3年後
8月10日 本日は3話同時更新。この話は1話目です。
竹林竜馬がガナの森に篭もり、武術と魔法の訓練に勤しむ生活を続けて3年の月日がたった今、彼は森から出る事を――
全く考えていなかった。
「おーし、おしおし……今日のご飯だぞー」
住居は粗末な洞穴を上達した土魔法で広げ、入口に結界を張ることで安全な家を確保。家具も洞窟を掘った土砂を土魔法で固めて作り出せる。
食事は森の恵みが十分に得られ、神々から与えられた知識や無属性魔法の『鑑定』という魔法を使えば食用が可能かは問題なく判別できる。そんな不自由を感じない環境の中、竜馬は森を出ようと強く考える事は無く、前世では不可能だった趣味に時間を費やす生活を送っていた。
特に竜馬がのめり込んだのは“スライム”の研究。
初めはただ与えられた魔法の一種である“従魔術”を使ってみるだけのつもりで森に居たスライムを捕まえ、その後なんとなくペットとして飼い続けて半年程が過ぎた頃の事。
朝、目を覚ますと前日と違う体色のスライムを見て病気かと慌てた竜馬が従魔術の『魔獣鑑定』を使うと、ただのスライムがスティッキースライムという種類のスライムに進化している事に気がつく。
その日から竜馬は何故突然スライムが進化したのかが気になり始め、スライムの観察に時間を費やすようになる。まず分かった事は野生のスライムは生態系の最底辺である事。
スライムは獲物を狩る力を持たないため、野生ではまともに食事をしている所を竜馬は森に来てから見た事がなかった。しかし、竜馬は毎日スライムに自分の食事の残りや狩りの最中に頻繁に出てくるグリーンキャタピラーの死体を食べさせていた。つまりは竜馬のスライムは野生と違い毎日栄養を取っていることになる。
更にスライムの食事には粘着性の体液を糸として吐くグリーンキャタピラーが毎日入っていたことから、竜馬はこのどちらかの違いがスライムの進化原因だと仮定し、その日からは新しく捕まえたスライムに集めた食料やグリーンキャタピラーを食べさせ続ける日々を送っていた。
そして2ヵ月後にはグリーンキャタピラーばかり食べさせ続けたスライムが全てスティッキースライムへと進化し、また、仮説のどちらが正しいかを検証するためにグリーンキャタピラーを除く食事のみを与えたスライムは別種のスライムへと進化した。
ここから竜馬のスライムへの興味がさらに高まり、大量にスライムを捕獲しては食事の残りや近くで採れる物を食べさせ続けた結果、現時点で竜馬が飼っているスライムは6種類。
スライム×13
何処にでも生息する世界最弱の魔獣。雑食性で平均的な個体は直径20センチ程。ゼリー状の体内に持つ核が傷つくと死亡し、死ぬと核以外が消滅してしまう謎生物。
スキル 消化Lv2 吸収Lv3 分裂Lv1
スティッキースライム×153
スライムと大きさは変わらないが、粘着力の高い粘液で体が構成されている。粘液を吐く、または隠れて待ち構え、粘液に絡め取られた獲物を捕食する。
スキル 強力粘着液Lv4 粘着硬化液Lv1 糸吐きLv1 ジャンプLv1 消化Lv3 吸収Lv3 分裂Lv3
初めから覚えていたスキルは強力粘着液、消化、吸収、分裂だけだが、やがて粘着硬化液とジャンプが加わり、ここで竜馬は魔獣も訓練により後天的にスキルを得られる事を知る。
糸吐きはその頃、進化と平行して強力粘着液と粘着硬化液の性質を調べていた竜馬が、2種類の液を混ぜ合わせると糸状に加工できる事を発見し、スライムに体内で同じ事が出来るかを試させると、練習の末に成功して習得した。
アシッドスライム×100
動物の骨などの消化しにくい物を消化するため、消化能力が飛躍的に向上したスライム。進化原因の検証過程で生まれて以来、分裂で増えた。
スキル 強酸液生成Lv3 強酸耐性Lv3 ジャンプLv1 消化Lv4 吸収Lv3 分裂Lv2
ポイズンスライム×188
毒草を餌として与え続けたスライム。結構な数のスライムが毒に耐え切れずに死んでしまったが、耐え切った個体が進化。その後の分裂でこの数まで増えた。
スキル 毒液生成Lv3 毒耐性Lv3 麻痺毒液生成Lv3 ジャンプLv1 消化Lv3 吸収Lv3 分裂Lv3
クリーナースライム×11
スライムはよく水を飲むが、スライムの中にやたらと竜馬が体を洗った後の水を飲みたがる個体が居り、特に問題は無いと判断した竜馬が好きにさせていた結果進化した。
スキル 清潔化Lv4 消臭Lv6 消臭液Lv4 病気耐性Lv5 毒耐性Lv5 ジャンプLv1 消化Lv3 吸収Lv3 分裂Lv1
