突入
本日、4話同時投稿。
この話は1話目です。
翌日
亡霊の街に作った拠点で目を覚ますと、どちらかといえば昼に近い時間帯。昨夜は遅くまで供養を続けていたので、今朝はだいぶ遅めの起床になった。見張りを引き受けてくれたセバスさんとラインバッハ様に挨拶をして、朝食として精霊棚に載せていた料理の残りをいただく。
捨ててしまうのはもったいないし、お供えした物を人が食べるのは“故人と食事を共にする”、“食事を分け合う”という意味で、これも供養の一環。ゆったりと食事を味わっていると、外に出ていたレミリーさんとシーバーさんが帰ってきた。
「おかえりなさい」
「起きていたか。少し見て回ってきたが、昨日の魔法はだいぶ効いたようだぞ。アンデッドの減り方によっては、討伐にもう一日かける予定だったが、あの様子なら中央の塔に向かっても問題なさそうだ」
「ほう? 随分と静かだとは思っていたが、塔の周囲もか」
「街中の瘴気もかなり薄れているし、アンデッドは激減しているわ。残っているアンデッドも、どこか穏やかで動く気配がないのよ。せいぜいが視線を向ける程度で、ほとんど“ただの死体”になって街中に転がっているわ。死体が転がっているのだから、それはそれで対処しないといけないかもしれないけど、少なくとも脅威になることはなさそうね」
「では、残ったアンデッドはゴブリンとグレイブスライム達に頼んで、処理してもらいましょう」
いまさらだけど、グレイブスライムに食べさせるのは埋葬なのか、それとも食葬なのか……遺体を肉食の鳥に食べさせる“鳥葬”という文化がある場所もあったし、スライム葬と言うべきか? なんにせよ、野ざらしのまま放置するよりはいいだろう。
「ごちそうさまでした」
街の様子を聞きながら食事を済ませて、太陽が天辺に昇った頃から今日の作戦を始める。事前の話の通り、街中のアンデッドはゴブリンとグレイブスライム達に任せ、俺達は中央の塔へ。道中に襲撃はなく、スムーズに塔の前に到着。
「ここはまだ瘴気の嫌な感じが残っていますね」
「街の中心であり、処刑場がある場所じゃからな。昨夜の煙も塔の中までは行き渡らなかったのじゃろう」
ということで、突入前にもう一度、瘴気を祓うことに決定。もう慣れた準備を調えて、お祓い開始。
「本当に便利だな、この魔法は……」
「こういう土地で瘴気の除去が必要な場合、普通はどうするのですか?」
「燃やせるものなら、灰になるまで燃やすのが手っ取り早いな。それ以上の対処が必要であれば、専門家に依頼するのが一般的だろう」
「アンデッド討伐や瘴気対策を専門にしている“祓魔師”とか“呪術師”と呼ばれる魔法使いのことね。専門家だけあって知識も経験も豊富だし、安全で確実だから。私も多少は心得があるけど、彼らには敵わないわ」
レミリーさんは影魔法を使った戦闘が専門らしいから、畑違いなのだろう。俺もこうして瘴気除去はできるようになったけど、ほとんど感覚でやっているだけだ。
「グレイブスライムの研究のことを考えると、瘴気関係のちゃんとした知識を修めた方がいいかな……」
「そちらの分野に興味があれば、公爵家と懇意にしている呪術師を紹介できるが……レミリー、どう思う?」
「しっかりした知識が身につけば、それだけできることも増えるし安全でしょうね。ただ、指導者をつけるなら事前に厳選する必要があると思うわ。じゃないと確実に、リョウマちゃんを持て余すわよ」
「リョウマ様は既に1つ、専門家に匹敵する魔法が使えますから、そちらに興味が惹かれないとも限りませんね。信頼の置ける方々ではありますが、魔法の研鑽に熱心な方々であることも事実ですので」
