫でたり叩いたり、ひっくり返したり光にかざしたりと色々やってから鑑定の魔法をかけた。
「鉄、うん、確かに鉄だね。……本当に、鉄ができた………………すまない、リョウマ君」
「え!? 何でいきなり謝るんです!? 頭を上げてください!」
突然の謝罪に俺は戸惑う。この短い時間に何があったの?
ラインハルトさんは頭を上げたものの、申し訳無さそうな顔で口を開く。
「その、な……金を生み出す話が錬金術詐欺の典型なんだ。君が詐欺を働くとは思わなかったけれど、鉄ができるとも思えなかった。君と君の話を疑っていたんだ」
ああ、そう言うことか。
「見せてくれと頼んでおいて、疑っていたというのは……」
「詐欺の手法と似てるなら疑うのも仕方ないと思いますよ。別に危害を加えられたわけでもありませんし」
「そう言ってくれると助かる。それにしても……本物の錬金術は凄いな。まさかあんな土砂から鉄を作るなんて」
「それにこの鉄、とっても綺麗ですわ。まるで銀みたい」
「確かに、錬金術で作った物だとこうなるのかしら?」
「残念ながらこれは売れませんな。確かに本物の鉄のようですし、リョウマ様の錬金術は素晴らしいのですが……」
錬金術のせい、というより純度のせいだろう。これは魔法によって鉄分のみを集めて固めた純粋な鉄の塊。超高純度の鉄は光沢があり、柔らかくて延びやすく、普通の鉄よりも錆びにくいという性質がある。
と、昔テレビのニュースで聞いた覚えがある。まさか自分が作るとは微塵も考えていなかった……というかニュースでも100%の超高純度鉄は紹介されなかったが、そこは魔法だからだろうな。前世の常識で考えると魔力を使って分離する時点からおかしい。
まぁ、それは置いておくとして……問題が解れば解決策を考えることができる。純度が高すぎるなら、純度を落とせばいいんじゃないか?
丸に六芒星の魔法陣を描き、先ほどの製造過程で出た土を陣の上に乗せて魔力を通す。
六芒星の陣は『混合』のための陣で、複数の種類の物質を偏り無く混ぜられる。比較的使う機会の少ない陣だけど、これで純度を落とせば……と考えながら様子を見ると、徐々に塊の色が褪せて黒っぽい色合いに変わっていく。やがて普通の鉄製品に近い色合いとなったが、やはりこれは普通の製法ではない。鉄と一括りにしてもその中の不純物やその量は違い、鉄に炭素が多く含まれると硬度が増す代わりに粘りが失われて脆くなるなど、その差で違いが出る。
つまりちゃんと使える鉄なのかは分からない。そう言うとラインハルトさんは笑ってこう話した。
「それなら信用できる商人に心当たりがあるから調べてもらえばいい。リョウマ君さえよければ紹介するよ」
「いいんですか? できたら是非」
「もちろんだとも。じゃあ誰がいいか……いや、それともここは鍛冶職人の方がいいか……?」
作った以上、質はどうなのかは気になる。だからお願いをしたんだが……
その後ラインハルトさんは話を持ちかける相手先の検討に集中し始め、午後の魔獣退治には不参加となってしまう。
そのことで若干頬を膨らませたお嬢様がいるんだが……どうしよう。