スカベンジャースライム×457
洞窟内に作られたトイレ兼ゴミ捨て場の匂いに不満を持った竜馬が、腐りかけの動物の死体にスライムが群がっていた事を思い出し、新しく捕まえたスライムを20匹ほど放り込んだ結果生まれた。食べた物を消化して得た栄養を肥料として吐き出すスキルを持ち、他のスライムに比べて頻繁に分裂する特徴がある。
スキル 病気耐性Lv5 毒耐性Lv5 悪食Lv5 清潔化Lv6 消臭Lv6 消臭液Lv4 悪臭放出Lv4 養分還元Lv3 ジャンプLv1 消化Lv6 吸収Lv3 分裂Lv6
途中から育成に重きを置いたため種類こそ少ないが、総数は900匹以上に及ぶ。竜馬は元々単純作業の繰り返しが苦にならない性格をしていたが、止める者が居ない状況下で自重せず、やめどころを見失っていたのだった。
だが、同時にそんな生活は竜馬の疲れた心を癒して活力を与えており、稀に盗賊や大型の獣と遭遇しながらも、竜馬は自身の持つ力とスライムの物量で対処しながらたくましく生きている。
そして、これからも同じ生活が続く――
そう竜馬は考えていたが、この日は変化が訪れた。日課の狩りの最中、森で獲物ではなく鎧を着た5人組を見かけたのだ。
(人が居るなんて、珍しいな……装備が統一されていて盗賊っぽくない……この世界に来てから盗賊以外の人を見るのは初めて、だよな? まぁ、こんな森の奥に引き篭っているからだろうけど……怪我人が居るのか)
離れた木陰と茂みに隠れて観察すると、5人組の1人は鎧の代わりに血まみれの包帯を巻き、仲間の肩を借りているのが分かる。
「う、うぅ……」
「しっかりしろ! ヒューズ!」
「カミル、魔力は?」
「すみません、まだ……」
(容態が悪そうだな……盗賊じゃなさそうだし、見過ごすのも……家で休ませるくらいならいいか。もし盗賊でも緊急時用の備えがあれば何とかなる)
竜馬は隠れていた茂みから立ち上がり、声をかけようとする。だが……
(どう声をかけるべきか? こんにちは? いや、そんなのんびりした状況じゃない。おい! お前ら! ……これは絶対に警戒されるし失礼。ならなんと、本当に、どう話しかければ!?)
手を貸そうと思い立ったはいいが、3年間まともに人と話す事の無かった竜馬の頭には咄嗟に掛ける言葉が思い浮かばずその場に佇んでしまい、声をかけるより先に周囲を警戒していた彼らに見つかる。
「ッ! 何者だ!」
「待て」
先頭を歩いていた1人が即座に剣を竜馬に向けるが、その後ろに居た男がそれを止めてゆっくりと前へ出る。
「突然剣を向けて悪かった。少々警戒していたんだ。……ところで、君は何故そこに? 子供が来るような場所ではないが、迷ったのかい?」
そう質問されるが、竜馬はいまだにうまく言葉が出ない。
「狩り、をしていた」
「狩りか? 君がか?」
言葉より先に首が動いて肯定を示す。
「ここは危ないが……まあいい。何か我々に用があるように見えたが?」
竜馬は怪我人を指差して言う。
「怪我人が、いる」
同時に竜馬は腰につけた皮袋に空いた手を伸ばすが、その動きを見て再び剣を構えた男が、竜馬と会話していた男を守るように前へ出た。
皮袋と同じように腰につけていたナイフがまずかったと気づいた竜馬は、後ろに跳びのき、素早く袋から出した自作の薬を両手と共に見せつけて戦意が無い事を示す。
「……それは薬か?」
その態度を見た剣の男がそう問うと、竜馬はまた首を縦に振ってからたどたどしく言葉を紡ぐ。
「怪我、危ない……薬を使う」
「その薬を使わせてくれるのか?」
「早く」
彼らは一度顔を見合わせるが、警戒しつつカミルと呼ばれた優男が薬の瓶を受け取って、中身を確認してから怪我人に飲ませた。すると、怪我人の顔色が多少良くなり、男たちの竜馬に対する態度も若干軟化する。
「薬を譲って頂けたこと、感謝する。これで少しはヒューズも持つだろう」
「家、休める、休めます(我ながら情けない……)」
その後、拙い言葉でも内容は伝わり、もどかしさを感じながらも5人組を家に呼ぶことに成功。竜馬は彼らを先導して森に分け入るが、怪我人が居るので進むペースは遅く、道中では小声で行われる彼らの相談も耳に届く。
「なぜあの子はこんな所に?」
「見たところまだ幼いが……」
(まぁ今は11歳の子供だし、こんな森の奥に居たら警戒されるのは当たり前か。とはいえ、あまり気分の良いものでもない。早めに警戒を解いてもらえると良いが……世間話でもしてみるか?