公爵家のお抱えになりたい人は多くいるはず。沢山の候補の中から選び抜かれるためには相応の腕前が必要だろうし、それだけの実力を身につけるには熱意がないと難しいのだろう。必然的に、魔法オタクみたいな人も多くなるのは、なんとなく分かる気がする。
塔に送り込まれる煙を眺めながらそんな話をしていると、煙に満ちた入り口の先に、沢山の動く影が見えたけど……瘴気を纏っていないアンデッドなら、頼りになる大人組には相手にもならず、あっという間に一掃された。
「あっ」
だが、ここで何かトラブルがあったようだ。やってしまった、という感じの声を上げたレミリーさんを見ると、少し悲しげな顔で持っていた杖を見ている。
「どうしました?」
「もうそろそろだとは思っていたけど、とうとう限界みたい」
そう言いながらこちらに向けた杖の側面には、大きな亀裂が入っている。
「新しい杖を作るために常闇草が必要だという話でしたからね……大丈夫ですか?」
「戦闘にはさほど影響しないわ。魔法は杖がなくても使えるし、装備として優れた杖というわけでもないから」
成人祝いに両親から貰った杖だとも言っていたし、思い出の品という意味が強かったのだろう。
「リョウマちゃん、これも燃やしていいかしら?」
と、思っていたら、あっさり燃やそうとしていた。
「あの、思い出の品なのでは」
「そうよ、私が宮廷魔導士になって間もない頃に貰った杖だもの。あの頃は色々あってやさぐれていたし、弱っていたからね……気の迷いで手紙を送って、“私は勝手に村を飛び出したんだから”って返事も期待してなかったはずなのに、ろくに村から出ようともしなかった両親が飛んできた時は驚いたし、嬉しかったわ。
だけど、壊れてしまったものをいくら惜しんでも仕方がないでしょ? 杖がなくなったら思い出もなくなるわけじゃないんだし、村でも大切に使って使えなくなったら、薪とか竈の火つけに使って処分するのが当たり前よ」
「そういうものなんですか」
「そうなの。あと、成人って“はい今からは大人です”って言われた途端、完璧な大人になるわけじゃないでしょ? 年齢で区別をすれば大人になるけど、中身は時間をかけて成長していくもの。この杖は親の手から少しずつ離れて、ひとり立ちできるようになるまでの“過渡期を支えて、本当の大人になれるように”という願いを込めて贈られるものだから、いい大人が使うものじゃないのよ」
若干恥ずかしそうな表情を見るに、子供用自転車の補助輪といった感じなのだろう。そもそも目の前の杖が、古くてもこれまで杖が使える状態に保たれていたのは、普段使いをしていなかったからだそうだ。
宮廷魔導士は申請すれば、支給品やオーダーメイドの杖の購入費用を国に出してもらえるので、仕事にはそっちを使っていたのだとか。そうでなければ、もっと昔に限界が来ていたとのこと。
「だから、少しでも役に立つなら燃やすことには問題ないの。儀式的に都合が悪ければ無理にとは言わないけど」
「その点については問題ないと思います」
今回は供養ではないし、お盆でも麻の皮を剥いだ“おがら”を燃やす。お焚き上げなど、魔法のイメージもしやすいので大丈夫だろう。
そう答えると、レミリーさんは数秒間何かを思い出すように軽く目をつぶり、目を開けると思い切りよく杖を何度か折って、火の中に投げ入れた。杖は火に炙られてパチパチと小さく弾け、あっという間に火が回ると煙を多く吹き、端から白い灰へと変わっていく。
「これが燃え尽きたら、行きましょうか。中の瘴気もさっきより薄れてきたし、これなら魔力感知もやりやすいと思うわ」
「わかりました」
それからしばらくは特に会話もなく、静かな時間が流れた。
■ ■ ■
瘴気の除去が一区切りついたので、ライトスライム1匹を頭に乗せ、エンペラースカベンジャーを先頭に、塔内部に入っていく。
