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夜の街

本日、3話同時投稿。

この話は2話目です。

 夕方


 まだ外は明るいけれど、空の端が徐々に薄暗い色になり始めている。街の奥を見れば、気の早いアンデッドが表に出てくる姿も見えるので、そろそろいい頃合だろう。諸々の準備は昼食後に済ませてあるし、魔法薬と仮眠で魔力・体力ともに万全。


「打ち合わせ通り、守りはスライムと我々に任せてくれ」

「リョウマちゃんは例の魔法に専念してくれればいいから、気楽にね」


 シーバーさんとレミリーさんの頼もしい言葉を受けて、作戦開始だ。


 亡霊の街の中に作った拠点を空から見ると、中央階段と収容施設前の道が漢字の“王”の字を描いている。これがゾンビやスケルトンがやってくるであろう経路。まずはこの前後左右の合計8箇所を、朝から増やしたグレイブスライムで封鎖。


 今のグレイブスライムは総勢1745匹。合体してビッグになってもらうと17匹だ。配置は均等に2匹ずつ配置し、残りの1匹は交代要員として俺の傍で待機、必要そうなら必要な場所の守りに加える。


 なお、今夜の守りはグレイブスライムとホーリースペースのみ。作戦の失敗や不測の事態が起きた場合は、すぐに昨夜の拠点まで撤退する計画のため、少数で身軽な方が逃げやすいという判断でゴブリン達はお休み。


 ……本当に、アンデッドに対してはグレイブスライムが頼りになりすぎる。魔法の実験や供養の目的がなく、ただアンデッドを掃討するだけなら、グレイブスライムを繁殖させて放っておけばいいのではないだろうか?


「あとはこれを」


 拠点の中央、階段のど真ん中に設置した石造りの台座……というほど立派でもないけれど、大きなテーブルに用意しておいた料理を並べる。アンデッドへの供え物を置く、お盆でいうところの精霊(しょうりょう)棚(盆棚)の代わりだ。


 供える料理は昨夜も使ったジャガイモと干し肉に加えて、それらを塩コショウで炒めてジャーマンポテト風にしたもの。ハムと野菜の簡単なサンドイッチ、レトルトのスープ、サラダ。飲み物は水とゴブリン謹製の白酒。少しだけど甘味や果実も用意した。


 飢えているなら、食べられるものなら何でもいいのかもしれない。しかし、ちゃんとした料理をお供えした方が、彼らの満足に繋がるかもしれない。


 この魔法に関しては、俺の認識や前世の宗教儀式の概念が魔法の中核になっているので、元宮廷魔道士のレミリーさんでもアドバイスは不可能。実際に試して、反応を見ながら考え、改善を繰り返すしかない。要素ごとに構築して組み合わせる“アジャイル型開発”の要領で進めていこうと思う。


「始めます」


 精霊棚の手前で、昨夜のように火を焚く。使う器は即席の適当なものではなく、相撲取りが優勝したときに使う“大盃”を模したものに変えた。それが横一列に、合計5つ。


 棚の上の料理はレストランの食品サンプルで、儀式は調理と考えよう。イメージをできるだけ具体化しながら、何よりもアンデッドの空腹が和らぐように、少しでも満足して眠れるように、祈りと魔力を込めながら食材を火にくべる。


 まずは昨日と同じ、芋と干し肉からだ。


「早くも来たようだぞ」

「了解、急ぎますね」


 煙が立ち始めている器を横目に、今日はここでもう一工夫。先ほど精霊棚を出した時、一緒に出しておいた数本の竹筒を煙に近づけて、中にいる“スモークスライム”に呼びかける。


「煙を運んでくれるかな」


 竹筒に開いていた穴から煙が立ち上る。スモークスライムはその名の通り“煙”、空気中に漂う微粒子で体が構成されたスライム。この特性は戦闘なら、自由自在に操れる煙幕として利用できる。


 今回はそれを応用して、食料を焼いた煙をスモークスライムの煙に乗せて拠点の外側、より遠くにいるアンデッドまで煙と香り、そして魔法を届けてもらう。先ほどの供え物が食品サンプルなら、スモークスライムは料理店のウエイターというところだろう。


 注意点としては、スモークスライムも煙である以上、あまり強い風だと吹き散らされてしまうこと。吹き散らされても死ぬわけではなく、後で回収も可能だけれど、あまり無理はさせないように気をつけないといけない。


 もし風が強くて影響がでそうなら、作戦は確保していた建物を使って行うつもりだったけれど、幸い今夜の風はとても穏やかだった。空を見上げれば雲ひとつなく、増していく火の勢いと天に昇る煙がとても美しく、なんとなく神秘的に見えてくる。


「さあ、どんどんお願い」


 器の煙と混ざり合ったスモークスライムが行動を開始。立ち上る煙が枝分かれをして、封鎖している8本の道に沿って流れた。煙はふわりとグレイブスライムの上を通り抜け、さらにその先からやってくるアンデッドを包んでいく。