いや、ここに居る理由だけなら用意された“設定”があるけれど、それ以外となると……下手な世間話は墓穴を掘りそうだ)
「本当にこの先に休める所があるのか?」
「わかりません。ですが、先ほどのポーションもちゃんと効果がありましたし、敵意は無いのでは?」
「狩人は森の中で安全地帯を作って身を隠す事がありやす。野営場の類ならあるかもしれませんぜ」
(その通り、そっちが襲ってこなければ、俺は敵対するつもりはない。……そうだ、罠からできるだけ獲物を回収していくか。そうすれば怪我人を休ませる間に食事も振舞える。それだけ手を貸せば、まともな人間なら敵対行動はとらないだろう)
竜馬はそこで立ち止まり、従魔術の契約の効果で罠の傍に待機させたスティッキースライムを呼び出す。すると、傍から見れば突然立ち止まっただけの竜馬へ疑問の声がかけられる。
「どうした?」
「罠……獲物、捕れた……すぐ来ます」
そう言いつつ、竜馬はさりげなく声をかけてきた男を観察していた。
(たぶんこの人が一番偉いよな? さっきの剣の人を含めて全員この人の指示を聞いて動いていた。他は護衛か何かだろう)
そう竜馬が考えていると、草むらを揺らしてホーンラビットの死体を引きずるスティッキースライムが姿を見せる。しかし、それが竜馬の従魔と知らない男は、慣れを感じさせる手つきで腰に提げた剣を抜く。
(いかん!)
咄嗟に竜馬は前へ飛び出してスライムと獲物を拾い上げる。
「……そのスライムは君の従魔なのか?」
その行動でスライムが竜馬の従魔だと気づいた男に深く何度も頷いて肯定を示した。すると男は竜馬とスライムをもう一度見てから剣を鞘へ戻す。
「失礼した、君の従魔とは知らなかったんだ」
(誤解が解ければそれで十分。俺の言葉が足りていなかった)
実際スライムは魔獣であり、森に居ることを考えれば野生と考えるのも無理はない。手間取りながらそう伝えた竜馬がスライムと獲物を袋へ入れると、一行はまた歩き出した。しかし、そこからの道中にはこのスライムがきっかけとなり徐々に会話が生まれるようになる。
「それにしてもスライムとは懐かしいな。私も初めはスライムから契約を始めたものだ」
「……従魔術師?」
「元、従魔術師だよ。数年前に連れ添った魔獣が年で戦えなくなってね、それ以降は契約をしていないんだ。昔はレッドホースやブリザードエイプ等を連れていたぞ」
「……凄い……?(その魔獣を知らないからなぁ……)」
「我が家が代々従魔術師の家系なのでね、色々とコツや世話の仕方を幼い頃から教えられていたからさ。魔法の才能は特に秀でた所がないよ。剣ならばそれなりに自慢できる腕はあると自負しているがね」
(代々、家系……そして護衛付き。この人は貴族か、そうでなくてもそれなりの金持ちか権力者。もしくはそれに近い人物だろうな……落ち着け。事前情報ではこの国は平民と貴族の身分差に割と寛容なはず。神様がわざわざ住みやすいように、そういう国を選んで送り込んでくれたんじゃないか。
今までの言動からしても、今のところは友好的に付き合える余地がある。宴会で上司が言ってた無礼講と同じだと思えば……どっちにしろ気は抜けないか)
竜馬が若干の焦りを覚えつつ心の内で考えをまとめ、獲物を回収して歩き続けること十数分。一行は竜馬の家がある崖へとたどり着くのだった。