この塔は上から見るとドーナツのような形をしていて、外側から内側に向かうにつれて、看守・死刑執行人の宿舎と勤務時の待機場所、死刑執行前の囚人の収容施設、処刑場の順に区分けされているらしい。
また、内部の通路は囚人の逃走防止のため、それなりに入り組んでいるとのこと。使われなくなった施設だけあって暗いけれど、頭に乗せたライトスライムが光魔法で照らしてくれるので、行動の支障にはならない。
塔内に残るアンデッドも、特に問題なし。入口付近は通路が狭く、エンペラーの巨体で通路を塞いでしまえば、実体のあるアンデッドが逃げる場所はない。向かってくる看守のアンデッドが、まるで津波に飲み込まれるように押し戻されている。
壁の中に隠れて煙をやり過ごしていたのか、時折レイスが壁を通りぬけてくるけれど、ライトショット一発で対処完了。魔力感知に集中して、レイスが壁越しに接近していることに気づければ、さほど難しくない作業だ。
「街の外から様子を見た時には骨が折れそうだと思ったが、ふたを開ければ全く苦労しないのぅ」
「スライムの力も借りて最善の手を打ったつもりだが……ここまで楽になってしまうと、張り合いがないな」
「あ、セバスさん、水をお願いします」
「かしこまりました『ウォーター』」
セバスさんが水魔法で大量の水を生み出して、エンペラーが嬉しそうに飲む。そして十秒くらい経つと、ブルリと体を震わせると共にもういいという思いが伝わってきた。
「ありがとうございます、もういいそうです」
「この程度でしたら、何時でもどうぞ」
その後もしばらく歩き続ける。ほかの塔は知らないけど、この塔はかなり広いと思う。まぁ、処刑場と死刑囚及び職員の居住区にその他必要な施設を加えたら相当な大きさになるのだろう。
「常闇草は、地下じゃったな?」
「本来は洞窟とか、光の入らない暗い場所に群生する薬草だからね。“飢渇の刑場”は生育条件が整っているのよ」
「懐かしいな……昔は新人の訓練に付き沿って、毎年のように見たものだ。あそこの階段は足腰の鍛錬に丁度いいからな」
「足腰の鍛錬になるくらい、長い階段があるのですか?」
「ん、話していなかったか?」
「死刑囚を飢えさせて殺していた場所だとは聞きましたが、中の構造については……」
「そうか、では話しておこう。胸の悪くなるような話になるが」
そう前置きして、シーバーさんが教えてくれた。
これから向かう“飢渇の刑場”には、地下深くまで続く長い螺旋階段と拘束具。そこにあった設備は、その2つだけ。毎日1人、新しい死刑囚が刑場に連れて行かれ、階段の最上段に繋がれる。次の日にはまた1人連れてこられ、それまでの死刑囚は生死の確認をすると同時に、一段下に移される。この繰り返しで、死刑囚はどんどんと地上から遠ざかっていく。
また、生死確認と移し替えが終わると、死刑囚には硬いパンと水が与えられる。ここだけ聞くと、飢渇の刑場なのに食事を与えるのか? 飢えと渇きを与えて殺すための場所なのではないのか? と思うかもしれないが、これは別に慈悲でも何でもない。もちろん、与えられるパンと水に毒が入っているわけでもない。普通の食べられるパンと水だ。
ただし、そのパンと水が与えられるのは1日に一度。量は刑場内の死刑囚の3分の2に行き渡るだけで、なおかつ最上段の死刑囚の前に全て置かれる。つまり、そもそも死刑囚全体に行き渡る量がない上に、階段の下にいる死刑囚は、バケツリレーのようにして自分より上にいる死刑囚からパンと水を受け取らなければ食べられない。
こうなると、何が起こるか? 当然のように、上の死刑囚は食糧を独占しようとする。たとえ1日に一度しか与えられなくとも、下に渡さなければいい。囚人の3分の2に行き渡るだけの量があれば、3食分を確保するのは簡単だ。自分の分と、あと2人分で3食。それ以上に、持てるだけの量を持っておこうとする者もいるだろう。