「ぅあ!?」

「アア……」

「慌てなくても大丈夫、食料はまだ沢山あります」


 お供えしたものは仏様の世界で、供えた量の100倍になるという話も聞いたことがある。だからお供え物を沢山する必要はなく、気持ち程度でもお供えすること、続けることが大切なのだとか。


 それを意識すると、迫りくるアンデッド達の勢いが落ちる。直前までは、精霊棚めがけて迫ってくる動きに、どこか焦りのような“必死さ”があったのだけれど、それが落ち着いた。中には煙を浴びて、そのまま立ち止まる個体もいるようだ。


 ……まだ芋と肉だけだけど、昨夜より効果が高い。しかも、こちらの意思がスムーズに伝わっている気がする。


「手順を定めると、こんなに違いが出るんですね」

「2回目だからということもあるわよ。魔法は精神で操るものだから、精神面も大いに影響するし、“自分にはこういうことができるんだ”っていう成功体験があれば自信に繋がるでしょう? だから、どんな魔法でも繰り返し使っていけば、少しずつでも効果は上がるわ。効率的に効果を上げるなら、魔法への理解とそのための勉強は必要不可欠だけどね。

 さ、この調子でどんどんやっちゃいなさい」

「了解」


 棚を置いたテーブルの横で、いざという時に備えるレミリーさんとの会話を終えて、再度魔法に集中。芋と干し肉をくべていた器に、香りづけとして少量の黒コショウを加える。細かく砕かれたコショウはあっという間に火に飲まれ、その香りが一瞬強く鼻孔をくすぐる。


 そして、これにはアンデッドも反応を見せた。立ち止まる個体が増える一方で、全体的にソワソワした様子。でも戦闘中のような刺々しさは感じないので、喜んでいるんだと思う。遠くから近づいてきているアンデッドの数も増えているし、芋と肉だけだった先ほどまでと比べて、明らかに食いつきがいい。


 ならば、と続けて新しい鍋に、サンドイッチの材料である小麦、ハム、野菜をくべる。すると、これもまたアンデッドに喜んでもらえたらしい。スモークスライムが運ぶ煙を全身で受け止めて、その場で足を止めるゾンビやスケルトンが多数。レイスも煙の中にはいるが、激しく動き回ることはなく、ゆったりと漂っている感じだ。


「リョウマ様、奥から更にアンデッドが。空中のレイスは問題なさそうですが、地上はじきに混雑するでしょう」

「了解」


 スモークスライムに指示を出して、中央階段沿いにある拠点外の建物にも煙を送り込んでもらう。焼け石に水かもしれないが、そちらに少しでもアンデッドが向かってくれれば、多少なりとも渋滞は緩和できると思う。そのうち満足して成仏する個体が出てきて、まだ飢えているアンデッドと入れ替わってくれればいい。


 さて、次はスープの材料。残念ながら火を焚く都合上、水は加えられないので、材料となる野菜だけだけれど……前世には無加水カレーとかもあったし、そこは野菜に含まれる水分でご理解を願う。


 さらに、新しい器で果物と甘味を焚く。果物はセバスさん達が野営用の食糧として持っていたドライフルーツを提供してくれた。火にくべると熱された皮から柑橘系の爽やかな香りや、濃厚な甘い香りが一気に解き放たれる。


「オォ」

「アー……」


 フルーツは概ね好評のようだ。先ほどコショウを加えた時にも思ったけれど、香りが強い物の方が反応は大きい。また、よく見ると個体によって反応にも差異がある。これは俺が香食の概念を元に魔法を作ったからか、それとも個人、というか故人?の嗜好の影響なのか……彼らの生前のことは知らないので、そのあたりの検証は難しそうだ。


 気持ちを切り替えて、最後の器で焚くのはお酒。これもスープと同じで燃やせない。錬金術でアルコールのみを抽出すれば燃えはするけど、それ以外の風味も抜けてしまう。そこで、今回はお酒の代わりに製造工程で出た“酒粕”を――


『ウォオオオオオオオ!!!!』

「っ!?」


 火で熱された酒粕から、残っていたアルコールの香りが広がった瞬間、アンデッド達が一斉に声を上げた。これまでも少しうめく程度はあったけれど、今回は言葉にならない叫びと言うべきもの。あまりに急激な変化だったので、俺も皆さんも身構えてしまったけれど、


「ふむ。どうやら歓喜の叫びだったようじゃな」

「少し警戒はしたが、あの様子を見る限り我々は眼中にないのだろう」


 激しく動く個体もいたけれど、暴れているというよりは、煙と香りをかき集めようとしているような動きに見える。それに酒粕の香りが広がってから、成仏するアンデッドが目に見えて増えた。


 “清めの酒”という言葉があるように、古くからお酒は神事に用いられている。神様にお供えしたお酒には霊力が宿る、邪気を払うといった言い伝えも多い。そういった意味でも効果が期待できると思ってはいたけれど、予想以上に喜ばれている。


「お酒はまだこれからが本番だったのですが」

「今の段階でも十分そうですな……そのお酒は、何か特別なものでしょうか?」

「特にそういうことはないはずです。この白酒というお酒は、以前ファットマ領を訪ねた時に現地の方から作り方を教わったものですから。より良い味になるよう工夫は重ねていますが、魔法のために特別な何かをしたつもりはないです」


 もし、このお酒に特別なところがあるとすれば……俺の魔法の元となる“概念”との相性かもしれない。


 ファットマ領の白酒は、原料として水辺に多く生えるコツブヤリクサの種子を水にさらし、ファットマ領に自生する特定の草を加え、冷暗所で放置して発酵させて作る。昔は各家庭で作られていた歴史があるくらい単純にできてしまうお酒だけれど、味を良くする為にはさらにいくつかのポイントがある。


 まず、原料のコツブヤリクサには独特の雑味があるので、一度細かくすりつぶしてから水にさらし、種子内のでんぷん質を取り出して使うこと。


 次に、発酵を促すための草をそのまま加えてしまうと、草の臭みが残るので、下ごしらえとして茎の部分だけ、外皮を剥いて芯の部分を使うこと。


 それでも完全には草の臭いは取り切れないので、2回目からは草の代わりにできた酒の一部を加えることで、発酵を促すこと。


 この3点を守って白酒を作ることで、草の臭いは回数を重ねるごとに薄まり、純粋な酒の香りと甘酒のような穀物の甘みを感じられる、自家製ではなく売り物として売られていた白酒に近いものを作れるようになってきたのだけれど……実はこの製法は“日本酒”の製造工程に近いと、俺は考えている。


 日本酒には原料として白米や芋など、醸造のためにはコウジカビを原料の一部に付着させて育てた“麹”を作り、水や原料と混ぜて酵母を培養した“酒母”を作り、さらに原料を加えて発酵を進めたものを(もろみ)と呼ぶ。そして醪はそのままなら“どぶろく”、袋に入れて絞ったものは“濁り酒”と呼ばれるお酒になる。これらはファットマ領の白酒に似ていないだろうか?


 味の改善方法にしても、日本酒に使うお米は糠など雑味の多い外側を削り、でんぷん質の多い中心部分を取り出す“磨き”という工程があるし、コウジカビも蔵に昔からの良いものが受け継がれていたり 、研究開発されて培養されたものを使ったりする。


 素人のざっくりとした知識と認識からの考えなので、プロからすればもっと詳しく言いたいこともあるだろう。実際、温度管理などはまだ甘く、試作品の品質も安定しない。でも日本酒の製法を参考にすることで、味の改良に一応成功しているのは事実。


 お神酒やお屠蘇といった神事にも使われる日本酒。それに近いお酒という認識。それが魔法の効果を高めた可能性は考えられる。


 ……アッシュスライムの灰を使った“灰持酒(あくもちざけ)”とか、フィルタースライムで濾した“清酒”だとどうなるのだろうか? また、できたお酒を神々にお供えしたものだと何か効果が出るのか……一度神々に聞いてみようか。できた中で一番良質なお酒を持っていけば、相談に乗ってくれるかもしれない。


 ……それにしても、


「ここまで燃やすもので反応に変化があるなら、次回は食糧にもう少しこだわりたいですね。もっと燃やしやすくて、香りがよく出て、持ち運びも簡単な保存食のようにできれば、こうして使うのも楽ですし、事前にある程度準備しておけそうです」


 頭に浮かぶのは“お線香”。作り方や形態は国や地域によっても色々あるけれど、世界各地で広く使われて、一般人の生活や文化の中にも浸透していた。あまり意識したことはなかったけれど、便利な発明だったんだな……と今は思う。


 時折思考を挟みながらも、火を焚いてアンデッドの満足と冥福を祈る。そうしていると本格的に日が暮れて、周囲が暗くなるにつれ、さらに多くのアンデッドが集まってきた。空を見上げても、階段の下を見下ろしても、拠点外はアンデッドでごったがえしている。


「改めて思うが、これだけ集まったアンデッドが襲ってこないというのは、不思議だな」

「この魔法の効果を享受する方が、私達を襲うより満足度が高いんじゃないかしら。もっと美味しい食事が楽に手に入るなら、わざわざ苦労して相対的にまずいものを食べようとなんて思わないでしょ?」

「人間であれば他の利益も考えられるが、アンデッドは大半が理性を失っておるからのぅ」

「供養であって害するための魔法ではなく、またその意図が伝わるのであれば、警戒や忌避もされにくそうですな」


 俺を中心に四方を囲み、護衛に当たってくれている大人組も、穏やかな空気を感じているのだろう。会話をしていても気を緩めすぎない、その泰然とした態度が経験の多さを感じさせる。そして、その内容もこの魔法を改良する参考になりそうだ。


 そう考えながら、器に食料を追加しようとした、その時。


『ヒィイイ!!!!』


 穏やかな空気が、突然の金切り声で引き裂かれた。

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[一言] ホラーな現場で突然の叫び声は理由はどうあれビビる
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