そして、下の死刑囚はそれを許さない。最初は上で悠々と食事の確保ができていても、日に日に得られる食糧は減っていく。やがて困窮し始めると、どうにかして自分も食事にありつこうとして、奪い合いを始める。
彼らを拘束する鎖は、立ち上がって殴り合いはできないが、隣の死刑囚の体に手が届く程度の長さに調節されていたようで、上手くいけば手元の食糧を落とさせるくらいはできたらしい。それがさらに死刑囚同士の争いを誘発するが、互いを殺すほどには争えない。
さらに下へ行くと、もはや争いの原因になる食糧が届くこともなくなり、死刑囚の体は飢えと渇きによって力を失っていく。隣への手出しではなく、まだ食事のできる上への罵声が飛び交う。
……これでもまだ刑場の中では元気な方で、さらに飢えた人間は正気を失い、食人という禁忌を犯す者がでてくる。まだ手の届く範囲にある“肉”を食べようと、最期の力をふり絞るのだ。
実際に人を食べることは、鎖の長さもあって難しかったそうだが、死に物狂いの攻撃で傷を負えば高確率で死に至る。1日中鎖に繋がれている彼らがトイレに行けるはずもなく、糞尿はその場で垂れ流し。飢餓で免疫力も低下したうえに、まともな治療もされないのだから当然だろう。
上、下、そして中間。全ての死刑囚の声は、吹き抜けになった刑場の中心部を通して上まで届く。刑場に一歩踏み入れた瞬間から、死刑囚は死ぬまで刑場に響く罵声と苦悶、怨嗟と狂気に晒され続ける……それが、飢渇の刑場という場所なのだそうだ。
「それはなんというか、悲惨ですね。犯した罪に対して罰を受けること自体は当然で、必要だと思いますが……それはあんなアンデッドも生まれるだろうな、と」
「それでいい。その気持ちを忘れるな。人間というものは、自分が正しいと信じきってしまえば、信じられないほど残酷で悪辣なことが、当たり前のようにできてしまう生き物だ。
飢渇の刑場で行われていたことも、当時はそれが正義であり、善なる行いと思われていた。罪人を罰しているのだから、恥じるところなど一片もなく、賞賛されて当然のことだと。看守達の私刑が黙認されていたのも、その延長と言えるだろう。否定的な意見を口にしようものなら、その者が周囲から顰蹙を買って私刑に処された、という話も残っている。
騎士団がここを訓練の場として使うのは、歴史と共に“行き過ぎた正義”を掲げた人間の行いを、正義とは絶対不変ではないということを、次代を担う騎士見習いに教える意味もあるのだ。騎士たるもの、己の内に正義を持つことは必要だが、正義に溺れて節度を失ってはいけない。それはもはや正義ではなく、容易にただの暴力へと変わってしまう」
前世でも有名な“魔女狩り”など、歴史を紐解けばそういった例は多々ある。時代によっては、処刑は罪人に対する刑罰であると同時に、一般人にとっての娯楽でもあったそうだ。人の不幸は蜜の味という言葉もあるし、正義を振りかざして他人が苦しむ姿を楽しむのは、どの世界のどの時代でも変わらず、人間が持っている性質なのだろう。
そして、強い武力と権力を合わせ持つ騎士になるならば。そうでなくとも、それを常に念頭に置いて行動しなければ、容易に人の道を踏み外してしまう。
「さて、丁度いいところで話が終わったな」
シーバーさんの言葉を自分なりに解釈していると、飢渇の刑場まであと少しというところまで近づいていたようだ。
T字の廊下を左に曲がると、そこはこれまでよりも横に広かった。おそらくは左右に警備の兵士が並んでいたのだろう。現に、廊下の先には朽ちかけているが重厚な両開きの扉があり、その両脇には朽ちかけた甲冑が立っている。
「こういう場所では、お約束だよな」
2体の甲冑が軋む音を立てて、こちらに槍を構えた。




